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捕食者と被食者

 

 今日は最高に運が良い。 


 そう、芦高郡あしだかぐんは思った。 日頃の行いは世間一般的に考えて、決して良いわけではないというのに。

 

 芦高はネアレスから貰った魔物のほとんどを自身の力を試す為に殺してしまったが、一体だけ生かしておいた魔物がいる。 

 

 生かした理由は特にない。 殺しても良かったが、殺す理由も特になかっただけ。 人を殺すのとは訳が違う。 魔物を殺したところで、芦高は満たされはしない。

 



 夜。 その魔物を潜ませておいた神社に芦高が立ち寄った時だ。 

 芦高の前に、宇治、桑羽田、蝶野の三人が現れた。

 

 当然、芦高は宇治たちが何者なのか知らない。 偶然ここへやってきた、どこにでもいる一般人。 その程度に考えていただろう。

 

 だからと言って、芦高にとって三人が意に介する必要のない通行人として見過ごされるわけでもない。

 わざわざ夜中に神社を訪れる者がいるとは。 邪魔な奴らだ。 いっそ、殺してしまおうかと芦高が思ったその時だった。

 

「……宇治!」

 

 と叫ぶ男の声が聞こえたのと同時に、火の玉が勢いよく飛んでくるではないか。 

 

 芦高は瞬時に理解した。


 魔術か。 ネアレスの言っていた魔術師とは、奴らのことかと。

 昨晩、あの四人家族を殺したばかりだというのに。 手応えのありそうな獲物が、自らこちらへやってくるとは。

 

 芦高にとって、初めてだった。 他人の魔術。 素晴らしい力だ。 芦高はつい想像してしまう。 その力で人を殺しまくるのは、どんなに楽しいだろうかと。

 

(そういえば、俺は魔術で人を殺したことがなかったな……) 


 厳密には、芦高は魔術によって強化された肉体では人を殺しているわけだが、魔術そのものではまだ人を殺していないのだ。

 

(奴らで試すか……?)


 そんなことを芦高は考えながら、宇治たちの攻撃に対処するが、三人同時に相手するのは流石に厳しい。 芦高の力も無尽蔵ではない。

 

(そうだ……。 魔物がいるではないか。 ここに一体。 この魔物を利用して、奴らを分断させてやろう)


 魔物を操る力がありながら、今まで魔物の力を活用してこなかった芦高は、ここに来て初めて魔物を利用することを考える。

 

 そして芦高は魔物を使って場を掻き回し、

 



「くっ……! 不覚でしたわ……!」

 

 気づけば見事に宇治たちは分断され、蝶野が一人になっていた。 思い通りに事が進みすぎて、思わず笑みが零れそうになる芦高。 

 

 蝶野舞ちょうのまい。 二十三歳という年齢の割には小柄で、白色のブラウスとロングスカートを着ている金髪の女性。

 

 風属性魔術を得意とする彼女は、扱える者の少ない探知魔術に対する適性がある。

 今、芦高の元に宇治たちがやってくることが出来たのも、彼女の探知魔術があってこそだった。

 

 しかし、彼女たちは、ここへ来てはならなかった。 

  

「はぁぁぁぁぁぁああ!!」

「………………む?」

 

 蝶野が大声を上げると、辺りに突風が吹き始める。 

 

(魔術はこんなことも可能なのか……。 面白い)

 

 地を蹴り、突風が吹く中を突き進む芦高。 芦高にとって、この程度の突風は大したものではない。

 芦高の身体能力は、上級の肉体強化魔術により飛躍的に向上している。

 

 芦高は、とりあえず蝶野を殴打し、弱らせてからどう殺すか考えようと思案するが――。

 

「何……?」

「侮ったわね!」

 

 蝶野を目前にして、芦高の行く手を阻むように発生したのは、螺旋状の旋風。

 

「ぐ……」

 

 芦高は即座に後退する。 巻き込まれては、負傷は免れない。

 

「まだですわ!」

 

 蝶野からの、更なる追撃。 芦高に向かって、空気弾が数発放たれる。

 

「ぬぅ……!」

 

 芦高は全てを回避するのは不可能だと判断する。 

 拳を強く握りしめ、向かい来る空気弾を殴り、弾き飛ばす。

 

(厄介な……。 ならば……)

 

 芦高は周辺の地面から、槍のように鋭い岩石を出現させる。 

 

(串刺しにして動けなくなったところを、じわじわと弄ぶのも悪くない……)

 

 下からの攻撃に戸惑い、動きが止まった蝶野に向かって、投石する芦高。 

 蝶野は暴風を発生させ、飛んでくる石の軌道を変えてそれを避ける。

 

 蝶野はそのまま動き続ける。 

 あの細い脚でよくもあそこまで動けるものだと芦高は感心する。 

 芦高の攻撃を必死に避け、より自身が攻撃のしやすい位置へと移動している。

 

「む……?」

 

 上空より、巨大な力の気配を感じ取る芦高。 

 

(……女の魔術か?)

 

 気配はより濃密に。 芦高は蝶野の動きに注視し、警戒する。

 

(そういえば、女と俺との距離がだいぶ開いているな。 これはつまり、そういうことか……)

 

 良からぬ予感が頭をよぎり、すぐに蝶野のいる方へと疾駆する芦高。

 

「遅いですわ――!!」

 

 そんな芦高の頭上より響き渡る、轟音。 音は次第に大きくなり、つい、芦高は空を見上げてしまう。

 

 次の瞬間――。 


 芦高の立っていた辺り一帯が、巨大な圧力により押し潰される。

 風属性上級魔術。 およそ半径五メートルの範囲を強力な風圧で押し潰す、高い破壊力を誇る蝶野の攻撃魔術だ。

 

 もし、芦高に“あの力”がなかったら、芦高は無惨に圧死していただろう。

 

「驚いたな。 風の魔術はこんなこともできるというのか」

「えっ……?」

 

 目を白黒させる蝶野。 芦高が今、こうして立っていることが信じられない様子だ。

 

「風圧により俺を押し潰すつもりだったのだろうが……。 残念だったな。 俺はこの通り、生きている」

「なっ……。 何で……? どういうことですの……!?」


 蝶野が混乱するのも無理はなかった。 

 蝶野から見れば、確かに蝶野の放った攻撃魔術は芦高に直撃していた。 ……ように見えていただろう。

 

 しかし、実際には直撃していなかったのだ。

 蝶野の攻撃は、芦高の体に触れる直前に掻き消されていたのだから。

 

(この女は、必殺の攻撃を二度も俺に無効化された……)


 これだけで、充分だ。 後はもう、少し痛みを与えてやるだけでいい。

 

 芦高は、蝶野の元へ躙り寄る。 獰猛な笑みが零れそうになるのを我慢しながら、近づく。

 

「フンッ!」

 

 虚しい抵抗を続ける蝶野だったが、さっきの魔術で力をだいぶ使ったのか、弱々しい攻撃しか繰り出さないようだ。

 

 芦高はそんな蝶野を、軽く蹴り飛ばす。

 

「ぐぅ……!」

 

 軽く蹴り飛ばしてやるだけで、蝶野は地面に倒れ込んで動かなくなる。 

 苦悶の表情を浮かべ、涙腺から体液を分泌している。

 

「わ、わたしは……。 まだ死ぬわけには……」

「ほう……」

「死ぬわけには、いきませんわ……」

 

 このまま芦高に殺されるという運命から抗う為か。 蝶野は歯を食いしばり、ガクガクと震える脚で立ち上がる。

 

(まだ、戦意を完全に失ってはいないのか。 面白い……) 

 

 それでいい。 それでこそ、潰しがいがある。

 

「まだ戦うというのか?」

「ええ……。 そうよ……!」

「笑わせるな、女。 そんなに足を震わせて、どう戦う? 立っているのがやっとではないのか?」

 

 体力の消耗はもちろん、蝶野は心も折れかかっている。 まともに戦うことなど、できやしないだろう。

 

「それでも……。 戦うわ……! だって、生きていたいから……!!」

 

 なるほど、戦意を失わないのは、生への執着からか。 この絶望的な状況に置かれてもなお、諦めないとは。

 

 芦高は蝶野に、興味を持った。 

 死から逃れたいと強く願うのは、何も珍しいことではない。 

 だが、この女からは、何か特別な思いを感じる。 自身が死ぬこと自体ではない何かを気にしているような。

 

(このままいつものように殺害するのも悪くはない、が……)


 芦高は思いついてしまった。


「女。 お前には、楽しみはあるか?」

「え……?」

 

 きっと、俺を満たしてくれる。 この女はきっと、俺に新しい何かを見せてくれるに違いない。 

 

「同じように繰り返される日々の中で、楽しみにしていることだ。 何でもいい」

「何、ですの……?」

 

 この女は生きていたいと言った。 死ぬわけにはいかないと言った。

 

「何かしらあるだろう? 定期的にでも、不定期的にでも、訪れる楽しみだ。 楽しみがなければ満たされない。 満たされなければ、死んでいるのと変わらない」

 

――そんな女を、自害させたい。 そう、芦高は思った。 

 

「お前が生きていたいと思うのは、楽しみがあるからだろう? 苦痛しかないのなら、生きていたいとは思わないはずだ」

「いや……。 来ないで……!」

 

 芦高は蝶野に近づく。 蝶野は逃げようとするが、足をもたつかせ、転ぶ。

 

「俺が怖いか?」

 

 転びながらも、そのまま地面に腹ばいになって進む蝶野。 これで本当に逃げられると思っているのかと、見下すような表情を浮かべながら芦高は蝶野の片足を掴む。

 

「いやああああ!!」

 

 芦高の手を振り解こうと、衣服が乱れることも構わず、必死に足をばたつかせる蝶野。

 

「安心しろ。 選択肢を与えてやる」

 

 芦高は蝶野の片足を掴んだ手に、力を入れる。

 

「あ――――」

 

 先程まで元気よく動いていた足が、ぐったりとして動かなくなる。

 

「痛い痛い痛い痛い痛いぃぃぃ……!!」

「痛いか? 嫌だろう? 痛いのは」

 

 芦高は懐から、電工用ナイフを取り出す。 それを、もう片方の足に突き立てる。

 

「えっ……!?」

 

 自分の足に当たっているモノの正体に気づき、青ざめる蝶野。

 

「なっ……。 何を……!」

 

 芦高はナイフの先端を、蝶野のアキレス腱のある部分に突き刺す。 

 そしてそのまま、ナイフを上の方へと滑るように移動させる。 

 

 蝶野の脚に、赤い縦線が刻まれる。

 

「あぁ……!!」

 

 脚から流れ出る血を、茫然と眺める蝶野。 

 痛みよりも、自らの肉体が傷つけられているという事実にショックを受けているようだ。 

 無理はない。 例え人間に痛覚が存在しなくとも、肉体が破壊されて何とも思わない人間はいないだろう。

 

「このような傷を全身に刻まれたら、どれほど痛いだろうな」

「嘘……でしょ? そんなこと、しないわよね? まさか――」

 

 蝶野の体に、次から次へと赤い線を引いていく。 流れ出る血液が、地面を濡らしていく。

 

「あ゛ぁぁぁ……! も、もう……。 やめ……」

 

 赤い線をいくつ刻まれたのだろうか。 

 蝶野はもう、悲鳴を上げる気力も残っていないのか、すっかり苦痛に対する反応が悪くなっていた。 その顔は、とても生きていたいと思っている人間の顔ではない。

 

「肉体を切り刻まれていく感覚はどうだ? 楽しいか? 苦しいか?」

「くる、しい……」

「これからもっと苦しい思いをすると言ったら、どうする?」

「……………………!!」

 

 芦高は考える。 女はちゃんと、想像しているだろうか。 更なる苦痛を。

 

「もうわかっているはずだぞ、女。 お前はここで死ぬ。 いくら死にたくないと思ったところで、死を回避することはできない」

 

 さあ、俺を楽しませてくれ――。


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