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死の匂い


「何をこそこそと話している?」

 

 男がこちらへ近づいてくる。


「………………今だ!」

「何だ、これは……?」

 

 僕が合図してすぐに、桑羽田がとある魔術を発動する。 

 氷属性上級魔術ではあるが、さっきまで使っていたのとは違う。 少々特殊な魔術だ。 設置型魔術と呼ぶ人もいる。 


 設置型魔術にも何種類かあるが、桑羽田の発動したこれは、使用者がその効力を維持し続け、使用者である桑羽田から遠く離れない限り、一度発動したその魔術は空間に存在し続けるというものだ。

 負傷した今の桑羽田には、長時間発動することは難しいだろうが、僕たちが逃げる時間を作るくらいはできるはずだ。 

 何より、僕が桑羽田にこの魔術を使わせたのには、もう一つ意味があるのだが、それはおまけ程度に考えておこう。

 

「逃げるつもりか? 逃さんぞ」

 

 桑羽田の魔術により現れたのは、宙に浮かぶ透明の立方体。 数は八つ。 僕たち三人を守るように、配置されている。 

 男はそれらに警戒しつつ、早歩きで迫り来る。

 

「蝶野! 桑羽田! 先に行っててくれ。 僕はあることを確かめたい」

「ええ、わかりましたわ!」

 

 二人を先に逃がそうとする。 しかし――。


「逃さんと言っただろう?」

 

 男が拳を地面に叩きつけると、鋭い岩石の塊が地中より無数に飛び出した。 

 男はその一片を手に取り、こちらに目掛けて投擲する。

 

「こんなもの……! こうしてやりますわ!」

 

 投擲された岩石は、透明の立方体の中を通過することで凍結し、勢いを失う。 

 それを蝶野が、風属性中級魔術による空気弾で粉砕する。

 

「ほう……。 この立方体は強力な冷気の塊というわけか」

 

 この男、今の投石は僕たちを仕留める為ではなく、桑羽田の魔術の正体を掴む為か。

 

「ならば、あまり近づかない方が良いか。 ……行け」

 

 目を凝らす。 立方体の配置から考えて、敵の進路はある程度絞られている。 来るとしたら……。


「ここだ!」

 

 斜め上に向かって火炎弾を撃つ。 

 そこに男がいるわけでもないし、男が岩石を投げたわけでもない。 端から見れば、何もないところに向かって火炎弾を撃ったようにしか見えないだろう。

 

『キュオオオオオオオオオ!?』

 

 しかし、何もないわけじゃない。 見えないだけで、確かにそこにいた。

 

「……気づいていたのか」

 

 男が感心したような声を出す。 腹立たしい。 これくらいでは、何の痛手にもならないということか。

 

「桑羽田を襲ったのは、こいつだったというわけか」

 

 僕が火炎弾を放った先に、幾何学的な紋様が浮かび上がる。 

 それは地面に倒れ込み、ドスンと重量感のある音を響かせ、その姿を露わにする。

 

 どこかに隠れ潜んでいると考えていた、もう一つの魔術反応。 その考えは間違いではない。 確かに隠れ、潜んでいた。


――――最初から、この場所に。

 

 二つの反応は、今もほとんど同じ場所に存在していると言っていた蝶野。 その通りだったのだ。 あの男のすぐ側に、魔物はいた。

 

 大蛇。 昔観た、アマゾン川を舞台としたホラー映画を彷彿する。 巨大な蛇が次々と人を襲っていくという内容だ。 

 だが、目の前の大蛇は、ただ大きな蛇というだけじゃない。 

 全身に刻まれた、幾何学的な紋様。 昆虫の複眼のような、丸い水晶の瞳が左右合わせて八つあり、何より不気味なのは、半透明の体。 臓器が丸見えだ。 その臓器さえも、透明にできるのだから恐ろしい。

 

「あれが、魔物ですの……?」

「でけえ……」

 

 二人もここで初めて魔物の姿を視認する。 男が連れていたのは、透明になれる魔物だったというわけだ。


「………………!」

 

 中級魔術一発では、大したダメージにはならないか。 魔物は攻撃態勢に移り、再び透明化しようとする。

 

「させない……!」

 

 魔物に向けて、上級魔術を発動しようとするが……。


「しまっ……」

 

 魔物は大きく跳ね上がり、桑羽田と蝶野を頭部から喰い殺そうと急降下する。

 

「遠ざかりなさい!」

 

 蝶野が腕を強く振る。 それに呼応するかのように、突如強風が吹き荒れる。

 魔物はその強風を受け、弾き飛ばされる。 まるで、見えない手によって叩き落とされたかのように。

 

「攻撃を!」

 

 蝶野の声に反応し、桑羽田も僕も魔物に向かって攻撃する。 

 しかし、再度透明化した魔物には、僕の放った火炎弾しか当たらず、また見失ってしまう。

 

「どこだ……!?」

 

 次の瞬間、僕は真正面から強い打撃を与えられ、吹っ飛ばされる。 衝撃が腹部を通り抜ける。 じわじわと体の奥底から膨らんでいくような痛みと、腹部の熱く鋭い痛みで、思考が停止する。

 

 混乱する。 透明の魔物一体に、僕たちは掻き回されていた。 冷静に判断して行動することができずにいる。

 

「クソ……!」



 

 気づいた時には、僕たちは分断されていた。 

 透明の魔物から逃げるように戦い続ける内に、僕と桑羽田は蝶野から離れた場所に来てしまっていた。

 

 そういえば、あの男は……? もしかすると、蝶野はあの男と戦っているのかもしれない。 だとすると、早く助けに行かなければならないが、まずは魔物を倒さなければ。

 

「桑羽田。 拝殿前で発動した設置型魔術は、まだあの場に残っているのか?」

「いや、維持する余裕もなかったから、残っていないぞ」

「もう一回使えるか? ここで」

「……使えないと困るんだろ?」

「ああ。 困るどころか、死ぬかもしれない」

「しょうがない、死ぬのは嫌だからな。 ちょっと無理してみるか」

 

 こうやって会話している間にも、魔物は襲いかかるタイミングを伺っているだろう。 

 透明なのを活かし、僕たちの攻撃を受けないように立ち回り、一人ずつ確実に殺すつもりだ。

 

 魔物の体は大きく、それ故に攻撃も当たりやすい。 透明であっても、今までに何発も攻撃を当てている。 一発攻撃を喰らった程度では大したダメージを受けずとも、それが積み重なれば話は別だ。 

 

 現に、魔物はこちらの攻撃を警戒している。 リーチの長さを活かした尻尾の攻撃こそ頻繁にするが、より確実に僕たちを仕留めることのできる噛み付きの攻撃は、魔物にとっても隙が多いからか、あまりしてこない。

 

 これは、僕たちにとって不幸中の幸いだ。 攻撃は最大の防御という言葉を実感する。 

 もし、魔物がもっと頑丈な体を持ち、後先考えず突っ込んで暴れまわるような戦い方をしてくる奴だったら、どうなっていたことやら。

 

「でもよ、もし仮に、うまく俺が魔術を発動できたとして、その後はどうするんだ? 魔物を追い払っても、根本的な解決にはならないだろ? 俺だって、少しの間しか魔術を維持できないだろうし」

「説明するのを忘れていた。 どう発動して欲しいかだけどな、なるべく多くの立方体を、僕たちを囲むように生み出してくれ。 前回と同様、僕が合図をしたら発動して欲しい。 合図をしたらだぞ?」

「それはわかったが……。 俺の質問に答え――」

 

 微かに聞こえた音を聞き逃さなかった。 魔物が来る。 

 

――どこから? 上空か? 全方位に注意を払う。

 

 何かの擦れる音。 音の発生源は……。 右か!?

 

 

「桑羽田! 左へ飛べ!」

 

 僕の指示通り、反射的に左側へと移動する桑羽田。

 

「っ――!?」

 

 桑羽田が今さっきまで立っていた場所に、何かが直撃する。 

 魔物だ。 地面に衝突しダメージを受けたことで、透明度が下がり姿形がハッキリと見えるようになる。 桑羽田を丸呑みにしようとしていたわけか。

 

「今だ、発動しろ!」

「お、おう!」

 

 一瞬躊躇いを見せるも、すぐに透明の立方体を十数個ほどこの場に展開する。 魔物と僕たち二人を囲むように。

 

「おいおい、本当にこれでいいのかよ……。 俺たちもこれに当たればタダじゃ済まないんだぞ? 魔物も俺たちも、互いに行動範囲が狭まるってわけだ」

「ああ、これでいい。 俺たちはこいつのように大きな体というわけじゃないからな。 桑羽田のこの魔術は、デカい敵には非常に効果的だ」

 

 桑羽田への攻撃を外した魔物が、尻尾で攻撃しようと動き出す。


「……なるほど、そういうことか」

 

 だが、その尻尾は、僕たちを囲むように存在する立方体に接触し、凍結する。

 

「ああ。 今度は魔物の進路を限定する為じゃない。 魔物を閉じ込める為ということだ」

 

 巨大な蛇のような体を持つこの魔物が動き回るには、狭すぎる空間。 それを、桑羽田の魔術により作り出した。 下手に動き回れば、冷気の塊にぶつかって氷漬けだ。

 

『キュゥゥゥゥ!?』

 

 甲高い鳴き声を響かせながら、自身の置かれた状況に焦りだす魔物。 

 この場から抜け出そうと動けば動くほど、その大きい体が立方体にぶつかり、体のあらゆる部分が凍結していく。

 

「僕たちはこの立方体で作った檻の外に出ればいい。 奴は出れなくても、僕たちは容易に抜け出せる」

 

 魔物の動きは鈍くなっていき、透明化も持続できていないようだ。 

 見事、魔物の動きを封じることに成功したわけだが、これで終わりではない。 動きを封じるだけではなく、息の根を止める必要がある。

 

「後どれくらいの時間、維持できるんだ?」

「……十秒くらいだ」

「わかった。 十秒後、上級魔術で攻撃する」

 

 もし、この攻撃で決められなかったら……。 

 魔物は確かに弱っているが、僕たちも相当弱っている。 捨て身のタックルでもされたら、タダでは済まない。 最悪、死ぬ。

 

 集中力を高める。 全て、当てるつもりで攻撃しなければ。

 

「宇治……。 任せたぞ」

 

 立方体が全て消え失せる。

 

『キュ!!』

 

 そのことに気づき、魔物がこちらに狙いを定める。

 

 だが、僕は既に迎撃の準備を完了していた。 空中に浮かび上がる、無数の爆裂弾。 その全てを、魔物に向けて射出する。

 

「うっ……!」

 

 熱風が吹き荒れる。 爆音で耳がおかしくなる。 目の前は、一瞬にして火の海と化した。

 

「どうだ……?」

 

 僕の後方に伏せていた桑羽田が、声をかけてくる。

 

「これだけ派手にやれば、流石に……」

 

 目を疑う。 火の海の中から、現れたのだ。

 

「おいおい、マジかよ……」

 

 全身を炎に包まれながらも、ゆっくりと躙り寄ってくる魔物。 これだけ攻撃したのに、まだ動けるというのか。

 

「……最期に一本、吸いたかったな。 煙草」

「最期だなんて、馬鹿なことを言うなよ……」

 

 とは言ったものの、力はほとんど残っていない。 これは本当に……。

 

「……ん?」

 

 すぐ目の前にまで迫っていた魔物が、倒れ込む。

 そして、そのまま魔物は動かなくなり……。

 

「崩れた……?」

 

 黒ずんで、砂のように崩れ去ったのだ。 焼け焦げたにしては、不自然な光景。

 

「……どうやら何とかなったようだな。 良かったな、まだ煙草を吸うことができるみたいで」

「本気で死ぬかと思ったぞ……」

 

 何とか魔物を倒すことができた僕と桑羽田。 本来なら、もっと喜ぶべきなんだろうが、まるで倒したという実感がない。 


 何より、蝶野が心配だ。 

 蝶野は無事、あの男から逃げられたのだろうか。 あの男と交戦中という可能性は充分ある。 もしそうだとして、僕たちはあの男と戦えるだろうか。 

 僕も桑羽田も、魔物との戦いで力を使いすぎた。 そう考えると、ここは下手に動き回らず、いち早くホテルへ戻るべきか? それとも……。

 

「何考えてんだ? 蝶野のことか?」

「あっ……」

 

 僕が何を考えているのか、顔に出ていたか。

 

「蝶野もあの男も行方不明。 そしてこの火事ときた。 これからどうしようかと悩んでるってわけか?」

「確かに、悩んではいた」

「いた? もう答えは出たってことか」

「ああ。 なあ、桑羽田」

「何だ?」

「悩んでいる時間のほとんどは、本当に悩んでるわけじゃないのかもしれないな」

「ん……? どういうこった」

「自分がどうしたいかは、最初から決まってたってことだ。 後から出てくる案ってのは、本当にやりたいことじゃないのかもしれない」

「違いない。 ……さて、先を急ぐか」

「どこへ行くんだ?」

「決まってるだろ。 蝶野を探しにだ」

「……何だ、桑羽田も同じことを考えていたのか」

 

 拝殿の方へと戻る。 

 拝殿はこのまま全焼しそうな勢いで燃えていた。 

 そこに、男の姿はなかった。

 

「そろそろ消防車でも来そうだな……」

「早いところ、蝶野を見つけて退散しないとな」

 

 

 

 境内を更に奥へと進んでいく。 男がいつ襲ってきても対処できるよう、慎重に。


「見ろよ、これ」

「これは……。 蝶野の魔術でこうなったのか?」

「そういえばさっき、大きな音がしてたな。 随分と派手に戦ってたようだな」

 

 台風でも通過した後かのように、なぎ倒された木々が目の前に。 僕たちと離れた後も、蝶野は男と戦っていたということか。 

 

「あの辺りなんて、クレーターみたいになってるぞ」

「随分と派手に戦っていたみたいだな……」

 

 男の地属性魔術によるものだろうか。 鋭い岩石が地面からいくつも生えている。


「……何か匂うな」

 

 この匂いは……。

 

「匂う? そりゃ、あれだけ燃えてれば、焦げ臭いだろうけど……」

「いや、そうじゃない」

「ん……? ……確かに何か匂うな。 これは……」

 

 と言いかけて、この匂いが何を意味をするのか察する桑羽田。

 僕も、この受け入れ難い現実を受け止めることにする。

 



「……血の匂いだ」

 



 まだ、誰の血の匂いか確定したわけじゃない。 あの男の血の匂いかもしれない。

 

 だけど――。 


 どこかでわかってしまっている。 それが、希望的観測でしかないことが。

 

「こっちの方からか?」

 

 桑羽田が、匂いのする方へ歩み出す。 僕も、その後を追う。


「……………………」

 

 立ち止まる桑羽田。 追いついた僕は、その横顔を覗き込む。


「桑羽田……?」

 

 桑羽田の表情は、凍りついたように強張っている。 その視線の先には――。


「蝶野……?」

 

 蝶野。 確かに、アレは蝶野だ。 見間違えではない。 いつも小煩いが、どこか憎めないところがあり、何だかんだで優しい奴。

 

 でも、今目の前にいる蝶野の、その姿は……。 あまりにも……。

 

「……これが、蝶野なのか……?」

 

 桑羽田がそう言うのも、無理はなかった。

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