魔術師であるということ
全国にチェーン展開しているファミレスに入る。 店内は冷房のおかげで涼しかった。
ちょうど昼時ということもあり、客の数は多く、騒がしい。 その騒々しさに自分の声が掻き消されないよう、大きめの声で注文する。
僕は日替わりのランチメニューを頼み、桑羽田はステーキとライス、蝶野がペペロンチーノを頼む。
「なあ、宇治」
「ん……?」
「答えたくなかったら別にいいんだけど、宇治には兄弟とかいたのか?」
頼んだ品が届くまでの退屈な時間に耐えきれなかったのか、単に好奇心からか、宇治が僕に問いかける。 それも、随分と聞きにくそうな内容の問いを。 一体、どうしたのだろうか。
「いなかった。 僕は一人っ子だったよ。 でも、どうしたんだ? 急にそんなことを聞いて」
「いや、さっき蝶野の弟の話をしてたから、宇治にも弟とかがいたのかなと思ってさ」
「……もしいたとしたら、僕が今、こうやって魔術会に所属していることから考えて、兄弟は死んでいるか、生き別れしているかってことになるだろ? よくそんな質問ができたな」
怒りとかそういう感情こそ湧き上がらなかったが、心底、桑羽田は無神経で大雑把な奴だと思う。
「まあまあ、俺たちはみんな同じような境遇だろ? 聞きづらいことをあえて聞いて、互いのことをよく理解し合うのも良いんじゃないかなと思ったんだよ」
「どういう風の吹き回しだ?」
「まったくですわ。 気味が悪い……」
「おいおい、酷い言いようだな。 俺たちさ、魔術会に入った時期こそ違うけど、偶然にも同い年だろ? こうやって一緒に組む前から付き合いがなかったわけでもないし、どっちかと言うと付き合いは長い方だろ? それなのに、互いにどこか壁を作って、互いのことをよく知らないままで放置してる。 だからさ、互いに身の上話でもして、より親密にだな……」
なんか、意外だ。 桑羽田がそんなことを考えていただなんて。
今までそんな素振りは見せたことがなかった。 ……ような気がする。
「何で今更そんなことしなきゃいけないんですの。 あなた、何か変なものでも食べたんですの?」
「そこまで言うか……。 あのな、よーく考えてみろよ、二人共。 蝶野の弟の話をしている時にふと気づいちまった……いや、前から気づいていたけど、そこまで深く考えていなかったことがあるんだけどな、俺たちは、ずーっと魔術会の人間として生きていかなきゃいけないんだぜ? つまり、俺たちにとってまともに関わることのできる人間は、魔術会の人間のみってことだ。 この意味がわかるか?」
「それは……」
なるべく、考えないようにしていた。
「俺たちは、こんな風に外を歩き回ってこそいるけど、死ぬまで魔術会の人間として色々な制約を受けながら生きていかなきゃいけないんだよ。 自由なんてあるようでない。 魔術会に入る前はたくさんあったはずの選択肢もほとんど消え失せた」
僕たちはまるで籠の中の鳥みたいだと思ったが、その例えはあんまり相応しくないような気がした。
「でも、魔術会の待遇は悪いわけじゃない。 いや、むしろ待遇は良い方だ。 何もやらかさなきゃ、それなりの生活はできる。 だから、そう悲観的になるものでもない。 でも……」
桑羽田の言う通りだ。
そう悲観的になるものでもない。 桑羽田は自由なんてあるようでないと言ったが、僕たちは割りと自由なご身分なのではないかと思う。
「外部の人間と深く関わることができないのは、あまりにも大きい」
「……だから、深く関わることを許された数少ない魔術会の人間同士でもっと親しくなるべきだ、ということかしら?」
「そういうこった」
一理あるとは思った。 残酷な現実だ。
僕たちは、外の世界で友人も恋人も家族も作れない。 いや、作ること自体はできても、すぐに崩壊してしまうのだ。
「宇治の言いたいことはわかったが、もっとやり方ってのがあるだろ」
「俺は不器用なんだよ。 許せ」
不器用と言えば許されるわけじゃないと思う。
「わたしだってそんなに嫌な奴じゃありませんわ。 でも、だからといっていきなり親しくなろうだなんて、無理ですわ。 仲良くしろと言われて仲良くできたら、世の中はもっと平和なはずじゃありませんの? 別に、仲良くしたくないわけじゃないけど、自然に仲良くなっていくのが一番だと思いますわ」
「そうだな。 いいじゃないか、今まで通りで。 桑羽田の気持ちはよくわかった。 けど、魔術会内の人間同士でしか深く関われないからって、不自然に互いの距離を縮めるのも間違っている気がするし、何よりその在り方は悲しすぎる」
「自然に、か。 じゃあ自然に接するとするかな」
桑羽田が煙草を取り出し、ライターの火を点ける。 そういえばこの席は喫煙席だった。
ふと、僕たちのこの意味ありげな会話が周囲の客に聞かれて不審に思われてはないだろうかと不安になるが、わざわざ僕たちの会話を一言一句聞こうとする人もいないだろうし、いたとしても何だかおかしな連中だなと思って終わりだろう。
少々楽観的すぎる気もするが、実際この会話を聞いたところで何かしようとするものだろうか。 それ以前に、周りを見渡す限り、他の客の会話に聞き耳を立てているような客はいない。 皆が皆、自身の会話に夢中だ。
「そういえば蝶野」
「何ですの?」
桑羽田が煙草をふかしながら、話しかける。
「お前、まだ毎日弟に電話かけてんのか?」
「なっ、なんでそのことを……!?」
動揺を隠せない様子の蝶野。 僕はというと、僕は今日初めて気づいたのに、桑羽田は以前から知っていたのかと驚いた。
三人で行動するようになったのは、つい三週間ほど前だ。 三週間もあれば、気づいていてもおかしくはない。 僕が鈍すぎたのか。
「施設でお前の弟さんと話したことがあるけど、お前がベタベタしすぎて困ってるみたいだったぞ。 心配なのはわかるが、あんまりしつこく電話かけたりしてると嫌われるぞ」
「なっ!」
「確かに、今朝のように電話をするのはやめたほうがいいかもな」
「今朝……?」
「あ」
しまった。 つい口を滑らせてしまった。
「宇治。 あなた、嘘をついていたんですの!?」
「う、嘘はついていないぞ。 蝶野の質問は、いつからここにいたとしか聞いていないし、今さっき来たというのも、僕にとっての今さっきだ。 蝶野の考える今さっきとは違う」
「言い訳なんて聞きたくありませんわ!」
顔を真っ赤にして怒鳴り散らす蝶野。 せっかく機嫌が良さそうだったのに、これでは昨晩まで後戻りだ。
「そんな隠すようなことだったのかよ」
「だって、恥ずかしいじゃない……」
蝶野の赤面は、怒りからではなく、羞恥からなのか。 僕と桑羽田から目を逸らし、俯いてる。
「別に、恥ずかしがる必要もないんじゃないか? そりゃ、弟と電話をしていた蝶野は普段の蝶野とは結構違っていて驚いたけど、たった一人の家族なんだから、あんな風になるのも無理はないとも思ってる。 何より……」
「何より……?」
「蝶野にもあんな一面があったのかと、安心したというか、嬉しいというか……」
言葉に詰まる。
これ以上事態が悪くならないよう、何か話さなきゃと思ったはいいが、伝えようとしていることがうまく言葉に表せない。
「安心? 嬉しい? あんな恥ずかしい一面を見ておいて、何ですの!?」
「何て言うんだろうな……。 うまく言えないけど、蝶野も心を許した相手にはあんな風になるってことは、見方を変えれば素をさらけ出せる相手がちゃんといるってことだろ。 それを確認できて、なんか安心して、嬉しくなったんだ」
「……宇治、あなたも何か変なものでも食べたんですの?」
そう言われても仕方がなかったから、特に何も言い返さなかった。
そうしてすぐに、注文した品が届き始め、先程までの普段しなかったような会話で生じた変な雰囲気はすっかり薄れていった。
僕も桑羽田も蝶野も目の前の食事に夢中になった。
食事を終え、しばらく休憩をした後、ファミレスを出て今回宿泊する予定のホテルへ向かった。 もうチェックインが可能な時間帯だ。 そんなにたくさん荷物があるわけではないが、移動中の荷物は少ない方が楽だ。 チェックインが可能なら、荷物を置きに寄っていきたい。
これといった特徴のないビジネスホテルへ辿り着き、チェックインを済ませる。 受付前の休憩所には、大型のテレビがあり、昼のニュース番組が放送中だ。
速報と表示されており、見てみると どうやらとある民家の四人家族が昨晩殺害されたとのことだ。
殺害現場の状況は凄まじく、犯行に使われた凶器などは現在調査中。 犯人の手がかりも不明で現在も逃亡中らしい。
今回は三人がそれぞれ一人部屋に泊まることに。 それぞれが自分の部屋へ行き、荷物を置き終え、ホテルを後にする。 荷物が少なくなって身軽になったというのに、桑羽田も蝶野も、どこか浮かない顔をしていた。
……いや、きっと、僕も浮かない顔をしているのだろう。 僕たち三人は、何やら言いたげなのを我慢したまま、道を歩く。
恐らく、僕たちが考えていることは同じだ。
つまり、互いに誰かが話始めるのを待ってしまっている。 こんな時に限って、僕たち三人は息が合うようだ。 桑羽田も見事にだんまりだ。 らしくない。
スマートフォンの画面を見てみると、ニュースアプリから速報が表示されていた。 移動中だからヴァイブレーションに気づかなかったのか。 テレビニュースとどちらが早かったのだろうか。
流石に、これ以上黙り続けるわけにはいかない。 桑羽田も蝶野も話始めないのなら、僕が話すしかない。 損な役回りには慣れている。
「なあ、今さっきホテルのテレビで報じられていた事件って……」
この僕の一言は沈黙だけではなく、進展のない状況に感じていた僅かな苛立ち、それと共に抱いていた安心感と停滞感さえも打ち破るのかもしれない。
「ああ。 俺も気になってた。 もっと詳しく調べてみる価値はありそうだな」
僕が話し始めたのをきっかけに、桑羽田も喋り始める。
「何より、この一家惨殺事件が強盗目的でも恨みによるものでも無いのなら、あの事件と繋がるかもしれない。 被害状況も似ている」
「あの事件って、東日本連続猟奇殺人事件のことですの? 犯人複数説が本当で、もう一人の犯人がまた犯行を再開したのだとしたら……」
桑羽田が喋り始めたのをきっかけに、蝶野も話し始める。 やはり、僕たち三人は同じようなことを考えていたようだ。
「――魔物や魔術の関わっている可能性が高い」
そうであってほしいというよりも、そうでなくては成り立たないのではないかとさえ思い始める。
「幸か不幸か、一家惨殺事件の起きた場所と、今俺たちがいるこの街、結構近いな」
桑羽田の指摘でそのことに気づく。 本当だ。 同じ県内で、電車を使えば一時間もかからない。
「本当ですわね。 今から事件の起きた街に行けなくもないわ。 どうしますの、宇治」
「……今日はこの街から離れたりはしない。 何より、犯人が犯行現場の近くに留まっているとも思えないし、手がかりも残してくれていそうにはないな」
こうして、僕たちは一家惨殺事件の情報を随時確認しながら、街を歩き回った。
相変わらず蝶野の探知魔術に反応はなく、そのことに落胆するべきか、安心するべきか、複雑な思いを秘めたまま、ただ時間だけが過ぎていった。
いつの間にか日は落ちて、夜が訪れる。
「もうこんな時間かよ。 そろそろ飯に行かないか? 駅の方なら店もたくさんあるだろ」
ついに、その時が来てしまった。
「ああ、そうだな。 蝶野もそれでいいか?」
「……待って。 反応が……」
「反応?」
蝶野のただならぬ様子に、桑羽田の目つきが変わる。
「二つ、反応がありますわ……。 すぐ、この近くで!」
緊張感が高まる。 反応。 反応があったということは、魔術を使用する何者かが近くにいるということか。 それとも、魔物がいるのか。 もしかすると、設置型の魔術という可能性も。
蝶野に付いて行き、辿り着いたその先には、石段があった。 目線を上へと移動させると、赤い鳥居が。 どうやらここは神社のようだ。
石段を上り、鳥居をくぐり抜ける。
鳥居は神域と俗世を隔てる門のようなものだと聞いたことがある。 だから、鳥居をくぐるのにも作法があるらしい。
しかし、今は作法がどうこうと考えている余裕はない。
「蝶野。 間違いなくこの先に反応は二つあるんだな?」
探知魔術は蝶野の主観的なものだ。 僕には蝶野の言葉でしか、探知魔術の情報を得ることはできない。
「そうですわ。 ほとんど同じ地点に、二つの反応がありますの。 敵を確認したら、どうするかわかっていますわね、宇治?」
「もちろんだ」
相手の実力は未知のもの。 相手が何かをする前に、叩く。 それだけだ。




