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母性

※暴力的なシーンがあります。 苦手な方はご注意ください。

 

 芦高は電工用ナイフの刃の部分を持ち、柄をこの一家の母親である女に向けて手渡そうとする。

 青ざめた顔で、ナイフの柄を見つめる女。

 

「これで、大樹を……?」

「そうだ。 そうすれば、お前たち家族は助かる」

 

 さて、この母親はどう動くのかと芦高は想像する。 

 

 芦高は何も、殺せと命じているわけではない。 ただ、刺せと言っただけだ。 家族全員が皆殺しにされるよりは、例え相手が自分の息子であろうと、ナイフで突き刺すことを選ぶはずだ。

 

「どうした? できないのか?」

 

 受け取ったナイフを握ったまま、動かない女。 

 当然だ。 あまりにも唐突で、わけの分からない命令。 この状況を冷静に受け止めて思考できる人間など、そう多くない。

 

 父親も、何も言葉を発しない。 

 もしかすると、父親は早く刺して欲しいと思っているのかもしれない。 それでも、それを言葉にすることは、この父親にとって許されないことなのだろう。 

 

 だが、そうしていられるのも今のうちだ。 死の恐怖を目の当たりにして、他者を思う余裕など、容易に掻き消される。

 

「……お母さん。 僕は平気だよ。 痛くても我慢するよ」

「大樹……」

 

 やはり俺の目は間違っていなかったと芦高は確信する。 

 

(……最高だ。 この少年を壊すのが楽しみでしょうがない)


 芦高は、次の段階へ移行する為、言葉を発する。

 

「お前の息子はああ言っているぞ。 さあ、どうする?」

「ううっ……」

 

 女の震えは更に激しくなり、冷や汗をかいていた。 

 呼吸は乱れ、目の焦点は定まっておらず、とてもじゃないが、息子を刺せるようには見えない。

 

「……由里子!」

 

 由里子。 この母親である女の名前だろう。 父親が、名前を呼ぶ。 名前を呼んだからといって、この母親が平常心を取り戻せるわけがないと芦高は思う。

 

「でっ……、できない……。 私には、大樹を刺すなんて……。 私には……」

 

 嗚咽混じりに喚く女。 

 命が懸かっているというのに、刺せないとは。 まったく、愚かな女だと芦高は思う。 

 

 だが、この母親はある意味賢いとも言える。 息子を刺したところで、本当に芦高が見逃してやるわけではないのだから。 

 捉えようによっては、物事の真意を見抜いていたと言えなくもない。 命が狙いだのと言っている男の言うことをまともに聞き入れるのも変な話だ。 

 

「そうか」

「うぐ……!?」

 

 芦高は母親の首を片手で締める。 力を入れすぎないよう、注意する。

 母親の手から、ナイフがするりと抜け落ちる。 

 

 ナイフの存在を思い出し、この母親がナイフで俺を攻撃する可能性もあったことに今更気づく芦高だったが、どんなに自分が油断していても傷一つつかない自信が芦高にはあった。

 

「お母さん!」 

「――やめろっ!!」

 

 落ちたナイフを拾いに来たのか、首を締めている芦高を突き飛ばしに来たのか、そのどちらともなのか、この一家の父親である男が芦高の方へ向かってくる。

 

「安心しろ」

「かッ……!」

 

 芦高は、男の腹部を軽く殴打する。 

 衝撃に貫かれた苦痛から、ダンゴムシのように丸くなる男。

 

「俺は何も、お前たちの目の前でこの女を辱めたりするわけじゃない。 純粋に、苦痛と絶望を与えるだけだ」

「ぐ……」

 

 首を締める力を少し強める。 醜く歪んでいく女の顔。

 

「苦しいだろう? 苦しみから解放されたいのなら、子供の腹を刺してみろ。 ……そうだ、お前が刺してもいいぞ。 男」

 

 母親の首から手を放す。 その場に倒れ込み、苦しげに咳き込む母親。

 

「俺が……?」

「そうだ。 お前がお前の息子を刺しても、見逃してやる」

 

 ナイフを拾い上げ、立ち上がり、少年のいる方を向く男。

 

「大樹……」

「お、お父さん……」

 

 立ったまま動かない男。 

 しかし、決心したのか、ナイフを強く握り直し、少年の元へ一歩、また一歩と進み始める。

 

「ごめんな……。 ごめんな……」

 

 悲哀に満ちた表情を浮かべる男。 いい表情だ。

 

「すぐに、終わるからな……」

 

 ナイフの切っ先を、少年の腕に向ける男。 震えながらも、覚悟を決めたのか、眼を閉じる少年。

 

「やっ……、やめて……!!」

「由里子……!?」

 

 倒れ込むように、男と少年の元へ駆け寄る女。 男が少年を刺すのを必死に止める。

 

「お願い……! 大樹を刺さないで……!!」

「お、落ち着け由里子! 刺さないと殺されるんだぞ!?」

「大樹を刺すくらいなら、死んだっていいわ!」

「お前、正気か……? しっかりしろ!」

 

 醜く喚き合う両親を目の前にして、少年は何を思っているのだろうと芦高は考える。 

 両親の頼りなさに絶望しているだろうか。

 その身の危険に恐怖しているだろうか。 

 それとも、母親の愛に喜びを感じているだろうか。

 

 母の愛。

 母性本能。

 自らの命よりも、子の命を。

 子を苦しませるくらいなら、自らに苦しみを。

 

「大樹をナイフで刺したとしても、すぐに病院へ連れていけば大丈夫だろ! それに、お前は死んだっていいのかもしれんが、俺と大樹はそんなこと思ってないし、お前が死ぬことなんて俺も大樹も望んでないぞ!? なあ、大樹?」

「……うん」

 

 母親が子供に注ぐ、無償の愛。

 

「だけど……。 ……そうよ。 ねえ、私が代わりになるから……。 何でもするから……。 大樹には何も……!」

 

 俺に言っているのか。 何でもする? さっそく矛盾しているではないか。 何でもする覚悟があるのなら、息子を刺せばいいと、芦高は思う。 

 

「そこまで自分の息子を傷つけたくないのか」

「……ええ」

 

 芦高は、母の愛など信じなかった。

 

(くだらない……)


 まるで、母の子に対する愛が絶対的なものであるかのように語る者たちには、反吐が出る。

 生物として、子を守り、育てる本能があることを全否定するわけではないが、人間における、やたらと美化された母性本能など、まやかしだ。 後付の、作り物でしかない。 多くの女が幼い頃より教えられたあるべき母親の姿を演じているだけに過ぎない。 

 そう、芦高は思っていた。

 

(わからせてやろうではないか)


 母親など、ただ成熟した雌が成熟した雄と交尾をし、子を孕み、それを産んだだけの生物でしかない。 

 母親になったからといっても、ただの生物なのだ。 生物としての現実からは逃れられない。

 

「わかった。 ならば、お前が苦痛に耐えることができれば、お前たち家族を見逃すことにしてやる」

 

 この女で、母性なんてものがどんなに脆く、弱いものかを証明してやろうと芦高は考える。

 母性など最初から持ち合わせていない母親もいるのだ。 


――俺の母のように。

 

「私が、苦痛に耐えられれば……?」

「そうだ。 そうだな……。 そこに手を置け」

 

 と言って、芦高が指を指した先にあるのは、ガスコンロ。

 

「え……?」

「聞こえなかったのか? そこのガスコンロに手を置くんだ」

「お前……何を……!?」

 

 男が動こうとする。

 

「おっと、手出しはするなよ? お前が手出しをしたら、この約束はなしになる。 なあに、やることは簡単だ。 耐えればいい。 三十秒だ」

「さ、三十秒も……!?」

 

 女は自分が何を耐えるのか、察した様子だ。 じっとりと冷や汗をかいている。 髪の毛が湿って、肌に張り付いている。

 

「さあ、手を置け。 早くしろ」

「うううっ……!」

 

 女がガスコンロに手を置く。 

 芦高は女が逃げぬよう、女を囲うように後ろに立つ。 

 そして、ガスコンロのツマミを回す。

 

 点火音が聞こえ、ガスコンロから火が噴き出す。 

 強火とはいえ、あくまで調理を目的とした火の強さだ。 火炎放射器なんかと比べれば、あまりにも威力が低いだろう。 

 

 しかし、それでもガスコンロに直接手を置けば、ただで済むわけがなく。

 

「あ゛あ゛あ゛ああああああああああ!!」

 

 自らの声帯を破壊しかねないほどの大声。 近隣の住民に通報されてしまうのではないかと思った芦高だったが、

 

(その時はその時だ……。 俺には力がある。 どうにでもなるだろう)


 と、再び娯楽に集中することにした。

 

(……おっと、時間を数えるのを忘れていたな。 今から二十五秒でいいだろう)


 心の中でカウントを始める芦高。


「由里子ぉ!」

「お母さん!!」

 

 男と少年が、胃でも吐き出しそうな顔で母親の名を叫んでいる。 

 意味もなく手足を動かし、落ち着きがない。

 

「あ゛あ゛ああぁぁぁ……。 まだなのお゛おおぉ……?」

 

 残り十五秒。 女の手は焼け爛れ、酷い有様だ。

 

「まだだ」

「あ゛あ゛ああっ……」

 

 激痛と恐怖の余りか。 よく見ると、この女、尿を漏らしているではないか。 家族の目の前で辱めるつもりなどなかったのに、これでは結果的に辱めているようなものではないか。

 

 芦高は自身の発言が嘘になってしまったことに対し不愉快さを覚えるが、

 

(……まあ、この家族がこのまま俺に殺されず、何十年も生き続けたら、当然この女は老人になる。 老人になれば尿くらい漏らすだろう。 その時介護するのも、きっとこの少年なのだと考えれば、遠い未来にあったはずの可能性と似たような出来事が起きていると言えなくもないか)


 と、勝手に自己解決をしていた。

 

「もっ、もう……」

 

 焼かれている左手が激痛から暴れまわりそうになるのを、右手で必死に押さえつけている女。 だが……。

 

「……離したな」

 

 ついに耐えられなくなり、左手をガスコンロから離す。

 

「あ……。 あああ…………」

 

 焼け爛れた左手よりも、三十秒耐えられなかったことにショックを受けているのか。 呆然と立ち尽くしている女。

 

「耐えられなかったということは……。 わかっているな?」


 と、芦高が言ったタイミングで、

 

「パパ……? ママ……? お兄ちゃん……?」

「……愛美!?」

 

 リビングの扉が開き、幼女が現れる。 この一家の娘。 叫び声で目が覚めたのだろう。

 

「愛美……! こっちへ来るな!」

 

 娘の名を呼ぶ男。

 

「パパ……? あの男の人、パパの知り合い?」

 

 状況がよく飲み込めていない様子。 

 このまま殺すのも不親切だ。 わからせてやろうと芦高は考える。

 

「い、いやぁっ……!」


 そして芦高は、女の髪の毛を掴み、リビングまで引きずっていく。

 

「ママ!?」

「ほら、娘によく見せてやれ。 その左手をな」

「ああっ!」

 

 幼女の目の前に、女を放り出す。

 ゴミのように扱われている自らの母親の姿を前に、衝撃を隠せない幼女。


 まだ年齢にして、小学校低学年くらいだろうか。 

 その年齢で、人間が同じ人間にここまで酷く扱われているのを、実際に見てしまったのだ。

 いくら幼いとはいえ、その思考能力は決して低いわけじゃない。 幼いなりに、この認め難い目の前の現実から、一つの結論を導き出しているだろう。

 

「さて、女。 お前が耐えられなかったことで、娘は死ぬ。 よく、見ておけ」

「いや……。 いや……!!」

 

 芦高は、幼女の元へ躙り寄る。 

 途中、男や少年が行く手を阻もうとしていたが、芦高はそれを手で払い除けた。 

 それだけで、男も少年も吹っ飛び、背中を家具に強打していた。

 

「わっ……!」

 

 幼女の首を掴み、持ち上げる。

 

「パパ! ママ! 助け……」

 

 助けを呼ぶ声を遮るように、床に叩きつける。


「愛美いぃぃぃぃ!!」

 

 三人の絶叫をバックグラウンド・ミュージックにしながら、続ける。 

 叩きつけられ、うつ伏せになった幼女の背中を勢いよく踏みつける。

 

 幼女の口から、勢い良く血液が噴射される。 まるでスプレーだ。 

 スプレーには、空気の圧力を用いたエアスプレーの他に、空気の圧力を用いず塗料そのものに圧力をかけて噴出するエアレススプレーがある。 

 これは、エアレススプレーといえるだろうか。 最も、血液以外の不純物が混ざりすぎていて、綺麗な塗装ができるとは思えないが。

 

「ま、愛美が……」

 

 酸素を求める金魚のように、口をパクパクとさせる女。

 

「うわあああああああ!!」

 

 我を失った男が、芦高に襲い掛かってくる。

 

 どんなに怒り、芦高を憎んだところで、圧倒的な力の前では無力だった。 

 男は芦高により、床に抑えつけられる。

 

「さて……」

 

 ちょうど手の届く場所にあった、ナイフを拾う芦高。

 

「お前もすぐに殺してやる。 良かったな。 お前が大事に育てた娘とも、すぐに再会できるぞ?」

 

 突き刺す。 何箇所も。 

 男の着ていたシャツが、赤く染まる。

 

 ふと、芦高は世の中に溢れる色について考える。 

 自然界に多く見られる色は、青や緑、茶色辺りだろう。 人間の建てた建造物は、白やら灰色やらが多いだろうか。

 

 では、赤色は? 赤色は、世の中に、あまり存在しない色なのだろうか。

 

 違うはずだ。 

 何故なら、さっき殺した幼女と、今ナイフで突き刺しているこの男。 体内に、こんなにも赤色を隠していたではないか。

 

 以前殺した人間たちもそうだった。 

 人は皆、赤色を隠して生きている。 実はたくさんの赤が詰まっている。 

 これはつまり、普段目にしないだけで、赤色はこの世にたくさんあるということなのではないだろうか。

 

 そもそも赤は原色だ。 純粋な赤色が多いのも、当然なのかもしれない。

 

 赤。 赤色を、もっと見たい。 

 その為に、皮を裂き、肉を抉る。

 

「うぐ……」

 

 首も切りつけられ、大量に出血する男。 

 ただでさえ青ざめていた顔色が、更に悪くなっていく。 死ぬのも時間の問題だろう。

 

 女と少年は、完全に諦めていた。 互いに身を寄せ合い、目の前の凄惨な光景を見ないよう、目をつむっている。

 

「……すまないな、少年。 お前たちのような家族を……。 お前のような少年を見ていると、つい与えたくなってしまうのだよ」

 

 芦高は少年に語りかける。

 

「絶望を知らぬ者には、絶望を」

 

 語りかけたまま、ナイフを持った腕を振り上げる。

 

「苦痛を知らぬ者には、苦痛を」

 

 そして、そのまま振り下ろす。

 

「恐怖を知らぬ者には、恐怖を」

 

 ナイフが男の人体に深く突き刺さる。

 

「悪意を知らぬ者には、悪意を」

 

 突き刺さった部分から、じんわりと血が溢れ出る。 男はもう息絶えていた。 全身をめった刺しにされたのだ。 失血によるショック死だろう。

 

「……与えたくなってしまうのだよ。 残念だったな、後もう少しで来るはずだった夏休みは、永遠に訪れない。 会いたい人に会うことももうできない。 楽しみにしていたことも、もう楽しむことはできないぞ」

 

 少年の腕を掴み、引っ張る。

 

「うわぁぁああ!!」

「大樹ぃぃぃぃいいい!!」

 

 必死に抵抗する少年と、女。


「少年。 今まで生きてきた数年間、楽しかったか? 幸せだったか? もし、楽しく幸せであったのなら、良かったと捉えるべきではないか? 短いながらも、楽しく幸せな人生を歩んで死ぬことができるのだからな」

「嫌だ……。 死にたくないよおおおおおおお!!」

 

 少年を女から引き剥がす。 

 そして、女に見せつけるように、芦高は少年の首をナイフで切りつける。

 

「いやああああああああああ!!」

「どうだ? お前が溢れんばかりの愛情を注ぎ込み、大事に育ててきた息子は、首を刃物で切り裂かれ、死ぬ。 どれだけの苦痛を味わうのだろうな」

 

 更にナイフで切りつけていく。 鮮血が床に降り注ぐ。

 

「お前の息子は、こんな風に殺される為、お前に育てられてきたということになるな。 今までの苦労や努力なんかも、全てこんな最期を迎える為だ。 虚しいものだな」

「ああああ……」

 

 掠れたような呻き声を上げる女。

 

「最も、こんなことになったのも、お前が息子をナイフで刺すことができなかったからなわけだがな。 それだけじゃない。 わざわざ俺がお前の要望に答えてやって、代案を出したというのに、それすらもダメだった。 お前の息子が苦しんで死ぬのは、お前のせいだ」

 

 芦高は女の心を殺す言葉を言い放つ。 女は、魂が抜けてしまったかのように、虚ろな目で少年を見る。

 

「……………………」

 

 少年はいつの間にか死んでいた。 後はこの女を殺すだけだが、こうも人形のようになってしまうと、つまらない。 

 すぐに踏み潰して破壊することにしようと芦高は考える。

 

 

 

「……缶コーヒーか」

 

 女を踏み潰した後、芦高はキッチンの隅の方に箱買いされている缶コーヒーがあるのを発見する。

 男が日常的に飲んでいたのだろうか。 ちょうどいい。 いただくことにしよう。

 

「………………ふぅ」

 

 缶コーヒーを飲みながら、リビングを見渡す芦高。 

 リビングは、四人の体内に詰まっていた血液で、真っ赤に染まっていた。 

 

 四人から、こんなにも赤色が。 


 不思議なものだと芦高は思う。

 誰から見ても、幸せそうな四人家族。 それが、俺の手によって破壊された。 

 これからも幸せな日々を送るはずだった四人それぞれが、苦痛と絶望を味わい、死んだ。

 

「ふ……」

 

 芦高は今、ほんの少しだけ満たされた。

 

「随分と派手に遊んだな」

「……ん?」

 

 背後から声。 

 突然の来訪者に身構える芦高。 

 が、すぐに相手が誰なのか理解し、全身の力を抜く。

 

「……お前か」

「力を与えてやった俺に向かって、お前呼ばわりか。 相変わらず、度胸がある。 大したものだ」


 現れたのは、銀髪紫眼の青年だった。 芦高郡に力を与えた張本人。 

 

「……何の用だ。 力を返せとでも言いに来たのか」

「そんなことは言わないさ。 俺は、君の行動に口出しするつもりはない。 好きに暴れまわってくれればいい」

 

 銀髪の青年は、目の前の悲惨な状況に何一つ驚くことなく、リビングのテーブルの上に座り込む。

 

「ただ、一つ知らせておこうと思ってね」

「何だ? この家の近隣住民が通報でもしたのか?」

「さあ。 それは知らないな。 俺が知らせておこうと思ったのは、魔術師の存在についてさ」

「魔術師……?」

 

 少し前までは信じることなんてなかった、魔術。 だが、今はその存在を芦高は信じていた。

 何故なら、芦高にも使えるのだから。 当然芦高は、自分以外に魔術を使う人間がいても、驚かない。

 

「どうやらこの世界には、魔術に関する情報を独占し、魔術を扱う人間を数人飼っている組織があるらしい。 その組織の魔術師が、魔物の存在を認識し、それどころか俺が力を与えた一人の人間を殺したみたいなんだ。 正確には、そいつは自ら命を絶ったわけだから殺されたと言うのは間違いだけどね」

「……何?」

 

 以前、芦高は自分以外にも力を得た人物がいると聞いてはいた。 

 だが、その人物が死んだとは初耳だった。

 

「彼が死んだこと自体はどうでもいいんだけど、その組織が君や俺のことまで認識し始めたら、面倒だ。 俺たちは楽しく愉快な日々を送れなくなるかもしれない。 もし、君がその組織の人間に遭遇することがあるのなら――――」

 

 話している内容とは裏腹に、随分と楽しそうな顔をする銀髪の青年。 


 そして――。

 

「遠慮なく、殺してあげるんだ」

 

 と、言い放った。 

 なるほど、こいつにとって、この状況は困った状況ではない。 むしろ、楽しい状況なのだろう。 

 新しく買ってもらった玩具に歓喜する子供のようだと芦高は思う。

 

「……言われなくとも、向かってくる者がいれば、殺す」

「そうだね、俺が言うまでもなく、君は殺すだろう。 君が殺人対象に選ばない人間なんて、どの世界にもいない。 この俺でさえも。 俺はただ、油断するなってことを言いたかっただけさ。 さて、確かに伝えたよ。 後で文句を言っても、聞かないからね」

「ああ」

 

 銀髪の青年が去っていく。

 

(派手に遊んだ、か……)

 

 今回は青年の言う通り、派手に遊びすぎたのかもしれない。 これでは、大きな騒ぎになってしまう。

 

 とりあえず、この街から離れよう。 

 夜が明ける前に、遠くへ行ってしまえばいいと芦高は考える。

 

「………………」

 

 コーヒーを飲み終え、缶を握り潰す芦高。 

 そしてそれを、リビングの中心に置く。

 

(……魔術師。 楽しみだ。 獲物は手応えがあった方が良い。 殺しがいがある)

 

 つい先程殺人を終えたばかりにも関わらず、早くも次の殺人に思いを馳せながら、芦高はこの家を後にした。

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