殺人鬼は繰り返す
七月上旬のとある休日。
芦高郡はホームセンターにいた。
芦高はホームセンターが好きだった。 想像力が掻き立てられるからだ。 例えば、この木工用のロングドリル。
……これを、人に使ったらどうなるのだろうかと。
本来の用途とは違った使い方。
この木工用ロングドリルは、ある目的によって作られた道具ではあるが、その目的とは異なる目的で使用したら、どうなるのか。 その道具の持つ可能性を広げることになるのではないか。
ノコギリを使って人を切断したら?
電気工事用のハサミで人を切ったら?
ディスクグラインダーで人を削ったら?
電気ドライバードリルで人に穴を開けたら?
芦高は、昔レンタルビデオで見た外国のホラー映画を思い出す。 帰郷した五人の男女が、近隣に住む仮面を被った大男に次々と殺されていくという話だ。
中でも印象に残っているのは、その大男がチェーンソーを使っていたこと。
チェーンソーは人を殺す道具として作られてはいない。 それなのに、その映画を見たその日から、チェーンソーが人を殺す為に作られた道具にしか見えなくなった。
しかも、ただ殺すだけではなく、強い暴力性と残虐性を、唸るような稼働音で表現し、殺す対象に深い恐怖を味合わせる、優れものだ。
チェーンソーは本来の用途を超えて、秘めた可能性を開花させたのだと芦高は思った。
道具がただ、その道具の作られた目的通りに使われるだけなのは、つまらない。
つまらないのは良くない。 面白い方が良い。
要は、考え方だ。 想像力を用いて、考えるのだ。
ただ、木材を切ったりするだけだった道具が、人に強い恐怖の感情を呼び起こし、人を殺す道具に成り得ることもある。 それを忘れてはいけない。 常に、道具の持つ可能性を考えなければならない。
「……………………」
芦高の目に止まったのは、ガスボンベに取り付けて使う、ガスバーナー。 バーベキューなどの炭火起こしに用いる、小さなものだ。 価格は約千円。
(……これはいい)
芦高は、ガスバーナーを購入することにした。
芦高はホームセンターを後にし、近くの住宅街を通り抜けてこの街を去ろうとする。
移動中、芦高はガスバーナーをどう使うか想像をするが、
「嘘じゃないよね! 絶対だよ?」
「ああ、約束するよ。 その代わり、二人共ちゃんと世話するんだぞ」
「うん!」
子供の喧しい声が、芦高の想像の邪魔をする。
「あなた、本当に買ってあげるの?」
「来月はボーナスも貰えるし、別にいいだろう。 それに、もうそろそろ夏休みだ。 子供の良い遊び相手になるだろうさ。 犬や猫を飼うのは教育上良いって、テレビでも見たことがあるし」
どうやら近いうちにペットの購入を決定した、四人家族のようだ。
喧しい声の持ち主は、小学校低学年だと思われる、兄妹。
「お兄ちゃん! あたし、もう、名前決めたよ!」
「勝手に決めるなよー! どうせダサい名前だろ~?」
「ダサくないもん!」
「じゃあ教えろよ」
「イヌ!」
「そのまんまじゃん! そんな名前ダメだよ!」
微笑ましい子供たちのやりとり。
「ボーナスで冷蔵庫買い換えるって話は?」
「ああ、忘れてたよ……」
「もう、すぐ忘れるんだから……」
たまたま芦高の目に入ってしまった、幸せそうな四人家族。
「お父さん! 夏休み、おばあちゃんち行くよね? また、川で遊んだりできるよね?」
「ああ、できるぞ。 そうだな、今度ホームセンターにでも行って、川遊びに使えるものでも買うか」
きっと、満たされているんだろうと芦高は思う。
「あたしね、おばあちゃんち行ったら、おばあちゃんとおじいちゃんと一緒に買い物行きたい! それでね、ゲーム買ってもらうの!」
「こらこら、この前買ってあげたろ。 ゲームのやりすぎはダメだぞ」
満たされているに、違いない。
「ねえ、お父さん。 お酒買いたい」
「ん? なんだ、急に……」
「本で見たよ。 お酒と甘いものを混ぜて、カブトムシの罠を作れるって。 今年こそ、その罠でカブトムシを捕まえるんだ」
「ん~、どうだろうな。 おばあちゃんちの方に、カブトムシはいないかもしれないぞ」
「えー! いるよ! 絶対いるよ!」
俺は、満たされていないのに。
(……そういえば、あの男と女を殺してから、人を殺していないな)
芦高は、別に殺人を我慢していたわけでもない。 その気になればいくらでも殺せたが、あえてそうはしなかった。
何故なら、価値が下がるような気がするからだ。
どんなに美味な食事でも、毎日のように続けていたら飽きる上、その食事に最初は抱いていた特別な思いも消え失せる。 それと同じだ。
たまに行うからこそ、殺人は芦高にとって最高に楽しく素晴らしい行為で有り続ける。
(……たまに。 そろそろ、いいだろうか。 目の前に、あるではないか……)
涎が出るほどに美味そうな馳走が。 そのまま放っておくなんてこと、できるわけがない。
芦高は追跡する。 四人家族が向かう先。
そこは、四人の住む家だった。
閑静な住宅街にある一軒家。
辺りはすっかり暗くなっていた。 夜が訪れる。 娯楽の時間だ。
玄関のチャイムを鳴らす。 最初はとりあえず、黙っておく。 何者か問われたら、適当に答えればいい。
「こんな忙しい時に何かしら……。 あなた、ちょっと出てくれない?」
「ん? 俺も今忙しいんだ」
「あっ、お父さんズルい! またアイテム使った!」
「忙しいって、ゲームしてるだけじゃないの! もうっ! ……はーい? どちら様ですか~?」
流石に相手がよくわからないのに、ドアを開けるような間抜けではなかったか。 さて、どうするかと芦高は思案する。
「……近所の田口というものですが」
適当に名前を偽る。 ドアさえ開かせてしまえばいい。
「えっと……? どういったご用件で?」
「行方不明になったペットの犬を探しているのですが、少しだけお時間よろしいでしょうか」
新聞、電気会社、ガス会社、宅配便。 どれを偽っても良かったが、ここはなんとなく頭に浮かんだ、ペット探しの住民を装うことにする芦高。
「ペット、ですか……? ええ、少しだけなら……」
ガチャリと、ドアノブが回る。 頭が破裂しそうなほどに、脳が興奮状態になる。
すぐに襲ってはいけない。 まだ、抑えなければ。
「…………あの?」
ドアが開く。
不審そうにこちらを伺うこの一家の母親。
今更警戒したところで、もう遅い。 最も、ドアを開けずとも、芦高の力ならばどうとでもできただろうが。
「……………………へ?」
「……声を出したら、殺す」
電工用ナイフをこの一家の母親である女の首元に突きつけ、芦高は家の中へ押し入る。
悲鳴でも上げるかと思いきや、突然舞い降りた恐怖に全身が硬直しているようだ。
うまく頭も回っていないのだろう。 殺されたくない一心から、芦高の言う通り声を出さずにいる。
「何だったんだ? また何かの勧誘か?」
リビングへ辿り着く。
父親である男が足音に反応して、テレビ画面に目を向けたまま、話しかけてくる。
「……………………!?」
父親と共にテレビゲームをしていた少年が芦高の姿に気づく。
見知らぬ男にナイフを突きつけられ、恐怖に震える母親の姿。
それを見て、状況を瞬時に理解したようだ。 いくら幼くとも、自分の母親の引き攣った顔を見て、これが悪ふざけではないことくらいわかるのだろう。
「……ん? どうした、大樹……」
大樹。 少年の名前だろう。 息子の異常に気づき、父親もやっと後ろを振り向く。
「……!? だ、誰だ、お前は……!」
気が動転したのか、座っていたソファから転げ落ちる父親。
「騒ぐな。 騒いだら、お前の妻を殺す」
「な……。 何が、目的だ……?」
家族を安心させる為か、努めて平静を装う父親。 大したものだと芦高は思う。
「……金か? 金さえ渡せば、妻を解放してくれるのか?」
「金はいらない」
「……何?」
両親を心配そうに見ている少年。 今はとにかく、大人しくしていようと判断したのだろうか。
そういえば、妹の方を見かけない。 もう寝室にでも移動しているのだろうか。 まあいい。 後で探そうと芦高は考える。
「金がいらないなら、何が……」
「命だ」
何かの聞き間違えかと言いたげな顔をする父親。
芦高の意図が理解できず、何も言い返す言葉が思い浮かばぬよう。 このまま返事を待っていても、無駄に時間が過ぎていくだけだ。
「だが、気が変わった。 お前たちがあることをすれば、俺はお前たちに何もせず去ってやる」
もちろん芦高は何もせず去るつもりなどない。 だが、楽しむのなら、ただ殺すだけじゃつまらないと考えていた。
「……あること? 何だ? 何をすれば……」
「おい、女」
「……え?」
話しかけられ、ビクッと身を震わす母親。
「このナイフでお前の息子を刺してみろ。 そうすれば、お前たちを見逃してやる」




