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ある魔術師の記憶

第三章です。 第三章は、人見啓人や蕭条八重の知らない所で起きた、ある魔術師たちの戦いを中心に話が進んでいきます。 第一章や第二章と比べると、だいぶ短いです。 主人公が更に増えたわけではないので、ご安心ください。

 

「いい加減機嫌を直さないか、蝶野ちょうの

 

 自分で言っておきながら、機嫌を直せと言われて素直に機嫌を直す人なんて、いるわけないかと思う。

 

「別に、不機嫌じゃありませんわ!」

 

 いかにも不機嫌そうに聞こえる口調でそう言う蝶野は、早歩きで僕の前を歩き続ける。

 

「まあ、放っておけよ、宇治うじ

 

 そう言うのは、僕とは対照的に楽観的な様子の桑羽田くわばた。 

 茶色に染めた髪の似合う、僕と同年代の男だ。 

 今年で二十四歳になるらしい彼は、黒色のスーツを着てるが、サラリーマンと言うよりはどこか若い塾講師のように見える。

 

「機嫌が良かろうが、悪かろうが、探知係としての役目はしっかり果たしてくれるだろうよ」

「そうじゃなきゃ困る」

 

 私情で職務放棄なんかされてたまるか。 困るのは蝶野本人よりも、僕と桑羽田だ。 三人の中で探知魔術を使えるのは、蝶野だけなのだから。

 

「じゃあ、いいんじゃないか。 機嫌取りなんてしなくても」

「そうは言ってもな、こんな調子でちゃんと仕事ができるのか、僕たちは……」

「大丈夫だろ。 宇治、お前は心配しすぎだ」

「そうか……?」

 

 僕たち三人は、家族でも恋人でも友人同士というわけでもない。 仕事仲間という割り切った関係だ。

 ある一つの目的を果たすため、共に行動し、互いに足りない力を補い合う必要がある。

 

 その為にも、出来るだけ良い雰囲気を作っておきたいのだが……。

 

「歩くのが遅いですわ!」

 

 僕たち二人との距離がだいぶ空いたことに気づいて、後ろを振り向き注意する蝶野。 

 そもそもなんで、蝶野がこんな不機嫌になったのかというと……。

 

「にしても、蝶野のやつ、夕飯の店選びくらいであそこまで不機嫌になるなんてなぁ。 まったく、見た目通り中身までおこちゃますぎて、実年齢を疑いたくなるぞ」

「おい! 聞こえてたらどうする……!」

「聞こえてますわよっ!」

「ひっ……!」

 

 鬼のような形相……、いや、鬼そのものがこちらを見ている。 

 そう言いたくなるくらいの顔でこちらを睨みつける蝶野。

 

「いいです、見た目がおこちゃまってのは、認めてあげます。 でも、中身までおこちゃまというのは、聞き捨てならないですわね! 夕飯の店選びくらい? くらいじゃないですわ! あんなの、誰だって怒るに決まってますの!」

 

 やっぱり怒ってるんじゃないか。 不機嫌じゃないと言ったくせに。

 

「しょうがないだろ。 待ち時間が一時間だぞ? 俺はそんなに待ってられないな。 それに、今日行かなくたって、またこの街に来ることさえあれば、いつだってあの店に行けるだろ。 近いうちにあの店が潰れるなんてことがなければの話だけどな」

 

 僕も桑羽田と同意見ではある。 また今度、行けばいいじゃないかと。 

 だが、蝶野が怒っているのは、行きたかった店に行けなかったからというよりは……。

 

「わたしだって、他の店へ行くことになるのは、仕方のないことだとわかっていますわ。 一時間も待つ余裕、わたしたちにありませんものね。 行きたい店に行けないくらい、我慢しますわよ。 でも、その代わりの店が酷すぎるのは、我慢ならないですわ! 後で調べてわかったのだけれど、あの店、レビューサイトで星二つじゃない! とんだ地雷店よ!」

「レビューサイトを参考にするなとは言わないけどよ、自分の目で確かめるってのも大事だと思うんだよな、俺は」

「良いこと言ってやったみたいな顔して! 腹が立つわね……」

 

 桑羽田も桑羽田だが、蝶野もだいぶ理不尽な理由でお怒りだ。

 機嫌を損ねない為には、表情にも気をつけなきゃいけないのか。 鏡を用意せねば。

 

「そんなにイライラしてると身体に良くないぞ? てか、レビューサイト見るなら店に入る前に見ろよな」

「忘れてたのよ! 何よ、忘れてたわたしが悪いとでも言いたいんですの!?」

 

 この二人はいつもこうなる。 相性が悪いのだろうか。 

 テキトーで大雑把な性格の桑羽田と、几帳面な性格の蝶野。

 性格が正反対なだけあって何かと衝突する上、桑羽田は人を小馬鹿にしたような、余計な一言をすぐ言ってしまう。 

 

 結果、怒る蝶野。 

 それになんとも思わない桑羽田。 

 そんな二人を見てヒヤヒヤする僕の、出来上がりだ。

  

 僕は基本、余計な口を挟まない。 桑羽田と蝶野の二人が会話している時は、傍観者でいるつもりだ。 何せ、おっかない。 

 だが、これ以上エスカレートしたらマズいなと感じたら、僕も傍観者でいることをやめる。 

 今はきっと、まだ大丈夫だ。

 

「もう! 何でわたしが、この二人と一緒に行動しなきゃ……」

「探知魔術が使えるからだろ」

「それはわかっていますわ!」

 

 探知魔術。 扱える者の数が非常に少なく、それ故に扱える者はこき使われることが多い。 蝶野もその一人だ。

 

 どのような魔術かというと、魔術が使われた形跡やら発動中の魔術を探ることができるらしい。

 探知可能な範囲や、正確性といった諸々の条件には個人差があるようだが、総じて言えることは、術者の感覚に頼った力だということ。 


 蝶野から聞いた話だと、こっち側に何かがある気がするといったレベルのもので、探知魔術に反応している対象が動いているか動いていないかが辛うじてわかるくらいだそうだ。 

 なんとも、頼りになるようでならないアバウトな魔術だが、幸い、消耗が少ない魔術で、常時発動していても問題ないらしい。 そこは喜ぶべきか。

 

「……はぁ。 探知魔術なんて使えなきゃ良かったですわ。 そうすれば、こんな捜査しなくても済んだのよ」

「こんな捜査ってなぁ……。 聞いた話だと、だいぶ深刻な事態になりかねないそうだぞ? なぁ、宇治」

「え? ああ。 そうだな」

 

 ずっと傍観者でいた僕に話を振る桑羽田。

 

「まさか、東日本連続猟奇殺人事件の犯人が魔術師だったとはな。 しかも、俺たちのように施設で魔術を教わって魔術が使えるようになったわけじゃなくて、何者かに魔術の力を与えられたと言うんだろ? とんでもないよな」

「ああ。 それが本当だとすると、その何者かは僕たち魔術会の人間にとって非常に脅威的な存在だ。 殺人事件の犯人以外にも、力を与えている可能性がある。 にわかに信じがたいが、信じなければいけないのかもしれない」

 

 事態が悪化してから可能性を信じていては、遅い。 今から出来ることは、やっておく必要がある。

 それが例え、非効率で遠回りなことであっても。

 

「だよなぁ。 だから蝶野はもっと、こんな捜査だなんて言わずにだな……」

「いくら深刻な事態になるかもしれないからって、ロクに手がかりもない状態で、わたしの探知魔術を頼りに移動するだけだなんて、やってられませんわ!」

「一応手がかりみたいなのはあるだろ。 ほら、被害者十一人の内、犯人と関係性があるとハッキリしているのはたった四人らしいじゃん。 その四人以外は飛び降り自殺した犯人とはまた別の人物により殺されたかもしれないって」

「飛び降り自殺した犯人とは別に、まだ魔術の力を与えられた人物がいる可能性は充分高い。 そんな人物がいたとして、うまく話を聞き出せれば魔術の力を与えた存在についてもわかるかもしれない」

 

 珍しく、僕は口を挟むことにする。 正確には、口を挟まずにはいられなかっただけだが。 

 

 僕にとっても、あの事件は非常に不可解だった。 

 復讐による殺人とわかりきっている被害者は四人。 残る七人の被害者たち全員が惨たらしく殺されるような恨みを買っているとも思えない。

 

 仮に、犯人複数説が確定だとして。 

 残る七人を殺した犯人は、シリアルキラーなのだろうか。 そんな殺人鬼がこの国のどこかにいると考えると、恐ろしくなった。


 今回の僕たちの捜査は、魔術の力を与えた存在を見つけ出すことが目的だ。 

 もちろん、もう一人の殺人鬼が本当にいたとして、その殺人鬼が魔術と関係があれば、僕たちはその殺人鬼もどうにかしなければならない。 

 

 当然、見つけて終わりではない。 その為に、探知係の蝶野の他に、僕と桑羽田もいる。 

 僕が攻撃係。 桑羽田が拘束係といったところか。 こんな役割分担がされていながら、僕を含め三人共上級の攻撃魔術が使える。 攻撃係の存在価値とは一体。

 

「そんな事件に魔術が関わっているのだとしたら、いい加減一般人に魔術がバレるんじゃないですの? まったく、会長にはもっとしっかりしてもらわないと困りますわ」

「そうならない為に俺たちが駆り出されているわけだ。 世知辛いもんだな」

 

 こればっかりは、蝶野も同意といった様子。 僕だって同意する。

 

 秘匿性を重視する関係上、魔術会は慢性的な人手不足だ。 

 新しい人材発掘をする必要もあるし、実戦で使えるような人材を育成する必要もあるけれど、それには時間も労力も大きくかかる。 事件はそれらを待ってくれない。 

 必然的に、僕たちのような、会長から見て使えると判断された人材がこき使われることが多い。

 

「……今日はもう宿に戻って休むとするか」

 

 すっかり日が暮れていた。 僕は、今日の捜査を終わりにすることを提案する。

 

「そうですわね。 わたし、早くシャワーを浴びたいですわ」

「だな。 てか、この街にはもう何もいないだろ。 明日はさっさと隣町に移動しようぜ」

 

 僕の提案に、二人共賛成のよう。 

 一晩寝れば、蝶野もある程度機嫌を直してくれるだろう。

 そんなことを思いながら、二人と特に会話もせず、宿へ戻った。 

 

 七月上旬。 

 生まれてから今までに何日も経験し、これからも幾度となく経験するであろう夏の夜。

 すっかり上昇した気温により、夜風さえも生温かった。 

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