餃子と麦ソーダ水
そして、午後七時過ぎ。
「さて、行きますか」
「ああ。 もう腹ペコだ」
お邪魔しましたと挨拶をして、鎌桐家を後にする。 ほんと、お邪魔しました。
向かう先は、近所の中華料理屋。
決してテレビで紹介されるような有名店ではないらしいが、そこの餃子は相当美味いと勇人のお墨付きだ。
「なんで餃子って思ったけどさ。 そういえば、勇人の大好物って餃子だったんだよな」
「おうよ。 よく覚えてたな」
五木の麩菓子のインパクトを前に頭の片隅に追いやられていた記憶ではあるが、なんとか思い出すことができた。
「ここだな」
中華料理屋に辿り着く。 店の外からでも漂ってくる美味しい香りが、俺の胃を食事モードに切り替えさせる。
「……ヤバイ、頭の中が中華になってきた」
「俺の脳内は既に餃子で一杯だぜ」
店に入る。
「いらっしゃい! ……お! 勇人じゃねえか」
「久しぶりだな、おっちゃん」
「ん……? 勇人、店の人と知り合いなのか」
「ああ。 常連客みたいなもんだし、たまーに店の手伝いとかやってんだ。 最近は顔見せてなかったけどな」
「へぇ……」
これまた勇人の新しい一面を知ることに。
「ほぉ、勇人が友達を連れてくるだなんて、珍しいな! 名前はなんていうんだ?」
店主と思われるおっちゃんに話しかけられる。
「えっと、人見啓人って言います。 勇人とは同じクラスで……」
若干人見知りを発動しながらも、返答する俺。
「はぁ、同じクラスか! こいつ、こんなナリしてるけど、根はいいやつだからな! 仲良くしてやってくれ!」
「おいおい、おっちゃんは俺の保護者か何かかよ!」
勇人が気恥ずかしそうに笑う。
……なんかいいな、こういうの。 いい人じゃないか、このおっちゃん。
「とりあえず、焼き餃子と麦ソーダ水を人数分頼むわ」
「はいよ!」
厨房の方へと向かうおっちゃん。
「……こういう雰囲気の店もいいもんだな」
「だろ?」
店内を見渡す。
べたべたと油っぽいメニュー表や、醤油差し。
すぐ隣の席では、スーツ姿のリーマン二人が愚痴りながらビールを飲んでいる。
店内の奥にはブラウン管テレビが置かれており、バラエティ番組が放送されていた。
「そういえばさっき、あのおっちゃんが友達を連れてくるだなんて珍しいなとか言ってたけどさ。 普段は一人で来てるのか?」
「そーだな、昼飯食いによく行ってるな。 家族で行く時もあるけどよ、一人で行く時の方が断然多いわ」
「……なんていうか、俺が言うのもあれだが、勇人って謎が多いよな。 俺以外に友達がいないわけじゃないんだろ?」
俺はあくまで勇人の友達の一人。 勇人には他にも友達がたくさんいるはずだ。
「まあ、いないわけじゃねーな。 引っ越したわけでもないからよ、中学時代の友達と遊んだりもするぜ? 最近はあんまり会ってないけどな」
「高校にもたくさん友達がいるんだよな?」
「たくさんって言うほどいねーけど、一年の時同じクラスだった奴とは、今でもたまに遊んだりするな。 別に、距離を置く理由もねーし」
「……勇人は、特定のグループに入るとか、そういうのは嫌いなのか?」
「特定のグループ? どっかのグループに入るとか、そんな感覚はねえな。 嫌いって言うよりは、そんなもんに囚われてるのも馬鹿馬鹿しいっつーか」
……何で俺が、勇人と仲良くなれたのか、なんとなくわかったような気がする。
「いいな。 そういう考え。 俺もそんな心構えで生きて行きたいものだ」
「人見は別に、大丈夫だろ? うまくやってんじゃねーか」
「いいや、勇人みたいにはなれてないって。 ただ、怖がって逃げてるだけだよ」
「……まあ、今はそれでいいんじゃねえか?」
「……そうだな」
手元にあったコップに水を注ぎ、飲み干す。 ひんやりと、喉が潤う。
「へい、焼き餃子と麦ソーダ水、二人前だよ」
注文した品が届く。
「待ってました!」
「これ、絶対旨いやつだ……」
見た目はオーソドックスな焼き餃子。 特に凝った部分は見当たらないように見える。 脳内ですぐイメージできる焼き餃子の姿だ。
それでもやはり、実物が目の前にあるという破壊力は凄まじい。
「なあ、なんで餃子ってのはよ、こんなに美味しそうなフォルムをしているんだろうな」
「この、きつね色にこんがり焼けた皮とかさ、反則だろ……」
「これで中身も美味しい具が詰まってるんだもんな。 外面も中身も良いとか、ありえねー……」
焼き餃子を前に、感動する高校生二人。 周りから見れば、さぞ異様な光景だっただろう。
「さあ、さっそく食おうぜ! 麦ソーダ水もあることだしよ」
「……麦、ソーダ水?」
そういえば、勇人はそんな飲み物を頼んでいたな。 目の前に置かれたこの黄金色の飲み物が麦ソーダ水とやらか。
「これが、麦ソーダ水……? 炭酸飲料なのか」
「ああ。 そうだぜ」
「まるでビールみたいだな。 黄金色だし」
「だよな。 でも、安心していいぞ。 それはビールじゃなくて、麦ソーダ水だからよ」
そうか! なら安心だ!
「へー。 こんな飲み物があるんだな! さて、餃子をつまみに麦ソーダ水をいただきますか!」
「ああ! どんどん食おうぜ! お前の奢りだしな!」
そうだった。 今回は俺の奢りだった! でも、今は気にしない。
「いやー、やっぱおっちゃんの作る餃子は美味いわ」
「がはははは! そんなに褒めても何も出ねえぞ!」
「ほんと、すっごく旨いですね、この餃子……! もう一皿頼んでいいですか?」
「おうよ、どんどん食いな!」
「おいおい、それで三皿目か!? 人見はやっぱ、よく食べるよな! 食いすぎて動けなくなるなよ?」
「大丈夫だって。 それにしてもこの麦ソーダ水、ほんと餃子によく合うなぁ!」
「だろ?」
「……なあ、この麦ソーダ水、本当にビールとかじゃないんだよな?」
「ああ、そうだぜ。 ビールじゃないって。 考えてみろよ? 俺たちは未成年だぜ? 未成年は飲酒しちゃいけないんだぜ?」
勇人は不良みたいな外見こそしているが、喫煙も飲酒もしない。 近頃の表現規制に適応した高校生なのである。
「……そうだよな! これは麦ソーダ水、断じてビールではないんだよな!」
「夏なんかは、キンッキンに冷えた麦ソーダ水と一緒に餃子をいただきたいもんだぜ」
「いいな、それ! その組み合わせは絶対合う」
そしてしばらく食っては飲み、食っては飲み。
「どこからどう見てもビールに見えるけどビールではない麦ソーダ水をもう一杯!」
「おいおい、人見。 お前の奢りってこと忘れんなよ? 飲み放題じゃねーんだからな」
「安心しろって、勇人。 これは麦ソーダ水なんだからよ!」
「……そうだな。 うん、安心させてもらうぜ!」
ああ楽しい。 麦ソーダ水を飲んでから、なんだか変にハイテンションだ。 まるで、アルコールでも摂取したかのよう。
でも、これはビールじゃなくて麦ソーダ水だ。 アルコールなんて含まれていない。 きっと、プラシーボ効果ってやつだろう。 プラシーボ効果って凄い。
「あー、食った食った。 奢ってくれてありがとうな、人見。 随分と食ったり飲んだりしてたみたいだけど……」
「お金のことなら心配すんなって!」
「なら、いいんだけどよ……」
結局俺は、餃子を食べまくっただけではなく、シュウマイとチャーハンまで喰ってしまった。 自分の食欲が恐ろしい。
「いやー、今日は楽しかったわ。 今度は奢りとかじゃなく、普通に二人で行きたいものだな」
「そーだな。 じゃ、また明日な」
「ああ。 じゃあな、勇人」
勇人と別れる。
時刻は午後九時ちょっと過ぎ。 桃子もそこまで怒らないはずだ。
「ただいまっと……」
パタパタと足音が近づいてくる。
「……おかえり、啓人。 遅かったね」
「勇人と一緒にごはん食べに行っててさ。 いやあ、餃子ってのは本当に美味しい食べ物だな。 麦ソーダ水との相性バツグンだし」
「むぎ、そーだすい……?」
ナニソレといった反応。 桃子にも知らないものがあるのか。 当たり前か。
「……今日、夕飯いらないって連絡したのは、鎌桐勇人と夕飯を食べに行くからだったんだ。 それならそうと、言ってくれれば良かったのに」
「悪い悪い。 つい、そこまで伝えるのを忘れていた」
「……それで、今日はどのくらいお金を使ったの?」
「お金……? どうしてまた、そんなことを聞くんだ?」
「無駄遣いしていないか、一応チェック」
「……監視社会反対」
「それじゃあ、来月のお小遣いあげないよ」
それは困る。 こんな時、我が家(二人)のお金の管理者を前に、俺は逆らうことができない。
「はは……。 払った金額のことは考えないようにしてたんだけどな……」
「……………………」
「わっ!?」
無言で素早く財布を奪い去る桃子。 桃子、財布返そう。
「ちょっ……!?」
「……財布がすっからかん」
財布の中身を確認し終えた桃子がこちらを見る。 怖い。
「一枚あったはずの、樋口一葉が消えている。 樋口一葉消失事件」
「……風にでも拐われたのかな」
「そんなわけがない」
「……ですよねー……」
はい。 どう見ても、今日の中華料理屋で使っちゃいました。
「……樋口一葉だけじゃない。 野口英世も何枚かあったのに、みんないない……」
「きっと、旅に出たんだよ。 財布の中は退屈だろうしな」
「ふざけないで」
「……はい」
暫し沈黙。
何故か正座になっている俺。
「一体、どうしてこんなにお金が消えてるのか、説明して」
「それはだな……。 ちょっと前に、勇人に奢る約束をして……」
「……本当に、それだけ?」
「……いやあ、つい、食べ過ぎちゃってさ。 料金のこと考えずに頼んじゃって……」
「……わかった」
「え……?」
もっと怒られるかと思ったのに。 特にペナルティも無しに、これで終わりか?
ほっと胸を撫で下ろしたいところだが……。
「今回の無駄遣いは、気にしないことにしてあげる。 その代わり、ちゃんと答えて欲しいことがあるの」
「……何かな?」
なんだろう。 桃子の表情には、ただ真剣さがあるというよりも、どこか曇ったような、不安や迷いが垣間見えた。
「……東日本連続猟奇殺人事件に、啓人は関与していないの?」
「……え?」
そういえば、一ヶ月くらい前にも同じような質問をされたような。
あの時は、何か事件について知ってる情報はないか聞かれたんだっけか。 まったく、しょうがないとはいえ、俺はまだ信用されていない部分があるらしい。




