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帰宅部活動レコード

 

 午後の授業は、午前よりも更に強さを増した睡魔に敗れて記憶にございませんでした。


 午前中寝てばっかりだったから、午後はちゃんと受けようと思ってはいたんですよ、ええ。

 睡魔になんか絶対に負けない! と意気込んだはいいけれど、昼食後の睡魔はあまりにも強すぎた。

 押してダメなら引いてみろって言葉を思い出して引いてみたら、いつの間にか寝ていた。 当たり前か。

 

「人見君~! 途中まで一緒に帰りましょう!」

 

 放課後。 

 

 俺は帰宅部の活動があるのでこのまま帰宅するわけだが、同じ帰宅部仲間の五木が一緒に部活をしようと誘ってきた。

 

 五木は自転車通学で、学校から自転車で十五分くらいの場所に住んでいるらしい。

 

 ちょうど、学校から俺の家までの道は五木の通学路でもあるらしく、たまに一緒に帰ったりしていたのであった。

 

「そうだな、帰るか」

 

 五木は俺と二人で話している時は、だいぶ明るくて元気な感じだが、誰が相手でもこんな感じというわけではない。 

 

 誰とでもフレンドリーに接することができればいいんだろうけど、そう簡単にできたら五木だって苦労しない。

 

「久しぶりの学校はどうでしたか?」

 

 徒歩の俺に合わせて、自転車を押して歩く五木。

 自転車が重いのか、たまにバランスを崩しふらつくので、見ていて不安になる。

 

「まあ、楽しかったよ。 久しぶりだからってのが大きいけど。 それはそうと、俺に合わせて歩いてくれてるんだから、別れるまで自転車くらい俺が押すよ」

「そんな! 別にいいですよ、好きで歩いてるんですし」

「じゃあ、最近引きこもってて運動不足だから、ちょっとでも体に負荷を与えるってことで。 家じゃ運動なんてしないしな。 俺が俺の為に好きでやるならいいだろ?」

「そういうことなら……。 お言葉に甘えます」

「ああ、甘えろ甘えろ」

 

 五木の自転車を押しながら、歩く。 

 体力的、筋力的にも全くもってキツイわけじゃないが、普通に歩くより変に疲れる。

 

「……それにしても、人見君が学校に来てくれて本当に良かったです」

「俺もみんなと久しぶりに話せて良かったよ。 みんなって言っても二人だけだけど」

「あ、鎌桐君のことですね。 人見君と鎌桐君って仲良いですよね」

「不思議なことにね。 俺も、まさかあいつと仲良くなるだなんて思ってもいなかったよ」

「でも、人見君なら鎌桐君だけじゃなく、誰とでも仲良くできちゃいそうな気もしますよ? 特に悪い態度を取っているわけでもないし……」

 

 五木からはそう見えていることに驚く。 俺はどちらかと言えば、五木と似たようなものなのに。

 

「そんなことはないよ。 俺は誰とでも仲良くってタイプとは正反対。 勇人なんかは誰とでも仲良くってタイプだろうけどな」

「うーん……。 人見君が誰とでも仲良くってタイプとは正反対だとは思えないです……。 わたしと比較してるからかな?」

「五木と? ……まあ、五木は消極的すぎるかもな。 でも、ちょっとだけ積極的になれば、友達くらい普通にできると思うぞ。 受け身なのが問題なわけだし」

「積極的に、ですか。 わたしにはそんな勇気はないので、難しいです……。 だからこそ、人見君のおかげで色々と助かってますよ!」

「そうか……」

 

 果たして、勇気を持っているとハッキリ言える人はどれだけいるのやら。

 

 五木にとって、消極的であることが普通。

 積極的であることは普通ではなく、実行するには勇気が必要。

 つまり、その人にとっての普通ではない一歩を踏み出す際に、不安や恐怖に打ち勝つ心意気――勇気が求められるわけだ。 

 

 誰にでも積極的に話しまくる人は、五木から見ると勇気ある人物に見えるだろう。

 しかし、その人にとってその行為は勇気が必要なものではなく、普通に行えることでしかない。

 元々は勇気が必要だった行為であろうとなかろうと、普通になった今では勇気は用いられない。

 

 勇気は色褪せるもの。 常に勇気を持って行動している人などほとんどいないはずだ。

 五木は勇気のない自身を卑下しているのかもしれないが、それが普通。

 勇気があるとハッキリ言える時は、実際に行動できた時くらいなのだから。

 

「でもさ、七月には文化祭があるよな?」

「ありますね。 そろそろクラスで何やるか決めるらしいですよ」

「それってさ、クラスの人と一緒に色々やるわけじゃん? だから俺以外と仲良くするチャンスもたくさんあるってことだよ。 急に仲良くってのは難しいかもしれないけど、軽く会話するレベルから始めていけばさ」

「そうですね……。 頑張ってみようとは思いますけど……。 でもわたし、今みたいに人見君と仲良くしてるくらいが一番気楽なんですよね」

 

 俯いて、声が小さくなっていく五木。 

 

 こんな話は、五木にとってあまり楽しいものではない。

 俺は上から目線で何を偉そうに話しているのだろう。 俺だって、五木以上に頑張る必要があるというのに。

 

 けれど……。 このまま五木と二人だけで仲良くし続けることは、互いにとって絶対に良くないことだけはわかる。

 

 だから、躊躇してはいられない。 逆にもっと踏み込むべきか。 


――本当に五木の為を思うのなら。 そして、これからのことを考えるのなら。

 

「気持ちはわかるよ。 俺だって今の人間関係が気楽でいいやって思うし。 五木がボッチを生活してたのも、気楽さを求めた結果なんだよな?」

「……まあ、そんな感じです。 人と関わることで、色々と辛い思いをするのなら、一人でいいやって……」

 

 一言で言えば、妥協。

 

 五木自身、当然ボッチが良いとは思っていないだろう。

 でも、そうなるしかなかった。

 

 人間関係における問題が降りかかった時、講じる対処法は人それぞれ。

 五木の場合は逃避し、孤立し、心の壁を築くことで対処した。

 

「……愚痴なら聞くぞ。 たまには不満に感じていることなんかを言語化して吐き出すことも大事だって誰かから聞いたことがある」

 

 もやもやとした負の感情をそのまま放置するのは良くない。

 きちんと自覚し、直視する。

 負の感情が自身にもたらすものをしっかり確認することは、冷静さを取り戻し、前へ進むのに効果的だと思う。

 

「……あはは、人見君ってなんか、スクールカウンセラーみたいですね。 スクールカウンセラー、利用したことないですけど」

 

 五木に笑顔が戻る。 俺にとっても、笑顔でいてくれた方が良い。 安心する。

 

「……人見君は、自分のいる意味がわからなくなることってありませんか?」

 

 五木紗羽は語りだす。 きっと、あまり人には話したくないようなことを。 

 

 こういう時こそ、勇気が使われるんじゃないかと、俺は思う。

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