鎌桐祈里はネトゲ廃人
「ふぅ……。 やっと終わったぜ」
放課後。 強制労働から解放された俺たちは、とりあえず学校を出ることに。
「餃子食いに行くにはまだ早いけど、それまでどうするよ?」
「んー、そうだな。 俺の家にでも来るか?」
「勇人の家か。 行ったことないし、ちょうどいいな」
というわけで、勇人の家へと向かったわけだが……。
「ああ、一つ言い忘れてたわ。 俺には姉貴がいるんだけどよ、その姉貴が今家にいるから、そこんところよろしくな」
「ええ……? よろしくって言われてもな……。 何か気をつけることでもあるのか?」
「気をつけることか……。 まあ、変に刺激を与えんなよとだけ言っておくわ」
……お前の姉貴は爆弾か何かかよ。
「勇人の姉貴ってのは、何歳なんだ?」
「今年で二十一。 今はまだ二十歳だな。 大学生だけどよ、結構授業サボってるみたいで、家に引きこもってばっかいるんだぜ? 困った姉貴だわ」
姉貴さんも、お前に言われたくないだろう……。 いや、俺も人のことは言えないけど。
「なんというか……。 勇人の姉らしいな、サボるところ辺りが。 ちなみに名前は何て言うんだ?」
「祈里って名前だな。 ……でもよ、俺が言うのもちょいと変だけど、俺と姉貴はあんまり似てねえぞ。 きっと、人見がイメージしてるのとは違うぜ?」
俺のイメージ。
ちょっとアンニュイな、大人のお姉さん。
そしてきっと、グラマーな姉貴さんなのだろう。 煙草なんかも吸っていそうだ。 髪の毛も染めているに違いない。
「さて、着いたぞ」
「……こりゃ、外出する度に良い運動になるな」
勇人が団地住まいということは知っていた。
けれど、まさか最上階である五階に住んでいるとは思わなかった。 五階までだとエレベーターも存在せず、階段を上るしかない。
「まあ、入れよ」
「お邪魔しますよっと……」
中へ入る。
玄関には、釣り道具が立てかけてあった。 父親が釣り好きだったりするのだろうか。
「へぇ。 結構綺麗じゃん」
モノの量に対して部屋が狭いからか、若干部屋が狭苦しく感じるが、整理整頓はされているようだった。
「うわ、なんだよそれ。 俺の家が汚いとか思っていたのか? 我が家は結構綺麗好きだぜ? 俺の親父の趣味はトイレと風呂掃除だからな」
何故、トイレと風呂限定なんだ……。 変わった親父さんだ。
「汚いと思っていたというか……。 勇人、普段だらしないからな。 部屋もあんまり片付けとかしなさそうだと思って」
「部屋の片付けをあんまりしねえのは、俺じゃなくて姉貴だな。 いつも俺やお袋が姉貴の部屋の掃除してんだぜ? ま、勝手に掃除するとブチ切れるんだけどな」
そんな話をしていると、隣の部屋から……。
「いやあ゛あ゛あああああああああ!!」
と、壁越しに奇声が。
「な、なんだ!?」
「……また始まりやがったぜ」
慌てる俺とは対照的に、冷静な勇人。
「始まったって、何が……?」
「姉貴の発作だよ」
「発作……?」
よく、耳を澄ませて、奇声の続きを聞いてみることにする。
「もう嫌……! せっかく諭吉を捧げて強化した武器なのにぃ……!! またぶっ壊れちゃったじゃないの!! この、クソ運営があああああああああああ!!」
ゆ、諭吉……? 武器? 運営? まさか……。
「成功確率五〇パーセント? 嘘よ!! 失敗時武器破壊? ふざけんな!! ああ、もう! こんなことなら、ケチらないで武器破壊を防ぐアイテムを購入しておけば良かったわ!!」
うん。 これは、たぶん……。
「なあ、勇人」
「なんだ、人見」
「お前の姉貴って、もしかして……」
「ああ。 その通りさ」
「……ネトゲプレイヤーでいらっしゃったか」
それも、恐らくガチなプレイをなさる部類ではなかろうか。 いわゆる、廃人である。
「やべっ、こっちへ来るぞ……」
ドタドタと荒々しい足音が近づいてくる。
「あー! 喉が乾いたわ!! ……って、勇人。 あんた、帰ってきてたのね」
「あ、お邪魔してます……」
軽く挨拶。
「あら、こんにちわ。 えっと、勇人のお友達かな? ……えっ? 友達……!?」
なんていうか、ごめんなさい。 勇人の姉貴さん。 俺は、勇人に連れてこられただけなんです。 そんな無防備な姿を見るつもりなんて、一切なかったんです。 ほんとに。
「いやあ゛あ゛あああああああああ!!」
二度目の奇声。 二度ある事は三度あるとはならないで欲しいものだ。
「勇人ォ!! どういうことよ! 友達を家に呼ぶなんて一言も聞いてないわよ!! このバカチン!!」
「んなこといちいち連絡しなくてもいいじゃねーか。 連絡したところで、姉貴は別に関係ないんだし」
「関係大アリよ! 人が来るってわかってたら、部屋から出て行かなかったわよ!」
勇人の姉貴さんは、外出する気ゼロな姿をしていた。
ボサボサの長い黒髪。 赤斑の眼鏡。 高校時代の物と思われるジャージに、同じく高校時代に使っていたと思われる、文化祭のクラスティーシャツ。
……確かに俺のイメージとは異なるが、気怠そうな感じではある。 それに、結構ナイスなバデーをお持ちのようで……。
「もうっ! 信じられない!」
怒りより恥ずかしさが勝ってきたのか、自分の部屋へと逃げるように向かう勇人の姉貴さん。
「喉乾いたんじゃねーのかよ、姉貴」
「……後であんたが持ってきなさいよね」
バタンと閉められたドア越しに声。
「わかったけどさ……。 トイレ我慢して漏らしたりすんなよ?」
「はぁああ!? 漏らすわけないじゃない!」
「ペットボトルも使ったりすんなよ?」
「バーカ!! そんなこともうしないわよっ!!」
もう……? いや、聞かなかったことにしよう。
「……はぁ。 すまねえな、人見。 なんかヤバイのを見せちまって」
「ははは……。 そりゃ、驚いたけどさ。 楽しそうな姉貴さんじゃん。 てか、たぶん姉貴さんがやってるネトゲ、俺知ってる」
実は俺も、学校生活をするまで結構そのネトゲをやり込んでいた。
ただゲームがしたかったという理由でやり込んでいたのではない。 とある重要な理由からやり込んでいたのである。
「まじか……。 姉貴のやつ、昔からゲームとかアニメとか、そういうのが好きだったんだけどよ。 中学生くらいになってネトゲにハマり始めてから、色々と悪化してな」
「ネトゲに人生を狂わされた人は多いと聞くからなぁ……」
マッシブリー・マルチプレイヤー・オンライン・ロール・プレイング・ゲーム。 略してMMORPG。
このジャンルのネトゲに膨大な時間を溶かし、依存症になる人は決して少なくなかっただろう。
今は手軽でコミュニケーションツールとしても最適なソシャゲの存在を前に、すっかり衰退してしまったらしいが。
「ったく、姉貴には困ったものだぜ」
「なんていうか……。 お疲れさん」
勇人はこう見えて、結構苦労人だったりするのだろうか。
俺の知ってる勇人は、学校での勇人だ。 もしかすると、家では姉貴さんの世話とかで苦労しているのかもしれない。
「まあ、気を取り直して俺の部屋でテキトーに遊んでようぜ」
「ああ、そうだな」
そんなわけで、勇人の部屋でゲーム対戦をしたりして暇を潰すことに。
途中、何度か「なにこれ! 状態異常にかかりまくりじゃないの!!」とか、「こんなの運ゲーじゃない!」とか、「もうわたし、弓使い辞める! やっぱ時代は戦士職ね! 耐久力バンザイ!」といった叫び声が聞こえたけれど、気にしないことにした。




