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強制労働

 

「……俺を連れて行く理由はよくわかったけど、だったら勇人を連れてきても良かったんじゃないのか? あいつも暇してたし」

「それは、その……。 男の世界に女は入っていけないというか……」

「何だ、そりゃ」

「と、とにかく! わたしは三人よりも二人の方が気楽なんです!」

 

 まあ、気持ちはわからないでもないが……。 勇人には悪いなと思う。

 

 

 

 五木と共に、学校を出る。 

 時計を見ると、午後二時だった。 

 夏が近づいて強くなった日差しが、眩しい。

 

「ところで、どこへ行くんだ?」

「すぐ近場のスーパーにある百円均一です。 そこなら、必要なものが全て揃うかと思います」

 

 俺が自転車を持っていないということで、歩いて目的地へ向かうことに。 二人乗りをするわけにもいかないし。

 

「着きましたね」

 

 学校から一番近いスーパーマーケット。 そこに百円ショップはあった。

 

「なんか、平日の昼間、学校外にいるって、変な感じですね……」

「いつもは今頃教室で授業中だもんな」

「人見君は居眠り中ですけどね」

「失礼な……。 俺だっていつも寝ているわけじゃないぞ」

「じゃあ、極稀に起きているってことで」

「せめて、稀に起きているくらいにしてくれ」

 

 店内には、俺と五木以外に五人ほどの客がいた。 このくらいの人数なら、気にならない。 桃子と駅前へ行った時は、我ながら結構無理をしていたなと思う。

 

「ガムテープと、油性ペンと……。 それから……」

 

 必要なものを買い物カゴに入れていく五木。


「カゴ、俺が持つよ。 ただ付き添いで見てるだけってのもあれだし」

「じゃあ、お願いしますね。 ところで人見君」

「ん?」

 

 買い物カゴを受け取る。 

 少し前までだったら、五木はこういう時に遠慮していただろう。 良い意味で、俺に対する遠慮がなくなったと捉えるべきか。

 

「こんな噂、知っていますか?」

「知ってる」

「まだ言ってすら……! あれ、デジャブ……?」

 

 五木と同じく、俺もこんなやり取り、つい一ヶ月ほど前にもしたような気がする。 

 

「噂って言うのはですね、巨大カマキリを目撃したって噂です!」

「巨大カマキリ……? カマキリって、昆虫のカマキリか? 勇人のことじゃないよな」

「鎌桐君が巨大になったら困りますよ……。 もちろん、昆虫のカマキリのことです」

 

 昆虫のカマキリが巨大化しても困るけどな。

 

「巨大って、どれくらい巨大なんだ?」

「だいたい全長二メートル半くらいだそうですよ。 信じられませんよね!」

「信じられないな。 人より大きいじゃんか。 見間違えか何かだろ」

「でもでも! 今回の噂はですね、ちょっと特殊なんですよ」

「特殊……?」


 つい、噂に特殊も一般もあるのかと考えてしまう。


「なんでもこの噂は、わたしたちの高校から広まった噂なんです! 更に言うと、この地域だけの、実にローカルな噂なんですよ!」

「えっと……。 つまり、この地域で最近、巨大カマキリを目撃したって人が続出してるってことなのか?」

「はい。 わたしたちの高校の生徒だけでも、五人が目撃しただとか。 五人ですよ? これは、見間違えだったとしても、この五人が何か同じものを見ているとしか思えませんよね?」


 確かに、同じものを見ていると考えるべきか。


「まあ、そうだな……。 こうも同じ地域内で似たような目撃情報があると、そう考えるのが妥当か。 まさか、一人の嘘にみんなが付き合ってるわけでもなさそうだし」

「ですよね! わたし、これは例の化け物の噂と同じだと考えてるんです。 この地域に化け物が居座り始めたんですよ! きっと!」

「例の化け物の噂? ……ああ、画像を見せてくれたやつか。 あれは犬みたいな化け物だったけど、今回は巨大カマキリってわけか。 なんか統一感がないな」

「きっと、色んな姿形をした化け物がいるんですよ」

「まあ、そうだとして……。 以前から言われている化け物の正体だって未だに不明なんだし、今回の巨大カマキリだって誰かが捕獲したわけでもないんだろ? 目撃者が写真に撮ったとかなら、大騒ぎになりそうだけど、今聞いた感じだとそんなこともなさそうだし」

 

 証拠がなければ、実際に目撃した人以外が信じる根拠には成り難い。

 

「でもですね、こうも目撃情報がこの近辺で続いていると、中には巨大カマキリを探して写真でも撮ってやろうと思う人もいるわけなんですよ。 もしかすると、近いうちに写真を撮る人がいるかもしれませんよ?」

「犬の化け物の時よりも鮮明な画像があれば、信じる人も増えるかもな。 まさか、五木が写真を撮ってやろうだとか考えてるわけじゃないよな?」

「もし目撃したら撮るかもしれませんが、自分から探そうとは思いませんね……」

 

……なら、安心だ。

 

「そっか。 それにしても、今時こんな噂が騒がれるようになるなんてな。 もう二十一世紀だというのに」

「だからこそ、じゃないですか。 なんだかんだで、みんなこういう噂が好きなんですよ」

「そういうもんか……」

 

 さて、どうしたものか。 

 巨大カマキリって、たぶん魔物のことだよな。 

 人に危害を加えていないってことは、そういうことだよな。 

 

 ならば、今のうちになんとかしておくべきか……。

 

……流石にもう、現実逃避はしてられない。 俺の生活圏に踏み込んできたのなら、無関係を装うことはできない。

 

 

 

 無事、買い物を終えて百円ショップを後にし、学校に戻る。 

 帰りの荷物持ちは、もちろん俺が引き受けた。

 

木下きのしたさん、買ってきたよー」

「お疲れさま、五木さん。 買い出し、ありがとうね」

 

 少し離れた場所から、五木の様子を伺う。 

 俺が思っていたよりも、だいぶ五木は良い感じだ。 

 この調子でクラスに馴染んで欲しいけど、五木には逃げ癖のようなものがあるから、そう簡単にはいかないのかもしれない。

 

「さてと……」

 

 勇人はまだ非常階段の踊り場にいるだろうか。 

 蟻塚と二人きりだなんて、考えただけで恐ろしい。 他の場所に移動しているかもしれないけど、とりあえず……。

 

「どこへ、行くの……?」

「ひっ……!」

 

 背後から声。 この声は、桃子の声だ。

 

「……桃子か。 誰かと思ったよ」

「また、サボり?」

「サボりも仕事のウチらしいぞ。 なんでも、働きアリの法則ってのが……」

「その法則を持ち出すのなら、みんな疲れている今こそ、啓人が働かなきゃね」

「ぐ……」

 

 桃子は文化祭準備に対してどういうスタンスなのかというと、積極的に参加しているわけでもなければ、蟻塚のようにサボりまくりというわけでもない。 ある意味、一番賢い立ち回り方をしている。

 

「サボるのもいいけど、たまに一生懸命働いている姿を周りに見せたほうが、良いと思う。 不良が良心的行為をすると、ギャップで好印象なのと同じ」

 

……だそうだ。 

 つまり、桃子にとって文化祭準備なんてものは、仕事の完成度よりも、周りにある程度良い印象を与えれば良いものでしかない。 

 桃子はやっぱり、文化祭自体にはあまり興味がないのだ。 ……と思う。 たぶんだけど。

 

「……わかったよ。 少しは働くって。 その前に、勇人を呼びに……」

「彼ならもう、働いている」

「何っ……!?」

 

 隣の教室を覗いて見る。

 

「ほらほら! 手が止まってるよ! 今までサボってた分、しっかり働いてよね!」

「わかってるけどよ……。 ちょっとトイレ行ってきていいか?」

「ダメ!」

「おいおい、俺がここで漏らしちまってもいいのかよ」

「それもダメ!」

 

……可哀想な勇人。 怖そうな女性陣に囲まれながら、強制労働に従事しているようだ。 

 あばよ、親友。 イイやつだったぜ。

 

「さてと、俺は……」

「労働者、一名追加」

「え……?」

 

 桃子に押され、教室に踏み込んでしまう俺。

 

「彼も、捕まえてきた」

「ナイス、家守ちゃん!」

 

……名前はど忘れしたけど、ナイスじゃないぞ、くるぶしソックスの人。

 

 彼もってことは、勇人もこうやって捕まったのか。 

 これってつまり、桃子が楽する為に俺たちが利用されてるってことじゃねーか!

 

「人見君にも今までサボっていた分だけ、しっかり働いてもらわないとね!」

「ね、年次有給休暇を行使する……」

「そんな権利、学生にはないわよ」


 女子クラス委員の木下さんにツッコまれてしまう。

 

「さあ、ガンガン働いてよね!」

「はい……」


 と、俺も勇人と同じく、強制労働施設送りとなってしまった。

 

「あはは、木下さんは手厳しいねぇ」

「…………?」

 

 近くにいた同じクラスの男子が、俺に話しかけてくる。 

 彼の名前は、確か……。 田山たやま君だったような。 

 背は高めで、いつものんびりとした雰囲気の、天然っぽい男子。 バドミントン部だとか、それくらいの情報しか知らない。

 

 何故バドミントン部所属であることを覚えているのかというと、クラスの自己紹介の時、「“バトミントン”じゃなくて“バドミントン”です。 バドです。 間違えないでください!」といったようなことを力説していたからだ。 

 おかげで俺は、一生バドミントンのことをバトミントンと呼ばないだろう。

 

「……全くだ。 俺に非があるとはいえ、これで過労死したらどうすんだよって話だよな」

「あははは! 人見君って結構ユニークなんだね。 てっきり、もっと怖い人かと思っていたよ」

「……そりゃ、どうも……?」

 

 田山君は思ったことをすぐ口に出すタイプなのだろうか。 怖い人って思ってたんかい。

 

「普段はさ、人見君はいつも鎌桐君とかと一緒にいて、あんまり話す機会がなかったから、人見君がどんな人かあんまりわかんなかったんだよね」

 

 それは、俺も同様だ。 田山君は思っていたよりもだいぶ、フランクな人だった。

 

「にしても、ウチの学校は平和だよねぇ」

「え? まあ、平和だと思うけど……」

「だって、ほら。 東日本連続猟奇殺人事件の犯人なんて……」

 

……ああ、そういうことか。 なんでいきなり、ウチの学校が平和だの言い出したのか、わかった。

 

「学校でのイジメが原因で人を殺してたんでしょ? 相当恨みがあったみたいだね」

 

 そうだ。 つい、数日前。 東日本連続猟奇殺人事件の犯人が捕まった。 ……ということになっている。 


 いや、捕まったという言い方は正しくないか。

 

「……らしいな。 なんだか最後までモヤモヤとする事件だったな」

 

 犯人の名前は薊海里あざみかいり。 

 いつぞや勇人が話してくれた通り、ネット上で特定されていたのもあって、警察の捜索対象となっていた。 

 そして、捜索の末、彼は遺体で発見されたのだ。

 

「飛び降り自殺したってことで片付けられたけどさ、一部では他殺説なんてのもあるよね。 ほら、明らかに他人に暴力を受けたような傷が見つかったとかでさ」

「それだと誰が殺したんだって話になるけどな」

「それなんだよね。 この事件はほんと、謎だらけだよ。 そもそも遺体の発見現場がさ、崩れかけの廃墟だって言うんだから、不思議だよね」

「廃墟に隠れ住むつもりだったのかもな」

「そうかもしれないね。 いやー、ホント、恐ろしい事件だった。 イジメの報復でこんな事件起こすだなんてね。 この事件が世間に良い影響を与えりゃ、イジメが減ってくれるんだろうけど。 模倣犯が出たら出たで、困るよね」

「そうだな……。 この学校はその点、そんな心配がなくて良いよな」

「この高校の、数少ない自慢らしいからね」

 

 そう喋りながらも、手はちゃんと動かしている田山君。 

 俺も、女性陣に怒られぬよう、手を動かす。

 

 俺はつい、この事件について考えてしまうことがある。 

 そして、よくわからない感情に襲われる。 怒りでも、悲しみでもない、形容し難い嫌な感情に。

 

 犯人である薊海里は、酷いイジメを受けていた。 俺たちには想像することしかできないが、殺害するほど強い憎しみを抱いていたことから、相当酷いイジメを受けていたのだろう。

 

 そんな加害者と被害者の関係を知った俺たちは、被害者も恨みを買うほど酷いやつだったんだなとか色々思い考えるわけだけど、それは結局他人事でしかない。 どこか遠くの世界の話だ。 似たような関係性が身近にあったとしても、まさか事件にまで発展しないだろうと見て見ぬふりをするはずだ。

 

 人を殺してやりたいとまで思うほどの感情を抱いた人間がいたというのに。 当事者以外にとっては、所詮……。

 

 なんだろう、これは。 この嫌な感情は一体? 


……整理できない。 考えれば考えるほど、気分が悪くなってくる。 だが、何も考えずに放っておくこともできない。

 

 ああ、俺は本当に嫌なんだろう。 この事件が数年後、事件の当事者以外に「そういえば昔、こんな事件があったなぁ」とか、過去の、それも自身には無関係な事として処理されてしまうのが。

 

 加害者と被害者の間にあった、強い感情のうねり。 そこに目を向けず、言ってしまえば世の中によくありそうな復讐劇として、人々のちょっとした話題になる程度で終わってしまう。

 

 形だけを見て、中身を見ない者たち。 それが普通だというのに。 どうせ何をするわけでもないのだから、それでいいというのに。

 

……俺は、その普通が許せないんだ。

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