人見啓人と文化祭準備
六月下旬。
梅雨はまだ明けていないが、だからといって晴れの日が訪れないというわけでもなく。
「なあ、人見。 働きアリの法則って知ってるか?」
「働きアリの法則?」
俺と勇人は、雲一つない青空を眺めながら、非常階段の踊り場で雑談中。
「一定数働かないアリがいたほうが、その集団はうまく機能するだとか、そんな法則らしいんだけどよ」
「なんだそりゃ。 サボってる奴がいたら、普通効率は落ちるんじゃないのか」
「なんでも、全員が働いて全員が同じタイミングで疲れて働けなくなるよりは、周りが働けなくなってる時に一定数のサボり組が少し働いてくれた方が、長い目で見た時効率が良いらしいぜ?」
誰も働かない時間が存在するよりは、ほんの少しでも働いてくれる人がいた方が良いということか。
実際はサボり組に対する不満やらで、そんなにうまくこの法則が働かないんだろうけど。
「……まあ、なんとなく理屈はわかった。 で、その法則がどうしたんだ?」
「政治だって、政治に無関心な奴が一定数いたほうが安定するらしいぜ? あくまで、一定数だけどな」
俺の質問に答えず、話し続ける勇人。
「言われてみりゃそうだよなぁ。 変に関心を持った奴が増えてもよ、ロクな判断もしなければ、無駄な争いばっかしそうだしな」
「……で、働きアリの法則と、政治に無関心の話がどうかしたのか?」
「つまり俺が言いたいのな、今の俺たちのサボりは、クラスにとって有益なものなんだってこった」
そうだった。 今は休み時間ではない。 思いっきり授業時間中だ。
授業時間中といっても、学校内でいつも通りに授業をしているクラスは存在せず。
明後日の文化祭に向けて、絶賛文化祭準備期間中なのである。
ちなみに、俺のクラスである二年A組の出し物は、見事お化け屋敷に決まった。 正確には、A組とB組合同でお化け屋敷となったわけだが。
そんな風になるまでの経緯を簡単に説明しておく。
まず、予想していた通り、他のクラスもお化け屋敷を出し物の候補として上げていたらしい。
それで色々と話し合った結果、別にお化け屋敷に拘らずとも、アトラクション系だったら何でもいいと言って、お化け屋敷を諦めてくれるクラスも出始めて、お化け屋敷をやりたいと残ったのは二年A組と二年B組だけになる。
どちらがお化け屋敷をやるか争って、両クラスが険悪なムードになることは回避したい。
そんな思いから、我らがクラスの委員長である吉井君は、ある提案を思いつく。
それが、A組とB組が合同でお化け屋敷をやるということだったのだ。
「……クラスにとって、有益ねぇ……」
「だからよ、俺たちは心置きなくサボっていいわけだ。 な? 文化祭準備期間ってのは良いもんだろ?」
「……まあ、楽でいいけど。 これはこれで、暇だな」
「二人じゃたいした遊びもできねーからなぁ。 ま、こうやってダラダラ過ごせるのも、今のうちだと思えば……」
と言って、大きな欠伸をする勇人。
「……ところでよ」
「ん? どうした?」
勇人が小声で話しかけてきたので、つい俺も小声になる。
「……なんで、蟻塚さんがここにいるんだぜ?」
「……俺が知りたい」
チラっと一つ上の踊り場の方を見る。
「……何よ?」
視線に気づいた蟻塚が、敵意丸出しの眼でこちらを一瞥する。
「何でもないです……」
思わず敬語になる。
「そう」
とだけ言って、俺たちを無視して読書を再開する蟻塚。
「……あいつ、こえーな」
「ああ、あいつは怖い。 勇人も気をつけたほうがいい」
文化祭準備期間が始まってからだろうか。 いつも、俺と勇人しかいないこの非常階段の踊り場に、何故か蟻塚が来るようになったのだ。
流石、ボッチ女子2号。 みんなと一緒に文化祭準備なんてやってられるかということだろう。
そこで、丁度いいサボり場として、ここを見つけたというわけか。
それにしても、既に俺たちがいるこの場所によく居座れるものだなと思う。
行動が大胆というか、度胸があるというか……。
元々サボり魔だったから、そこまで驚くことじゃないのかもしれないが。
……そういえば、そんなサボり魔だった蟻塚は、ここ最近ずっと登校している。 以前と比べると、なんだかだいぶ機嫌が良さそうな気も。
ちょうど、深夜に運動公園で出会った次の週からだろうか。 その辺りを境に、何かが変わった……?
「そういえばよ」
勇人の声に、思考が中断される。
「あの約束、覚えてるか?」
「あの約束……?」
なんだっけ? 何も思い出せないぞ。
「約束って言っても、まだ具体的には何も決めてなかったんだけどな。 まあ、たいしたことを決めるわけでもねーから、いいだろ」
「うん……?」
「人見、今夜暇か?」
「暇だけど……? さっきから何の話をしているのか、さっぱりなんだが」
「よし、今夜は餃子を食いに行くぞ! お前の奢りでな!」
勇人は時々、俺の疑問や質問を無視して話し続ける。 何ていうか、自由な奴だ。
ところで、奢り……?
ああ、そうだった。
「……やっと思い出した。 俺、お前に奢るんだったな」
「そういうこった。 しらばっくれるかと思ったぜ」
テキトーな口約束とはいえ、自分で言ってしまったからには守らないとな。
それに、感謝したいという気持ちがあるのは本当のことだし。
「とりあえず、放課後はすぐに帰るなよ?」
「そんなに遠い場所へ行くわけじゃないよな?」
「ああ。 近場に餃子の美味い中華料理屋があってよ。 お前の家からもそんなに離れてないはずだぜ」
なら安心だ。 あんまり遠くへ行って帰るのが遅くなると、桃子が怒りそうだし。
「人見君!」
「おっ……!?」
突如、廊下へと繋がる扉が開いて驚くが、すぐに相手が五木だとわかり、安堵する。
「……五木か。 どうしたんだ?」
「大変なんです! とりあえず、一緒に来てください!」
「大変って……。 一体何があったんだ?」
「とにかく、大変なんです! 説明は後でしますから!」
説明を後回しにするほど大変そうには見えない。
でも、ここまで言われたら……。
「なんだぁ? 事件でも起きたのか? 俺も行ったほうが……」
「あっ、人見君だけで大丈夫ですよ! さあ、行きましょう!」
と言って、俺の手を引っ張り、廊下の方へと向かう五木。
「……………………あれ?」
取り残される、勇人。 五木、お前酷いやつだな! よりによって、勇人を蟻塚と二人きりにさせるなんて! 頑張れ勇人!
手を引っ張られながら、二年B組の教室前まで歩き進む俺。
「あのさ……。 そろそろ手を放してくれないか? 逃げ出したりしないからさ」
「あっ! すみません……!」
慌てて手を放す五木。 廊下からは、準備を頑張っているクラスメイトたちの姿がよく見えた。
「それで、何が大変なんだ?」
「ごめんなさい! 嘘をつきました……」
「え?」
「本当は大変じゃありませんでした。 ただ、人見君を強引に連れてきたかっただけで……」
五木はたまに、大胆なことをするから怖い。 慣れた相手には特に。
「大変なことになってないなら、それでいいんだけど……。 何で俺を連れてきたかったんだ? 文化祭の準備をさせるためか?」
「実はですね……。 わたし、さっきまで教室でお化け屋敷の内装づくりをしてたんですけど……」
五木はボッチ女子でありながら、文化祭準備には真面目に参加している。
元々、本人も何かを作ったりするのは嫌いじゃないらしいし。
何より驚いたのは、五木の意外な才能だ。 五木は、絵がとても上手かったのだ。
そんな五木の画力はすぐにクラスメイトに知れ渡り、「五木さん。 この仕事、頼んでもいいかしら?」と、女子クラス委員の木下さんに頼まれることに。
そんなわけで、文化祭準備期間中、五木は教室で他の生徒と共にずっと作業中だったわけだが……。
「足りない材料や道具があるってことで、買い出しする必要が出てきたんですね。 そこで、わたしが買い出しに行こうと立候補したんですが、一人で行くのはダメだと言われて……」
「それで、俺を連れてきたというわけか」
「そういうことです……」
連れてこられた理由はわかった。 だけど……。
「周りにいた人と一緒に行くとはならなかったのか?」
「もちろん、一緒に行くと言ってくれた人はいたんですが……。 その……」
モジモジとしながら、言葉を続けようとする五木。
「……急に、不安になってきたとか?」
「はい……。 今まであまり話したことのない子と一緒に買い出しに行くのはちょっと……。 だから、つい、サボっていて暇そうな人を連れて行くって言っちゃったんです」
「……五木って、結構毒舌?」
「そ、そんなことはないですよ! だって、事実じゃないですか」
「うっ……!」
確かに、サボっていたし、暇してた。 非難されても仕方がない。




