拘束魔術
「止めてあげるだぁ……? 出来るものなら……」
薊海里は、無数の氷矢を形成する。
「やってみろおおおおお!!」
それらを、わたしに向かって放つ――!
「――っ!」
この攻撃を全て回避するのは難しい。 だったら、最初から回避はしない。 こちらも攻撃をして、相殺する。
発動速度には自信があった。
即座に、目の前に無数の電撃弾を形成。
そして、向かい来る氷矢に対して迎撃する。
「クソが……!」
わたしの攻撃は、薊海里の攻撃を打ち消すだけでは終わらず。
余分に形成しておいた電撃弾は、薊海里に向かって突き進む。
その電撃弾を、薊海里は氷の壁を創り出すことで、防御する。
しかし、これはわたしにとって好都合だ。
「何……!?」
「この距離なら……!!」
何故なら氷の壁によって、わたしは姿を隠すことができたからだ。
薊海里に攻撃されることなく、距離を詰めることに成功する。
「来るなああああああ!!」
屋上の床に掌を押し付ける薊海里。
次の瞬間、薊海里を起点にして、床が凍りついていく。
「まだだ……!」
更に、凍りついた床から、鋭い刃物のような氷が無数に生えていく。
「くっ……!」
薊海里から離れる。 また、距離が空いてしまうが、仕方がない。
「串刺しにしてやるよ!」
またしても、氷矢を形成する薊海里。 わたしの攻撃に打ち消されたことを意識してか、先程よりもより強力に見える。
「そんなもの……!」
ならば、わたしも先程より強い攻撃を繰り出そう。 無数の電撃弾を再度展開する。
「ははははは! 今度はさっきのようにはいかないぞぉ!!」
攻撃魔術のぶつかり合う音が、鼓膜を震わせる。
薊海里の言う通り、先程と同じようにはいかなかった。
術の発動が先だった薊海里の攻撃の威力が僅かに勝り、わたしに目掛けて数本の氷矢が飛んでくる。
「死ねッ!」
更に、薊海里は追撃する。 氷の礫を形成し、解き放ってくる。
「……………………」
わたしは、これらの攻撃を脚力により回避できるだろうかと思考するより早く、反射的に魔術を発動する。
わたしの脳はもう、戦闘用に切り替わっていた。 集中力が途切れる外的要因が無い限り、わたしは止まらない。
「何っ……!」
円状の盾のような電撃が、薊海里の攻撃からわたしの身を守る。
氷矢も、氷の礫も、雷の盾に接触した瞬間、弾け飛ぶ。
そのまますぐに、わたしは薊海里へと駆けて行く。 掌に、電撃球を携えて。 力を溜めて、狙いを定める。
跳躍する。
狙いは、すぐ下。 雷を、床に向かって放つ。
「ひっ……!」
雷の衝撃波が床の上を駆け巡る。
凍りついていた足場のほとんどが、解凍されていく。
屋上床に生えていた障害物はもうない。 薊海里に反撃の時間を与えぬよう、即座に前進する。
「く、来るなぁああああああああ!!」
「遅いです!」
「ぐぎゃっ……!」
魔術を発動しようとする薊海里の脚を、払うように蹴る。 体勢を崩し、そのまま転ぶ薊海里。
「や、やめろぉ……!」
ここでわたしが発動するのは、攻撃魔術ではない。 攻撃せずに、相手の動きを封じる魔術だ。
「これで、終わりです」
先端に、槍の穂先のような刃物のある光の鎖を生み出し、それで薊海里の体を束縛する。
「な、何なんだよこれは……。 この鎖、巻きついて……!?」
「拘束魔術ですよ。 一度拘束してしまえば、わたしがその魔術を維持し続ける限り、そう簡単に抜け出すことはできません。 わたし、この魔術には結構自信があるんですよ?」
もちろんこの魔術にもいくつか欠点はあるが、今の薊海里にこの魔術の対処ができるとは思えない。 これでもう、薊海里は動けない。
「あなたの負けです」
戦闘は終了した。 薊海里を殺すことなく。
わたしには、確かに殺す覚悟はあった。 けれども、最初からわたしはこうする気だったのだ。
薊海里を、殺さずに無力化する。
わたしには、それが出来ると思っていた。
「…………殺せよ」
「えっ?」
「殺せって言ってんだよ! 僕を生かして、どうするつもりだぁ!?」
どうするつもりなんだろう。 薊海里に改心してもらう? そんなこと、わたしに可能だろうか。
「……わたしはあくまであなたを止めに来たんです。 殺しに来たわけじゃない。 さっきも言ったじゃないですか」
「僕は殺すことでしか止められないぞ!?」
「わたしはまだ、そうは思いません」
「はぁ? 馬鹿か、お前。 僕が仮に、これから大人しく自首でもしたとして、僕に魔術が使える限り、平気で僕は殺人を再開できるんだぜ? 魔術ってのはホント最高だよなぁ!? 拳銃なんかはあくまで道具。 その道具を没収されちまえば、殺す力は消え失せちまうけど、魔術は違う! 例え素っ裸だろうと、魔術が使えなくなるだなんてことはない! 生きている限り、魔術の力は僕の身体と共にあるわけだ」
薊海里の言う通りだ。
恐らく、薊海里は命ある限り、魔術を使うことができるだろう。 魔術を使わないと約束したところで、そんな約束は薊海里の気分次第でいとも簡単に破られてしまう。
だから、薊海里に魔術を使わせない一番の確実な方法があるとすれば、命を奪ってしまうということ。
けれども、わたしはその方法を最後の最後まで選ぶつもりはない。 幸い、うまく薊海里を拘束することはできた。
考えるんだ……。
必死に考えて、殺さずに解決する方法を。
これは、ただ命を奪いたくないからというだけの話には留まらない。 死んだ薊海里から得られる情報よりも、生きている薊海里から得られる情報の方が、わたしたちにとって有益で興味深いはずなのだから。
このまま殺してしまったら、謎は謎のままだ。
そもそも何故、薊海里に魔術が使えるのか。
素直に答えてくれるとは思わないけれど、聞くだけ聞いてみるのは良いかもしれない。
「その魔術の力を、あなたは一体、どうやって手に入れたんですか……? その力が魔術だとわかっている以上、あなたに魔術を教えた人物でもいるんですか?」
「教えた人物だぁ? 違う。 僕は与えられたんだ。 僕は神に選ばれたんだよ」
「神? 与えられた……?」
「魔物と、魔物を操る力と、魔術の力をな! 僕の人生はあの日から変わった! クソみてえな人生から抜け出せるんだって確信できた! それなのに……!」
結果的に、薊海里は力を与えられたことで、余計……。
それよりも、与えられたというのなら、誰が与えたというのだろう。
……神? まさか、本当に神がいるわけでもあるまいし。
力を与えた人物を、神と呼んでいるのだろうか。
「あなたに力を与えたのは、神なんかじゃありません。 人を殺す力なんて与えられたら、幸せになんかなれないに決まってます。 あなたに力を与えたのは、神というよりは、悪魔か死神の類ですよ」
「……悪魔、か。 ははは! 確かに奴は、神というよりは悪魔なのかもしれないなぁ。 悪魔の方がしっくりくる。 そうか、悪魔か……」
何やら勝手に納得した様子の薊海里。
拘束されているからか、諦めて落ち着き始めたように見える。
うまく聞き出せば、もっと情報を得られるかもしれない。
「あいつらをぶっ殺せるなら何にだって縋るつもりだったけど、まさか、悪魔に縋ることになるとはな……。 僕は、悪魔と契約してこの肉体と魂を売ったというわけか! 傑作だな」
「傑作なのは結構ですが、あなたの話を聞いてると、ただ力を与えられただけのように聞こえるんですが……」
「はぁ? だからそう言ってんだろ。 僕は与えられたんだよ、力を」
そんなことが、可能なのだろうか? 聞いたこともない。
わたしも鬼山さんも、現在のように魔術が使えるまで、努力はそれなりにしてきた。
知識と経験の両方を積み重ね、やっとここまで強くなれたのだ。
それなのに目の前の男は、ただ力を与えられただけだと言い張っている。 それで、あれだけの力を……。
「……信じられませんね。 あなたに力を与えたという人物は、一体何者なんですか?」
「僕が知りたいね。 僕に力を与えて以来、姿を見せないんだからな。 あれは幻か何かだったんじゃないかと思ったこともあったけど、現実に僕は、魔術の力を使えている。 あれは幻なんかじゃない。 確かに、僕に力を与えた人物はいた……」
嘘を言っているようにも思えない。 もし、本当にそんな人物がいるのだとしたら、今回の事件はほんの序章にすぎないのではないだろうか。
嫌な予感に、背筋がゾクリとする。 冷たい刃物で撫でられているような、不快感。
「……あなたの操る魔物はもう、いないんですよね」
薊海里の言うことを全て正しいと真に受けるわけではないが、聞いてみる。
「……ああ、いないよ。 だから安心して僕を殺せよ。 隠していた魔物が暴れるだなんてこともないからな」
「だから、殺さないと何度も……」
「殺さない、か! 考えてみれば、そうだよな、お前には僕を殺したいというほどの思いはないもんなぁ! そんなお前に、僕の気持ちがわかるわけない! 僕は、あの四人をぶっ殺してやりたいと思い続けてきた! それだけのことをされ続けたんだからな。 お前は殺さないことに拘っているようだが、お前が僕と同じ立場だったら、どうしていたんだよ」
「え……?」
いきなり質問され、戸惑う。 わたしが薊海里と同じ立場だったら、どうしたのだろうか。
精神的にも肉体的にも攻撃を受け続け、そんな攻撃をしていた人間の幸せを知って、自らの運命を呪い、何もかも信じられなくなった果てに、現実離れした力を得てしまったら。
その力を、悪しきことに使わないと、断言できるだろうか。 嫌な現実全てをぶっ壊せる力を都合よく与えられたのに、何もせずにじっとしていられるだろうか。
わたしだって、薊海里に偉そうなことを言える立場ではない。
今は、余裕が多少あるから。 余裕がなくなったら、人の考えや決意なんてものは、すぐに変わる。
それでも……。
わたしは、最後までわたしの正義を貫き通したい。 その思いが、不変なものだと信じ続けたい。 だから……。
「何も、しませんよ」
「嘘つけ! 何もせずに耐えられるわけがない! 僕がどれだけ酷い仕打ちを受け続けてきたと思っている! 所詮、お前にとっては他人事ってわけだ」
「そうですよ。 わたしにとって、あなたは他人。 あなたが受けてきたことも、他人事でしかありません。 でも、その他人事なりに考えた結果、何もしないって答えが一番あなたにとって幸せな選択肢なんじゃないかなって思ったんです。 だって、辛いことや嫌なことから逃げずに立ち向かい続ける必要なんて、ないじゃないですか。 逃げたって、いいじゃないですか。 あなたはあなたに酷いことをした人たちのことを考え続けなくても良かったんじゃないですか?」
「なんだよ、それ。 嫌なことは全部忘れて知らないフリをしろってことかよ。 現実逃避もいいとこだ。 それに、僕がイジメられていたことを忘れて都合が良いのは、イジメた奴らの方だろ!?」
確かに、されてきた酷い事を忘れろと言うのは、酷い事をした人にとって都合が良いのかもしれない。
それでも――。
「それが気に食わないのはわかりますが、その考え方って、結局は相手に囚われているからこそのものじゃありませんか? ……聞いたことがあります。 忘却とは、人間の脳がストレスから逃れる為の機能だって。 そんな便利な機能があるのに、酷いことをされたって過去を、いつまでも背負い続けなくてもいいじゃありませんか」
「納得できるか、そんな考え方……! やられたらやりかえす。 そうでもしなきゃ、気が済まないだろ!?」
「本当に、あなたは気が済んだんですか?」
「……ああ。 まだ物足りないけどな、花田や高山をぶっ殺した時は本当に……」
「まだ物足りないのなら、気が済むまで殺し続けるんですか?」
「そうだよ。 気が済むまで、全員……」
「気が済んだその後は、どうするつもりなんですか?」
「それは……」
薊海里が復讐の果てに行き着く場所。 想像力を用いれば、そこが決して望んでいたような未来ではないことがわかるはずだ。
「あなたは先程、殺しまくった果てに何があるのか確かめると言っていましたが、本当はわかっているんでしょう? 確かめるまでもなく、そこに何が待っているのか」
「………………」
人の道を大きく外れたままで、人並みの幸せなど得られやしない。
世の中は必ずしも勧善懲悪な物語のようにはいかないけれど、それでも悪に手を染めた人の末路は、大半がバッドエンドだ。
「……クソが。 高山が僕に言ったようなことを、お前まで言うのかよ。 僕は、人生をやり直しでもしなきゃ、幸せになれないのかよ。 僕は、どうすれば良かったんだよ……!」
「……普通に生きれば良かったんですよ。 少なくとも、魔術の力で殺人なんか、するべきではなかったんです」
「………………」
何かを言おうとする素振りを見せるも、良い言葉が思い浮かばなかったのか、目を逸らして口を噤む薊海里。
薊海里はわたしの言葉に納得はしないだろう。
わたしも、この考えが絶対的に正しいものだとは思っていない。
それでも、この言葉は薊海里にある感情を呼び起こさせるものになるはずだ。
ある感情とは何か?
それは、後悔だ。
もし、魔術の力を得ても、それを使わずにそのまま普通に暮らしていたら……。
一体、どんな未来が待っていたのだろうか。 そんな想像を、してしまうに違いない。
だから、納得はせずとも、この言葉は突き刺さる。
思考が狭まっていた時には選ぶことのできなかった選択肢。
その選択肢の持つ可能性を仄めかされて、何も思わないわけがない。
「……普通に、生きる、か……。 くくくくくく…………」
「………………?」
再び言葉を口にしたかと思えば、薄気味悪い笑い声を発し始める薊海里。 一体、何を考えて……?




