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呪い


「クソがクソがクソがクソがクソがクソがぁ……!!」

 

 黒い砂を何度も何度も踏み潰す薊海里。

 

「……後はあなただけですね。 まだ、戦いますか? これでもわたし、三年間戦闘訓練を積んできたんです。 ただ魔術が使えるだけのあなたに、負ける気がしません」

 

 薊海里の方を見る。 

 彼は、怯えていた。 その怯えを、怒りという感情で覆い隠そうとしているのだろう。

 

「く……来るなぁ!! 僕の、邪魔を……」

 

 こちらを見ながらも、わたしたちから距離を取ろうと後ろへ下がる薊海里。

 

「するなぁああああ!!」

「あっ……!」

 

 そして後ろへ振り返り、扉の奥へと逃走する。

 

「鬼山さん! ここで待っていてください……! 薊海里はわたしが何とかします」

「ああ。 頼んだぞ……。 絶対に、油断はするなよ」

 

 

 

 薊海里を追って、わたしも扉の奥へと進む。

 視界が悪い上、初めて来た場所だ。 先にこの廃墟に来ていた薊海里の方が、何かと有利だろう。 

 待ち伏せをしている可能性もあるし、今この瞬間にも、死角から氷の礫を射出しようとしているかもしれない。

 

「よし……」

 

 下級魔術なんて使うのは、いつ以来だろう。 

 威力は低いし、攻撃範囲も狭いしで、戦闘においての実用性はまったくないと言ってもいい。 

 でも、懐中電灯の代わりくらいにはなる。

 

 小さな電撃が、辺りを照らす。 これは、こちらの場所を教えているのと同じでもある。 

 

 すぐに、辺りを見渡す。

 

「………………!」

 

 見つけた……! やはり、物陰に隠れ、わたしが来るのを待ち構えていたようだ。

 

「ひぃいいいいい!」

 

 慌てて氷の礫を放つ薊海里。 

 もちろん、全く狙いの定まっていない攻撃など、避けるまでもなく、わたしには当たらない。

 

「待って――!」

 

 更に奥へと逃げていく薊海里。

 

「階段……?」

 

 この階段を上っていったのだろうか。 警戒をしながら、進んでいく。

 

「く……、来るなあああああああ!!」

 

 薊海里の後ろ姿を見つける。 見逃さないよう、急いで追う。

 

「あなたが攻撃しなければ、わたしも攻撃はしません……! だから、もう……!」

「クソがああああああ!!」

 

 薊海里は、完全に我を忘れている。 きっと、薊海里にとって、あの魔物たちと魔術の力は……。

 

 わたしは以前、どうして薊海里が人を殺すのか考えたことがある。

 

 殺したいという思いがありながら、もし薊海里が魔術を使うことができなかった場合。 薊海里は、他の手段を用いて人を殺していたのだろうか。

 何しろ、人を殺す手段や方法なんていくらでもある。 それこそ、日常の中に溢れる生活用品だって凶器に成り得る。

 

 しかし、ここ最近まで殺害しなかったということは、それらの凶器を使う気なんてなかったということ。

 言ってしまえば当たり前なことなのかもしれない。

 

 拳銃などの存在しない社会に拳銃が与えられたらどうなるか。 

 

 銃口を向け、引き金を引くだけで排除したい相手を消すことができる力。 

 そんな力をいきなり得た人間は、今までと変わらぬ生活ができるだろうか。 

 今までも、相手を消す方法がなかったわけではない。 けれど、銃の存在しなかった時と同じでいられるだろうか。

 

 それと、同じような話だ。

 

 薊海里にとっての魔術は、薊海里の抱くどす黒い感情にどのような変化を与えたのか。

 日常の中に置かれているだけでは、抑えられていた殺意。 

 思考に留まり、行為に発展しなかった思い。 

 それが、非日常的な力を得ることによって、どうなるのか。

 



「……もう、逃げられませんよ」

 

 薊海里を追って辿り着いたのは、屋上。 空はすっかり赤く染まっていた。

 

「少し、話しをしましょう」

 

 まさか、屋上から飛び降りたりは……。

……するかもしれないけど。 だからこそ、すぐに近寄ったりはしない。

 

「色々聞きたいことはありますが……。 まず、一番に聞いておきたいことがあります」

 

 薊海里は息を荒くし、挙動不審になりながらも、その場を動かない。 どうやら、わたしの言葉はちゃんと聞こえているようだ。

 

「何故……。 人を殺したんですか?」


 鬼山さんなら、そんなことよりも何故魔術が使えるのか、魔物は一体何なのか聞けと言うだろう。 でも、わたしにとって一番知りたいことは違う。

 

「……………………」

 

 返事はない。 ならば……。

 

「……酷いことを、たくさんされたから、ですか?」

「……………………!」

 

 薊海里の表情が硬くなる。 わたしの言葉に、感情を変化させている。

 

「復讐心から、人を殺して……。 更に、この生まれ育った街で、たくさんの人を殺すつもりだったんですよね?」

 

 まだ、返事はない。

 

「わたしは、人を殺したいと思うほどの感情を抱いたことがありません。 だから、あなたの気持ちがわかるとは、言わないです。 でも――」

 

 わたしは、言葉を続ける。

 

「本人にしかわからないからって、その気持ちを全く理解しようとしないのは、悲しいことだと思います」

「……………………!?」

 

 度肝を抜かれた。 といった表情をする薊海里。

 

「……わたしは、あなたが犯した罪を赦すつもりなんて微塵もありません。 どんな経緯があろうと、あなたは人の命を奪ったのですから。 もう、引き返せないところまで来ているんです」

 

 罪は消えない……。 どんな償いをしたところで、なかったことにはならないのだから。

 

「だからといって、これ以上悪い方向へと転がり続ける必要もないはずです。 だって、あなたは生きているのだから。 少しでも良い方向へ、まだ行けるんですよ……?」

 

 鬼山さんとの会話を思い出す。 

 

 人を殺してしまえば、取り返しがつかない。 死者は蘇らないのだから。 どんなに謝りたくても、謝ることはできない。

 これは、謝る方だって同じだ。 何事も命あってこそ。 

 だから、命を奪って解決というのは、本当に本当の最終手段だ。

 

「……もう、わたしだって戦いたくありません。 あなたも本当は、人を傷つけたくなかったはずです」

「……………………」

 

 薊海里の沈黙は続く。

 

「何故、あなたが魔術を使えるのかわかりませんが……。 魔物や魔術がなかったら、あなたはきっと、人を殺さなかった」

 

 これはわたしの想像にすぎない。 でも、恐らく間違っていないだろう。 魔術の力がこの男をここまで変えてしまった。

 

「あなたにとって、その力は……。 あなたを不幸にするだけのものです。 だから――」



「――だから……? 何だよ……。 その力を使うのはもうやめろってかぁ? ふふふふふふ……」

 

 ついに、言葉を吐き出す薊海里。

 

「ははははははははははははは!! ああ、答えてやるよ! 僕は、ずぅぅぅうううっっっと、ずぅぅぅううううううっっっっっっと、酷いことをされてきたんだよ……!! 一つひとつ教えてやってもいいぞぉ? ひゃはははははは!」

 

 狂気に満ちた顔。 見ているこっちまで、気が狂いそうだ。

 

「……教えなくて結構です」

「いや待てよ……。 そんなことよりも、僕がどんなに気持ちよく四人をぶっ殺したか教えてやろうかぁ? ああ、ちょっと思い出しただけでこんなにも気分が晴れやかだ! 僕はさぁ、僕をずっとイジメてきた奴らが憎くて憎くて仕方なかったし、奴らのやってきた行為は最低だと思ってるけどさ、今なら奴らの気持ちだって少しはわかるんだ」


 異常な興奮からか、別人のように言葉を吐き出し続ける薊海里。

 

「……だってさぁ、他人ひとを一方的に苦しめたり痛めつけたりするのって、すっっっっっっっっげえ楽しいんだぜぇ? あんなに楽しい行為、やめられないよな、そりゃあ!!」

 

 爆風のように吹き荒れる負の感情。 わたしの言葉は、薊海里の心に届いてなんていなかった。

 

「そんな僕の楽しみを邪魔するお前たちには死んでもらうからな。 ……そうだな、まずあの男は体中に穴を空けてぐちゃぐちゃにして殺してやる! そんでお前は殺した後、服を脱がせて全裸にし、道端に放っておいてやるよ! はははっ、楽しみだなぁ!?」


……こいつ、最低だ。


「女の死体の撮影会なんて、変態どもが泣いて喜びそうだもんなぁ? 想像してみろよ、死んだ後にお前は、変態どもに写真を撮られまくるんだ。 撮影だけで済めばいいけどなぁ? ひゃはははははは!!」

「………………」

「そしてお前たちを片付けた後は、学生時代の僕を知っている奴をみんなぶっ殺してやる! 直接イジメていないやつも全員だ! 僕は、全員気に入らない……! 仮に、僕が警察にでも捕まったとするだろ? その後、イジメに直接加担してなかった傍観者は口を揃えてこう言うはずだ。 『あいつならいつかやると思ってました』だとか、『普段は大人しく、こんなことをする子だとは思いませんでした』とか、内心クスクス笑いながらなぁ!? 許せないよな……? 自分は関係ないって、安全地帯で楽しく僕がイジメられているのを鑑賞していた奴らが、僕の起こした事件でまた僕を笑うんだぜ? 僕にはそれが耐えられない……!」

 

 一度、溢れ出したどす黒い感情は止まらない。 その感情を塞き止めていた何かは、完全に壊れてしまっていた。

 

「ああ! 中学と高校だけじゃ足りないなぁ!? 僕を知る、全ての人間をぶっ殺さなきゃ気が済まない……! 全員をぶっ殺した後だったら自首でもなんでもしてやるよ!」

「……もう、誰の命も奪わせませんよ」

「……何でだよ。 僕はもう、人生終わりなんだ……! どう足掻いたって、過去は消えないんだよ! そんな僕の、唯一の救いをお前は奪うのかよおおおおおお!!」


 過去は消えない。 過去を失っているわたしにとって、どう受け止めるべきか困る言葉だ。 それよりも、


「救い……? 何を、言って……?」

「イジメられ続けて、クソみたいな人生を歩んできた僕が、人をイジメながら幸せな人生を歩んでいる奴らと同じように幸せになるにはどうすればいいのか、考えたことはあるかぁ……?」

「……考えたこと、ないですけど……」

「人生はやり直せない……! どんなに強く思ったって、現実は変わらない……! そんな僕が救われるには、人をイジメながら幸せな人生を歩んでいるような奴らをぶっ殺すことくらいしかねえだろうが……!」


 この人は……。 もう……!

 

「なんで、そうなるんですか……!? それは救いなんてものじゃない、もはやそれは、呪いのようなものです……!!」

 

 薊海里は、ただ幸せになりたかったのだろう。 

 だけど、人の一生には幸せなことと同じくらい不幸なことがある。 楽しいことだけではない。 苦しいこともたくさんある。

 

 薊海里は、中学時代から始まったイジメにより、他の誰よりも辛く苦しい思いをすることになってしまった。 誰がどう見ても不幸だと言える日々。 

 

……生きていれば良いことがあるだなんて無責任な言葉、誰が考えたのだろう。 

 薊海里の言う通り、人生はやり直せない。 どんな未来が待っていようが、心に刻まれた無数の傷は、完全に治ることはないのだ。

 

 それでも――。 だからといって、今更幸せになっても意味がないとは、思わない。 

 どんなに辛い過去があったって、それは過去だ。 いつまでも過去に縛られ続ける必要なんて、ないのだから。

 

 結論から言うと、薊海里は間違ってしまったのだ。 自分を救う、方法を。 

 

 復讐は何も生み出さないなんて言わない。 

 けれど、復讐するにしても、もっと良いやり方があったはずだ。 殺人だけが復讐ではない。

 

「呪いだぁ? ……そうだな、呪いかもなぁ……! 僕はもう、止まれない……!! 殺して殺して殺して殺して殺しまくった果てに、何があるのか確かめるまでなぁ……!」

「……わかりました。 ならば、わたしが止めてあげます」

 

 やはり、ここは戦うしかない。 覚悟はある。 わたしがこの怪物ヒトの全てを、受け止めるんだ。

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