雷鎧
『ギュラアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
「うっ……!」
耳を劈くような、雄叫び。 その迫力を前に、戦意を失いそうになる。
「僕をどうにかしたいのなら、まずこいつを倒してみろよ!」
三つ首の魔物――ケルベロスに攻撃を遮られ、鬼山さんは後方へと下がる。
「……なるほど、こいつが群れの本当のボスというわけか。 随分と強そうだな」
「そんな、落ち着いてる場合じゃないですよ、鬼山さん……!」
三つ首の魔物は、明らかに先程の四体よりも強そうだ。
それに加えて、薊海里本人も戦闘能力を有している。
数だけを見れば、二対二だと言えるかもしれないが、三つ首の魔物はどう見ても魔術師一人分の強さでどうにかなりそうな感じではない。
これは、本当にマズい状況なのでは……?
先程と同じように鬼山さんが優位に立てるとは思えない。
何より、指輪を装備しているからとはいえ、肉体強化魔術に加えて上級魔術を二回も使用済みだ。 だいぶ体力を消耗しているに違いない。
「ケルベロス! こいつらを喰い殺せ!!」
『グ……』
命令通りに攻撃をするのかと思いきや、立ち止まりこちらを見据える三つ首の魔物。
「………………?」
一体、何を……?
『…………ギャアアアアアアアアアアア!!』
「――――――ッ!?」
三頭全てが口を大きく開く。 よく見ると、口の中は青く輝き――。
「蕭条……! 避けろ!!」
「っ――!」
そして吐き出される、青い炎弾。
その破壊力は、限りなく上級魔術に近い中級魔術相当といったところだろうか。
炎属性耐性魔術を習得していないわたしたちが喰らえば、ただでは済まない一撃。
「……こいつ、魔術も使えるのか」
何とか炎弾を避けたわたしたち。 だが、安心できる暇もなく。
「くそっ……!」
その巨体に似合わない動きの速さで迫りくる三つ首の魔物。 わたしたちを喰い殺そうと、鋭い牙を剥き出しにする。
「……蕭条。 お前は力を温存しろ」
「えっ……?」
敵の攻撃を避けながら、わたしに話しかけてくる鬼山さん。
「俺は今から少し無理をする。 だいたい、三分だ……。 どこまでいけるかわからんが、その後はお前に任せる」
「それって、どういう……!?」
わたしたちの会話を邪魔するように、攻撃する手を止めない三つ首の魔物。
「くっ……! 説明している暇はない! とにかく、わかったな!」
「は、はい……!」
無理をする? エネルギーを使い果たすほどに強力な魔術でも発動するのだろうか。
一緒に戦うんだから、予めどのような魔術が使えるのか話してくれても良かったのに。
……でも今は、言う通りに従うしかない。
鬼山さんは何か強力な一手を隠している。 それだけは確かだ。
何も、破れかぶれで突っ込むというわけではないだろう。
「ほらほらぁ……! 会話してる暇なんて無いだろ! ひゃははは!!」
薊海里から氷の礫が射出される。
距離がある為、命中精度が高いわけではなく、うまく回避することはできたが、それでもこちらにとって非常に厄介な攻撃だ。
「――発動」
「な、なんだぁ……!?」
鬼山さんの体を、青い電撃が包み込む。
……いや、包み込むというよりは、鬼山さんの体から絶えず青い電撃が迸っていると言ったほうが正しいのかもしれない。
「――行くぞ」
全身に青い電撃を帯びた鬼山さん。 そんな鬼山さんに向かって、襲いかかる三つ首の魔物。
そして、三つ首の魔物の牙が鬼山さんに届こうとする直前。
『グギョァアアア!?』
雷の付与された拳が、魔物の顎を突き上げた。
「…………っ!」
そのまま鬼山さんは追撃する。
拳と同様、雷の付与された脚から繰り出す回し蹴りで、魔物の巨体を吹き飛ばす。
『ギュラアアアアアアア!?』
「……喧しい奴だ。 攻撃する度にこうも叫ばれたら、鼓膜が破けちまう」
鬼山さんが発動した魔術。
これは、言うならば雷の鎧。
今、鬼山さんの攻撃全てに雷属性が付与されている。
強化魔術の一種だろうけど、まさか鬼山さんにこんなとっておきがあるだなんて……!
「はぁ……!? なんだよ、それ……! ケルベロス! さっさとぶっ殺せ!!」
分かりやすいほどに焦りを見せる薊海里。 確かに、こんな展開になるなんて、相手からすれば信じられないことだろう。
でも、わたしたちがこれで安心できるかといったら、そうではない。
鬼山さんは、この魔術を使う前に確かに言った。
……だいたい、三分だと。
「はぁっ!!」
鬼山さんは猛攻を続ける。 この急ぎよう。
つまり、この魔術は三分間ほどしか維持できないということだ。
三分間で相手を倒せない場合、どうなるか。
「くっ……!」
……わたしが、戦うしかない。
だからこそ、鬼山さんはわたしに力を温存しとけと言ったのだろう。
そして、そんなことを言うからには、この三分間で全て片がつくとは思っていないということ。
「ははははは! いいぞいいぞいいぞいいぞぉ!!」
鬼山さんの動きに若干の遅れ。 鬼山さんの一方的な戦いとはならず、三つ首の魔物も負けじと攻撃を繰り出してくる。
しかも、薊海里も棒立ちで観戦しているわけではない。 鬼山さん目掛けて、氷の礫を射出している。
「させないっ……!」
当然、わたしも力を温存するとは言っても、鬼山さんの身に危険が訪れそうな時はサポートをする。
薊海里の攻撃を弾くくらいなら、わたしにも……!
「邪魔すんなクソアマがああああ!」
攻撃対象をわたしに変え、喚きながら礫を放つ薊海里。
……これでいい。 鬼山さんには、三つ首の魔物との戦いに集中してほしい。
「……いい加減」
三つ首の魔物の懐に入り、素早く殴打を繰り出す鬼山さん。
「倒されろ……!」
一発や二発ではない。 一瞬の間に、何発もの拳を叩き込む。
しかし、それでも魔物は倒れることなく、反撃してくる。
攻撃が効いていないというわけではないだろうけど、小型の魔物や中型の魔物と比べると、耐久力が段違いだ。
「くっ……!」
「鬼山さん――!!」
魔物の反撃を躱すのに若干遅れ、背中に傷を受ける鬼山さん。
零れ落ちる血液。
赤く汚れる床。
痛みに表情を歪ませる顔。
わたしが攻撃を受けたわけじゃないのに、なんだか血の気が引いてくる。 体から体温が失われていくような虚脱感。
「安心、しろ……」
鬼山さんの声が聞こえる。 安心しろと言われても、そんな言い方じゃ安心できるわけがない。
鬼山さんが雷の鎧を発動してから、もう少しで三分だ。
鬼山さんの言う通りならば、そろそろ魔術の効果は切れてしまう。
「これで……、くたばってくれよ……!」
魔物との距離を大きく空ける鬼山さん。
「一点集中……!」
全身に纏っていた雷が、右の拳に集まっていく。 雷が凝縮され、青い光が激しく輝く。
その様子を見て、動きを一瞬止める魔物。
しかし、すぐに攻撃の体勢に移り、目の前の獲物を切り裂こうと迫りくる。
「っ……!」
またしても、回避に遅れて攻撃を僅かながら受ける鬼山さん。 けれど、怯むことなく動き続け、魔物の体の上へと移動する。
「喰らえ――!!」
上に乗った鬼山さんを振り落とそうと魔物が暴れる前に、鬼山さんは右拳を真ん中の頭に向かって振り下ろした。
『グギィィィイイイイイイ!?』
その一撃は、まるで雷の鉄槌だ。 拳に溜め込んでいた雷は解き放たれ、魔物の全身を包み込む。
直接拳による攻撃を受けた真ん中の頭は、無残な有様になっていた。
「はぁ……? 嘘……だろ……!?」
薊海里は目の前の光景に唖然とする。 ケルベロスと名付けた魔物の実力に、相当の自信があったようだ。
「……蕭条。 後は任せたぞ」
「鬼山さんっ……!?」
薊海里が動きを止めている間に、急いで鬼山さんの元へ駆け付ける。
「……歩くくらいならまだできる。 だが、もうまともに戦えるほどの力はない。 すまないな」
「そんな、謝る必要なんてないですよ! だって、ほら! あんなに強そうな魔物を……」
迂闊だった。 まだ、ちゃんと魔物が死んだのか確認をしていなかった。
『グ……』
「えっ……!?」
「クソ……。 まだ生きてやがる……!」
真ん中の首を失い双頭になりながらも、まだ魔物は倒れていなかった。
しかも、その双頭の口には、青い炎が……!
「は……。 ははははははははは……!! 流石、僕の魔物だ! そいつらを焼き殺せ!!」
すっかり調子を取り戻した薊海里。 今すぐぶん殴りたいけど……!
「……蕭条、しっかり掴まっておけよ」
「ちょ……!? もう、動けないんじゃ……!」
わたしを抱きかかえ、脚に力を入れる鬼山さん。
「……火事場の馬鹿力ってやつだ」
と言って、わたしたちに向かって放たれた炎弾を回避しながら、魔物の方へと駆けて行く。
「……投げるぞ」
「えっ、投げ……?」
そしてそのまま、説明も無しにわたしを魔物の方へと放り投げた。
「……っ……!?」
「……健闘を祈る」
なんて、メチャクチャな戦法。 下手すると、わたしは魔物の口に向かってドボンだ。 肉食動物の餌の気分をこんな形で味わうなんて。
……けれど、こうなったらやるしかない。
「ぐうっ……!」
空中で上級魔術を発動。 掌に、雷の槍を形成しようとする。
『ギュラアアアアアアアアアアアアアア!!』
魔物は、投げ飛ばされたわたしを喰い殺そうと移動するが、もう遅い。
「っ……!」
無事、受け身を取り、着地。
すぐ背後には、口を大きく開き、目の前の獲物を噛み砕こうとする魔物。 あと少し直地点がズレていたらまずかった。
「そんなにお腹が減っているのなら……!」
狙いを定める。 こんな状況なのに、不思議と気持ちは落ち着いていた。
「これでもッ……!」
鋭く研ぎ澄まされる、雷の槍。
「喰ってろ!!」
そしてそれを、魔物の体の中心に向けて、放つ――!!
『グギャアアアアアアアアアアア!?』
魔物は、わたしの目の前で動きを止めた。
正確には、もう動こうと思っても、動けないのだろう。
その身を雷の槍に貫かれ、ついにそのまま倒れ込む魔物。 今まで倒した魔物と同様に、黒ずんで砂と化す。
今度こそ、わたしたちはこの魔物倒すことに成功する。
「……鬼山さん」
「何だ」
「わたしがどうして怒っているのか、わかっていますよね? 覚悟していてくださいよ?」
「………………せめて、怪我が治るまでは待ってくれ」
待ってあげない。
そう言おうと思ったが、まだやることがある。




