教会
両開きの扉を開け、中へ入る。
教会の中の空気は、外よりもひんやりとしていた。
土足厳禁と書いてあるので、玄関で靴を脱ぐ。 わたしたち以外の靴が見当たらないことから、今はわたしたちの他に誰もいないようだ。
玄関からすぐ前方にある扉を開く。
「…………………………」
目の前の光景に、思わず息を呑んだ。
ステンドグラス越しに差す光。 その光に照らされたこの空間からは、まるで時が止まったかのような静謐さを感じる。
何より圧倒されるのは、真正面の奥にある祭壇だ。 天井に届きそうなほど高く、壁一面を覆うように聳え立っている。
荘厳さという言葉はこういうモノに対して使うのだろう。 誰もがこの祭壇を前にして、畏敬の念を抱くに違いない。
「……誰もいないみたいだな」
恐る恐る前へ進むわたしたち。
「このステンドグラス、一連のストーリーが描かれているみたいだな」
「本当だ……。 キリストの生涯を表しているんですかね?」
「そうだな。 こういったガラス絵は、文字が読めない庶民にわかりやすく教えを伝える為に描かれたと聞いたことがある。 キリストの生涯など、聖書の名場面が描かれているんだろうな」
確かに文字や言葉よりも、こういう絵の方がわかりやすい。
「神は全ての創造主、か……」
鬼山さんが見ているステンドグラスには、神が宇宙や人、その他数多の生命体を創り出している様子が描かれていた。
「……鬼山さんは、神様っていると思いますか?」
つい、気になって聞いてみる。 教会で聞くような質問じゃないなと、聞いた後に気づく。
「いると思うぞ」
「えっ」
意外な答え。 自称現実主義者とは思えない。
「……本気ですか?」
「ああ。 だがな、俺が思うに神様ってのは、俺たち人間が思っているほど人間のことを考えてなんかいないんだろうな」
「……と、言うと?」
「俺たちが宗教なんかで想像している神ってのは、人間を中心に考えすぎているってことだ。 そもそも神に人間みたいな意思が存在するのかも怪しい。 雷や雨といった自然現象と同じように、ある条件に従うだけの存在なのかもしれない」
「鬼山さんの言う神は、色んな宗教上で信じられているような神じゃなくて、単純に絶対的な存在としての神ですか」
「そうなるな。 それくらいなら、この世界にいてもおかしくない」
そう話す鬼山さんは、どこか遠くを見ているような目をしていた。 一体、何を考えているのだろうか。
「よく見るとこの座席の下の床、畳になってますよ」
「和の要素も取り入れた教会というわけか。 和洋折衷ってやつだな」
祭壇の前まで辿り着いたところで、後ろを振り返り教会内を見渡す。
「……なんか、不思議ですね」
「何が不思議なんだ?」
「うまく言葉で伝えられませんが……。 わたしたちが今いるこの空間って、外とは全く違う雰囲気じゃありませんか」
変な話、この教会にいきなり鉄球でも衝突したら、壁は壊れて外と繋がることになるわけだが、そもそもこの教会がここに建つ前は、外も内も無い。
明確に分けられた、教会の内と外。 物理的な壁が、まるで世界を分けているかのように作用している。 これはつまり、
「……切り取られた空間、とでも言えばいいんですかね? その切り取られた空間独自の雰囲気があるんですよ? これって、不思議じゃありませんか?」
我ながら、どうしてこんなことを思い、口にしているのだろうと思う。 この教会にいるからだろうか。
「……なるほどな。 確かに不思議なのかもしれないが――」
鬼山さんは出口の方へと歩みながら、言葉を続ける。
「何も、この教会のように壁に遮られているだのに限らんだろう。 同じ空や海、大地で続いているとはいえ、地域によっての雰囲気だって大きく違う。 現に、この街だってそうだろ」
「そうですね……。 じゃあ、その雰囲気やらを変えている要因って、何でしょうね」
「……さあな。 一言で答えられるようなものではないだろう」
この答えは、簡単なようで難しい気がする。 間違いなく言えることは、そこには人が大きく関わっているのだろうということ。
「……………………」
「……鬼山さん?」
出口を前にして、立ち止まる鬼山さん。 わたしも釣られて立ち止まる。
「蕭条。 すっかり言うのを忘れていたが、薊海里に複数の味方がいると仮定しても、今回は速攻でいくぞ。 最初から出し惜しみはしない。 それこそ、仲間が来る前に倒し、さっさと逃げ去れるようにな。 まず、俺が攻撃をしまくる。 お前は俺が取りこぼしたのを狩れ」
「えっと……? わかりましたけど……」
やけに唐突な気がする。 もしかして……。
「――――近くに強い反応がある。 いつでも戦闘に入れる準備をしておけ」
……ついに、この時が来てしまった。 事件を解決しに来たのだから、これは喜ぶべきことなんだろうけど、怖いものは怖い。
でも、怖いという思いと同時に、人を殺害した薊海里という人の心の内にあるものに触れたいという思いもある。
それはきっと、過去をほとんど失ったわたしだからこそなのかもしれない。
「こっちだ」
教会を出てからしばらく歩き、辿り着いたのは廃墟だった。 周りには、人の気配がまったくない。 あるのは、生い茂った草木だけ。
「こんなところに廃墟が……」
「何に使っていた建物かわからんが、ここから強い反応を感じるのは確かだ。 中へ入るぞ」
中へ入る。 当然、電気が点いているわけではないので、外から漏れ出す光を頼りに、前へ進む。
ずっと、管理されず放置されていたからか、中には黴臭い空気が漂っていた。 出来れば吸い込みたくない空気だ。
「……段々と反応が強くなっている。 気をつけろ」
そう言う鬼山さんの目の前には、大きく重厚そうな扉。 その扉の先から、微かに殺気を感じるような……。
「開けるぞ……」
「待ってください、わたしが開きます。 鬼山さんは、すぐに中へ入って攻撃できる準備をしてください」
おそらく、この扉の先には魔物がいる。 だったら、残り物を狩る役のわたしが扉を開けたほうが良い。
「開けますよ……」
恐る恐る、扉を開ける。
扉を開けるわたしの背後には、体から青い電撃を迸らせる鬼山さん。 上級魔術を放つ準備が整っているようだ。
「――行くぞ」
一秒後。 鬼山さんは扉の開いた部屋へと飛び込んだ。
「十体か……。 しかも全部、雑魚だな」
二秒後。 扉の奥は、広々とした部屋だった。 そこには予想通り、魔物がいる。 以前戦った、狼型の魔物だ。 鬼山さんが侵入すると同時に、強い殺意を剥き出しにして戦闘態勢に移る魔物たち。
「……十体もいる……!?」
三秒後。 敵の数に驚くわたしとは対照的に、冷静な様子の鬼山さん。 そして――。
「喰らえ――」
宙に浮かび上がる電撃球の数は十。 それらは同時に強く輝き、稲妻を発生させる。
見事に稲妻は十体の魔物に命中する。 あまりにも狙いが正確すぎて、稲妻が当たったというよりも点と点を線で結んだかのように見えた。
「す、凄い……。 一瞬で……」
「……まだだ、十体だけじゃない」
鬼山さんの攻撃により、一瞬にして倒された十体の魔物は、黒い砂と化して崩れていった。
しかし、まだこれで終わりではないと鬼山さんは言う。 つまり――。
「蕭条、そこから動くなよ。 何かが近づいて――」
「あっ……! 前から来ますよ!!」
わたしの方を振り向いた鬼山さんに、注意を促す。 何故なら、この広々とした部屋の更に奥の方から、何かが急接近する物音が――!
「危ないっ!」
前方に見える扉を破壊して部屋へ入り、そのまま鬼山さんに向かって襲いかかる黒い影。
「くっ……! こいつは……」
鬼山さんは何とか攻撃を避ける。
「この魔物は……」
姿を見せた魔物は、以前戦った九体の魔物の中に一体だけいた個体と同じ姿形をしていた。
今さっき鬼山さんが倒した十体とは、明らかに強さが違う厄介な個体。
双頭の黒狼――。
「また戦うことになるとは思っていたが……。 こいつは面倒だな。 さっきの上級魔術じゃ一発で仕留められん」
「…………!? そ、そんな……!!」
「ん? どうした、蕭――」
わたしの名前を呼びかけて、わたしが驚きの声を上げた理由に気づく鬼山さん。
「……二体、三体……。 いや、四体か。 なるほど、こいつらは群れのボスというわけじゃないのか」
「ちょっ……! これ、まずくないですか!? あの時あんなに苦労した魔物が四体も……!」
壊れた扉の奥から、追加で三体が姿を現す。 合計四体。
この身に重く伸し掛かる絶望感。 思わず、膝から崩れ落ちそうになる。
あの時の経験から、この状況がどれだけ危険なのか、嫌でも体が反応する。
「ど、どうしますか……!? 撤退しますか?」
双頭の魔物たちは、こちらの様子を伺って身構えたまま、動かない。
早く、逃げなきゃ――。
こんなところで死にたくない。 まだまだ生き続けたい。
この状況において逃亡するという選択は、生命の危機から脱する為の、正常な判断だ。
「いや、撤退はしない」
「えっ――?」
聞き間違いだろうか。 鬼山さんは、撤退しないと言った。




