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校長の頭皮的問題

 

 生徒の中には、昼だけテキトーに机を寄せて仲の良い友人同士で昼食を食べる者もいれば、教室から出て好きな場所で昼食を食べる者もいる。 

 

 昼休みの様子というのは面白いもので、生徒たちの人間関係やらがハッキリと見えてくるものだ。

 

 クラスの友達とは集まらずに部活動の仲間と集まって食べる者なんかもいれば、今ではそこまで仲が良いわけじゃなさそうなのに、ずっと一緒に食べているからか惰性で集まってる感のあるグループなんかもいる。

 

 ちなみに俺は、自分の席でそのまま昼食だ。 

 自分の席の位置を気に入ってるってのもあるが、何よりも他の場所で食べる理由がない。

 

 それに、前の席には五木がいる。

 五木と話すようになってからは、五木と席を向かい合わせて食べるようになった。

 

 端から見れば、まるでカップル。 

 間違いなくそう思ってる人もいそうだが、誰もツッコもうとはしないから否定する機会さえ訪れない。

 

「人見君、遅かったね」 

「うん、ちょっと色々あって……」

 

 五木が机の向きを変える。 

 

 シャイガールな五木ではあるが、意外と大胆なところもある。

 カレカノ(死語)関係ってわけじゃない異性と対面して昼食を食べるという状況に、すっかり慣れているのだ。

 

 五木と出会ってまだ二ヶ月ほど。

 しかも、不登校だった時間や休日を除けば、更に短い間しか一緒に学校生活をしていない。

 

 そう考えると、五木は相手に対する警戒心をある程度解くと、急激に心の距離を縮めるタイプなのだろうと思う。

 

 思い返してみれば、出会って最初の一週間ばかりはずいぶんと警戒されていたが、ある日を境に警戒されなくなり始め、ゴールデンウィーク前にはすっかり仲良くなっていた気がする。

 

 もっとも、俺から何度もコミュニケーションを試みた結果でもあり、五木がなんだかんだで他人を無視してしまうような人間ではないことに他ならないわけだが。

 

「あれ、今日はお弁当なんですか? 購買へ行ってたみたいなのに」

「購買部へ行ったんだけど、売り切れでさ。 で、これは家守がたまたま持ってきてくれたやつ」

「家守さんの手作りなんですか?」

「そうみたいだよ。 開けてみるかな……」

 

 漫画やドラマなんかだと、大抵こういう弁当は開けると恥ずかしいサプライズがあったりするものだ。

 いかにも桃子がやりそうな感じではあるが、中身はいたって普通のお弁当だった。

 

 豚の生姜焼きに卵焼きといった、弁当定番のおかずはもちろん、野菜もちゃんと入っているので全体としての彩りも鮮やかだ。

 

「見栄えが良いですねー」

「だな。 さて、いただきますか」

 

 お味の方は如何ほどか。 桃子のことだから、料理の腕に懸念すべき点などないのだが、弁当を作ってもらうのは初めてだからドキドキする。


「……流石家守といったところか。 また腕を上げている」

 

 ただいつも通りに料理を作って弁当箱に押し込めるのではない。 これは、弁当として食べることを考えて作られている。

 

 当たり前のことではあるが、桃子はちゃんと弁当のことを理解した上で弁当を作っている。 そう、素人ながら思ってしまうほどの美味しさだ。

 

「あいつ、弁当屋になれるぞ。 これはうまい」

「家守さんって料理も上手なんですね……」

「家守には、世の中にはあんな完璧人間もいるんだなって事実を、かなり身近で知らされ続けているよ」

 

 右斜め後ろの方から放たれるプレッシャーを感じながら、素直に思ったことを言う。

 

 そんなプレッシャーを感じ取っていない五木は、もぐもぐとサンドイッチを食べている。

 五木の昼食はいつもサンドイッチと紙パックのジュースだ。

 具はちょくちょく変わってるんだろうけど、飽きないのかなと思う。


「今日のサンドイッチの具はなんだい?」

「ツナマヨと卵ですよ。 最近はずっとツナマヨと卵です」

「五木って、一度ハマるとそればっか食べるタイプだよな」

「そ、そんなことないですよ! サンドイッチだって、挟むパンの種類を変えたりしてますから!」

 

 結局サンドイッチじゃねーか! と、心の中でツッコんだ。

 

「うんうん、挟むパンも大事だよなぁ」

「むむ……。 大事と思ってなさそうな言い方ですね……」

 

 ジトーっとした目で俺を見ながらジュースをちうちう吸う五木。

 四月当初と比べると、俺に色んな表情を見せてくれるようになった気がする。


……ん? パンの種類を変えたりしているってことは……。

 

「あれ、そのサンドイッチって五木が作ってるのか」

「そうですよー。 自分の食べたいものは自分で作る主義なんです、わたし」

「たいしたもんだな。 朝なんてダルいのに」

「だからこそです。 一日の始まる朝の時間を有効活用しなきゃ、です」


 早起きは三文の徳か。 わかってはいるけど、俺にはキツイ。 

 今日だって、早く起きたはいいものの、ダラダラとして過ごしてしまった。 

 朝はゆっくりのんびり過ごしたい。

 

「ごふッ……!」

 

 すると突然、目の前の五木が咳き込んで、口を押さえる。

 

「おいおい、大丈夫か? ちゃんとよく噛んで食べなきゃ。 ゆっくり飲み物で流し込もうか」

「あっ、あの……!」

「………………?」

 

 なにやらお化けでも見たかのように、怯えている五木。

 

「み、見られて……」

「ん? ああ、あれは気にするな。 襲ってきたりはしないよ」

 

 襲ってきたりはしないけど、思いっきりこちらをガン見はする。

 

 桃子は昼休み、自分の席が他の生徒に使われているので、誰も使っていない後ろの席へ移動している。

 怖くて振り向けないから実際に見たわけじゃないが、ずーっと見られてるような感覚が右斜め後ろからするし。


「たぶんずっと見られていたぞ」

「ずっとって……。 気にするなってのは無理ですよー! 人見くん、何かしたんですか? それともわたし?」

 

 まあ、予告されてはいたし。 

 家守桃子はいつだって有言実行。 やると言ったらやる女だ。 


……案外ヘタレな部分もあったりするけど。

 

 それにしても、桃子が俺たちに向ける感情がこれまた読みにくい。

 羨望を始めとする負の感情だけではないような……。

 桃子の感情が読みにくいのは今日に限った話ではない。 表情という視覚的な情報込みでもわかりにくいことが多い。

 

 なんせ、表情があんまり変化しないのだから。

 

 もし、表情から桃子の感情、思考を読み取ることができたと思っていても、それは側面的なものにすぎなかったりする。

  

「ああ、そうか。 俺も五木も何かしてるじゃん。 あいつ、基本的に褒められると素直に喜ぶんだよ」

 

 今回の場合、俺たちに対する羨望以外にも、料理を褒められたことに対する喜び。 他にも読み取れていない感情が家守桃子のその表情には隠されているのだろう。 あくまでこれは、俺の推測にすぎないが。

 

「褒める……? あっ、お弁当のことですね。 って、会話丸聞こえってことですよねそれ……」

「そういうことだな」

 

 俺たちはそんな大きな声で話しているわけじゃない……と思う。 桃子の耳が良いのだろう。

 

「……前から気になってたんですが、人見君と家守さんってどういう関係なんですか? 一緒に住んでるんですよね」

 

 声を小さくして五木が喋る。 会話が丸聞こえってのは気分の良いものではないのだろう。 

 俺も五木に合わせ、声を小さくして返答する。

 

「ホームステイみたいなもんだよ。 ホストファミリーが家守。 嬉しいことに無料で受け入れてくれてるんだ」

「人見君は留学生か何かなんですか……。 そういえば、人見君も謎が多いですよね。 今年度からこの学校来たってことは、高校一年生の時はどこに住んでたんですか?」

 

 五木に身の上話をしたことはない。 というか、できない事情がある。

 

「秘密」

「秘密って……。 それくらい教えて下さいよー!」

 

 プクーッとふくれっ面をする五木。

 教えてあげたい気持ちはとてもある。

 だが、色んな理由から言えないので仕方がない。

 

「まあ、いいですよ。 無理に聞き出そうとはしません……。 それより、こんな噂、知っていますか?」

「知ってる」

「まだ言ってすらいませんよっ!」  

「以心伝心ってやつ?」

「じゃあわたしが何を言おうとしたか言ってみてください」

「あれだろ、校長がヅラだって噂」

「あんなの噂するまでもなくどうみてもカツラです!」

「それはそうと、なんで校長ってヅラなイメージあるんだろな」

「知りませんよ! ……わたしが言う噂ってのは、化け物の噂です」

「ハゲモノ? もう校長の話はやめてやれよ」

「バケモノです! まあ、化け物って言葉に拘らなくても、怪物や妖怪でもいいと思いますが……」

 

 これまたオカルトチックな噂だ。 そういうの、嫌いじゃない。

 

「そんな噂聞いたこと無いな。 五木はどこで知ったんだ?」

「通学途中、うちの学校の生徒が話してるのを聞いたんです。 それで気になって調べてみたら、ネットでも騒がれてたみたいで……」

 

 いつの間にか食事を終えていた五木がスマホを操作する。 俺に噂について何かを見せるつもりなんだろう。

 

「なんでも、関東地方や東北地方の至る所で同じような噂が広がっているらしいんですよ。 最初は野犬か何かと思っていたけど、よく見てみたらどうみても野犬じゃない、見たこと無い生き物を目撃したとか」

「未確認生物かもしれないな。 夢が広がる」

「似たような目撃情報もあれば、目撃した化け物の姿がまったく違うって話もあるんです。 ある人は、巨大なアリみたいな化け物を見たって。 当然、目撃者がどんなに必死にそう言ってても、証拠写真とかがないんじゃ、誰も信じませんよね」

 

 当然だ。 口だけなら誰だって化け物を見たと言える。

 

 俺だって「黄色くて赤いほっぺのネズミが夜道を歩いていた!」とテキトーに嘘を言うことができる。

 そんなことを言ったところで、寝ぼけていたか、酒に酔っていたか、お薬キメてたかと思われるのが現実だ。  

 

 あるいは、数人で示し合わせ、化け物を見たって騒いで注目を浴びたい痛い子か。

 その路線なら、化け物を捏造するくらいしそうだ。 手作りしたのを撮影でもいいし、画像加工ソフトで作ってしまうのもいいだろう。

 

 今の時代、どうとでも作れそうだし。 何もただ注目を浴びるだけじゃなく、ウェブサイトを作って広告収入を得るためにガチでやる人がいてもおかしくない。

 

 いや、でも、今の時代だからこそ、そんな胡散臭いものに興味を持ったり騙される人間は少ないか。

 

「証拠がないから誰も信じないで終了……ってわけじゃないんだろ。 その感じだと」

「そうなんです! あったんですよ、証拠が! っと、ありました。 これです」

 

 五木がスマホの画面を見せてくる。

 画面には、大型犬のカタチをした黒い影が逃げ去っているのか、背を向けている画像があった。

 

「動いてる上に、手ブレも酷くてこれじゃあなんとも……って、あれ?」

 

 よく画像を見てみると、その黒い影の頭部が二つあることに気づく。

 

「気づきましたか? そうなんです、その黒い影、頭が二つあるんですよ!」

「……うーん、確かに頭が二つあるように見えるけど、作り物臭いなぁ。 全体的にぼんやりとしている画像なのも、ごまかす為なのかもよ」

「わたしもこれが化け物だと信じきってるわけじゃないですけど、嘘だと断定するには妙にリアルな感じがしてならないんですよ」

 

 昔から語り継がれるような化け物だとか怪物、妖怪の正体なんてものは、実際は見間違いだったり、故意についた嘘だったり、色々なんだろう。

 

 しかし、俺には本当にこの世界にとって化け物の類としか言えないような存在に心当たりがあった。  

 

 そのことを五木に話すわけにはいかないが……。

 

「これからも目撃情報が続いて、もっと鮮明な証拠画像が出たらより多くが信じるだろうな。 今の段階じゃ、信じる人なんて圧倒的少数だろうよ」

「そうですよね……。 まあ、信じる信じないは別にして、私はこの化け物の正体を明らかにしたいって気持ちがあるのと同時に、こういうのは明らかにならないほうが面白いのかもしれないとも思ったりするんですよね」

「あれこれ考察してる段階が一番楽しいのかもな。 明らかになった真実が残念なものだと悲しいし」

 

 結果にあまり目を向けず、過程を楽しむ。 そんな在り方も珍しくないだろう。

 

 だが、ある意味でそんな在り方は現実逃避的に見えることもある。

 

 例えば、訪れるであろう結果がわかりきったものである場合。

 そして、その結果が避けられない悲しい現実だと知った上で、その結果までの過程を楽しみ続ける行為。

 

 極端な話、人の一生だってそんなものだ。

 遅かれ早かれ、人は死ぬ。 

 

 だからといって、すぐにでも生を放棄しない。

 それに、戦場に赴いたり、重い病にでも罹っていたり、年老いて寿命が限界に近づきでもしなければ、日常的に死を意識する人なんてほとんどいないだろう。

 大抵の人間は、自分がいつかは死ぬなんて当たり前の事実を頭の片隅に追いやって日々を過ごす。

 

 無意識の現実逃避。

 

 死を意識することは、人間にとって避けたいストレスだ。

 

「あ、あの……。 人見君はホントに悪いことしていないんですよね……? まだジーっと見てますよ……」

「………………」

 

 桃子の視線を意識することは、俺にとって避けたいストレスだ。 求む。 ノーストレスライフ。

 

「……きっと、外の景色でも見てるんだよ」

「そんな感じには見えないですよっ! 何でこんなに見てくるんですか……!?」

「家守は俺の監視役みたいなものだからね……。 カタチだけの茶番じみたものだけど」

「監視って……。 ますます人見君の謎度が上がりました」

 

 桃子のおかげでミステリアスな男子高校生になってしまった。

 

「……ないとは思うけど、もし家守に何かされたら、俺に言ってくれよ。 言葉の通じない相手ではないから」

「何かって何ですか……!? 怖がらせないでくださいよ~!」

 

 そんなこんなで、久しぶりの昼休みの時間は楽しく過ぎていった。

 楽しく、ね。 右斜め後ろには誰もいなかったことにしよう。 

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