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贖罪

 

「今日はもうホテルに戻るぞ。 無闇に歩き回っても体力を消費するだけだ」

「はい……」

 



 ラーメンを食べ終え、時刻は午後七時過ぎ。 仕方なく、ホテルへと戻る。 帰り道は迷うことなく帰ることが出来た。

 

「特に気になるニュースは……。 無いみたいだな」

 

 スマホでニュースをチェックする鬼山さん。 薊海里に関係ありそうな事件は何も起きていないようだ。


「あの……」

「何だ?」

「シャワー浴びたいんですけど……」

「ああ、そういうことか。 わかった、部屋から出ればいいんだろ。 入って大丈夫になったら電話でもしてくれ」

 

 そう言って、スマホを持って部屋から出ていく鬼山さん。


「……あんまり長くなっても悪いし、早く済ませちゃおう……」

 

 服を脱ぎ、着替えを用意する。


「わたし、そんなに幼いかな……」


 鏡に映る自分の姿を見て、そんなことを考える。 どう見ても歳相応だと自分では思っているんだけど……。


……でもまあ、確かに家守家の次女なんかはまだ高校生なのに大人びている。 それと比べると幼いのかもしれないけど……。

 

「ふぅ……」


 シャワーを浴び終え、さっぱりしたわたし。 体に当たる空気がひんやりと気持ち良い。

 もういつでも寝れる格好に着替え、鬼山さんに電話をしようとするが……。

 

「もしかして、この状況って……!」

 

 冷静に考えると、結構マズイんじゃ……!?

 

 いくらわたしが着替えたりシャワーを浴びたりする時は部屋から出ていってくれるからといって、寝る時はこの部屋で一緒だ。

 ホテルの従業員からは、カップルか何かと思われているんだろうけど、わたしたちは家族でも恋人でもない。

 

 そんな男女が、ホテルの一室で二人きり……。

 

「お、落ち着け、わたし……!」


 そうだ。 鬼山さんはわたしのことなんて異性として意識していないはず。 むしろ、変に意識しているのはわたしの方だ。

 

 何せ、今までまともに異性と関わったことなんて(記憶を失う前もたぶん)なかっただろうし。 どうやって振る舞えば良いのかなんてわからないし。 結構年上だし。 何考えてるかわからないし……!


……心を読む魔術とか、あったらいいなぁ。 そうすれば、どう接すればいいのか悩んだり迷ったりすることなんてないのに。

 

「うう……」

 

 どうしよう、電話掛けづらい……。 何だか恥ずかしくなってきた。 とてもじゃないけど、今は落ち着いて鬼山さんと会話できる気がしない。

 

 でも! このまま電話を掛けなかったら駄目だ。 ここは勇気を振り絞って電話を掛けなきゃ……!

 

『……ん? 終わったのか』

 

 電話を掛けてすぐに、鬼山が出る。


「は、はい! それはもう、完璧に!」

『……完璧に? まあ、いい。 今から部屋に戻るからな』

「はい……」

 

 案ずるより産むが易し。 思い切れば、意外となんとかなるものだ。


……いや、問題はこれからではなかろうか。

 

「入るぞ」

「ど、どうぞ!」

 

 来る――――!


「……テレビでも点けたらどうだ? 暇だろう」

「そうですね、点けますか!」

 

 リモコンを手に取り、電源を点けるわたし。

 

「……? なんか様子が変だな。 何かあったか?」

「へ……!? な、何もないですよ! 本当に!」

 

 こんな時だけやけに察しが良い鬼山さん。


「何もないならいいが……。 あと少ししたら俺もシャワーを浴びる。 俺は別にお前が部屋にいようが気にしないが……」

「もちろん出ていきます!」

「そ、そうか……。 その方が俺も助かる」

 

 そして、しばらくテレビを観たりスマホを弄ったりして過ごす。

 

 けれど……。 やっぱり落ち着かない……!

 

 何度も同じニュースの記事を読んじゃったり。 

 普段は弄ったりしないのに、つい髪の毛を手で触ってみたり。 

 テレビを観ても、内容が頭に入ってこなかったり。

 

 そんなわたしと比べて、鬼山さんは随分と落ち着いている。 どうしてそんなに冷静でいられるんだろう。 少しくらい動揺してくれてもいいのに。

 

「……さて、シャワーでも浴びるか」

「は、はい!」

「おいおい……。 一緒に浴びるつもりか?」

「い、いえ! ただいま部屋から出ますゆえ、少々お待ちを……」

「……やっぱり変だ」

 

 部屋を一旦出る。 かれこれ二ヶ月半ほど行動を共にしているというのに、未だに慣れない。 一度意識してしまうとすっかりこうなってしまう。

 

 常に完璧な自分を演じることができたらいいのに。 そう思いながら、一階の漫画コーナーへと移動する。

 



「たくさんある……」


 一階にあるわけだから、何度か通りがかっているけれど、近くで見てみると結構な量の漫画本があることに気付かされる。

 

 しかも、有名作ばかりだと思いきや、マイナーそうな作品が大半を占めている。

 

 施設にも、娯楽品として漫画本は置いてあった。 けれど、だいぶメジャーな有名作しか置いてなかったのだ。

 だから、マイナーばかりで読んだことのない作品が多いとなると、これはいい暇つぶしになりそうだ。

 

「これにしよ……」

 

 手に取ったのは、少女漫画。 表紙には長身なイケメン二人に囲まれた、女子高生の絵が描かれていた。

 

「………………」

 

 なるほど、この漫画は女子高生が年上の教師と恋愛関係になっていく作品のようだ……。 倫理的にも法的にもアウトな内容。

 おそらく、年の差カップルを描きたかったんだけど、どうやって年の差のある男女に接点を作るかで迷って、こうしたのだろう。

 

「年の差……カップル……!?」

 

……この漫画を読むのはやめよう。 なんか余計落ち着かなくなりそうだ。

 

『ピリリリリリリリリ!』

「わっ……!」

 

 スマホの着信音が鳴り響く。 すっかり漫画を読むのに夢中で、驚いてしまった。

 

「はいはい!」

『……はいは一回でいいぞ。 もう部屋へ戻ってきても大丈夫だ』

「わかりました……」

 

 胸に手を当てなくても、自分の心臓がドクドクと動いているのがわかる。 着信音で驚いた……というだけではないような。

 

 これ以上こんな落ち着かない状態になったら、明日が大変だ。 寝るにはまだ早い時間だけど、さっさとベッドに入り込んで寝てしまおう。

 

「入りますよー……」

「開いてるぞ」

 

 部屋へ戻る。 鬼山さんは寝間着姿になっていた。 なんか、新鮮。

 

「わ、わたし、もう寝ますね~……」

 

 何も言わないのは不自然だし、一応言葉を発する。

 

「随分と早いな。 まあ、明日も一日中外で歩き回るから、疲れはよく取っておけよ」

 

「はい、おやすみなさい……」

 

 一人で寝るには大きいベッドに潜り込む。 眠気はあまり無いが、疲れているのは確かだ。 きっと、こうしていればすぐに寝れるだろう。

 

「……………………」

「……………………」

 

 と思っていたけれど。 まだ寝る気配のない鬼山さんが何をやっているのか、気になって眠れない……!

 耳を塞いでいるわけでもないから、どうしても物音が聞こえるわけで。 物音がするということは、起きていて何かをしているわけで。

 

 これは……、何かを書いている音だろうか。 紙にペンで書く音だ。 一体、何を……。

 

「蕭条」

「ふぇっ!?」

 

 いきなり名前を呼ばれ、思わず変な声が出る。

 

「……まだ起きているかと聞こうとしたんだが……。 どうやら起きているみたいだな」

「……はい」

 

 これは恥ずかしい。 顔から火が出そうだ。 こんな顔、鬼山さんに見せられない。

 

「今更こんなことを言うのはアレだが……。 一応確認しておくことがある。 真面目な話だ」

 

 真面目な話……? 


「……何ですか?」

 

 しばし沈黙。 そして、再度開口する鬼山さん。


 

「……お前は、人を殺す覚悟はあるのか?」



「えっ……?」


 いきなり殺すだの物騒な言葉を耳にし、唖然とするわたし。 しかし、すぐに理解する。

 

「……それはつまり、薊海里を殺せるかどうか、ということですか……?」

「その通りだ」

 

 もし。 次に薊海里に会うとしたら、どうなるか。

……話し合いで解決だなんて、できるとは思えない。 薊海里は、もはや引き返せる領域にはいないのだ。

 

「……もちろん、できれば人を殺すだなんてこと、したくないです」

「俺もだ」

「ですが……。 命を懸けて戦わなければならないのだとしたら……。 相手の為に死んでやるつもりもないです」

「……殺されたくないから、殺す、か。 俺も同じだ。 しかし――」

 

 わかっている。 この考えは……。 どんな理由であれ、人を殺すことは……。

 

「――殺すことでしか解決できないと、思考停止してしまうのは危険なことだ」

 

 昔、テレビニュースで見た事件を思い出す。 男女関係のもつれによる殺傷事件だ。 振られた側が振った側を殺す、よくある……と言いたくはないけど、お決まりのパターン。

 

 例えば、とある女性に心底惚れ込んでいる男性がいたとして、猛アタックの末、その男女が付き合うとする。 

 男女の幸せな生活はしばらく続いたが、ある日、女性は男性に別れようと言い出す。 男性は、怒り狂う。 男性にとって、女性の存在はあまりにも大きくなっていた。

 

 しかも、その女性の別れた理由が、新しく好きな人ができたからということを後に知る。 男性はストーカー化し、女性に付きまとうようになる。

 

 男性の内に溜まった感情は、次第に色を濁らせ、男性を狂人へと変貌させる。 

 そして男性は、女性を殺すことを生きる理由とし、行動するようになる。

 

 この場合。 女性が平穏な日々を取り戻すにはどうすればいいのだろうか。

 警察になんとかしてもらう? もし、男性が逮捕されたとしても、出所後にまた女性を殺そうとするだろう。 それでまた逮捕するのか? その繰り返しをするしかないのだろうか?

 

 それでは根本的な解決にはならないし、女性が恐怖に怯え続けることに変わりはない。 ならば、他にどんな方法があるのか。

 男性が女性に二度と会えないよう、どこかに閉じ込める?

――それは難しいだろう。 そんな監禁のようなこと、まず不可能に近い。

 

 ここで辿り着く一つの、わかりきった答え。 女性が恐怖に怯え続けるのは、男性がこの世に生きているからだ。

 

 ならば、男性を殺してしまえば……? 男性が、死んでしまえばいいのではないか?

 

 当然、殺人は罪だ。 しかし、他に浮かぶどんな方法よりも確実な効果をもたらすことは、明白である。

 害を及ぼすモノ自体を、排除してしまえばいい――――。 その行為が例え、罪であっても。 他に選択肢がないのなら、仕方がない。

 

 だけど、わたしも鬼山さんも、それはいけないことだとわかっている。 鬼山さんの言う通り、殺すことでしか解決できないと思考停止してしまうのは、危険だと思う。

 殺すことでの解決を一度容認してしまうと、その先にあるのは地獄のような世界ではないだろうか。 殺した後で、殺さなくても済んだとわかったところで、死者は蘇らない。

 

「……わたしも、鬼山さんの考えと同じですが……。 どうしても、どうしても殺すことでしか解決できない状況が降り掛かった時……。 人は、どうすればいいんですか?」

「そうだな……。 俺もどちらかというと、現実主義者だ。 人の命を奪う行為を何が何でも避けろとは言わない。 もし、他に解決方法があったとしても、俺たちは皆が皆、そんなに賢く冷静で入られ続けるわけじゃない。 その場その場で良い選択ができるわけがないんだ」

 

 いきなりナイフを持った人物に襲われて、冷静で適切な判断ができる人間なんて限られている。 鬼山さんの言うとおりだ。

 

「俺が、どうしても人を殺さなきゃいけないとなった人に言える言葉は、たった一言だ」

 

……鬼山さんの顔を見ているわけじゃないのに、鬼山さんが今、どんな表情をしているのかが分かる気がする。

 

「殺すのならちゃんと、責任を負え――とな」

 

 その一言は、重かった。 まるで、鬼山さんも自分自身に言い聞かせているようだった。

 

「責任……ですか」

「そうだ。 人を殺したところで何とも思わず平然と生きていくことだってできるし、その方が楽だろうが……。 俺はそんな生き方、絶対に許さない」

 

 鬼山さんの言葉には、僅かに怒気が含まれていた。 


「蕭条。 何で人は、人を殺してはいけないんだと思う?」

「人を殺してはならない理由、ですか……」

 

 そんな理由、いくらでもあるだろう。 色々な視点から、殺人によるマイナス面は明確にされている。

 でも、わたしが何よりも人を殺してはいけないと思った理由は……。

 

「……取り返しがつかない、から……ですか?」

 

 こう言うと、取り返しがつくのなら、人を殺していいのかと思われてしまいそうだ。 けれど、実際問題として、殺人という行為の何よりも恐ろしい点は、この点にあるのだとわたしは思う。


「……そうだな。 死んでしまえばそれで終わりだ。 生き返るなんてことはありえない。 人を殺してはならない理由に唯一の正解が無いとしても、この答えを否定する者はまずいないだろう」

 

 ならば、その取り返しがつかない行為をしてしまった場合。 負わなければいけない責任とは……?

 

「俺はな。 人が人を殺してはいけない理由は、責任を負うことが不可能に近いからだと思っている。 何せ、取り返しのつかない行為だからな。 殺した相手はもういない。 どう責任を取る? 被害者の親族に何をしたって、殺した相手は蘇らない。 かといって、何もしないのか? それは、殺人を犯したという罪から逃げる行為だ」

 

 罪。 

 人は罪を犯した時、償おうとすることがある。 相手がちゃんといるのなら、互いに納得できる方法で償うことができるのかもしれない。 

 けれど、相手が既にこの世から亡くなっている場合は……?

 

「では、逃げずに罪とどう向き合うのか。 これは、何も殺人に限った話じゃない。 俺個人の考えだが……。 犯した罪は、一生消えない」

「一生、消えない……?」

「そうだ。 どんなに償ったところで消えないんだ。 金やモノ、あるいは謝罪の言葉や態度なんかで相手が納得したところで、罪を犯したという事実が消え失せるわけじゃない。 言われてみれば当たり前のことだろう? 俺が今からお前に酷いことをしたとして、それを許してもらうに値する償いをしても、時折お前は俺にされた酷いことを思い出す。 償いは、行為をなかったことにはできないんだ」

「じゃあ……。 贖罪は、何の為に……?」

「人が、人であり続ける為、だろうな」

 

 人が、人である為に。 一度犯した過ちが、一生消せないんだとしても。 人として生きる為、罪と向き合い続けなければならないと、鬼山さんは考えているのだろう。

 

「だからこそ、お前にちゃんと確認しておきたかった。 薊海里を殺す覚悟があるのかとな。 人を殺したことにより生じる、あらゆるモノを受け止めなければならない重み。 それに、お前は耐えられるのか? 殺人を犯したという事実は永久に付き纏う。 そこから目を背けずに生きていけるのか? 相手がどんなクソ野郎であれ、人を殺すのには、その身にはあまりにも大きすぎる責任を負う覚悟が必要だ。 お前にその覚悟はあるか? ないのなら、無理する必要はない。 お前にできることをやればいいだけだ。 俺はそんなお前に落胆しないし、軽蔑したりもしない。 むしろ、その方が安心するかもしれないな」

 

 安心……? どういう意味だろうか。


「……そう、ですね……。 ここまで言われてしまうと、薊海里を殺す覚悟があるとは言いにくいですが……」

 

――だからこそ、わたしが受け止めなければいけない気がした。 他の誰でもない、わたしが。

 

「ありますよ、覚悟」

「……そうか」

 

 覚悟はある。 口だけでは何とでも言えるだろうけど、これは本当だ。

 

「けれど、覚悟があるからってそう簡単に殺そうだとは思いませんよ。 わたし、結構頑固なんです。 死にそうになるギリギリまで、殺さなくて済む解決法を探し続けるかもしれません」

「………………フッ」

「え……?」

「ハハハハハハ……。 まったく、大したやつだな、お前は」

 

 面白いことを言ったつもりはないのに、いきなり笑い出す鬼山さん。

 

「な、なんですか~!? 今の笑うところじゃありませんよ……!」

「そうだな、笑うところじゃないよな……ククク!」

「むぅ……!」

 

 これじゃあ、真面目に話していたわたしが馬鹿みたいだ。


「何、別にお前を馬鹿にしてるわけじゃないぞ。 むしろ、励まされたというか……」

「励まされた?」

「……まあいい。 俺ももう寝る。 お前も寝たふりなんかしないで、早く寝ろよ」

「ちょっ……!」

 

 ベッドから体を起こし、鬼山さんの方を見る。 

 鬼山さんは、こんな時の為に持って来たのであろうタオルケットを体に掛けて横になっていた。

 

「もうっ!」

 

 いきなり人に話し掛けておいて、いきなり話を終わらせるなんて。


……でも、わざわざこんなことを聞いてくるってことは、わたしのこともちゃんと考えているのかな。

 

 とりあえず、明日はもっと……。

 もっと……?


…………なんだっけ?


 思考が鈍る。 すっかり眠気が。 このまま目を閉じてしまえば、眠りにつけそうだ。

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