観光とラーメン
「中々昭和な雰囲気の商店街ですね」
「店の看板からして、時代を感じるな」
横断歩道を渡った先には、レトロな店が建ち並ぶ商店街があった。
「あれは、時計台……ですかね?」
その商店街の中でも一際存在感を放つのは、洋風建築の時計台。 とんがり帽子のような屋根の天辺には、風見鶏が取り付けられている。
「ここはどうやら時計店のようだな。 わかりやすくていいじゃないか」
確かにこの外観で八百屋や肉屋だったら困る。 わかりやすさ大事。
商店街を通り抜けてしばらく歩き続ける数分。
「これまた、立派な建物ですね……」
つい、見惚れて立ち止まるわたしたち。
「西洋建築の街でもあるとは聞いていたが、これは中々見応えがあるな」
イタリアの首都、ローマにこの建物があっても、そこまで違和感は無いんじゃないだろうか。 そう思うほどに、目の前のルネサンス風の建築物は、高い完成度を誇っていて美しかった。
「銀行記念館か……。 なるほど、この建物は昔、銀行だったのか」
「建築物としての価値が高いから、今も記念館として残されているということですかね?」
「だろうな」
中に入って見学もできるらしいけど、とりあえず今は先を急ごう。
そう思い、再び歩き出して約三分後。
「次は旧図書館か……」
目の前にはこれまたお洒落な洋館が。 旧銀行と同じくルネサンス風ではあるものの、八角形の双塔を持つその姿は、旧銀行とはまた違った魅力を感じさせる。
「素敵ですね……。 もし、こんな図書館が近所にでもあったら、嫌でも文学少女になっちゃいますよ」
「安心しろ。 図書館に通うだけじゃ文学少女にはならない」
「し、失礼な……! ちゃんと本も読みますから!」
と言ってはみたものの、これはもしもの話だから、何とでも言えるなと気づく。
「入館料無料か。 入ってみるか」
「え? いいんですか? 遊びに来たわけじゃないって……」
「息抜きも大事だ」
「なんて都合の良い人……」
とはいえ、わたしも入ってみたかったので、これは嬉しい。
「中も素敵ですね……」
「外観だけのどこぞの城とは大違いだな」
あえてどこぞの城とはどこかツッコんだりはせず、中へ入って進む。
「ここは館長室だそうですよ」
「立派な机と椅子だな。 ……座るなよ?」
「す、座りませんよ! あくまで展示物なんですから……」
誰も見ていなかったら座っていたかもしれないというのは内緒。
「中々面白い場所だったな。 耐久性に不安要素がないわけじゃなかったが」
「結構床が軋んでましたしね……」
旧図書館を後にし、途中、観光館に立ち寄って休憩する。
「で、探知魔術の方は……」
「何も反応無しだ」
「……これじゃ、ただ観光してただけみたいじゃないですか」
「みたいじゃなくて、ただ観光してただけだな」
「………………」
「………………」
さて、どうしよう。 このまま歩き続けるだけで本当に良いのだろうかと思い始めたわたしがいる。
「……まあ、そう焦るな。 今日と明日、この街でまったく探知に引っかかるものが無かった場合、場所を移動すればいい。 候補地は一応他にもあるだろう? 瀬宮が探してくれているさ」
「この街以上に薊海里が訪れそうな場所は無いですけどね。 それにしても、もっと良いやり方とか無かったんですか……」
今の探索方法だと、あまりにも時間と労力がかかりすぎる上、行き違いになりやすい。
せめて移動手段を車にするとか提案したことはあるけど、徒歩じゃないと探知魔術がうまく扱えないらしい。
「一応、各地方に滞在中の魔術会の人間にも、今回の件は伝えてある。 なんでも、各地点で何かしらの魔術を仕掛けてくれたらしい。 実際に探し回っているのは確かに俺たちだけだが、他にもまったく手を打っていないというわけでもない。 何より、今更やり方を変える方が良くないぞ」
「……そうですね。 今はとにかく、歩き続けるしかない、ということですか……」
成果がすぐに見えない努力とは、辛いものだ。
ましてや、今回は人の命が懸かっている。
いち早く探し出さないといけない焦りがある一方で、焦らなきゃいけない状況が目の前にあるわけでもない。 急ぎたいけど急げない、そんな状態だ。
まるで、テスト範囲とテスト予定日を知らない状態でテスト勉強をしているような……。
休憩後も探索を続けたが、結局鬼山さんの探知魔術に引っかかるものは何も無く。
「蕭条。 ラーメン屋に行ったことはあるか?」
「ラーメン屋、ですか………? たぶん無い、ですけど……」
だって、三年前までの記憶がないし。 施設にいた頃もラーメン屋に行く機会なんてなかった。
「だろうな。 まあ、わかってはいたが」
「むっ……」
ラーメン屋へ行ったことないのは事実だけど、何か腹立つ。
「ええ、わたし、ラーメン屋行ったこと無い系女子ですけど、何か問題でも?」
「問題はないが……。 ……そこまで細かく女子をカテゴライズされてもな」
更に細かく分類すると、一人でラーメン屋行ける系女子や、誰かと一緒ならラーメン屋行ける系女子もいるということは黙っておこう。
「じゃあ、何でラーメン屋へ行ったことあるか聞いたんですか?」
「これからラーメン屋にでも行こうと思ってな。 行った記憶がないのなら、蕭条にとって今日は記念すべき初ラーメン屋ということになるな」
「夕飯にラーメンですか。 ……良いですね」
ちょうど麺類が食べたいと思っていたところだ。 頭の中はもう、ラーメンでいっぱい。
「それに、せっかくここまで来たんだ。 この土地ならではのラーメンを頂こうじゃないか」
「この土地ならではの……?」
一瞬、リンゴの入ったラーメンを想像してしまう。 ……あまり美味しそうではない。
「電車の中で少し調べていたんだがな、なんでもこの辺りでは煮干し系のラーメンが有名らしい」
「煮干し系……?」
「文字通り、煮干しが主役の出汁を使ったラーメンだ。 お前は好き嫌いとか無さそうだし、大丈夫だろ?」
「むむ……」
確かに、特に嫌いな食べ物というのもないけど、腹が立つ。
「まあ、大丈夫ですけど……。 店の場所はわかるんですか? わたし、今回はスマホ持ってきてないですよ? 鬼山さんは持ってきてるんですか?」
「俺も持ってきてないが、店の場所なら事前に調べてある。 安心しろ」
「なら、安心ですけど……」
安心した結果。
「あれ、ここさっき通りませんでした?」
「気のせいだ」
なんとなく、こうなる気はしていた。
「こっちへ行くと住宅街じゃありませんか?」
「きっと、住宅街に隠れ潜む名店なんだろう」
駄目だ、この人……。 道に迷っているという現実を受け入れられていない……!
結局、通りすがりの優しそうな親子に道を尋ねることで、ようやく店へと辿り着いた。
「ここですか……。 まったく、誰かさんのせいでだいぶ時間がかかっちゃいましたね」
「人生というのはな、迷ってもいいんだ。 時には誤った道に進みながらも……」
「良いこと言おうとしたって誤魔化されませんからね。 さて、もうお腹ペコペコです。 早く入りましょう」
店へ入る。 オープンキッチンにカウンター席。 イメージ通りのラーメン屋といった内装だ。 変わった点があるとすれば、座席が丸太椅子だというくらいだろうか。
「……いらっしゃい」
寡黙で頑固そうな店主が挨拶をしてくる。 ちょっと怖い。
「俺は濃厚煮干しラーメンに決めたが、蕭条はもう決まったか?」
「え、えっと……。 じゃあわたしも、それで……」
意外とメニューが豊富で何を頼むか迷うけど、ここは一番シンプルなもので。
「すみません。 濃厚煮干しラーメンを二つで」
「……はいよ」
注文を受け、調理を開始する店主。
「蕭条」
「はい?」
「てっきりたくさん注文するのかと思ったが、しないんだな。 今日は遠慮しているのか?」
「む……」
すっかり大食いキャラ扱い。 いや、たくさん食べたのは事実ではあるんだけど……!
「わたしは腹ペコキャラじゃないですからね! そもそもラーメンを一度にたくさん注文するわけないじゃないですか」
「言われてみればそうだな。 まあ、ラーメン以外にも餃子とか色々あるみたいだがな」
「ぎょ、餃子……」
……これはいけない。 口の中がじゅわっとしてしまう。
「どうした? 餃子、食べたいのか」
「た……食べたいたくありません!」
「どっちだよ」
このままわたしが餃子の誘惑に負けそうになる直前。
「へい、お待ち」
注文したラーメンがやってくる。
「良い香り……」
「では、いただくとするか」
具はたっぷりの葱に、メンマやチャーシュー。 スープは濃厚煮干しラーメンという名の通り、濃厚そうでドロっとしている。 麺は太麺タイプで、濃厚なスープとの相性は良さそうだ。
まずはスープをレンゲで掬い、いただくことにする。
「…………………!」
これは、美味しすぎる……! 口に含んだ瞬間、凝縮されていた魚介の旨味が解き放たれていく。
しかも、これほどにまで濃厚でクリーミーなスープでありながら、後味はさっぱりとしていてクドさがない。 実に食べやすいラーメンだ。 魚介系だからこそ成せる技か。
お次は麺。 わたしの髪の長さはセミショートくらいだけど、やはりラーメンを食べる際には邪魔になる。 こんな時だけ、もっと短い髪型になりたいと思いながら、手で髪を退けて麺を啜る。
……うん、思っていた通り、麺とスープの相性もバッチリだ。
これほど濃厚なスープだと麺の存在感が薄くなるといった懸念もあるわけだが、この太麺は程よい量だけスープと絡み合い、最高の比率で人の口の中に届いてくれる。
この頑固そうな店主、かなりできる……!
このラーメンは、そこらのお客さんには想像もできないような、積み重ねてきた研究と努力の上に成り立っているのだろう。
「……ごちそうさまでした」
ラーメンのスープを全部飲むのは体に良くない。 そんなことわかっていても、つい飲み干してしまう。 それほどまでに、このスープは美味すぎた。
「ごちそうさま。 すみません、勘定お願いします」
席を立ち、鬼山さんが支払いを済ませようとする。
「……お前さんたち」
「はい?」
このままお金を払って店を後にするだけだと思いきや、意外にも店主が話しかけてきた。
「兄妹なのか、それとも恋……」
「兄妹です!」
店主が続けようとする言葉を遮るように答えるわたし。 そんなわたしを若干引き気味の目で見る鬼山さん。
「兄妹か……。 いや、何、うちの店に来る客にしては珍しい組み合わせだと思ってな。 カップルにしては少し年の差があるように見えたもんで」
わたしは今年で十九歳。 鬼山さん今年で二十七歳。 年の差は八歳である。 わたしが小学一年の頃、鬼山さんが中学三年生だったと考えると、年の差はだいぶあるように見える。
「はぁ。 そうですか。 たまには兄妹で仲良く食事も良いと思いましてね」
兄妹設定で会話をする鬼山さん。 わたしのせいだけど。
「それはいい。 家族は一生大事にしな。 どんなことがあろうとも、味方でいてやれ」
「ええ、もちろんです」
意外と演技派なのか。 すっかり兄妹設定に入り込み、真面目に返答する鬼山さん。
「では、ごちそうさまでした」
「お粗末さん」
ラーメン屋を後にする。 すっかり外は暗くなってきていた。 ちょうど、午後七時くらいだろうか。




