引き算と効率化
午後二時過ぎ。
鬼山さんと一緒の部屋に泊まることを渋々了承し、荷物を置いてホテルの外へ出る。 もちろん、戦闘が起きる可能性を考えて、わたしはスマホも置いてきた。
「とりあえず、駅前の方向を徒歩で移動し続けるぞ。 薊海里の実家なら特定済みだが、実家に戻ってきているとは思えん。 一応近くに寄ってはみるが、今日ははとにかく一定の範囲を歩くのがメインだ」
「探知魔術の範囲内に、何かしら薊海里と魔物の痕跡が含まれれば、大当たりということですね」
「そういうことだ。 以前とは異なる行動パターンに基いている可能性も否めないとはいえ、薊海里が犯行に及ぶ時間帯は夜である可能性が高い。 昼間は、市内のどこかに魔物を潜伏させているかもしれない」
「となると、捜索はとりあえず夜までということですかね? 夜になって薊海里が犯行に及ぶとなると、わたしたちがフラフラ移動しない方が行き違いになる可能性は低くなりますし」
「そうだな。 だいたい、午後七時くらいにはこちらへ戻ろう」
そう言って、鬼山さんは歩み始める。
この駅周辺には、特別変わった建物があるわけではない。 けれど、存在感の大きな自然がわたしの見る景色に映り込むという点は、この都市ならではの特別だと言えるだろう。
「大きい山……」
と言うのも、建ち並ぶビルの背後には、ただ空が広がっているのではない。 大きな山がひょっこり顔を出しているのだ。
「あれは確か日本百名山の一つだったな」
「へぇ……」
その日本百名山がよくわからないけど、とりあえず感心しておいた。
「気のせいだろうけど、どこか空気が澄んでいる感じがするな」
「そこは気のせいじゃないと言いましょうよ……。 それにしても、平日だけあって人通りも少なく、静かですね」
「俺はともかく、お前なんかは不審に思われるかもしれんな」
「え? そうですか?」
わたしが不審に? どうしてだろう。
「制服でも着ればまだ中学生で通せるくらいの女が、平日の昼間に出歩いてるんだ。 不審だろう?」
「ちゅうがくせい……!? 流石にそこまで幼くないですから!!」
「いいじゃないか。 幼くても」
「……鬼山さんって、もしかしてロリコンですか?」
「ゲホゲホッ!」
わたしの言葉に、思わず咳き込む鬼山さん。
「……ゴホン。 ……いきなり何を言い出すんだお前は……。 人なんて、どうせすぐ老けるんだから、少し幼いくらいでも問題ないだろということだ」
「えー、本当ですかぁ? 凄く怪しいです。 図星なんじゃないですか?」
ニヤニヤ。 いつもわたしを動揺させる人が動揺しているのを見ると、とても楽しい。
「……図星だったとしたら、危険なのはお前だろ。 ロリコンと同じ部屋に泊まるんだからな」
「わたしはロリじゃないから、問題なんか何もありません」
「……そうだな、年齢的にはロリじゃないのかもしれない。 だが、人間の発育具合なんてものは、個人差があるだろう?」
「えっと……。 まあ、ありますね……」
……何か面倒くさそうな話が始まりそうだ。
「例えばだ。 十歳から十五歳までの少女にしか興味を持つことができない変態がいたとする。 その変態は、何故その年齢に拘るのだろうか?」
「え……? 変態の気持ちなんてわかりたくもありませんが……。 精神面でも、肉体面でも、その年齢くらいの女の子が良いなと思ってるだけじゃないんですか?」
「たぶん、そうだろうな。 だとするとだ。 極端な話、十歳でも二十歳くらいの精神と肉体を持つ少女がいたとしたら、変態はその少女に興味を持つのだろうか?」
「えっと、持たないんじゃ……? ……ああ、そういう話ですか。 生まれてから経過した時間自体に拘っているんじゃなくて、結局は個人の成長具合に拘っていると言いたいんですね?」
「そういうことだ。 お前がいくら今年で十九歳になるとしても、変態から十四歳や十五歳くらいの少女だと思われたら、お前は変態にとって十四歳や十五歳くらいの少女だということになる」
「その変態が鬼山さんだということですね」
「ゲホッ、ゴホッ!」
鬼山さんのハートにダイレクトダメージ。
「……確かに、今の話の流れだとそんな誤解を生みそうだが……。 俺はその変態ではない」
「変態はみんな、そう言うんですよ」
「……ああ言えばこう言うな、お前は。 俺が言いたいのは、主観的に見た自分なんてものは、絶対的なものじゃないということだ」
そんな話だったっけ……。
「お前が自分を幼くないと思っていても、俺が幼いと思っている以上、それもまた一つの事実なんだ。 まあ、俺の認識が圧倒的少数派だとしたら、そんな認識、狂人の戯言ということにして、無視してしまえばいいだろうがな」
「誰がどう見ても痩せている人に対して、太ってると言う人がいても、そんな人の言葉を真に受ける必要はまったくないですしね」
「……そうだな。 まあ、ここが恐ろしいところなんだが、お前の言う例のような場合は疑う余地もないだろうが、必ずしも少数派の認識が間違っているとも限らないことがある」
「少数派の認識……ですか」
地球の周りを太陽が回っているのか、太陽の周りを地球が回っているのか。
わたしたちは教科書などで後者が正しいと教わっているけれど、自分でちゃんと確かめたわけでもない。
もし、後者が正しいと教わっていなかったら。 普通に生活を送り、地に立って太陽を見ている限り、どうしても太陽の方が回っていると認識してしまうだろう。 実際、長い人類の歴史の中では、前者が多数派で正しいとされていたのだろうし。
「俺たちにとっての魔術なんてものは、特にな。 多数派の意見に流されず、常に常識を疑って見なければならない」
ロリコンの話から、こんな真面目な話になるなんて。
「……そういえば、鬼山さんって結構魔術に詳しかったりするんですか? わたしに魔術のこと教えてくれましたし」
「ああ、詳しいぞ。 といっても、家守家の人間だけが独占している情報もある。 だから俺は、家守家の人間ほど詳しくはない」
鬼山さん、研究者タイプって感じだしなぁ……。
「あの、わたしたちの使う魔術ってのは、歴史上古くから伝えられている魔術の概念とは全くの別物なんですよね? 神話に出てくるものとか、白魔術とか、黒魔術とか……」
施設で鬼山さんから色々と教えてもらったけれど、まだ魔術について聞いていないことや、忘れかけていることも多い。
「ああ。 別物だ。 まあ、はっきり言ってしまっていいだろう……。 この世界で古くから魔術と呼ばれているようなものは、不思議な力を起こすなんてことはない。 夢のない話だろう?」
「現実的に考えれば、そうですよね……」
科学が進歩したこの時代、占術やら呪術を本気で信じている人がいたら、頭大丈夫かなと思われてしまうのが現実だ。
雨乞いの儀式をして雨が降ったとしても、それは雨乞いの儀式によるものではない。 偶然、雨乞いの儀式をした時に雨が降っただけだと片付けられる。
「まあ、だからといってそれらに価値がないとも言わないがな。 超自然的な力に憧れ、超自然的な力を現実のものにしようとした人々が多くいたという証だからな。 俺たちだって、当時に生まれていたら、それらを信じないわけにはいかなかっただろう」
「そうですね……。 わたしたちから見たら馬鹿げたようなことを、昔の人たちがやっていたからこそ生まれたものや、知ることのできたことだって、腐るほどあるんでしょうし」
人体に悪影響を及ぼす物質を飲んで不老不死になろうとした人もいるくらいだ。 わたしたちが得ることのできる知識は、多くの犠牲の元に成り立っている。
「……じゃあ、それらがわたしたちの使う魔術と全くの別物だとして……。 わたしたちの使う魔術って、一体何なんですか……? 実は秘密裏に開発された科学的な兵器だったり……?」
「そんなわけないだろ。 俺たちの体のどこにそんな兵器があるんだ? 何か埋め込まれた形跡だって無いだろう?」
「ですよねー……」
施設の誰に聞いても、わたしたちの扱うこの魔術が一体どうやって生まれたのかといった、魔術の正体については教えてくれなかった。
これこそ、家守家の人間くらいしか知り得ない情報なんだろうけど、もしかすると、鬼山さんは……。
「……知りたいか?」
「知ってるんですか……?」
これは、知っている……?
「……俺はもう、既にヒントを出しているぞ」
「ヒント……?」
なんだろう。 ロリコン?
「まあ、そういうことだ。 あんまり無駄話しすぎて体力を消耗しても馬鹿らしい。 この話はもう止めよう」
「そういうことって……! 教えてくれないんですかー!?」
「いきなり答えを出してもつまらんだろ。 よく俺の発言を思い出すんだな」
「ちょっと……! どう見ても教えてくれる雰囲気だったじゃないですか! 焦らさないでくださいよ~!!」
せっかく湧き上がってきた知識欲が満たされず、フラストレーションが蓄積される。
「別に焦らしているつもりはないんだがな。 何せ、充分過ぎるヒントを与えてやったんだ。 自力で答えに辿り着けるくらいのな。 どうせ今日はたくさん歩くんだ。 考える時間ならいくらでも……」
「鬼山さんの言葉を一言一句覚えてるわけないじゃないですか! もう一度ヒントを……!」
「俺には何も、聞こえない……」
ついに聞こえない振りをし始める鬼山さん。
「……まったく、もう!」
これは意地でも今は教えてくれないつもりだ……。
しょうがない。 諦めて自分で考えるとしよう。
「うーん……」
でも、結局。 考えてもわからないものはわからなかった。
となると、やはり他のことを考えてしまうわけで。
「……警察もわたしたちみたいに捜索してるんですかね」
「……答えを出すのを諦めたな」
「しょうがないじゃないですか!」
「ああ、そうだな……。 で、どうしたんだ急に。 警察もちゃんと探しているに決まっているだろう」
「そうですよね……。 いや、もし薊海里が警察と遭遇したら、大変なことになりそうだなと……」
と言うのも、わたしたちが施設で待機中、ネット上にて薊海里がついに犯人として特定されてしまったのだ。 当然、東日本連続猟奇殺人事件の捜査関係者もそれを知らないわけがない。
なんでも、被害者十一人の内、四人全てと接点のある人物がいて、それが薊海里だっただとか。
つまり、あの満月の夜、既にわたしたちが事件の犯人だと決めつけた薊海里は、これでいよいよ確実に犯人だと言えるということだ。
「躊躇いなく魔術で攻撃する可能性大だな。 そうならない為にも、俺たちがいち早く薊海里を探し出さなきゃいけないわけだが、そう焦ったところで見つかるわけでもない。 気持ちはわかるが、ここは平常心を保つことだ」
「もしかして、精神状態と魔術との間に何か関係とかあるんですか?」
「そうだな……。 そもそも人間の行動全般に精神状態は関わってくる上、魔術はイメージすることが重要だからな。 関係は大アリだ。 魔術の発動に必要な三つの要素、教えただろ?」
三つの要素。 確か、エネルギーと想像力と術式だったような。
「精神的余裕がまったくない状態だったら、イメージできるものもイメージできなくなるってことですか?」
「ああ。 だが、何度も魔術を発動した経験が染み付いているのならば、精神状態にそこまで左右されることもないだろう。 そういう意味では、単に魔術を習得した後でも、実力アップの余地はたくさん残されていると言えるな」
「わたしもまだまだ実力アップの余地、ありますかね……?」
「あるだろうさ。 確かに魔術は適性による部分が大きいが、努力によって実力の底上げができるのも事実だ。 それが口で言うほど簡単ではなく、難しいからこそ、結局は才能だと努力を怠る者が多いわけだがな。 俺が知っている奴の中には、最終的に習得時の半分のエネルギーで習得時の二倍の威力が出せるようになった奴もいる」
「え……!? す、凄い……」
わたしで例えるなら、今は一日に三~四回発動しただけでフラフラになる上級魔術を一日に六~八回くらい発動できるようになる且つ、威力も二倍だ。
「ああ。 凄いだろう? お前の場合、既に習得時よりある程度は魔術の練度が上がっているだろうから、どこまで伸びしろがあるのかわからんけどな」
当然、わたしも魔術の練度を上げる努力は続けている。 けれど、使用回数も威力も努力次第で二倍ほどにまで上げることが可能だとは知らなかった。
「……まあ、こんなことを言っておきながらちょいとあれだが、魔術には使用回数に制限がある。 努力で実力アップだといっても、その努力をするにも一日に限られた量しかこなせないというわけだ。 実力を上げるのに長い期間を要することは変わりない」
「継続は力なり、ですね……」
一週間後強敵と戦うことになってから大慌てで必死に努力しても、遅い上にそもそも努力できる時間が限られている。
行った努力全てが必ずしも実力に結びつくわけでもないことを考えると、猶予が一週間から一ヶ月になってもたいして実力アップは期待できないだろう。
「その上、魔術は先人の試行錯誤によるものを利用しにくい。 何せ、個人の感覚に頼る部分が多いからな。 努力するにしても、どう努力すればいいのか他人からアドバイスを貰うなんてことは、あまりできない」
科学の進歩などは、それこそ何百年、何千年も前から、人から人へと研究成果をバトンタッチし続けることで発展を遂げてきた。
しかし、この魔術となると、鬼山さんの言う通り個人の感覚に頼る部分が多い故、他人の知識や経験を活かせる部分が少ない。 努力には孤独との戦いが強いられることになる。
「やっぱり魔術って、厳しい世界ですね……」
「なあに、魔術に限らず、どの世界だって地道な努力が求められるものだろうさ。 それにだな、短期間で急成長するような都合の良すぎる可能性がまったくないというわけでもない」
「そ、それは一体……?」
「これも結局、個々人の感覚的なことになるわけだがな。 工夫は何も、足し算だけじゃないってことだ。 引き算だっていい。 魔術を発動するにあたって、無駄だと思うものを排除すれば、効率化の向上を目指すこともできるというわけだ」
「無駄だと、思うもの……?」
「思い込みで、こうすれば効果が上がると行っているようなことだ。 まともにしたことはないが、説明しやすいから調理で例えよう」
と言って、目の前の信号機が赤になっているのに気づき、歩みを一度止める鬼山さん。
「古くから受け継がれたレシピがあったとして、そのレシピ通りに調理をする。 調理の工程にはやたらと手間のかかる作業があったり、必要な具材には希少で高価なものがある」
「やたらと手間のかかる作業?」
「言葉の通りだ。 多くの時間を費やしたり、多くの回数を繰り返したりな。 話を続けると、そのレシピ通りに作れば、ある料理が出来上がるわけだが、とある面倒くさがりがそのレシピを無視して調理をしてしまうとしよう」
「レシピを無視というのは、どの程度ですか?」
ちょっと分量を変える程度なのか。 それとももっと大胆に変えるのか。 あんまり大胆に変えるとなると、それはもう新しい料理になりそうな気がする。
「それはだな、希少で高価な材料を使わなかったり、手間のかかる作業を省略したりするといった程度だ」
「一時間かけて材料を煮ていたのを、三十分だけにしたとかそんな感じですか?」
「ああ。 そんな感じだ。 当然、受け継がれたレシピは、こうやって作れば美味しいと信じられ、皆が皆律儀に守り、受け継がれてきたもの。 そんなレシピを無視して作った料理が、もし、レシピ通りに作った料理と変わらない、あるいはそれ以上の美味しさだったとしたら……?」
「手間のかかる作業は必要ないですし、希少で高価な具材を使わずとも、代用品で充分だということになりますよね。 美味しさだけを見るのならばですけど」
美味しさと栄養面はイコールとは言えないし。 美味しさも大事だけど、栄養も大事だ。
「そういうことだ。 美味しくなる気がすると思い込みでなされていたような作業や、必要だとされていた具材。 それらは無駄な時間やお金を費やすだけで、要らないということになる。 下手すると、時間やお金を無駄に費やすだけではなく、味や栄養を劣化させている原因だったという可能性だって考えられるんだ」
「なるほど、よくわかりました……。 無駄な労力を削減してしまえば、魔術使用回数は増えますし、無駄な労力のせいで落としていた質を向上させることもできるってことですね」
「まあ、その無駄に気づくのが難しかったりするんだがな。 ……おや?」
目の前の信号機が既に青だったことに気づく。 もうそろそろ赤になりそうなので、急いで渡ることにする。




