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蕭条八重は漏らさない

「あ、あの……。 鬼山さん」

「どうした?」

「後どれくらいで着くんでしたっけ……?」

「十分もしない内に着くぞ」

「そう、ですか……」

 

 あの魔物退治から約二週間。 六月も中旬に入ろうとしていた。

 

 本当ならば、すぐにでも薊海里あざみかいりを追う為に捜索活動をしたかったけれど、それはできなかった。

 一度、戦力増強のアイテムを入手する為に施設へ戻った際、しばらくの間待機することを命じられたからだ。

 

 新たな被害者が出たら取り返しがつかないというのに、待機なんてしていられるわけがない。

 いっそ、命令無視して捜索しようと言って急くわたしを、鬼山さんは「ここは耐えろ」と宥めることに終始していた。

 そもそも、鬼山さんがいなければ捜索はできないし、戦力も明らかに足りない。 ここは、鬼山さんの言う通り耐えるしかなかった。

 

 そして、耐え続けること約一週間。 例のアイテムも受け取り、特別に活動費を多めに貰い、やっと捜索再開できることに。

 薊海里はまだ大きな動きを見せていないのか、この一週間ほどは東日本連続猟奇殺人事件についての続報はない。 見方によれば、嵐の前の静けさとも言えるから、まったく油断はできないけれど。

 

 そんなわけで、薊海里を追うわたしたちは今、捜索優先度の高くなった薊海里の生まれ故郷へ向かう為、電車に乗っている。

 施設の存在するN県から東京まで夜行バスを使って移動し、東京から新幹線に乗ること約三時間で着いた駅より、在来線に乗り換えをして約二十分。

 

 鬼山さん曰く、後十分もしない内に目的地へ着くらしいけれど……。

 

「……さっきから、なんか落ち着きが無いな。 どうかしたのか?」

「い、いえっ……! 何でもないです!」


 何でもないわけなかった。 

 

 どうしよう……。 頭の中が、おしっこしたいでいっぱいだ。

 

 途中で飲み物飲みすぎたのかな……? 今更後悔しても、もう遅いけれど。

 それに、座ってばかりだったから、お尻も痛い。 柔らかいクッションでも席に置きたいくらいだ。

 

「……もしかして、トイレか? トイレなら電車の中にもあるぞ?」

 

 相変わらずデリカシーに欠けてるけど、図星。

 

「わ、わかってますよ! トイレじゃありませんから!」

 

 鬼山さんの言う通り、車両内にトイレはある。 でも、車両内のトイレを使うのには抵抗があった。

 

 まず、ガタガタと揺れる最中、落ち着いてトイレなんて出来やしない。 電車が止まった僅かな時間で済ませるなんて芸当も、難しい。

 

 後、衛生面がちょっと気になる。 別に、潔癖症というわけでもないけど、老若男女問わず、揺れる最中利用したトイレだ。 あまり綺麗ではないだろう。

 

 何より、トイレに行くということは、座席を立つということ。 座席を立つことは、思いっきり鬼山さんに「今からトイレ行きます!」と宣言してるようなものだ。

 なんか、それは恥ずかしい気がする。 鬼山さんに限らず、わたしを見た誰もが「おっ、あいつ、今からトイレか」と瞬時に察するだろう。 

 

 トイレを終え、席に戻った後も、「トイレが無事済んだのか」とか、「やけに長いトイレだったな」とか、色々思われてしまうに違いない……!

 

 わたしのくだらないそんな思い込みが、意地でもわたしをトイレへ行かせなかった。 大丈夫、漏らしたりなんか……!

 

「ひゃん!!」


 突如、大きな揺れ。 今のわたしに、神はなんて試練を与えやがるのでしょう……!

 

「おいおい、いきなり変な声出すなよ。 周りから変な目で見られるぞ」 

「は……ははは、はい」

 

 ギリギリセーフ。 以前のわたしだったら、今の衝撃で少し漏らしていたかもしれないけど、わたしだって魔物との戦いを乗り越えて成長している。 そう簡単に漏らしてたまるか。

 

「……どうみても不自然だぞ。 体調面で何か問題があるのなら、ちゃんと報告してくれないと俺が困るんだからな」

 

 疑惑の目でこちらを見る鬼山さん。 大丈夫です。 本当に、困るのはわたしだけ。 わたしが人として大事な何かを失うだけです。

 

「そろそろだな」

「…………!」



 

 ようやく、電車が目的地に辿り着く。

 焦る気持ちを抑え、可及的速やかに公衆トイレへ向かう。

 

「おい、蕭条」

「はい」

「やけに歩くスピードが早くないか?」

「気のせいです」

「そうか、気のせいか」

「はい」

 

 そしてそのまま早歩きを維持して進み、目に入ったトイレへ駆け込む。

 

「やっぱりトイレじゃないか……」

 

 そんな声が後ろから聞こえたのは、気にしない。

 

「ふぅ……」

 

 スッキリ。 一時はもう駄目かと思ったけど、意外となんとかなるものだ。


「……また嘔吐か?」

「違いますっ!」

「そうか。 まずはホテルへ向かうぞ」

「はい……」




 改札口を出ると、大きな赤い林檎のオブジェがわたしたちを待っていた。 なんでも、この都市は林檎と桜で有名らしい。

 

「あっ、見てくださいよ、これ」

 

 地図でも入手しようと寄った、観光案内所に興味深いものが。

 

「ん? アップルパイめぐりのパンフレットか……?」 

「凄いですね、こんなにたくさんのお店が紹介されてますよ……」

「こら、俺たちは遊びに来たわけじゃないだろ」

「わ、わかってますよ……!」

 

 と言いながらも、パンフレットをお持ち帰りするわたし。

 

「桜で有名な都市なら、もっと早い時期に来たかったものだな」

「そうですね……」

 

 初めてきた土地。 本来ならば楽しく旅行といきたいところだけど、これから待っているのは楽しいことではない。 だから、桜が咲いている時期に来なくてある意味正解だったのかも。

 



 駅の中央口から外へ出る。 

 目の前には、バス停留所。 それらを囲むように、ホテルを始めとする高層建築物が何軒かそびえ立っていた。

 

「わたしたちが予約したホテルはどこなんですか?」

「駅前は料金が高いから、ここから少し歩いたところだ。 駅前ではないが、駅チカではある」

 

 停留所に待機中のバスを見てみると、わたしの知っているバスとは少々違った形をしていた。 なんというか、全体的に丸っこくて可愛い。 いわゆるマイクロバスなんだろうけど、太った芋虫みたいな形だなと思う。

 

「こっちだな」

 

 鬼山さんに付いて行く。 


「ここだ」

 

 そして、歩くこと数分後。 予約したホテルに辿り着く。


「ここ、ですか……」

 

 その外観は若干薄汚れた感じがあるものの、今まで泊まったホテルの中では一番良さそうだ。

 

「朝食バイキングの最終入店は八時四十五分までとなっておりますので、お気をつけください。 では、ごゆっくりどうぞ」

 

 フロントで一通り説明を聞き終わり、部屋へと向かう。

 

「部屋は三階なんですね。 あれ、鬼山さん? 一部屋しか予約していないんですか?」

「ああ」

 

 それって、つまり……。

 

「もしかして、同じ部屋に泊まるってことですか……?」

「そうだが? ……っと、ここか」

 

 鬼山さんが鍵を開けて、部屋に入る。

 

「……あれ、おかしいなぁ。 鬼山さん」

「なんだ」

「この部屋にわたしたち二人が泊まるんですか?」

「……泊まらない部屋の鍵を貰わんだろう」

「部屋間違えてたりしてませんよね? ベッドが一つしかないですよ? しかも、一人で寝るにはやたらと大きい……」

「セミダブルってやつだ」

「あ、あはは……。 セミ……」

 

……どうして、こうなってしまうことを予想できなかったのだろう。

 

「……一応確認します。 今回予約した宿泊プランは一体……?」

「熱々カップル様お二人部屋プランだ。 で、この部屋は禁煙のセミダブル。 わかったか?」 

「あ……」

「あ?」

「あなたって人はっ!! どうして、また……!!」

 

 これはセクシャルハラスメントだと、わたしが強く訴えれば認められるだろう。

 

「一人あたりの宿泊代が一番安くなるのがそのプランだったんだ。 仕方がないだろ。 俺だって、一人部屋の方が良い。 それに、せっかく男女のペアなんだ。 そこんところを活用しないとな。 男同士でカップルプランなんて泊まれないだろ?」

「そんな……! シングルで一番安い部屋でも、そこまで値段は変わらないでしょう! 互いに望みどおり一人部屋で良かったじゃないですか!」

「いや、結構変わるぞ? 千円ちょっと変わる。 その分浮いたお金でアップルパイを食べたくないのか?」

「ぐぬぬ……!」

 

 なんて、わたしにとってあまりにも説得力のある言葉。 確かに、食べたい……!

 

「それに、安心しろ。 ベッドはお前だけが使っていいし、お前がシャワーを浴びたり着替えたりしている間は、部屋から出ていくさ。 ちょうど一階に無料の漫画本コーナーがある。 そこで暇も潰せるしな」

「そういう問題じゃ……! ……でも、いいです。 わかりましたよ……。 今回は美味しいものを食べまくってやります!」

「……お前の食べまくってやるという言葉ほど、不安になるものはないな」


 こうしてわたしたちは同じ部屋で泊まることになってしまったのであった。

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