スイーツバイキング
バスを降りる、俺と桃子。
休日の駅前。 平日と比べると、心なしか人々の表情には余裕があるように見える。
「さて、さっそく例の店の様子でも見に行くか?」
「うん。 ここから徒歩で向かえば、ちょうど開店一時間前くらいには着くよ」
場所は、桃子がちゃんと把握してるようで、迷わずスイーツバイキングの店に辿り着くことができたが……。
「啓人、大変」
「まさか……」
「その、まさか。 もう並んでる」
長蛇の列とまではいかないまでも、開店一時間前にして店の前には行列が。
「……もっと早めに来ても良かったかもな」
「でも、これから並んでも問題はなさそう」
とりあえず、並ぶことにする。
「にしても、パッと見た感じカップルばかりだな。 カップル割引とかあるのかってくらい」
今並んでいるのは、若い男女のカップル数組と、女子数人グループ数組だけだ。 親子や男子数人グループは見当たらない。
「わたしたちも、カップル」
「端から見ればね」
「端から見なくても、カップル」
「一対の存在という意味では、そうだね」
「夫婦や恋人関係という意味での、カップル」
「夫婦になった覚えも、恋人関係になった覚えもない」
「照れなくていいのに……」
それにしても、この待ち時間は暇だ。 後一時間近くもここで待つだなんて。 桃子に話しかけて気を紛らわせよう。
「……そういえばさ、昨日の深夜、俺に電話かけたりした?」
「していないけど、どうかしたの?」
「いや、昨日の深夜、非通知設定で誰かから電話が来てさ。 すぐ切っちゃったから声も聞いてないんだけどね」
「啓人の電話番号を知っているのは、極少数」
「まあ、そうだな」
「その少数の人間が、わざわざ非通知設定で電話をかける理由がわからない」
「だよな……」
「適当な電話番号に電話しまくってるイタズラか何かと考えるのが、妥当」
「イタズラか……。 それはそれでスッキリしないな」
「そういうことはあまり気にしない方がいいよ。 もし、またイタズラ電話でもかかってきた時の為に、良い対処法教えてあげる」
「良い対処法?」
「うん。 それは……」
桃子のことだ。 豊富な知識の引き出しから、ナイスなアイデアを引っ張り出してくれることだろう。
「デスメタルの曲を大音量で流すの」
「……おお! なんて良い対処法!」
相手がデスメタル好きじゃなければいいね。 ……って、そういう問題じゃないけど。
「想像してみて。 イタズラ電話をかけたら、聞こえてくるのは大音量のデスメタル。 きっと、イタズラ電話をかけた犯人も泣いて逃げ出す」
「それは愉快だな。 …………ところで」
「うん」
「家ならともかく、外でどうやって大音量の曲を流すんだぜ?」
「……ポータブルスピーカーを持って行く」
「……そこまで手間を掛けてる時点で、犯人に負けてる気がする」
「……そうね」
自分のアイデアが採用されず、絶賛落胆中の桃子。
どうやらさっきのアイデアは、桃子なりに真面目に考えたナイスなアイデアだったようだ。 僕の考えた最強の対処法的な。
「でも、そうだな。 イタズラ電話には、桃子の言った対処法をしてやるくらいの気持ちで挑んだほうが楽しいかもな。 イタズラ電話と確定したわけじゃないけど」
「うん。 ……良かった、少しは私のアイデアが役に立ったみたいで」
「まあ、仮にもしイタズラ電話に対して音楽を流すとしても、デスメタルはやめておくけどな」
「じゃあ、何を流すの?」
「アニソンでも流すよ。 それも凄く電波な奴。 聴き続けた犯人が洗脳されてしまうくらいの」
「それは……。 デスメタルより、驚異的」
最初はなんだこの曲……。 マジきめー……。 と、ドン引きしていた犯人が、数分後には涎を垂らし、血走った眼でアニソン熱唱。
しかも、それだけに留まらず、耳に残りやすい電波系アニソンは時間が経過しても犯人の脳内で再生され続ける……!
我ながら、なんて恐ろしいことを考えてしまったのだろう。
とまあ、こんな感じでダラダラと会話をしたりスマホを弄ったりしている内に、一時間が過ぎ去り。
「長かった……。 本当に長かった」
「いざ、スイーツバイキング」
開店時間が訪れ、店内に入る。 随分と洒落た内装だ。 カップルや女子が来たがるわけだと納得する。
「こちらの席へどうぞ~」
店員に案内された、窓際の席へ着く。 こんな洒落た店にいるからか、店員さんもなんだかオシャレに見える。
「桃子」
「何?」
「正直さ、楽しみではあったけど、そこまで期待はしてなかったんだ」
「うん」
「でも、実際に見てみると凄いな……」
芸術はスイーツだ!
……昔の芸術家がそんなことを言った、なんてことは無かったんだろうけど。
席へ向かう途中に見た、テーブルの上に並べられたスイーツの数々。
色鮮やかな数種の果物などによって、宝石を散りばめたかのように輝くその姿は、見ているだけで心が躍る。
そして、店内に漂う甘い芳香は単に食欲を唆るだけのものではない。 嗅ぐだけで脳を幸福感で満たしてくれる。
「良かった、啓人が喜んでいるみたいで。 わたしももちろん、ワクワクしてるけど」
「じゃあ、さっそく取りに行こうか」
スイーツ待機中のテーブルへと向かう。
見れば見るほど美しい。 ずっと、鑑賞していたいくらいに。 いや、もちろん食べるけど。
「へー、アイスクリームにプリン、フルーツの盛り合わせなんかも……。 それに、これはシュークリームか?」
「ケーキバイキングじゃなくて、スイーツバイキングだからね。 他にも今の時間帯には、パスタやサラダ、キッシュなんかもあるみたい」
「あー、ランチタイムだからか? 完全にスイーツだけってわけじゃないのも嬉しいな」
とりあえず、目に入って気になるものを片っ端から取っていく。
「ああ、綺麗だ……」
思わずうっとり。 俺の皿は、色彩豊かなフルーツタルトたちに占領されていた。
「よっと……」
桃子より早くに席へ戻る。
そしてすぐに、桃子も席へ戻ってきた。
「…………ん? ちょ、桃子、お前……」
「どうしたの?」
戻ってきた桃子を見て、思わず目を丸くする。
「……最初からそんなにたくさん取っちゃって、大丈夫か?」
桃子の皿の上は、どっさりとたくさんのスイーツたちが。 俺は、美観を気にして少なめにしたというのに。 もしかして、俺のほうが女子力高め?
「大丈夫。 それよりも、飲み物取りに行こ?」
ドリンクコーナーには、紅茶やコーヒーが。 俺はコーヒー、桃子が紅茶を器に注ぎ、席へ戻る。
「……さて、いただきますか!」
「うん、いただきます」
まずは見た目華やか、苺のタルトを食べてみる。
「…………うん、これは、控えめに言って最高だ」
控えめに言わなかったらどうなのかは置いといて、これは本当に素晴らしい。
口の中に広がる、爽やかな酸味。 噛めば滴る、自然の甘み。 それらを優しく支えるのは、香ばしい風味のタルト生地。
何より、果実の甘さというのは俺の好みにとても合う。 あんまり甘すぎるのが好きではない俺には嬉しいスイーツだ。
「…………これは、美味しいね」
目の前の桃子も、美味しそうにスイーツを食べている。 モンブランやチョコケーキ、木苺の乗ったピンク色のムースなど、次々と口に運んでいく。
勝負をしているわけじゃないが、俺も桃子に負けないよう、どんどんと食べ進める。
桃のタルトや林檎のタルト、メロンのタルト。 マンゴーのタルトにブルーベリーのタルトも。 もちろん、数種のフルーツで彩られたタルトなんかも。
「見るだけでも楽しいのに、食べてもこんなに美味しいだなんて、凄いなぁ」
「……そんなに啓人が喜んでくれるのなら、今度家で作ってみようかな」
「え、作れるのか……?」
まあ、桃子なら作れちゃいそうだけど。
「うん。 こういうお店ほどのクオリティに達するものが作れるかはわからないけど、啓人が思っているほど難しくはないと思うよ?」
「桃子はホント、なんでもできるのな」
「……啓人にできて、わたしにできないこともたくさんあるよ?」
確かにあるだろうけど、できることの多さでは間違いなく桃子の方が上だ。
しばらく静かに食べ続けること三十分。 制限時間は八十分なので、まだ時間はあるわけだが……。
「……やばい、思っていた以上に、腹が膨れるな……」
何せ、摂取しているのは大量の糖分と小麦粉の塊だ。 満腹感が早めに訪れないわけがない。
「後は飲み物を飲みながらゆっくり食べることにしよう……」
「うん。 無理は良くないと、わたしも思う」
「……桃子は無理していないと?」
そう俺が言うのも無理はない。 桃子は二枚目も三枚目の皿にも、最初と同様にどっさりとたくさんのスイーツを乗せて来たのを俺はこの目で見たのだ。
ずっと観察していたわけじゃないから、正確にどれくらい食べたのかはわからないけれど、桃子は相当の量を食べているはずだ。 それなのに、また桃子は新しくスイーツを持ってきた。
「……大丈夫。 無理してないよ」
「どう見ても大丈夫そうじゃないぞ。 ……もう、無理して食べない方がいいんじゃないか?」
「全種類食べるまでは、帰れない……」
桃子は、こういうところは頑固だ。 てこでも動かない。
「気持ちはわかるが、胃が許容量をオーバーしたら、吐いちゃうぞ」
「吐いたらわたしの胃が弱かっただけにすぎないよ。 それだけのこと。 吐くか、吐かないか、スイーツとの戦い」
「そんな戦い、しなくても……。 店内で吐いたらエライコッチャだぞ」
「大丈夫。 勝つ自信があるから」
毎度、何を根拠にそんな自信が……。 あれ、デジャブ?
結局、桃子はスイーツとの戦いに勝利した。 凄い! しかし……。
「うっ……」
「おいおい、いきなり吐いたりはするなよ?」
「だ、大丈夫だから……」
食い過ぎたのか、青ざめた顔で店を後にする桃子。
「……そこのベンチで少し休むか?」
「……そうする」
このまま歩いて、道の途中で吐き出したら困る。 そんなハラハラドキドキ、遠慮したい。
俺も桃子ほどじゃないけど、結構食べたから、ちょうどいい。 しばらくここで休憩しよう。
「……啓人」
「ん?」
やけに神妙な顔でこちらを見る桃子。 一体何を……。
「お腹に赤ちゃんがいるって、こんな感じなのかな……」
「……桃子には俺が経産婦にでも見えるのか」
「……見えない」
「じゃあ、そんな俺がわかるわけないよね」
「そうかも……」
そもそも俺は男だし。
「ここで休憩した後はどうするよ? 大人しく帰宅?」
「……啓人と一緒に、買い物したい」
「えーと……。 それは、駅ビルを適当に散策するってことでいいのか? それとも、お目当ての場所が?」
「両方したい」
「ということは、どこかお目当ての場所もあるのか」
「うん」
一体どこだろう。
すっかり元気になった桃子と共に駅ビル内を歩くこと数分。
「ここ」
「家電量販店……? 何か買うのか?」
「オーブントースターを、買おうかと思って」
「トースターなら家にもうあるんじゃ?」
「あれはポップアップ型トースター。 縦置き式の箱型だから、チーズを乗せたり、何かを塗った食パンをトーストするのに適していない。 だから、ちゃんとオーブントースターも買っておこうかなって」
「いくらするのかわからないけど、高いんじゃないのか? 俺は今のままでも満足だぞ?」
「いいの。 わたしがオーブントースター、使いたいから」
「そういうことなら、いいんだけど……」
店内に入る。 眩しいくらいに攻撃的な照明。 こんな環境に長くいると、ひどく疲れてしまいそうだ。
「へぇ、こんな冷蔵庫もあるのか……」
買う気のない白物家電を眺めるだけでも、結構楽しい。
「啓人とこうやってここで買い物してると、新婚さんみたいな気分になるね」
「いや、ならない」
「……啓人はツンデレ」
「そうだな、十年後くらいにはデレてるかもな」
「じゃあ、十年後に期待するね」
辛抱強いなおい。
「これ、いいかも……」
「一万以下で買えるんだな」
「扉が外せて丸洗いできるんだって。 衛生面も良い……」
すっかり買う気満々な桃子。
「いいんじゃないか、それで。 値段的にもちょうどいいし」
「……うん。 買ってくる!」
無事、購入を終え、満足気な顔でこちらへやってくる桃子。
「これで、朝食の満足度が上がる……。 いや、朝食だけじゃない……」
「作れる料理の幅が広がったってことか」
「うん。 楽しみが増えちゃった」
桃子にオーブントースターを運ばせるのも悪いので、俺は荷物持ちをすることに。
せっかく購入したオーブントースターを落として壊したりしないよう、慎重に運ぶ。
「………………」
帰り道。
俺のすぐ隣を歩く桃子は、機嫌が良いからかいつもより動きに軽快さがあるように見える。 動きに合わせて揺れ動くその長い黒髪も、桃子の気分を表現しているかのようだ。
そんな桃子を見ていると、俺はとても安心する。 俺はやはり、こんな日常が好きだ。
「……はは」
「? ……どうしたの、啓人」
「いや、なんか、こういうのいいなって思ってさ」
「こういうの?」
「平穏な日常、とでも言うのかな」
「……啓人、疲れてるの?」
「……そんなマジな顔で心配しないでくれ。 俺が傷つく」
俺がこんなセリフを吐くのはらしくなかったのだろうか。
「……啓人の言ってることはよくわからないけど、わたしはまた、啓人とこうやって休日を過ごしたいと思っているから」
「そうだな、また行けたらいいな」
「……啓人がデレた」
とまあ、こんな感じでそれなりに楽しい一日を過ごした俺と桃子。
駅前という人の多いところへ行くことに対する不安はもちろんあったが、今回もまた、何とかなった。
このままこんな平穏な日常が続けばいいなと俺は思う。
……無意識に溜まっていく、どす黒い何かを意識しないようにする為にも。




