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家守桃子と過ごす休日

 

 土曜日。


 五日間の平日を乗り越え、ようやく迎えた休日。

 学校へ行く必要もなければ、早く起きる必要もない。

 最高だ。 あらゆるものから解放され、俺は自由だ。

 

 しかし、何故だろう。 自由なはずなのに、体に重さを感じる。

 まるで、誰かが体の上に乗っかっているみたいな……。

 

「啓人、おはよう」

「……おはよう。 そして、おやすみ」

 

 寝ぼけているのだろうか。 俺の上に、桃子が乗っているような……。

 

「……起きてっ」

「グエッ!」


 寝ぼけていなかった。 この重量感はリアルだ。

 

「お、重い……!」

「わたし、重くないよ」


 もう出掛ける気満々なのか、私服に着替えている桃子。

 そんな桃子が、うつ伏せで寝ている俺の上に乗っている。 当然乗っていると言っても、全体重をかけているわけではなく、正確には俺をベンチにして座っているような状態だ。

 

「わ、わかった……。 起きるから俺の上から降りてくれ。 というか、そもそもなんで俺の上に乗っているんだ? 俺は椅子になった覚えはないぞ?」

「……啓人は椅子じゃないけど、雄だった」

「え……?」


 そりゃ、確かに俺は男だ。 それがどうしたと言うのだろうか。

 

「昨晩ずっと考えて、わたしは覚悟を決めたの」

「覚悟……?」

「……啓人がわたしのことを雌として見ているのを、ちゃんと受け止める、覚悟」

「……はい?」

「わたしやわたしの下着にハァハァ興奮してしまうことを許す、優しさを持つこと」

「……ちょっと待ってくれ」

「その代わり、約束して欲しいの」

「えっと……」

「わたし以外でムラムラするの、禁止」

「……頼むから会話してくれ」

 

 昨日のことが、相当衝撃的だったのか。

……まあ、衝撃的だろう。


「……約束、守ってくれる?」

「守らないって言ったら?」

「……こうする」

「うグッ!?」


 体重をかけられ、体が圧迫される俺。

 

「な、内臓が飛び出る……!」

「……わたしはそんなに重くない」

「体重かけといて何言ってんだ……。 ……っと!」

「きゃっ!?」


 腕立て伏せをする要領で、桃子が上に乗ったまま体を起こそうとする。 

 いきなり俺に動かれて桃子はバランスを崩し、仕方なく俺の上から降りていった。

 

「……びっくりした」

「それはこっちのセリフなんだけどな……」


 朝起きたら自分の体に人が乗っかってたなんて体験、そうそうあってたまるか。 猫が体に乗ってくるのならまだしも。


「……啓人。 さっきの約束……」

「約束?」

「わたし以外で、ムラムラ禁止」

「ああ、それね……。 わかったよ」

「……わかってなさそう」

 

 そりゃ、意味不明な約束だし。


「その約束はともかく、昨日の約束はちゃんと覚えているぞ」

「良かった……。 忘れていると、思った」

「忘れるわけないだろ。 今日出掛ける予定があったから、昨日は夜更かししなかったんだからな」

「……嬉しい」

 

 こんなことで嬉しくなってくれるのなら、俺も嬉しい。

 

「でも、正直言うとちょっと不安なんだよな」

「不安? ……何で?」

「桃子は知ってるだろ。 俺にとって人が多いところはあまり良くないってこと」

「……知ってるけど、啓人は学校にだって行ってる。 学校なんて、特に啓人が苦手そうな場所なのに」


 確かに俺は、割りと安定した精神状態で学校生活を送ることができている。 だが、


「それはそうなんだけど、学校は毎日同じ人のいる場所で過ごすわけだろ? 相手がだいたいどんな人間かってのがわかれば平気なんだよ」

「……そういうものなの?」

「それに学校には、五木と勇人もいるし」

「……わたしは?」

「もちろん桃子も」

「じゃあ、今日はわたしも一緒にいるわけだし、大丈夫」

「確かに大丈夫そうだけどさ……」


 その大丈夫がいつまで続くかはわからない。 自分でも無意識に我慢している部分があるのかもしれないし。

 

「自分でも変な言い方だと思うけど、何とかなってる状態ってのが怖いんだよな。 それがいつ崩れるかわからないだろ?」

「崩れても、わたしが何とかするよ」


 何を根拠にと思ったが、今はそんな根拠のない発言が心強かった。

 

「……桃子にはこれ以上迷惑をかけたくない」

「別にいいのに」

 

 と言って、口元に笑みを浮かべた桃子が、俺の部屋から出て行こうとする。


「わたしはすぐにでも外へ行く準備ができているから。 啓人も早く着替えて、準備してね」

「ああ」

 

 まだ、朝七時半。 のんびりゆっくりし過ぎなければ、早めに外へ出れるだろう。

 それにしても、こんなに桃子が今日のことを楽しみにしていたとは。 着替えるの早すぎだし。

 

 こういうところは、素直に可愛いと思ってしまう。  

 

「……さて」

 

 約束を破らない為にも、さっさと着替えて準備を済ませてしまおう。

 スイーツバイキングへ行くのなら、朝食はいらないだろう。 桃子もそのつもりだろうし。

 

「準備できたぞ」


 外へ出掛ける準備ができたので、桃子に声をかける。


「わかった。 後少ししたら、出掛けるからね」

「開店は十一時からだっけか? 昨日の紹介で開店前から行列ができてたりするのかな」

「わからない。 だから、早めに行って、様子を見る」

「早すぎたら早すぎたで、テキトーに時間を潰せばいいか」

「うん」

 

 なんだか俺も、だんだん楽しみになってきた。

 今日は一日、めいっぱい楽しむことにしよう。

 



 外へ出て、一番近くのバス停へ向かう。

 

 人混みが嫌いな俺は、あまりバスや電車に乗りたがらないわけだが、流石に駅まで徒歩で行くのは面倒だ。 間違いなく一時間近くかかるだろうし。 バスに乗りたくないだなんて言ってられない。

 バス停に、バスが到着する十分前ほどに辿り着く。

 

「今から来るバスに乗れば、九時半くらいには駅に着くよ」

「ちょうどいい時間帯だな」

 

 そして、待つこと約十分。 バスがやってきたので、乗り込むことにする。

 乗客の数は結構多く、今日が休日であることを実感させられる。

 

 俺と桃子は、無事席に座ることができた。 二人がちょうど座れる座席にだ。 知らない人と一緒に座るのは肉体的にも精神的にも窮屈な座席だが、桃子とならそんなことはない。 ちなみに、俺は窓側の席だ。

 

「ねぇ、啓人」

「ん?」


 窓から見える外の景観をぼーっと眺めていると、桃子が話しかけてきた。

 

「バスに乗っていると、バスジャックされちゃう妄想とか、しちゃうよね」

「……しないけど」

「…………そこは、しようよ」

 

 不満げな顔を見せ、抗議する桃子。

 ここは面倒くさいけど、桃子に合わせてやるか。

 

「……うんうん、するよな! 犯人にバレないよう筆談とかさ」

「それは漫画の読みすぎ」

「…………………………」

 

 せっかく乗ってやったのに、この言われよう。

 

「……で、バスジャックされちゃう妄想がどうかしたのか?」

「馬鹿げた妄想も、時には役に立つかもしれないって思ったの」

「と、言うと?」

「要は脳内シミュレーション。 ある事態に陥ったらこうするって、何度も頭の中で思い描くの」

「そしてそれを、いざという時に実行すると。 ……状況次第なんだろうけど、何も考えないよりは生存率上がりそうだな」

「武器を持った犯人と戦闘して倒すとか、そういう妄想になってくると死亡率上がりそうだけどね」

 

 そりゃそうだ。 そういう妄想になってくると、バスジャックされちゃう妄想ではなくて、自分がヒーロにでもなった妄想だ。

 

「でもあれだな、バスジャックとなると、生存率が上がりそうな行動ってのもあまり思いつかないな。 超高速で窓を割って外へ出る……だなんて、脳内シミュレーションだけじゃまず成功しないだろうし、そもそも成功しても助かるのは自分だけで、犯人に余計な刺激を与えるだけかもしれない」

「バスジャックの場合、重要なのは話術だよ。 どんな風に話しかけるのかも、脳内シミュレーションするの」

「……話術? 下手に話しかけたら犯人を刺激することになるんじゃ……」

「もちろん、ケース・バイ・ケースだけれど、犯行の動機によっては話術でうまく説得できる場合もあるの。 厳ついおっさんならともかく、わたしのような女子高生が優しく話を聞いてあげたら、大人しく投降してくれるかもしれない」

 

 厳ついおっさんと話した方が素直になる犯人もいるだろうけどな。

 

「……まあ、実際にどうなるかはわからないけど、色々と脳内シミュレーションをしておくのは言うほど無駄ではないのかもな。 もしかして桃子は、いつも脳内シミュレーションをしまくってたりするのか?」

「うん。 でも、昨日はうまく対応できなかった」

「昨日……?」

「啓人がわたしのブラを手にとって大喜びしている状況を、脳内シミュレーションしていなかったから」

「……しなくていいです」


 そもそも俺は大喜びなど断じてしていない!

 

「あ、もうそろそろ着くみたい」


 と、くだらない会話をしている間に、バスが目的地である駅前に到着した。

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