散歩
放課後。
こんなつまらない場所から早く逃げようと思いつつも、家に帰ったところで何か面白いことが待っているわけでもないことに気づき、憂鬱な気分になる美門。
久しぶりの学校生活。 相変わらず、退屈でつまらなかった。
こんな、つまらないを積み重ねていく人生は嫌だ。 何か、面白いことをしたい。
面白いこと。 ありきたりなものではなく、特別で貴重なもの。 それが欲しい。
周りが面白いと思っているようなことを今更面白いと思えたところで、そこにたいした価値なんて感じない。
わたしだけの、面白いこと。 周りから言わせてみれば、普通じゃないこと。
わたしを満足させてくれるのは、そんな、普通じゃないもののような気がする。 そう、美門は考える。
「……ただいま」
誰もいない、無駄に広い家に向かって挨拶をする美門。
早くに帰宅したところで、やることなんて特にない。
シワができるのも構わず、制服のままベッドの上に横たわる。
「……疲れたわ」
ちょっとだけ、眠ってしまおうかと美門は思う。
ちょっとだけ……。
…………。
……………………。
………………………………。
「…………ん」
目が覚める。
どれくらい寝ていたのだろうか。 電気の点いていない部屋は、すっかり夜の暗闇に侵食されていた。
「明かり……どこ……?」
寝起きの怠い体をなんとか起こし、照明を点けるリモコンを手探りで探す。
「……あった」
リモコンのスイッチを押し、明るくなる部屋。
「……頭痛い」
それに、体も熱い。 変な時間帯に寝ると、いつも寝起きの美門はこうなっていた。
何か、飲み物でも飲もう。 そう思い、部屋を出る美門。
「……飲みたい飲み物が無いわね」
冷蔵庫の中には、牛乳くらいしか飲み物がなかった。
昨日、果物系飲料もミネラルウォーターも飲み干してしまったからだ。
牛乳をゴクゴク飲むのは好きじゃない。 牛乳は、何か甘いお菓子と一緒にチビチビ飲みたい。
「……買いに行くしかないわね」
美門が時計を見てみると、もう夜の八時過ぎだった。 帰宅してから四時間近くも寝ていたことになる。
幸い、制服にはそこまで目立つシワがついているわけじゃない。 このまま着替えずに、近所のスーパーへ行こうと美門は思い至る。
外へ出る。
前へと進む、一歩一歩が重く感じる。 地球の重力が強まっているのではと思うくらい、体が重い。
このまま外で倒れ込んでしまったらどうしようかと美門は考える。 誰かが救急車を呼んでくれるだろうか。
……両親も、駆け付けてくれるだろうか。 心配して、くれるだろうかと。
仮に、心配して駆け付けてくれたとしても、わたしに優しくしてくれるとは限らない。
どんな顔で……。 どんな、思いでわたしを見るのだろう。
(……怖い)
怖いから、本当に倒れ込んだりはしない。
余計な雑念を振り払い、スーパーへと歩み続ける。
そして、歩き続けること数分。
辿り着いたスーパーの入り口付近には、照明に引き寄せられた蛾が元気よく飛んでいるのが見える。
このスーパーは二十四時間営業らしいけれど、この蛾はいつまでここにいるのだろうと考えながら、美門は店内に入る。
季節を感じさせる花火コーナーを横切り、飲料品売り場のコーナーがある奥の方へと進んでいく。
途中、通りすがりの男性客が、美門の方を見て不審そうな顔をする。 この時間帯に制服姿の女子高生が一人でスーパーにいると、目立つものなんだろうかと美門は考える。
とりあえず、ミネラルウォーターと深夜の紅茶のストレートティーを購入する。 足りなくなったらまた買えばいい。 そもそも、二本運ぶので精一杯だ。
「ありがとうございましたー」
スーパーを後にする。
行きよりも、負担が増した状態で、道を進んでいく。
それでも、起きてから時間が経過したからか、体の怠さは軽減しているような気もする。 増えた負担でプラマイゼロだけれど。
「……ただいま」
本日二度目の帰宅。 すぐに、飲み物を飲むことにする美門。
理想は冷蔵庫で冷やしてから飲みたかったけれど、冷えるまで待っていられない。
乾いた喉を、今すぐにでも潤したい。 外では多少抑えられていたそんな欲求が、家に着いたことで激しく湧き上がっていた。
「んくっ……」
コップに注ぐこともせず、両手で掴んだペットボトルに直接口をつけて、ミネラルウォーターを飲んでいく美門。
飲み込んだミネラルウォーターが食道を通り抜け、胃に染み渡っていく。
そして、水分を欲しがっていた体が、胃を介して喜びの声を上げる。 ぐぅ~ぐるるるる、という感じに。
「……お腹、減ったわね」
水分を摂取したことで、胃が刺激されたということだろうか。
そういえば、お昼にカロリーモットを一箱食べたっきり、何も食べていなかったことに気づく美門。
寝ていたとはいえ、減るものは減る。 何か、食べたい。
「確かここに……」
早く食べたい。 だから、すぐにでも食べることのできるものを。
「あったわ……」
以前、美門がコンビニで買ったカップ麺。 他の商品と比べると、安さが売りのカップ麺らしからぬ値段の高さの商品だ。
すぐに電気ケトルでお湯を沸かし、カップ麺に注ぐ。 後は、三分間待つだけ。
「ま……、待てないわ!」
二分半ほど待ったところで、お召し上がりになる直前にお入れくださいとの注意喚起がされている、液体スープを投入してしまう。
使い終わったら洗わずに捨てることのできる割り箸で、さっそくカップ麺を食す美門。
「ふはぁ……」
三分間待たなくても、液体スープを入れる時間などを考えれば、これでちょうど良かったのかもしれない。 美門はカップ麺の美味しさに満足する。
(わたしが小学校低学年くらいの頃は、カップ麺ってこんなに美味しいものだったかしら。 もっと不味かった気がするわ……)
そんなことを思うほど、このカップ麺の麺は程よい硬さで良い食感だった。 カップ麺の進歩は恐るべし。
もちろん、スープもただしょっぱいだけの汁ではない。 スープに触れた舌が、強烈な旨味を受け取り、脳を喜ばせる。
このカップ麺は、美味しい……。 悔しいけど、認めざるをえなかった。
「ごちそうさまでした」
とりあえず、お腹を満たすことはできた。 正直に言うと、まだ食べ足りない美門ではあったが、我慢できないほどではない。
(これからどうしようかしら……)
夕方に寝てしまったから、どうせ寝るのは遅くなる。 下手すると、明日の朝くらいまで起きているかもしれない。
……テレビでも見ながら、のんびりしていようか。
番組がさほど面白いものじゃなくても、テレビを点けっぱなしにしておけば、退屈に押し潰されそうなわたしの気も少しは紛れる気がすると、美門は考えた。 しかし、
「……つまらないわね」
今やっている番組は、ひたすらインターネット上の動画サイトに投稿された動画を紹介するといった、バラエティ番組だ。
何度も観たことがあるような動画に対し、出演者がテキトーにコメントをするだけ。 そのコメントもつまらないのだから、面白いわけがなかった。
チャンネルを変える。 今度は、疑問に対してVTR形式で答えていくという、番組だ。
けれど、その答えが疑問に対するちゃんとした答えでない場合があって、美門はモヤモヤとした気持ちになってしまう。
例えば、りんごの皮むきを包丁でうまくやるにはどうすればいいの? といった疑問に、包丁を使わない方法を教えるといったような感じだ。
「……観てられないわ」
チャンネルをまた変える。 今度は無難にニュース番組でも観ることにする。
報道されているのは、新たに二人被害者が増えたという、東日本連続猟奇殺人事件についてだった。
最近はやけに物騒な事件が続いている。 犯人も未だ不明。
「……そういえば」
今日の昼休み、人見啓人と鎌桐勇人、それに、五木紗羽が話していたのは、もしかすると、東日本連続猟奇殺人事件についてなのかもしれない。
何でも今、犯人の特定をする為にネット上で色々と騒ぎになっているだとか。
いっそ、退屈しのぎに犯人探しでもしてやろうかと一瞬思った美門だったが、すぐにわたしにはそんな正義感はないなと冷静になる。
結局こんな事件なんてものは、ニュースを観るなりしない限り知り得ることのない、自分とは無関係なものだ。
そのうち事件を解決すべき組織が解決し、犯人を捕まえるべき組織が捕まえる。 それで終わり。
時に、ワイドショーかなんかで、視聴者の興味を引くような事件の報じ方をし、まるで視聴者たちがこの事件を直接見てきたかのように錯覚させることがあるけれど。
この国を震撼させた凶悪犯罪! だなんて言っても、事件に関わったり巻き込まれた人物以外にはやはり無関係な出来事でしかないのだと、美門は思っていた。
テレビの中の現実は、テレビの中の現実でしかない。 わたしの現実には成り得ない。
「はぁ……」
テレビの電源を切る。 やはり、美門にとってテレビは、無音で寂しい室内を音の情報と視覚情報で賑やかにするだけの道具と化していた。
もう、家の中にいても退屈すぎて辛いだけだ。 特に目的はないけれど、外にでも行こうと美門は考える。
「……着替えようかしら」
流石に、時間帯も時間帯だ。 制服姿でフラフラするのは目立ちすぎる。
「……これに決めたわ」
以前、美門が個人的な趣味で購入した、ゴスロリ服。 買ったはいいが、昼間にこれを着て外へ行く勇気もなく、自室で着るだけだったのだけれど、深夜なら……。
「ちょっと、キツいわね……」
久々に着たからか、キツく感じる。 それでも、ちゃんと着れるのだから、そこまで体形が変わったわけでもないようで、安心する美門。
「……行ってきます」
すっかり体調が回復し軽くなった体で、外へ出る。
深夜に女子高生が一人で外を歩くのは、危険なのかもしれない。 そんなこと、美門は重々承知していたが、何かあったら自己責任ということで割り切っていた。
雨により濡れた道には、ところどころに水溜りができていた。
美門が水溜りを避けながらしばらく進むと、近くで誰かの走る音が聞こえてくる。
こんな時間に、しかも、雨で地面は泥濘んでいるところもあるというのに、ランニングでもしているのだろうか。
徐々に足音が近づいてくる。 暗くて見えなかった人影も、そのシルエットが明らかになっていく。 二十代前半くらいの、男性だろうか。
こちらへ、来る――。
「………………!?」
ランニング中の若い男性は、美門の姿を確認すると、驚いた顔をした。
しかし、今更来た道を戻るわけにもいかないのか、何事もなかったように装い、ゴスロリ姿の美門の横を通り過ぎていった。
確かに、相手の立場からすれば、深夜ランニング中にゴスロリ服を着た人間に出くわしたら驚いても仕方がないのかもしれない。
あんまり驚かれるのは面倒だ。 けれど、これはこれで面白いかもしれないと、美門は思う。
ちょっと楽しくなってきたところで、近所の運動公園の入り口が目の前にあることに気づく美門。
……ここを通り抜けてみよう。 深夜に散歩をしたことは、これが初めてじゃないけれど、深夜の運動公園は初めてだ。
もしかすると、夜遊びをしている人たちがたむろしているかもしれないと思っていた美門だが、そんなことはなく、誰もいないようだった。
この運動公園は今、貸し切り状態だ。 美門以外、誰もいない空間。
「んっ――」
美門は大きく息を吸い込んで、深呼吸する。 心地が良い。
退屈すぎて憂鬱になっていた気分が、晴れていくようだ。
今だけは、つまらない日常を忘れることができるような気がすると、美門は思った。
「………………」
見上げて視界に映るのは、漆黒の夜空と白銀の月。
いつもは特になんとも思わない月夜が、とても美しく見える。
このまま、ここで月夜を眺め続けるのも悪くない。
そう思い、しばらく同じ場所で美門が佇んでいると……。
『ピロピロピロピロピロピロピロピロ!』
「……っ!?」
突如、電子音が鳴り響く。
せっかく、この場の雰囲気に気持ちよく浸っていたというのに。 ぶち壊しだ。 何より、心臓に悪い。
一体、この電子音の正体はなんだろうか。 携帯電話の着信音か何かだろうか。 音の鳴っていた方を見る美門。
そこには、人がいた。
(……いつから? 一体、何を――)
疑問がどんどん増えていく前に、相手の正体に気づく。 よく見ると、あの顔は……。
「……人見、啓人?」
「蟻塚か……」
同じクラスで隣の席の人見啓人が、わたしだけの空間であったはずのここにいた。




