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退屈

 

 体育館へと移動する美門。

 

 この学校は、二クラス合同で体育を行う。

 美門の所属クラスである二年A組は、隣の二年B組と組むことになっている。

 

 今日は体育館のステージ側半分を女子、もう半分を男子が使って授業をするようだ。

 よりによって、今日に限って男子の近くで体育をすることになるとは。 運が悪いなと美門は思う。

 

「まずは、AチームとBチームが試合ね」

 

 数分間の練習を終え、いくつかのチームに別れて試合をすることに。

 美門の所属するチームはAチームで、チームメンバーのほとんどは名前の知らない子ばかりだったが……。

 

「蟻塚さん、これを……」

「……どうも」

 

 ゼッケンを手渡してくれた、ツインテールの女の子。 美門はこの子を知っていた。

 

 五木紗羽いつきさはね。 席が近く、いつもどこかオドオドしている子。

 

 美門と同じく同性の友達はいないけれど、美門と異なり異性の友達はいる、不思議な子。

 あれが本当にただの友達なのか、実は恋人なのか、美門は知らない。 かといって、真実を知る為に五木紗羽や人見啓人本人に聞く気も特になかった。

 

 試合が始まる。

 

 どうせ、みんな手を抜いてテキトーにダラダラと試合をするのだろうから、わたしもあんまり動かずに試合を終わらせよう。 


 そう、美門は思っていたけれど。

 

「………………」

 

 相手チームにいる家守桃子やもりとうこが、美門のそんな思いを変えさせた。

 

(家守、桃子……!)


 大半の女子は、みんな体育の授業をそんなに頑張りたくない様子だったが、家守桃子は違う。

 周りの空気を読まず、試合開始早々にボールを独占し、ゴールを決めていたのだ。

 

 本気……なのかはわからないけれど、テキトーにダラダラと試合を終わらせようという雰囲気をぶち壊す程度には、周囲に衝撃を与えるナイスプレー。

 五木紗羽を除き、最初はやる気のなかったの美門のチームメンバーも、流石に少しはやる気を出した様子。

 激しい運動を避けるつもりだった美門も、家守桃子のプレーを前に、つい対抗心が湧き上がってしまう。

 

 美門は以前から家守桃子が気に入らなかった。

 

 勉強も、運動もできる上、容姿端麗。

 友達と呼べるような人はおらず、独りぼっちの癖に、惨めさは全く感じさせない落ち着きっぷり。

 むしろ、一人で我が道を行く姿には、群れているその他大勢よりも格好良ささえ感じてしまう。

 

 ズルい……。 と、美門は思った。 家守桃子は、ズルい。

 わたしが家守桃子のような人間だったら、両親はわたしを見ていてくれただろうか。 そんなことを美門は考えて、余計に苛立っていた。

 

(家守桃子に、これ以上活躍なんてさせないわ――)

 

 美門は元々、どちらかと言えば運動が得意な方だ。 運動不足の今だって、本気を出せば何とかなるかもしれない。

 幸い、相手であるBチームのメンバーは運動音痴そうな子ばかりだった。 家守桃子に協力してプレーをする意思が無いというよりは、他のメンバーが家守桃子任せになっているのだろう。

 

 たいして美門属するAチームは、運動音痴だと思っていた五木紗羽が、意外と動けることがわかった。 これは、使える。

 

 一人では敵わない家守桃子も、数人がかりならば……!

 

 スポブラ非装着というハンデがあり、若干動きは悪いものの、うまくチームメンバーからのパスを受け取る美門。

 家守桃子も、流石に一人では全て防御することができず。 美門はそのままゴール前まで駆け抜けて、レイアップシュートを決める。

 

「…………ふぅ」

 

 自分だけの力ではないが、今はそれでいい。 

 

(やったわ……。 この調子でシュートを決めていけば……)


 家守桃子がまた、攻めてくる。 それを阻止しようと、前へ動く美門。

 ボールを奪われぬよう、スピートを上げる家守桃子。 

 逃がしてたまるかと、必死に追う。

 

――その時。 たまたま視界に入り込んだ、こちらを見る目。 美門の動きが一瞬止まる。

 

「あっ……」

 

 この一瞬の隙をつかれ、家守桃子に振り切られる。

 後はもう、家守桃子がシュートを決めるのを黙って見るだけ。

 

(……くっ!)

 

 悔しいと美門は思った。 わたしが隙を見せなければ、こうはならなかったと。

 こうなったのも、視界に入り込んだ目障りな男子たちのせいだ。

 

 今、美門は男子の方を見て、ハッキリと確認する。 こちらを見る、いやらしい視線の数々。

 その視線は、美門だけに向けられているわけではないが、どう見ても美門の胸を見ているだろうなというものばかりだった。

 

 その中でも、特に気になる視線が一つ。 この視線の正体は……。

 

「……あいつ」

 

 人見啓人。 朝もこちらを見ていたけれど、またこちらを見ているとは。

 しかも、いやらしい目というよりは、美術館で絵画を鑑賞するような、そんな目で見ている。 それはそれで不気味だと、美門は思った。

 

「次の試合は……」

 

 結局、美門は視線が気になって後半のプレーは集中できなかった。

 やっぱり、体育の時間は嫌いだ。

 そんな体育の時間に、無駄に頑張ってしまったせいで、美門はすっかり汗をかいてしまった。

 

(……最悪だわ) 


 こんな汗をかくと、気持ちが悪いし、匂いも気になる。 

 しかも、美門は汗を処理する道具を持ってくるのを忘れていた。

 

 体育終了後。 更衣室内で、この汗をどう処理しようかと美門が困り果てていると、

 

「……蟻塚さん。 良かったらこれ、使う?」

「え……?」


 急に話しかけられて、狼狽える美門。 何より、話しかけてきた相手に驚く。

 

「……ありがとう、家守さん。 使わせてもらうわ」


 美門に話しかけてきたのは、家守桃子だったのだ。

 家守桃子から、シートタイプの制汗剤を貰う美門。


(困っているわたしに気づいて、わざわざ話しかけてくれたの……?)


……本当に、家守桃子はズルいなと、美門は思う。

 くだらない対抗心を抱いた自分が、ますます惨めに思えてくるからだ。

 

 それでも、運動後の処理がどうにかなりそうという安心感をもたらしてくれたことには、心の底から感謝した美門であった。

 

 

 

 昼休みのチャイムが鳴る。

 

 美門はいつも教室で一人弁当を食べるわけだが、今日はその弁当がない。

 更に言えば、美門は昼食に食べるものを何も用意していなかった。

 だから、学校かその周辺で昼食を入手しなければならない。 

 

(……面倒ね) 


 学校から出て買いに行くのも怠い。 校内の購買部へ行くのも、人混みが嫌。

 

(そうだ。 確か……)

 

 そんな美門が向かった先は、一階の自動販売機。

 

「……あった」

 

 ここには、飲み物以外に栄養調整食品が売っているのだ。

 美門が選んだのは、カロリーモットのチョコ味と、いちごオレ。

 

 昼食を無事購入し、教室に戻る美門。

 昼休みの教室は騒がしいけれど、かといって他に良さそうな場所もないので、仕方なく自分の席につくことにする。

 

「……人見、お前って結構食べる方だよな」

 

 左前方から、話し声。 


「え」

「運動部とかならわかるけどよ、人見は運動してないだろ」

「俺にとって学校生活は運動みたいなものだからな」

「なんだそりゃ。 その学校生活だって寝てばっかじゃねーか」

「む……。 中々痛いところを突いてくるな……」


 見てみると、鎌桐勇人かまきりはやとと人見啓人、五木紗羽の三人が一緒に昼食を食べているようだ。

 

(男二人と昼食だなんて、まるで少女漫画や乙女ゲーのヒロインね……)

   

 そんなことを考えながら、美門はふと、後ろを振り向いてみると……。

 

「……………………!?」

 

 家守桃子がカレーパンをモグモグ食べながら、前の三人を見ているのを発見する。


(……羨ましかったりするのかしら)


 家守桃子は、そんな感じの顔をしていた。 

 

「…………んぐ」

 

 カロリーモットを食べ終わり、いちごオレを飲み干す。

 早くも昼食完了して暇になったので、美門は読みかけの文庫本を読むことにする。

 

「酷かったっていうのは、周りに危害を加えていたとか? ……イジメとかかな」


……何を話しているのだろう。

 

「……おいおい。 答えを先に言わせるなよ? まあ、そうなんだけどな。 ネット上で、ある指摘があってだな。 そこから発展して、元同級生がSNS上である事実を書き込んでしまうわけだ」

 

 聞きたくなくとも聞こえてしまうから、つい、美門は気になってしまう。


「ここまでくると、もうそのイジメられていた子以上に犯人である可能性が高い人はいないって流れになりますよね」

 

 イジメ? 犯人?

 

「その上、卒業アルバムの画像の件もありますしね。 色んな材料が出回って、特定できる人には特定できてしまうまでに話が進んでいたということですか……」

 

 卒業アルバムの画像? 特定?

 

 読書をしながらも、断片的に聞き取れた情報から察するに、何かの事件について話しているのだろうと美門は考えた。

 そんなこと、わたしたちが話して何になるのだろう。 くだらない。 つまらない。

 

 昼休みも終了間近というところで、美門は朝から読み進めていた本を読み終える。

 読み終えた本は、序盤の退屈っぷりからは想像できないくらいに、終盤の怒涛の展開には舌を巻くものがあった。

 



 五限目は、持ってきた本を読み終わってしまったこともあり、真面目に授業を受けることにした。

 

 真面目に授業を受けるといっても、美門は周りのペースに合わせるつもりなどない。

 勝手に、教科書の問題を片っ端から解いていく。 指示されているページよりも先へ先へ進んでいく。

 そして、わからない場所があれば、その部分について教師が話しているのを後で聞けばいい。 そんなスタンスだ。

  

(久々に勉強したって感じだわ……)


 久しぶりに勉強らしい勉強をしたからか、五限目は中々充実した時間を過ごせた美門。

 



 そして、六限目。

 どうやら、文化祭の出し物を決めるらしいことを知る。

 

「では、案がある人は挙手してください。 出すだけ案が出されたら、多数決で一つに絞ります」

「案を出すといっても、実現可能な範囲のものをお願いします。 予算的にお金がかかりすぎてしまうようなものは、許可されにくいので」

 

 クラス委員が前に出て、司会進行をする。 

 

 美門は、文化祭の出し物なんてどうでもいいと思った。

 クラスの連中と一緒に何かをやるだなんて、嫌だからだ。

 クラスが一丸になって、何かをする。 その前提がそもそも気に食わない。 やりたい奴だけ集まってやっていればいい。

 わたしのような、参加に非積極的な人間が肩身の狭い思いをする、イベント。 こんなイベント、無くなってしまえばいいのにと。


(わたしみたいな生徒、捻くれているだとか思われるんでしょうけど……)

 

 美門はただ、文化祭に対するやる気もなければ、楽しめる気もまったく無い人間に、別の選択肢を与えてくれてもいいんじゃないかなと思うだけ。

 それともそうしないのは、別の選択肢を与えてしまうと、参加する人がゴッソリ減ってしまうのが目に見えているからなのだろうか。

 

 だとしたら、この文化祭というものは、半ば強制的な力によって成り立つ、歪なものだ。 

 そんなものに一生懸命になれだなんて、馬鹿げている。 

 

(……サボりたい。 すごく、サボりたいわ……)

 

 これから、近いうちに文化祭準備期間が訪れるだろう。

 流石に作業中の教室内で自席に座り読書……なんてことはできない。

 かといって、他に良いサボり場所があるとも思えない。

 

 トイレ? ……目立たないようで、目立つ。 なによりそんなところにずっと篭っていられない。

 屋上? 漫画やドラマじゃあるまいし、施錠されている。

 空き教室? ……あるかもしれないけど、すぐバレる。

 

 なんとしてでも、準備期間が始まる前に探し出さなければと、美門は心に決めた。

 

「……いないようなので、ドーナツ屋とお化け屋敷、どちらが良いか多数決を取ります」

 

 そんなことを考えたりしている間に、案が一通り出終わった様子。

 

「では、ドーナツ屋がいい人は手を挙げてください」

「………………」


 適当に、より多くが挙手してそうな方を選ぼうと美門は思っていたけれど……。 

 

「次に、お化け屋敷がいい人は手を挙げてください」

 

 これは、美門一人がどっちに挙手していても、結果は変わらなかっただろう。


「……数えるまでもなく、お化け屋敷で決まりですね」

 

 お化け屋敷。 サボりやすいだろうかなんてことを、つい考える。

 

「え~~! ドーナツ屋やろうよー!!」

「しょうがないでしょ。 高城さんしかドーナツ屋に挙手してなかったんだから」

「木下ちゃん冷たい……」

「冷たくないわよ。 いつだって私は優しいわ」

「むむむ……。 じゃあさ、ドーナツお化け屋敷なんてどうかな!?」

「意味がわからないんだけど」

 

……この子がこんなにドーナツを推しているのは何故なんだろうかと美門は思う。 


(虎のくせにドーナツが好きな某幼児向け通信教育教材のキャラじゃあるまいし……)

 

 こんなにドーナツ推しの女子高生がいてくれるのなら、ドーナツ業界も嬉しいだろう。

 

「……スムーズに決まったな。 残り時間は自習だ」


 担任がそれだけ言って教室を後にした。

 担任がいようがいまいが、自習時間になると教室内は騒がしくなる。

 聞きたくなくとも聞こえてしまう、クラスの連中の声。

 

 とあるキモオタグループは、アニメかネットか何かのテンプレネタを言い合うだけで面白がっている。 

 

(……何が面白いのかしら)

 

 ネタがわかったところでつまらない。 自動的で、気色の悪いやり取りだ。

 

 とあるチャラいグループは、何人かの教師のモノマネをして、何度も爆笑している。 無駄に高いテンションで、繰り返し。 

 

(よくもまあ、こんなくだらないことでここまで楽しそうに笑えるわね……)


 理解に苦しむ美門。 わたしには笑えない。 つまらない。

 

 とある男女混合グループは、一番モテていそうな男子の言動に周りがキャーキャー騒いでいる。

 

(たいして面白くもないのに、何を騒いでいるのかしら……)

 

 いちいち媚びたような、大げさでわざとらしい反応をする女子たちには、同性として見ていて恥ずかしささえ覚える。 つまらないを通り越して、呆れる。

 

(ホント、つまらないわ……)

 

 この、つまらないという感情が、昔から蟻塚美門が周囲の人間と馴染めなかった原因の一つだ。

 

 周囲とのズレ。 周りが楽しめて、自分が楽しめないことが多すぎる。 

 もちろん、自分だけが楽しめて、周りが楽しめないことも。

 

 美門は、無理をして自分に嘘をつき、周囲に合わせようと考えたこともなかったわけじゃない。

 けれども、そんなことをしても辛くなるだけだと美門は思った。 わたしが少数派として否定される存在だと、認めてしまうことになるからだ。

 

 そんなのは、嫌だった。 あくまでわたしはわたしとして生き、この人生を謳歌したい。  

 結果的にその思いが、わたしを孤独にしようとも構わない。 自分を偽って生きるより、マシだと。

 

 蟻塚美門は、これからもきっと、そうやって生きていく。

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