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残り物には福がある


 

 寝てばかりだった午前中の授業も終わり、昼休みのチャイムが鳴る。

 

 当然昼ということで、多くの生徒のお腹も鳴るわけだが、非弁当組であらかじめ昼食を用意してない人は、まず昼食確保という苦難を乗り越えなければ楽しいランチタイムを送ることができない。

 

 では昼食確保するにはどこへ行けばいいかというと、購買部へ行く必要がある。 残念ながら、この学校には食堂がないのだ。

 

 購買部は一階にあり、三階の一年生や二階の二年生には不利な場所にある。

 それすなわち、一年生と二年生は、昼休み開始直後に購買部へ急がなければならないのだ。

 

 学校近くのコンビニで買えばいいじゃんと言う者もいるが、それは最終手段だ。 何もわかっていない。

 

 購買部で昼食確保は学生に与えられた特権。 青春の一ページである。

 

 とまあ、こんなことを言っておきながら、俺は昼休みのチャイムが鳴ったからといって、急ぐこともなく、のんびりと購買部へ向かっていた。

 

 残り物には福がある。 私欲のままに争い、奪い合い、それが何になるというのだ。

 そう、俺は残り物でいい。 捨てる神もあれば拾う神もあり。 ならば俺が神になろう。

 

 一階到達。

 購買部はもうすぐだ。

 

 引き篭ってばかりでロクにエネルギーを消費していなかったとはいえ、育ち盛りな俺は食欲旺盛。

 待望の昼食がもうすぐ手に入るのかと思うと、嫌でもテンションがあがってしまう。

 

「…………あれ」

 

……うん、知ってた。 俺でさえ食欲旺盛なのだから、他の生徒たちの食欲も旺盛なのだ。

 残り物には福があるのかもしれないが、それ以前に残り物がないんじゃどうしようもない。

 

「悪いねぇ、もう完売しちゃったよ。 あと少し早ければあったんだけどねぇ」

 

 購買のおばさんは悪くない……。 悪くないんだ。 全部、高校生の食欲って奴が悪いんだ。

 

「……昼食どうしよ」

 

 コンビニへ行くか? 

 コンビニはそんなに遠いわけじゃない。 歩いてすぐ着く。

 別に俺はコンビニ弁当なんて食べれません人間というわけでもない。 というかコンビニ飯比率も結構高い。

 だが、なんとなく今日はコンビニ飯は避けたい気分だった。 

 

 となると、昼食はお預け?


……いや、それは流石にダメだろう。 

 午後の授業中、教室で俺のお腹が狂騒曲を奏でてしまう。 

 さぞかし賑やかで、楽しい授業になること間違いなしだ。


「啓人」

「…………?」

 

 背後から桃子の声。 

 こいつ、音消して歩くのクセになってんのか。 近づいてきたことに俺はまったく気づかなかった。

 

「どうしたの?」

 

 恐る恐る振り向く。 そこにはいつもの桃子の姿。 

 相変わらずのクールビューティーな佇まいで、相変わらずの何を考えているのかよくわからない無表情っぷりだ。

 

「昼食」

 

 そんな桃子の手には、弁当らしきもの。

 

「まさか、俺が昼食確保に失敗することを予想していた……?」

「そんなわけないでしょ」

 

 流石の桃子さんもそこまでではなかったか。

 

「でも、このタイミングで俺のところに弁当を持ってくるだなんて、一体どういうことだ?」

「単純に、たくさん食べるかなと思って作ったのを持ってきただけ。 ゆっくり歩いているのが見えたから、追いかけたの。 もし、要らないって言われたらわたしの夕飯行きにするつもり」

「それはありがたいな……! 購買部で昼食が買えていても、弁当を貰っていたと思うよ。 本当にありがとな」

「どういたしまして」

 

 それくらい、俺はたくさん食事を摂る。 育ち盛りだから仕方がない。

 

「……でもさ、もし仮に俺が要らないって言っても、夕飯行きにはしない方がいいんじゃないか? 朝作った弁当を夕方以降に食べるとか、だんだん暖かくなってきてるし、お腹壊すぞ」

「いいの。 壊したら壊したで、わたしが弱かっただけにすぎない。 それだけのことだよ。 お腹を壊すか、壊さないか、弁当との戦い」

 

 桃子はたまに。 いや、結構な頻度でおかしなことを言う。 そして、負わなくていいようなリスクを負ったりする。

 

「そんな戦いしなくていいから、自分の体を労ろうか」

「大丈夫。 勝つ自信があるから」

 

 何を根拠にそんな自信が……。

 

 ともかく、桃子が弁当を持ってきてくれたのには本当に助かった。

 これで、桃子の胃袋も俺の胃袋も救ったことになるとは。 

 

「じゃあ、これは美味しくいただくことにするよ。 また後でな」

 

 俺のお腹はさっきからぐるぐると鳴っていて、早く食物を摂取したがっている。 つまり、早くごはん食べたい。

 

 そんなわけで、俺は弁当をくれた桃子に感謝を伝え、教室へ戻ろうとしたわけだが……。

 

「……ふーん……」

 

 何か言いたげな目をし、うっすらと笑みを浮かべ、俺を見つめる桃子。 一体どうしたというのだろう。

 

「……まだ、何か?」

「用はないけど。 ただ、わたしと一緒にお昼を食べようとはならないんだなって思っただけ」

「もしかして、一緒に食べたいの?」

「勘違いしないで。 ただ、わたしと一緒にお昼を食べようとはならないんだなって思っただけ」

「それって一緒に食べたいってことじゃ……」

「思っただけ」

「……この弁当ってそういうことなの?」

「……バレてしまったようね」

 

 まさかの計画的犯行。  

 

「随分あっさりと認めたな……」

「朝早くに起きて、お弁当を作ったわたしに、もっと優しくしてくれてもいいと思う」

「……そうだな」

 

 理由はどうあれ、桃子のおかげで助かったのは事実だし、たまには優しくするのもいいだろう。

 

「てっきり一人で食べるのが好きなんだと思ってたけど、そう言うなら一緒に食べるか」

「……本当に? 嬉しい」

「五木と俺と、三人で」

「………………ひどい」

  

 誰も最初から二人で食べるとは言っていない。

 

 ちょっと意地の悪いことをしたのかもしれないが、桃子には基本的にいつも振り回されているからこれでおあいこだ。

 

「どうしても五木とは嫌なのか?」

「別に、チャバネさんのことが嫌なわけじゃないよ。 ただ、二人きりが良かったなって」

「いつも家で二人きりだろ」

「家と学校は別でしょ」

 

 まあ、気持ちはわかる。 家でやっても特別楽しいとは思わないことが、学校でやると楽しかったりする時はあるし。

 

「家守と二人きりで食べるとなると、五木が一人になっちゃうからな。 今朝言われた通り、関わるならちゃんと関わることにしたから」 

「いい心がけだと思うけど、チャバネさんもたまには一人で食べたい時もあるんじゃないかしら」

「俺がいない間は、一人で食べていただろ」

「そうだったかな。 啓人は学校来てないんだから、わからないでしょ」

「来てないけど、わかるさ」

 

 五月末。 

 早くもすっかりグループが固定化されつつある我がクラスにおいて、五木がどこかのグループに混ざって昼食を……だなんて、考え難い。 

 今日の様子から見ても明らかに。

 

「……わかった。 そういうことなら、啓人はチャバネさんと二人で食べればいいよ」

 

 ちょっぴり拗ねた感じではあるが、俺の言葉に納得してくれた様子。 


……かと思いきや、

 

「わたしはそんな二人を見ながら一人でお昼を食べるから」

「ノーサンキュー」

 

 俺には見られて興奮するような趣味はないのであった。

 そんなこんなで、桃子の手作り弁当を手に持ち、俺は教室へと戻ることにした。

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