魔術
「だ、誰だ……!?」
目の前に突如として現れた、見知らぬ青年。
銀色の頭髪は、死を連想させるほどの美しさを備えており。
紫色の眼光は、見る者の心を蝕むように妖しく輝いていた。
あまりにも浮世離れした、非現実的な存在。
そんな存在を前にして、海里はひどく狼狽する。
「さあ、誰だろうな? 俺が何者かを名乗るのは容易いが……。 仮に、俺が神だとでも名乗ったら、君はそう信じるのか?」
狼狽えている海里とは対照的に、悠然たる態度で言葉を発する紫眼の青年。
「し、信じるわけ……」
「ないだろう? それが普通だ。 結局、俺がどう名乗ったってあまり意味はないんだ。 俺が誰なのかは君が決めてくれればいい」
「は……?」
「俺は俺にとって俺でしかないが、君にとっては違うのかもしれない。 君にとって俺は神のような存在なのかもしれないし、悪魔のような存在なのかもしれない」
「………………」
海里は困惑する。
目の前の青年は外見からしておかしいが、中身もどうやらおかしいらしいと。
そもそも、力をやるだのわけわからないことを言ってきた時点で逃げ出すべきだったと。
(こいつは関わらない方が良さそうだな……)
よって海里は、銀髪紫眼の青年を無視して先を行くことにした。 いくら日々の生活が最低なものであっても、自ら地雷を踏みに行くほど海里は自棄になってはいない。
「……おや? 俺を無視して帰るのか?」
「………………」
青年の言葉を背中に受けながら、歩みを速める海里。 青年から遠ざかることだけに集中しようとするが、
「復讐、したいんじゃないのか?」
「………………!?」
その言葉を聞いた瞬間、海里は歩みを止めた。
――復讐。 どうして今、この青年の口からそんな言葉が出て来るのか。 わからない。
「どうしてわかったんだって顔をしているな」
一体、こいつは何者なのか。 厄介事を避けたいという気持ちよりも、好奇心が増大していく。
「――わかるんだよ、俺には。 人の欲望の性質、とでも言うのかな。 人には誰にだって望みがあるだろう? 俺は生まれつき、そういうものに敏感なんだ」
青年は、海里の驚いた表情を満足気に眺めながら、続ける。
「愛されたい。 認められたい。 褒められたい。 要は、皆が皆、自分の心だけでは生み出せないものを強く望んでいるんだ。 その為に、他人が使われる」
「使われる……?」
「変な言い方だったかな? でも、君の場合、この言い方が正しいんじゃないかな?」
先程までの警戒心はすっかり薄れ、海里は青年の言葉に聞き入っていた。
早く言葉の続きを聞きたい……。 そんな海里の気持ちを焦らすように少し間を空けて、
「――使えよ、他人を。 酷く飢えている君の心を、満たす為だけに」
と青年は言った。
そして海里は、理解してしまった。
この、見るからに怪しい銀髪紫眼の青年が。
海里の探し求めていた何かを持っているということに。
「……お前は僕に、何をくれるんだ?」
「最初に言った通りさ。 君の望みを叶える力だよ。 自分の望みに気づいているのなら、もうわかるだろう?」
「…………はは」
薊海里は確信する。
「喜べよ。 想像を遥かに超えた光景が、ついに君の現実となる」
僕はついに、あいつらを裁くことができるのだと。
「もちろん、君が望まないと言うのなら、無理に力を与えたりは……」
「……くれよ」
海里がどんなに高山や花田の死を願ったところで、誰かが二人に死の裁きを下すことはなかった。
けれど、今、海里は手に入れようとしている。
「へぇ……」
「僕に、あいつらをぶっ殺す力をくれるんだろ?」
死の裁きを下す力を。
他の誰でもなく、海里自身が裁く為に。
「そのあいつらってのが誰なのかは俺にはわからないが――」
誰も裁いてくれないのなら、自分が裁いてしまえばいい――。 海里はついに、決心する。
「――否定はしない。 君はこの力で、復讐を果たすんだ」
次の瞬間。 海里の視界は真っ白に塗りつぶされた。
一体、何が起きたのか。 海里が確かに感じ取ったのは、その身に何か熱いモノが刻み込まれたということ。
それから海里は眠るように意識を失い。
「………………」
再び海里が目を覚ました時には、空はうっすらと明るくなり始めていた。
(ずっとここで寝ていたのか……?)
真冬の夜というわけではないが、まだ冬の寒さが残る三月中旬。 海里の体はすっかり冷え込んでいた。
しかし、そんな自分の体のことよりも、青年と出会ったことが夢なのか現実なのか確認せずにはいられない海里。
(あいつは……)
辺りを見渡してみるが、誰もいない。 どうやら、銀髪紫眼の青年はもうここにはいないようだ。
(……まさか、夢だったのか?)
海里はそう考えてみた。 けれど、夢だと片付けてしまうには、あまりにも鮮明すぎる記憶。
(……夢じゃない。 夢であってたまるか……)
この日、海里は会社を無断欠勤した。 試さなければいけないことがあるからだ。
向かったのは、人が滅多に立ち寄らないであろう山の中。
(確か、僕は……)
海里は少しずつ、何かを思い出していた。
昨日の夜。 意識を失う直前に、刻み込まれた何か。
(僕はもう、力を持っているのか……?)
力。 あの青年は、具体的なことは何も言わなかった。 けれど、
(あいつらをぶっ殺せる力だって言うなら――)
海里は想像する。 目の前に、憎くて殺したい人物がいると。 そして自分は、その人物を殺す力を持っているのだと。
海里は思い出す。 心の底から湧き上がる殺意を。 繰り返された殺人の想像を。
(――そうだ。 僕は、この力の使い方を、知っている……!)
そして海里は解き放つ。 掌を前へ。 対象は目の前の枯れかかった大木。 憎い相手を刺し貫くイメージ。
「なっ…………!?」
声を上げて驚く海里。 それは何故か。 海里の掌から鋭く尖った氷の塊が射出されたからだ。
氷の塊が直撃した大木は見事にへし折れ、ミシミシと音を響かせながら地面に倒れ込む。
「………………」
全身を焼くような熱さと脳に痺れを感じながらも、海里は目の前の光景に歓喜した。
(……どんなにあいつらの死を願ったところで、あいつらを裁く神は現れなかったが……)
海里は思う。 あの青年は、自分にとって、
(裁く力を与えてくれる神はいた……! 僕は、選ばれたんだ……!!)
神のような存在なのだと。




