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薊海里は回想する

イジメ描写あります。 苦手な方はご注意ください。

 

 薊海里あざみかいりは中学の頃より、イジメを受けていた。

 

 何故、薊海里がイジメの標的にされていたのか。 その理由は特にないのかもしれない。

 

 ただ、周囲の子供たちは求めていた。

 

 嘲り笑う対象を。

 退屈を紛らわす娯楽を。

 攻撃的な欲求を解消する方法を。

 

「……は? なんでお前がいんの? 誰だよ、薊誘ったやつ」

 

 不快で耳障りな、高山たかやまの声。 自称ドSで、それを理由としているのか知らないが、何かと他人に暴力を振るったり、暴言を浴びせたりする問題児だ。 他人に対し酷い言動をすることがアイデンティティといった、周りからすれば迷惑極まりない有害な人物。

 

「わりぃ、誘ったの俺だわ。 なんとなく誘っちまった」

 

 どこか人を小馬鹿にしたような花田はなだの声。 自分より下だと判断した人間にはとことん舐めた態度をとるクズ野郎だ。 高山の金魚の糞のような存在。 花田は、クズ野郎でもあり、糞野郎でもあった。 

 

「こいつ誘うなよなー。 一緒に遊んでもつまんねーし。 邪魔だわ」

「ひっでーな高山。 まあ、そういうことだから、また今度な」

 

(そういうことだからってなんだよ……)

 



 この後、海里は何も言い返せずに、家へ帰った。

 

 

 

「おい、薊の弁当まずそうだな」

「俺らが美味しくしてやろうぜ。 貸してみろよ」

 

 また別の日。 海里は高山と花田、その他数名に囲まれている。 

 薊海里の通っていた中学は給食がある。 なのに、弁当を持ってきているということは、体育祭か何か、給食のない特別な日だろうか。

 

「ほら、俺が美味しくしてやるから感謝しろよ」

 

 高山が海里の弁当箱を両手でしっかり掴み、強く振りまくる。

 横に振り、縦に振り、斜めにも振る。

 海里は思う。 何故、人を傷つけることにここまで頑張れるのだろうかと。

 

「そろそろ美味しくなったかな。 開けてみるか」

 

 何度も振られた弁当箱が開けられる。

 

「うっわ汚え!!」

「ぐちゃぐちゃじゃん」

「ゲロみてえだな」

 

 薊海里の母親が作った、冷凍食品満載の手作り弁当がぐちゃぐちゃに。

 元々そんなに良くなかった見栄えが余計悪くなってしまったなと、海里は落胆する。

 

「薊ママが作ってくれたんだろ? しっかり残さず食べろよな」

 

 高山が海里に弁当箱を返す。 

 海里はこのまま弁当を捨てようかと思ったが、お腹が空いていないわけじゃない。

 ぐちゃぐちゃになった弁当を、海里は黙って食べ始める。

 

「うっわ~!」

「薊がゲロ食ってるー」

「きったねえな、食事中だぞ~?」

 

(殺す……)

 

 この日、初めて海里は思った。

 死んで欲しいと。 高山たちに。

 

 

 

 更に別の日。

 

「はははは! 見ろよみんな」

 

 黒板消しを叩きに、ベランダへ出た海里。

 それを見ていた高山。

 閉められる窓。 もちろん鍵もかけられて。

 

「開けてって言ってるぞ。 窓ばんばん叩いてやがる」

「動物園のゴリラみてえでウケるんだけど!」

「餌を与えないでくださいってか?」

「そんなに出たいなら隣の教室に入ればいいじゃん」

「隣、女子が着替え中だけどな!」

 

 ゲラゲラと不快な笑い声。

 

 この日、男子は次の時間、教室で保健の授業があったのだ。

 女子は男子とは別だから、教室で保健の授業を受けることなく、いつも通り体育館で体育の授業を受けるということになっていた。

 

 だから、女子更衣室の役割を果たしていた隣の教室で、体操着に着替え中。 もちろん海里は、そんなところへ行くわけにはいかない。

 

「おい、諦めちゃったよ」

「いっそベランダから飛び降りたらおもしれーのにな」

「おいおい、ここ三階だから」

「薊が死んだら葬式くらい行ってやるか。 薊君とはとても仲良くしてもらってました~って言ってやるよ!」

「うわ、俺たちいいやつじゃん!」

 

(……殺す)

 

 イジメを受け続けることで、海里の殺意は膨れ上がっていく。

 

(お前らが死ねよ……。 どんな方法でもいい……)

 

 気の狂った不審者に襲われて死んでもいいし。

 交通事故で車に轢かれて死んでもいい。

 超低確率の可能性を見事引き当て、落雷により死んでもいいし。

 

(とにかく死んでくれ。 僕のために)

 

 当然、海里から滲み出るその感情に高山たちが気づかないわけがなく。

 

「うっわ、なんか睨みつけてきたぞ」

「生意気だな」

「後でトイレ掃除してもらうか」

「ついでに給水タイムもな。 水分補給は大事だろ?」

 

 トイレ掃除。 その言葉が何を意味するのか、海里も全くわからないわけじゃない。

 保健の授業が始まるということで、仕方なく窓を開けた時の高山の表情。

 これからどんな酷い事をしてやろうかと嗜虐心に満ちた顔。

 海里は想像する。 そして、込み上げてくる吐き気に耐える。

 

……次の休み時間、海里はトイレに連れて行かれた。

 

「薊、トイレ掃除しろよ」

 

 トイレの個室に跪く海里。

 そんな海里を見下ろすのは高山と花田の二人。

 

「道具は使うなよ。 舌で舐めて綺麗に掃除しろ」

「ゲロ弁当食った薊も、流石に便器を舐めるのは無理じゃね?」

「何言ってんだ花田。 俺は無理を可能にする男だぜ。 薊がトイレ掃除しないって言うんなら……」

 

 海里は高山に髪の毛を鷲掴みにされる。 そしてそのまま、海里の頭は勢いよく大便器に突っ込まれた。

 

「俺が、嫌でも掃除させてやるよ」

 

 和式の大便器の中には水しかない。 水も浅い。 だが、精神的なダメージがあまりにも大きすぎた。

 

「はははははは! ゴボゴボ言ってるぜ」

「便器の水で鼻うがいでもしてんじゃね」

「俺、もしかして薊の鼻づまり治しちゃってる?」

「いや、無理っしょ。 便器の水で鼻うがいしたら、余計鼻がつまりそうだわ」

「鼻くそじゃなくてモノホンのクソが詰まるってか」

「あははははははは!! きったねえな!」

 

(……殺す)

 

 海里は今でも強く覚えている。

 この時、二人に対し芽生えた、激しい殺意。

 

(殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す――――!)

 

 しかし、その殺意は高山たちを殺してはくれない。

  

「今日はこれくらいにしとくわ。 いっぱいトイレの水で水分補給もできたみたいだしよ」

 

 海里の鳩尾に一発、高山の拳が叩き込まれる。

 激痛。 海里は一瞬、呼吸ができなくなる。

 

「高山、ナイスパンチ!」

「俺の本気はこんなもんじゃねーけどな」

 

(知るか。 死ね……!)

 

 海里の思考は、殺人を繰り返す。

 ありとあらゆる方法で。

 現実では何も出来ないから。

 

 例えば。 

 二人をナイフでめった刺しにする想像。

 二人を鉄パイプでボコボコに殴り殺す想像。

 二人を車の行き交う道路に突き飛ばす想像。

  

 想像の中では、海里は何度も鬼山と花田を殺していた。

 一時期、海里は与えられた時間のほとんどを二人を殺す想像に費やしていたほどだ。

 

 もちろん、こんな想像虚しいだけだと海里本人も思っている。

 どんなに二人の死を願ったところで、二人を裁く者など現れないのだから。

 悔しい。 死んで欲しい。 頼むから、死んでくれよと、海里は強く願う。

 

 

 

「おい薊、お前ってS高校行くんだろ?」

「聞いて驚けよ。 俺と花田もS高校行くんだぜ」

 

 高山と花田が同じ高校に進学する。 海里はそれを聞き、絶望する。 

 

 これは、中学卒業間近の頃。 薊海里は迂闊だった。

 中学三年の夏頃から、中学三年生は高校受験モードになっていた。

 おかげで海里は高山と花田と関わる頻度はだいぶ減り、誰がどこを受験するかの情報を把握できていなかったのだ。

 

 同じ高校を受けるのなら、海里は気づいていてもおかしくなかった。

 周りに対する無関心が招いた、海里の大失敗だ。

 しかし何より、二人がずっと進学先を隠し続けていたことに、海里は恐怖を感じた。

 

(こいつら、僕を追い詰めて、自殺でもさせたいのかよ……)

 

 

 

 海里は中学最後の春休みを、死刑執行を待つ囚人のような気持ちで過ごした。

 僕がいつ、何をした。

 なんでここまでされなきゃならないんだと。

 

「今日からあんたも高校生ねぇ」

 

 海里の母の声。 この日は高校の入学式だった。

 海里の母は体を悪くし、入学式には来れなくなっていた。 

 そんな母に余計な心配をかけない為にも、海里は不登校になるわけにはいかなかった。

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