休み時間
一限目の授業が終わり、休み時間。
筆箱を枕代わりに寝ていたので、顔に筆箱の跡が付いてしまったが、すぐになくなるだろう。
休み時間は、席に座って五木と話すことが多いが、勇人と話をする場合も結構あったりする。
俺のクラスである二年A組の教室は、二階の一番端っこに位置している。
教室から廊下に出てすぐ右側には非常階段への扉があり、俺はその扉から外へ出たところにある非常階段の踊り場でよく勇人と会話をするのだ。
流石に冬の寒い時期や雨の強い日は辛いだろうが、中々居心地の良い場所で気に入っている。
勇人も俺も、どちらかというと教室の騒がしい雰囲気が好きではない。
「さてと……」
席を立ち、勇人の席へと向かう。 ちょうど話したいことがあるからだ。
「久しぶりだな、勇人」
「人見か。 このまま学校へ来ないのかと思っていたぜ」
「五木にも同じことを言われたな……。 まあ、そっちで話すか」
勇人と共に、教室から出て非常階段の踊り場へ向かう。
こうして二人で非常階段の踊り場から外を眺めて佇んでいると、時の流れが遅くなったように感じる。
「俺も他人のこと言えないけどよ、よくもまあ、一週間丸々欠席しちまうよな。 サボりは癖になるから気をつけた方がいいぜ?」
「それと同じようなことも五木に言われたよ。 まあ、これからはちゃんと学校行くって」
「ああ、そうしろそうしろ。 その五木さんが随分と寂しそうだったからな」
勇人も桃子と同様、五木のことをちゃんと見ていたようだ。 勇人も桃子も、他人の感情には敏感なのだろう。
しかし二人は、他人の気持ちをちゃんと想像し、色々と察することができるのに、直接何かをすることは滅多にない。 見て見ぬ振りをしていると言ってもいいだろう。
俺は、それが完全に間違っているとも思わない。 気づいた人が行動すればいいってものでもないだろう。
誰が、何を、どこまでするか。
それらを少しでも違えれば、事態は悪化の一途をたどる可能性が高い。
勇人も桃子も、そのことを理解しているだけにすぎない。 そう俺は納得することにしている。
「で、人見。 ゴールデンウィーク前に話していたことの答えは出たのか?」
勇人からそのことを聞いてくるとは。 俺から切り出す手間が省けたと喜ぶべきなのだろうか。
「ああ。 出たよ」
「そうか」
「………………」
「………………」
あれ……?
「どんな答えを出したか聞かないのか?」
「ああ。 別にそこまで聞こうとは思わねえよ。 どんな答えを出そうが、俺がそれにとやかく言う気もないしな」
勇人はこういう奴だった。 ぐいぐい突っ込んでくるかと思いきや、そうしない。
「何より、答えは知らないでおいた方が良さそうだとも思うからな。 どうせ、その時になったらわかることだしよ。 それに、お前がまだ悩んでいるなら相談に乗るつもりだったけどよ、答えが出たのなら、もう大丈夫だろ」
「……そうだな。 勇人にはずいぶん相談に乗ってもらった気がするよ。 その礼も兼ねて、そのうち何か奢ってやる」
「そいつは楽しみだ。 どんな高いモン奢ってもらうか考えとかねーとな」
「……払えないものは奢れないからな」
勇人も冗談で言っているだけだと思うが、奢ることで俺の財布がすっからかんになってしまうことは間違いない。
「ところでよ、今朝のニュース観たか? 何でも、九人目の被害者が出たらしいぜ?」
「九人目?」
九人目。 被害者。 朝のニュース。 これらのワードから連想するもの。
「……東日本連続猟奇殺人事件のことか? そのニュースなら観たよ」
東日本連続猟奇殺人事件。 事件名の通り、東日本で四月頃から引き続き起こっている猟奇殺人事件のことだ。
犯人は未だ不明。 被害者の共通点も不明。 この事件は今、世間を大きく騒がせ、マスコミが連日のように報道を繰り返しているわけだが、何より特筆すべき点は……。
「テレビのニュースじゃ流石に詳しく教えてはくれないみたいだけどよ、今回の殺人事件も連続猟奇殺人事件の一つにされてるってことは、あれだよな」
「……また、人の手ではありえない殺され方をしているってことか」
「そういうこった。 相変わらず複数の凶器が使われたことくらいしかわかっていないみたいだぜ。 しかも、その凶器だってはっきりと特定できているのはほんの一部らしい」
人の手ではありえない殺され方。
どういうことかと言うと、頭部がプレス機にでも押し潰されたかのような有様だったり、体の一部が氷漬けになっていたりといった感じだ。
これが、この事件の特殊性であって、この事件の謎を深めている一番の要因だったりする。
「実は犯人の特定ができていたりしないのかね」
「どうだろーな。 ああ、でもよ、これはネットで見かけた説なんだが……」
と言って、踊り場の手すりに背を向け、ぐったりとそこに寄り掛かる勇人。 外を眺めているのに飽きたようだ。 体勢を変えて話を続ける。
「この事件の犯人は一人じゃないかもしれないって説もあるみたいだぜ?」
「一人じゃないって、複数人による犯行ってことか?」
「いや、グループの犯行とか、そういうことじゃねえ。 たまたま同じような殺人事件が同時期に起こったってことだ」
「ああ、そういうことか……。 もしその説が正しいのなら、改めて被害者の共通点を探してみるのもいいかもしれないな」
「だな。 九人全員の共通点がなくても、九人のうち二人~三人くらいなら共通点があるかもしれねえ。 そうなると、その共通点から犯人がわかるかもしれないからな」
俺たちでもこれくらい考えられるのだから、この説が正しいかどうかはもう明らかにされているのかもしれない。 仮に明らかにされていたとして、問題なのはそこからだ。
九人を殺害したのが一人によるものではなかったとしたら、ありえない殺人を行う人物が二人以上いることになってしまう。
「……でも、たまたま同じような殺人事件が同時期に起こるだなんて、やっぱ考えにくいな。 その犯人が協力関係にあるならともかくさ」
「まあ、人見の言う通り、考えにくい話だけどよ、もしその犯人たちの間に協力関係がなかったとしても、こういうことは考えられねーか?」
勇人が話している途中で、二限目の始まるチャイムが鳴ってしまう。
普通の休み時間はやはり短い。
教室に戻らなければいけないわけだが、勇人はチャイムを気にせず話を続ける。
「犯人たちを唆している同一人物の誰かがいる、とかよ。 犯人同士に接点がなくても、犯人たちと接点のある人物がいる可能性は十分にあると思うぜ」
思うわけないだろと、笑って返すことはできなかった。
理由はわからない。 わからないが、勇人の考えに対し、何か強く引っかかるものがあった。
「……まさかな。 そんなことあってたまるか。 早く教室に戻ろうぜ」
「なんだよ、不謹慎ながら面白い思いつきだと思ったのによ。 実は裏で事件を動かしている真犯人がいただなんて、燃える展開だろ?」
「そういうのは、推理小説の中だけで十分だ」
二人で少し遅れて教室に戻り、二限目授業に参加する。
参加するといっても、俺は二限目も睡眠学習をするつもりだ。
しかし、先ほどの勇人との会話の内容が頭から離れず、つい考え事をしてしまう。
人の手ではありえない殺され方をした被害者たち。 これの意味するところは、この事件が現実離れした領域に踏み込んだ問題である可能性が高いということだ。
仮にそうだとして、犯人がただの魔術師ならば、桃子でも何とか出来るだろう。
けれど、もし、犯人複数説が本当で、勇人の言ったように裏で事件を動かす真犯人がいるのだとしたら――。
……先ほどはわからなかった理由が見えてきた。 俺は、さっきの勇人との会話により、最悪の可能性があることに気づいてしまったのだ。
そして、その可能性が本当で、真犯人がいるとしたら。 俺は、その真犯人を知っているのかもしれない――。
これはあくまで可能性だ。 たいした根拠があるわけでもない。 余計な騒ぎにならないよう、桃子には話さない方が良いだろう。
この判断が結果として俺の現実逃避になるのだとしても、今は平穏な日常を送りたいのだと自分に言い聞かせつつ、襲いかかる睡魔に身を任せることにした。