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五木家へ

 

「っと、着きましたね。 このマンションがわたしの家です」

 

 目の前にそびえ立つ、大きなマンション。 

 比較的新しく出来た建物なのか、外装は綺麗だった。 

 何階まであるのか数えてみると、十階まであるようだ。

 

「これが五木の家……? 随分と大きいな。 五木って、もしかしてお金持ち……?」

「マンション全部がわたしの家ってわけじゃありませんよっ!? このマンションの一室が、お父さんとお母さんとわたしの三人が住む家ってことですからね?」

「……冗談だって、冗談。 なるほど、五木は三人家族なんだな。 一人っ子ってやつか」

 

 テキトーに二人で喋りながら歩いていたからか、思っていたよりも早く五木の家のあるマンションまで辿り着いた。

 

 一人で歩こうが、二人で歩こうが、歩くスピードにそこまでの差はないはずだが、きっと一人で歩いて向かうよりも、体感時間がだいぶ違うんだろうななんてことを考える。

 

「一人っ子ってのも中々寂しいものですよ。 ましてや、わたしの両親は共働きですし」

「それもそうか。 必然的に一人でいる時間が多くなるし。 五木はいつも、家で一人の時は何をしているんだ?」

「いつも、ですか? うーん……、何でしょうね……。 ネットとか、でしょうか……? 読書とかもしますけど、家で読書してると、すぐ眠くなっちゃうんですよね。 それで、いつの間にか寝てたり……」

 

 ふと、自宅で読書をしている途中に寝てしまう五木を、頭の中で想像する。 

 さぞかし幸せそうな顔で眠るのだろう。

 

「家とかだと、寝転がったまま本とか読んじゃうからな。 横になって読書は駄目だな、すぐ眠くなる」

「ですよねー。 でも、読書途中に寝落ちする時のあの感じ、わたしは結構好きですよ」

「ああ、わかるわかる。 眠気が強すぎてうまく頭が働いてないのか、同じページを何度も読んでたりな。 あの、夢か現実かわからない感じは癖になる」 

「なりますよね! 人見君があの感じをわかってくれるだなんて、嬉しいです! こんなのわかってくれる人なんて、いないと思ってました」

「それは言いすぎだって。 探せば結構いるんじゃないか?」

「確かに探せばいるかもしれませんけど、探そうとしないでわかってくれる人に出会えたから嬉しいんですよ!」

「そういうもんか?」

「そういうもんです!」


 俺の冷めた反応とは違い、随分と嬉しそうな五木。

 もちろん、他人とわかりあえる部分があるというのは嬉しいことだ。    

 でも、今回五木が随分と嬉しそうなのは、それだけが理由じゃないような……。


…………探そうとしないで、か。 

 

「鍵は……っと。 どうぞ、入ってください!」

「お邪魔しまーす……」

 

 先に中へ入った五木に続き、五木家の玄関に足を踏み入れる。

 玄関に置かれた靴は、どれも綺麗に揃えて置いてあった。 五木家の住人は皆、几帳面なんだろう。

 

「わたし、友達を家に呼ぶのは小学生以来だったりするんですよね……。 だから、ちょっと緊張しちゃいます」

「俺も、友達の家に行くのなんて初めてだから、緊張してるよ」

「そういえば、そんなこと言ってましたね。 じゃあ、わたしの家が記念すべき一軒目ということですね!」

「そうなるな。 こうなると、五木は責任重大だぞ。 俺の記念すべき一軒目となったからには、精一杯もてなしてもらわないとな」

「ぜ……善処致します!」

 

 それ、善処致しませんパターンだ。 とは思ったけど言わなかった。

 

 それにしても、他人の家というのは興味深い。

 まず、独特の匂いがする。 俺の家とは違う匂いだ。 生活が繰り返される中で、染み付いてしまった匂い。 

 年月が積み重なっていくごとに、その家にはその家にしかない匂いが作られていくのだろうなと考える。

 

 これは何も、匂いに限った話ではないのかもしれない。 つまるところ、五木家には五木家独特の生活感が溢れているということだ。

 

 家具や電化製品、食料品やその他諸々の生活用品。 それらの配置場所なんかも、家によって違いがあるだろうし。 その違いがまた、その家ならではの独自性を生む。

 

 この空間で、確かに五木紗羽とその両親が生活を繰り返しているという当たり前の事実。 五木家独特の生活感は、それを物語ってくれているのだ。

 

「この部屋が私の部屋ですよ、先に入っててくださいな」

 

 家に入り、前へ進んですぐ右手の方にある部屋。 ここが五木の部屋らしい。

 

 あんまり人の家のジロジロと見るもんじゃないんだろうけど、ここまで見たところ、全体的にスッキリとした印象を抱かせる五木家。 

 

 さて、五木の部屋はどんな感じだろうか。 人を呼ぶからには、片付いてはいるんだろうけど。

 

「失礼しますよっと……」

 

 部屋へ入る。

 

「……うん、イメージ通りだ」

 

 部屋の隅にはベッドと勉強机。 その反対側にはテレビが置いてある。

 また、部屋の中心には折りたたみ式の丸いローテーブル。 

 他にも本棚やらタンスやらの家具があるわけだが、部屋の空いているスペースに綺麗にそれらが収まっているので、ゴチャゴチャとした感じは感じさせない。  

 

 俺の中でのイメージ通りに、スッキリした部屋。 

 これでもし、ゴチャゴチャとしたゴミ屋敷のような状態だったらどうしようかと思ったところだが、やはり五木に限ってそんなことはなく、心配する必要はなかったようだ。

 

「お待たせしました! ちょうど、これがあったので持ってきましたよ」

 

 五木が部屋を開けてやってくる。 何やら丸いお盆にお菓子やコップを乗せて持ってきたようだ。

 

「ところで、人見君はお茶と牛乳とオレンジジュース、どれが良いですか?」

「お茶にしようかな。 ……それよりも、その茶色い棒みたいな物体は……?」

「今日のお昼話していた麩菓子ですよ! 家にちょうどあったから、是非人見君に食べてもらおうかなって」

「こっ……、これが麩菓子……」

 

 俺に、若干の戸惑い。 勇人から麩菓子がどんなものか説明は受けていたが、やはり視覚情報の強烈さを前に、言語による説明は劣る。

 

 もっとツルツルとした表面のお菓子をイメージしていたのだが、これは森林にでも落ちていたら、人の手によって作り出されたお菓子とは思わずにスルーしてしまうだろう。 それほど、表面は自然界にありそうなザラザラ感なのである。

 

「どうぞ、いただいちゃってください! すぐに飲み物を持ってくるので!」

「では、いただきます……」

 

 恐る恐る、茶色い棒を掴み、口元へ運ぶ。

 手で実際に持ってみると、見た目以上に軽く、少し力を入れただけで壊れてしまいそうなくらいに脆そうだ。

 

 このままバキッとへし折りたくなる攻撃的な衝動を抑え、いざ実食。 

 

「んぐ……」

 

 こ、これは……!

 

 まず、甘い。 これは、話に聞いていた通り、この棒状の麩が砂糖か飴で覆われているからだ。

 俺は甘いものこそ好きだが、あんまりくどい甘さは好きではない。 程よい甘さが好きなのだ。

 

 では、麩菓子の甘さはどうか。 甘い部分はあくまで麩を覆っているだけにすぎず、麩自体は甘いわけではない。 つまり、麩菓子の甘さのバランスは、うまく取れている。

 

 何より、麩のもっしゃりした独特の食感が、甘さをうまく受け止めてくれている。 食感を楽しんでいる間に、口の中で糖分と麩が良い感じに混ざり合うのだ。

 

「一本食べたみたいですね。 どうでしたか?」

 

 飲み物を持って来た五木。 右手にお茶。 左手に牛乳。  

 

「美味しかったよ。 でも、なんだろうな……。 すげーうまいって感じではなくて、とにかく癖になるというか……」

「それなんですよ。 麩菓子の恐ろしいところは……! またあの食感を味わいたいって欲求が、定期的に湧き上がってくるんです。 人見君は、どうやら麩菓子中毒になる素質があるみたいですね」

 

 そんな素質いらない。 けれど……。

 

「……せっかくだし、二本目もいただこうかな……」

「いいですよ。 ふふふ……」

 

 抗えない……! 湧き上がる麩菓子欲。

 

「さ、三本目もいいか?」

「いいですよ~。 そうだ、今度は牛乳をお供にしてみては?」

「え? なんで牛乳?」

「わたしの気に入ってる組み合わせなんです。 そもそも甘いお菓子全般に合う飲み物じゃないですか、牛乳って」

「うーん、どっちかというと和風なお菓子に、牛乳はどうなんだろ……」

 

 そう疑いながらも、牛乳をコップに注ぎ、三本目を食べながら牛乳を飲んでみる。

 

「あっ……!」

「ど、どうですか!?」

「……普通に合う」

「ですよね、普通に合いますよね!」


 あくまで普通に。 でも、その普通さえあれば充分だ。

 

「四本目も……」

「いいですとも!」

「五本目は……」

「もちろんどうぞ!」

「六本目なんかも……! 」

「ないです。 わたしも食べちゃったので」

「そ、そんな……」

 

 禁断症状が……。 うう……。

 麩菓子、ダメゼッタイ。

 

「ひ、人見君……!? た、大変です! これは、一緒にテレビゲームでもして遊ばなきゃですね!」

 

 唐突な誘い。 これは、受けて立つしかない。

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