五木紗羽はむっつり
「良かったらでいいんですよ!? 別に、今日じゃなくてもいいですし……」
「そうだな……」
きっと、勇気を振り絞って誘ってくれたのだろう。 それを無下にすることはできない。
なにより、この後家で桃子と二人きりになるのはなんか怖い。 問題の先延ばしではあるが、家へ帰るのを遅らせたいというのもある。
「ちなみに、明日の朝まで両親は帰ってこないので、安心してください!」
「――ゲホッ、げほっ!」
きっと五木は、余計な気を遣ったりしなくていいよってことで言ったんだろうけど……。
なぜ、顔を赤らめる。 誤解を招くだろうそれは。 違う意味で安心できない。
……これは桃子の方を見るのが怖すぎる。 とにかく……。
「……わ、わかった。 五木の家にお邪魔することにしようかな。 俺、人の家へ遊びに行ったことないし」
「ホントですか!? 良かったです!」
嬉しそうに笑みを浮かべる五木。 良い笑顔だ。
「良かったね、啓人。 それに、五木さんも」
嬉しそうに(?)笑みを浮かべる桃子。 うん、とっても良い笑顔だ。
「えっと……。 家守さんも来ますか……? 」
恐る恐る桃子に聞く五木。 本当は誘いたくないんだろう。
「いい。 わたしはこの後、用事があるから」
用事か……。 本当は俺のことを監視したいんだろうけど、五木と一緒に居続けたくない。 そんなところだろうか。
とすると、今日は何故三人で帰ろうと思ったんだろう。 そこに深い理由があるのかもしれないし、ただの気まぐれなのかもしれない。 真実は本人のみぞ知る。
「ところで、啓人」
こちらを見る桃子。 目を逸らす俺。
「はい、なんでしょう」
つい、かしこまってしまう。
「今日の夕飯、何がいい? 夕飯は帰ってきて済ますでしょ」
これは、夕飯までには帰ってこいよということだろうか。 というか目がちょっと怖いです。
「ああ、夕飯ね……。 そうだな、流石に夕飯まで五木の家でごちそうになるわけにはいかないしな」
「……えっと。 どうせ一回の料理で二人分は作っちゃうと思いますし、人見君の夕飯も用意しますよ? 遠慮しなくていいですからね」
五木……。 火に油を注ぐような発言を……!
「……啓人。 どうするの? 五木さんの家で食べるの?」
怖い。 怖すぎる。 だが、俺は家守桃子に屈しない!
「せっかくだし、夕飯もいただいちゃおうかな。 桃子。 悪いけど、今日の夕飯はいらないってことで……」
「………………わかった。 今晩は一人で夕飯を食べるね」
間が怖い。 これは、後で機嫌を取る方法を考えておかなければ。
まったく、これも全部、桃子と五木が仲良ければ発生しない問題だろうに。
俺が桃子と仲良くし続けると、五木が疎かに。
俺が五木と仲良くし続けると、桃子が疎かに。
双方と親密な関係を保つのは難しい。 こんな人間関係は、きっとそんなに珍しくないんだろうけど。
例えば。 X君とY君とZ君の仲良し三人組がいたとしてだ。
仲良し三人組と言われてはいるが、X君とZ君の二人だけだと微妙な関係であり、Y君が二人を繋ぐ架け橋である場合。
Y君はX君とばかり仲良くしてしまうと、Z君からの好感度を下げてしまう。 こうなると、Z君はX君とはもちろん、Y君とも仲が悪くなり、三人組から離れていくかもしれない。 俺は三人組に必要ないんだな、といった具合にである。
かといってZ君とばかり仲良くすると、次はY君からの好感度を下げてしまう。 X君はZ君とは楽しげだけど、俺とは距離を感じるな。 俺はあんまり必要とされていないんじゃないかな。 といった具合に。
Y君が、X君とZ君に不満を抱かせぬよう、三人で仲良くというのは難しい。
Y君は、Xは君とZ君双方が差別を感じぬように接する必要があるのだ。
仲良し三人組は、Y君の苦労の上に成り立つ――。
しかしここで、ある疑問が浮上する。 X君とY君とZ君の三人にとって、仲良し三人組で居続けることは本当に幸せなのかということだ。
まず、Y君がどんなに頑張ったところで、X君とZ君に対して平等に接し続けるのは不可能だろう。 なぜなら、Y君は人間だから。 どうしても接し方に差は生じる。
接し方の差により、X君もZ君も少なからず不満を抱く。 これは、言い換えれば三人組で居続ける限り不満を抱き続けるということだ。 こうなると、X君もZ君もそれぞれY君と二人で遊んでいる時の方が楽しいのかもしれない。
そう。 この仲良し三人組というのは、X君ともZ君とも仲の良いY君の固執する理想像にすぎなかったという話だ。
みんなで仲良く。 それが一番良く、正しい在り方……と、多くの人は子供の頃から教えられるのだろう。 それを否定する人は、世間では変人扱いされる。 よって、Y君が仲良し三人組に拘るのも無理はない。
だが、みんなで仲良くしたいと望んでいるのはY君だけだとしたら。 X君とZ君は仲良し三人組で居続けようとは思っていない。 Y君は、本当にX君とZ君のことを思うのなら、仲良し三人組という理想に固執し続けてはいけない。
こう考えると、現状Y君ポジションである俺は、どうすべきなのだろうか。
五木も桃子も、別に三人で仲良くしたいとは思っていないだろう。 どちらも三人でいるより、俺と二人でいる時の方が良いのかもしれない。
三人だけに限らず、もし、俺に友達がたくさんできたとして。 ……我ながら悲しい仮定だが、そこには勇人も五木も桃子も……もしかすると蟻塚も含まれているとしよう。
みんなで仲良くという、世間一般的な善。 それは本当に良いことなのだろうか。
関わっていく人間が増えることで生じる、様々な感情。 それが、必ずしも良い感情であるとは限らない。
三人組という規模でさえ、扱いの差などにより不満を抱き、関係に軋みが生じる。 ましてや、それが数十人規模となると、どうだ?
みんなで仲良くとはあくまで理想。 理想は理想にすぎず、実現不可。 実現するには洗脳でも必要だと言っても、言い過ぎではないんじゃないだろうか。
理想に囚われて、形ばかりを追い求めても、いつか化けの皮は剥がれ、真実が明るみになる。
俺が五木と桃子の三人で仲良くしようと必死になって、周りから仲良し三人組と思われるようになっても、五木と桃子は誰も見ていないところでキャットファイトし始めるかもしれないのだ。
……それはそれで見てみたいかもしれないけれど。
とにかく、五木と桃子の仲を俺がどうこうしようと考えるのはやめておこう。 その行為は、五木にも桃子にも良い影響を与えるとは思えない。
もし、二人が仲良くなる時があるとすれば、それは俺の手によってではない。 あくまで二人の手によってだ。
俺は余計なことをせず、たまに機嫌を取りながらも、今まで通りに五木と桃子と接していけばいい。
「…………啓人?」
「ん?」
「……また、ボーッとしてた。 やっぱり、結構疲れが溜まっているんだと思う。 これは、五木さんの家に行かないほうが……」
「人見君! 疲れてるのなら、わたしの家に良いマッサージ器がありますよ! それで疲れをとりましょう!」
なんかやけに対抗心を露わにしている五木。 あの桃子相手に、この攻めっぷり。 凄いけど、後が怖い。
「……マッサージ器なんか使わなくても、わたしが啓人のマッサージ、するよ?」
「だ……駄目です! 家守さん、それは駄目ですっ! なんかいけない香りがします!」
「…………五木さん、むっつりすけべ」
「ち、ちがっ……!」
顔を真っ赤にしてアワアワする五木。 なんというか、色々考えていた俺が馬鹿みたいだ。 仲良く……とは言い難くとも、この光景は俺にとって微笑ましい。
「まあ、五木はオープンって言うよりはむっつりだよな」
「ひ、人見君まで……! わたし、むっつりなんかじゃありませんよっ!」
「じゃあ、オープンなんだ?」
「そ、それは……。 その……!」
顔を赤くしたまま、俯く五木。 ちょっとからかいすぎたか。
「ともかく、五木の家に遊びに行くことは決定済みだから、マッサージはまた後日な、桃子」
「……啓人がそう言うのなら、仕方ない。 その代わり、今度すごくマッサージするから、覚悟してね?」
すごくマッサージ。 なにそれ怖い。
そんなこんなで微笑ましいやり取りをしながら歩き続けていく内に、俺と桃子の住む家の前に辿り着く。
「じゃあ、紗羽さんはまた月曜日。 啓人はなるべく早く帰ってきてね」
「じゃ、じゃあね! 家守さん」
「ああ。 帰るちょっと前には連絡するよ」
桃子と家の前で別れ、五木と二人きりになる。
まだ、五木の家までは時間がかかるだろう。 テキトーに雑談しながら歩くことにする。
「にしても、桃子と一緒に帰ることになるなんてな。 一体どういう風の吹き回しだったんだろ」
「……人見君って、家守さんと下の名前で呼び合っているんですね」
「え……? そうだな、ヤモリだと爬虫類みたいだし、名前で呼んだ方が何かと都合が良いからな」
「あ……。 そ、そうですよね! 変なこと聞いちゃいました!」
「………………」
なんとなく、五木が何を言いたいのかわかってきた。
「……まあ、俺が家守を桃子って呼ぶ一番の理由は、桃子自身が家守って呼んで欲しくないからなんだけどな。 これは別に俺だけに限ったことじゃないだろうし、五木も今度から桃子って呼んでみれば?」
「えっと……? よく理由はわからないですけど、わかりました。 でも、わたしからいきなり名前で呼ばれたら嫌じゃないですかね……?」
「大丈夫だって。 桃子はそんなことで不機嫌になったりするような奴じゃないよ」
「む……」
若干膨れっ面になる五木。
「……人見君と家守さんってホント、仲が良いですよね」
「へ……?」
「理由があったとはいえ、下の名前で呼び合ってたし……。 同居してるし……。 互いのこと何かわかりあってるみたいですし……。 まるで……」
「……まるで?」
「かっ…………」
「か……?」
「か、かかっ…………!」
「…………?」
「か……家族みたいじゃないですかっ!」
「…………まあ家族みたいなもんじゃないかな?」
「あ、あはははは……。 ですよねー……」
……まあ、五木が名前の呼び方に対して突っ込んでくる気持ちもわからないわけじゃない。
要は仲良し三人組の話と同じだ。 扱いの差が、不満を生むということ。
スタート地点が違うから仲の良さに差があっても仕方ないなんて、関係ない。
俺と桃子は下の名前で呼び合っているのに、五木はそうではない。 その事実が、五木に疎外感を感じさせてしまうのだろう。
呼び捨てで呼ぶとか、下の名前で呼ぶとか、アダ名で呼ぶとか、君を付けて呼ぶとか、さんをつけろよデコ助野郎だとか、ちょっとした名前の呼び方の違いで、受け取る人の感情は変わるから不思議だ。
……ともかく、五木に俺との距離を感じさせるような言動は控えよう。
五木は、積りに積もった負の感情を外部に向けるタイプではない。 自らに向けるタイプだ。
疎外感を感じ、五木はどうするか。 何も言わず、自ら離れ、去っていくのではないか。 そのことを忘れてはいけない。
「……もしかしてさ、五木も下の名前で呼び合ったりしたいの?」
「へっ!? そ、それは……」
アワアワ慌てる五木。 この後の反応はだいたい予想できる。
「わっ、わたしには……まだ早いというか! その域に達していないというか! つまり……」
「まだ時間が必要だってことか。 俺も、急に呼び方変えたりするのは何か恥ずかしいから、ちょうどいいけど」
「そ、そういうことです!」
扱いに差があるのは嫌だけど、だからといって同じ扱いをされて、それをちゃんと受け入れられるのか。 五木の場合、それができない。
五木が俺に話してくれた、中学時代の話を思い出す。
五木は何も、ハブられていたわけではない。 ちゃんと誘ってくれる人たちがいた。
それでも、五木がそれで良しとはしなかった。 疎外感を感じ続けていたのだ。
ただ他人の再現をしようとしたところで、それが五木の幸せになるとは限らない。
ただの他人の再現……真似をしたところで、五木がそこに中身を感じないのなら、五木が満たされることはないということだ。
五木が中学時代、ただ誘われただけじゃそれで良しとしなかったのは、五木がそれに中身を感じなかったから。
今回も同じことだ。 形から入ることも俺は良いと思っているが、五木の性格上、そういうのが苦手なんだろう。
俺と桃子が下の名前で呼び合っているのを見て、その真似をするだけじゃ、結局その真似た行為は真似にすぎず、中身が無い。 そもそも動機が扱いの差による対抗心なのだから、過程も何もない。
中身の伴わない行為には、心の奥底で拒否反応が起きる時がある。 自分に嘘をついているからだ。
五木の中で鬩ぎ合う、矛盾した感情。
もっと、親しくなりたい。
けど、まだ早すぎるのではないか。
自分の欲望が走るのを、自分のブレーキで止めている。
俺はそんな五木に対して、色々と思うことがある。
……その思いの中には、決して良いものだけが含まれているわけではないが……。




