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桃子、襲来

 

「……スムーズに決まったな。 残り時間は自習だ」

 

 担任がそれだけ言って教室を後にした。 職員室にでも一旦戻るのだろうか。 

 それにしても、他にやることがないから自習とは……。 


……正直、暇すぎる。

 

 真面目に自習をする生徒もいないわけじゃないが、大抵は席が近い人と雑談をしたり、スマホをいじったり、居眠りをしたりといったように、自習以外のことをする。

 そんな自習時間が好きだという生徒は多いのかもしれないが、俺は教室が騒がしくなるから好きじゃない。 かといって外へ行くわけにもいかない。

 

「五木」

「はい、なんですかー?」

「暇だ」

「と、言われましても……」

「五木は何やってるの?」

「自習ですよ」

「ん……? 英単語の勉強か。 そういえば来週英単語テストがあるんだっけ」

「はい。 人見君はいつもテストの直前にちょっと英単語帳見るだけですよね。 それで結構良い点取るんだから、凄いです」

「褒めても何にも出ないぞ」

「別に出さなくてもいいですよ。 ただ、人見君って暗記力あるなぁ~って」

「そうかな?」

「そうです!」

 

 言われてみれば、物覚えは良い方かもしれない。

 

「話は変わるけどさ、五木って結構運動好き?」

「へ? 運動ですか? 好きって言うほどでもないですけど……。 どうしたんですか、いきなり」

「今日の体育の時間、楽しそうにバスケしてたから。 結構運動好きなのかなって思ってさ」

「見てたんですかっ!? うう……。 なんか恥ずかしいです……」

 

 頬を染め、目線を下に向ける五木。 けれどすぐに顔を上げ、恥ずかしそうにこちらを見る。

 

「ちょっとだけしか見てないけどな。 勝手に五木は運動苦手だと思っていたから、あんなに動けてて意外だったよ」

「わたし、昔から学力も運動能力も平均的なレベルなんです。 喜んでいいのやら、悲しめばいいのやら、です」

 

 できないよりはできた方が良いんだろうけど……。 普通止まりってのも考えものだ。

 

 それにしても、五木は真面目に勉強中だったというのに、俺に話しかけられても迷惑そうな顔一つせず対応してくれるなんて。

 

 相変わらず五木からは悪意を感じない。 

 だからこそ、俺は安心して五木と接することができる。 

 五木と話すことで、周りの騒がしさが気にならなくなる。

 

「……まあ、平均的なレベル止まりってのは、当人にとって複雑なものなんだろうけどさ。 偏り過ぎるよりは良いんじゃないか」

「偏り過ぎるよりは?」

 

 何より、自分自身が偏っているから――。

 

「そう。 勉強や運動が極端にダメなのは当然として、あまりにも勉強や運動が得意すぎるってのも、それはそれで辛いんじゃないかなって」

「あ、よく言いますよね。 天才には天才だからこその苦悩があるって。 人には人それぞれの辛さがあるってことなんでしょうけど」

「うん。 その人にはその人にしか得られない優越感や充実感があるのかもしれないけど、その人にしかわからない苦しみだってあるってこった。 つい、当人以外はその人にしかわからない苦しみがあるってことを忘れちゃうんだ。 だから、偏りのない平均的なモノに憧れる人だっている。 平均的なモノ……つまり多数派になってしまえば、苦しみがあろうと周囲と分かち合うことができるからな」

「……人見君?」

 

 若干の戸惑いを見せる五木。 

……いけない。 五木の知る、人見啓人はこうではないだろう。 

 

「あ、平均的だからって多数派とは限らないよな。 平均値をたった一人で爆上げしてる奴がいるかもしれないし、爆下げしてる奴がいるかもしれない」

「平均は普通と同じではないってことですね」 

「でもまあ、似たようなもんだろ」

「ですね」

 

 細かいことは気にしないスタイル。

 今日は小雨の中登校して、体育でダンクシュートをし、昼は勇人と五木と三人で過ごし、文化祭の出し物候補を決めた。 それでいい。

 

 特別なイベントなんかいらないし、起こす気もない。 このまま帰宅し、夕飯を食べて寝る。 そして、また同じように明日を過ごすだけだ。

 

……と、思ってしまったのがフラグとなったのか。


「啓人。 ……と、ゴキチャバネさん……だったかしら」

「……彼女の名前は、そんな一匹見つけたら百匹はいると思った方がいい昆虫みたいな名前ではない」

 

 授業も全部終わったし、さっさと帰るかと五木と共に傘を差して校門を通り抜けたその時。

 

 背後から忍び寄る影。 

 

 微妙に感じる殺気。 

 

 俺もついに少年漫画の主人公みたいになってしまうのかと覚悟を決め、振り向くとそこには……! といった流れである。

 

 いつもは帰宅中に遭遇することのない桃子がそこにいたというわけだ。 しかも……。

 

「……名前を間違ってしまって、ごめんなさい。 啓人、わたしも一緒に帰りたい。 …………ダメ?」

 

 一緒に帰りたがっているという。 五木もいるのに、これは珍しい。

 

「ダメと言ったら?」

「また、お願いする」

「それでもダメと言ったら?」

「……それでも、お願いする」

 

 今日に限ってなにこの子。 上目遣いでおねだりとは。 某懐かしCMの小型犬じゃあるまいし。

 

「……だそうだ。 五木、人の名前を間違えた失礼極まりない爬虫類みたいな名前の子が一緒に帰りたがっているけど、どうする?」

 

 どうするもなにも、五木は断れないんだろうけど。

 

「わ、わたしは全然構わないですよ!」

「ありがとう、五木さん」

 

 家守桃子、絶賛営業スマイル中。 今日は雨でも降るんじゃないか……? と思ってすぐに、元々天気が悪く小雨が降っていたことに気づく。

 

 それにしても、桃子ってこんなに愛想良くできるんだな。 普段からこうしておけば、クラス内でもだいぶ周りからのイメージが変わるだろうに。

 

……ああ、そうか。 桃子のことだから、ずっとこんな感じで人と接することもできちゃうんだろうけど。 桃子にとってそれは辛いことなんだ。

 

 演じ続けることは、周囲と共に、自分にも嘘をつくということ。 

 自分に嘘をつき続けるということは、本来の自分を見失う可能性があるということ。

 嘘もつき続ければなんとやらだ。

 

 素の自分を押し殺し、世間一般的な理想像を演じ続けることが、当人にとっての幸せに繋がるとは限らない。 むしろ、不幸を招くことだってある。 それだけのことだ。

 

 だから、桃子は演じるけれど演じ続けはしない。 だが、そもそも普段の桃子は本当の桃子なのだろうか。 俺の知っている桃子は、演じていない桃子なのか。 何を持って本当の桃子と言えるのだろうか。 他人が決めれるものなのだろうか。

 

 一歩、思考が前へ踏み出すと、また一歩と前へ踏み出してしまう。 そして、どんどん駆け足気味に。 俺の思考は暴走列車のようだと、時々思うことがある。

 

「……啓人?」

「……どうした、桃子?」

「なんかボーッとしてたから。 ……疲れてる?」

「……ちょっと疲れてるかもな。 明日が休みで良かったよ」

 

 心配そうに顔を覗き込んでくる桃子。 

 一方、五木は居心地悪そうに俺の右側を歩いている。

 

「五木は今日、歩きで学校に来たんだな」

「はい、行きも帰りも歩きです。 カッパを着て自転車で来ても良かったんですけど、カッパを着たり脱いだりするの面倒かなって」

「それは確かに面倒だな。 でも、五木の家から学校まで、歩きだと結構時間かかるんじゃないか?」

 

 自転車で十五分と以前聞いていたから、徒歩だとその倍以上はかかるはずだ。

 

「普段、運動不足ですし。 たまにはたくさん歩くくらいしなきゃです」

「良い心がけだな。 だから体育で動けるわけだ」

 

 五木との雑談中、桃子は黙り込んでいた。 微妙に殺気を感じるのは気のせいだと信じたい。

 

「あ、そういえば人見君。 この後暇だったりしますか?」

「このあと……? 暇っちゃ暇だけど」

 

 なんだろう。 この後暇かどうか聞くってことは、何か一緒にしたいってことだろうか?

 

「あ……。 そっか、疲れているんですよね……」

「そんなの気にしなくていいよ。 どうせ明日休みだし。 いいから言ってみなよ」

「は、はい……。 えっとですね……」

 

 なにやらモジモジと言い淀んでいる五木。 さて、どんな言葉が飛び出てくるのやら。

 

「……この後、良かったらわたしの家へ遊びに来ませんかっ!?」

「……えっ?」

「…………!」

 

 飛び出てきた言葉はとんでもない言葉だった。

 よりによって、桃子がいる前で……!

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