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どんどんドーナツどーんと行こうや!

 

 午後。 数学教師の催眠術によりぐっすり眠っていた五限も終わり。

 

 ついに、六限目。 ホームルームの時間が到来だ。

 教室内は、文化祭の出し物を何にするか話す声で賑わっている。

 

「五木は一年生の時、出し物は何をやったんだ?」

 

 担任の先生が来るまで暇だったので、五木に話しかけてみる。

 

「わたしですか? わたしのクラスはカレー屋さんをやりましたね。 調理担当でした」

「カレーか。 文化祭を見て回る側からすれば、安心感のある食べ物だな。 作る側としても、よほどのヘマしなきゃ失敗しなさそうだし」

「そうですね。 何も凝ったことせず普通にカレーを売っていたので、結構人気でしたよ。 特に衣装を作ったりもしませんでしたし、予算的にも完璧でした」

「まあ、面白みがあるかどうかで言えば……」

「面白み、ないですよね……」

 

 だからこそ、文化祭は毎年やってくるのだろう。

 

「今年は面白みのある出し物ができるといいな」

「そうですねー。 アトラクション系やってみたいです」

「アトラクション系? お化け屋敷とかそんな辺りか?」

「はい。 教室を改造してお化け屋敷を作るのとか、お化け役のメイクとか衣装づくりとか楽しそうじゃないですか!」

「五木、結構そういうの好きなのか」

「実は、結構そういうの好きだったりするんです」

 

 なんか今朝にも同じような質問をしたような。 あれは、文化祭自体について聞いたんだっけ。

 五木は文化祭の準備の方が、文化祭自体よりも好きなんだろうか。  

 

 俺は、文化祭経験がないから文化祭についてよくわからない。 きっと、文化祭に参加していくことで、わかることがあるのだろう。

 

「おーい、みんな。 席につけ」

 

 眼鏡をかけた堅物……のように見えて、実は融通の利く良き担任教師が教室に入ってくる。

 

「前から予告していた通りに、この時間は文化祭でやるクラスの出し物を決める。 部活動の出し物で忙しくてクラスの出し物にあまり参加できないとかは気にせず、どんどん案を出していってくれ。 クラス委員は前へ出てこれからの指示を頼む」

 

 クラス委員は各学級に男女一人ずつ存在する。 

 昔は女子のクラス委員を副委員長としていたらしいが、男女差別ではないかとの保護者の指摘から副委員長と呼ぶのをやめて、男子クラス委員、女子クラス委員と呼ぶようになったんだとか。 

 

 ちなみにこの高校は元女子校だったらしく、今でもその名残で女子比率が高い。 

 少数派として本当に差別されているのは男子の方だったのだ! 現場の声を聞けい! と、憤慨する男子勢がいるとかいないとか。

 

「はい、先生」

 

 男子クラス委員の吉井よしいくんと女子クラス委員の木下きのしたさんが前へ出る。 

 書記は木下さんが兼任するのだろう。 ぶっちゃけ、委員長が二人も前に出たって、書記とか兼任しなきゃ仕事がないだろうし。

 

「では、案がある人は挙手してください。 出すだけ案が出されたら、多数決で一つに絞ります」

 

 吉井くんの、高校二年生にしてはちょいと渋めの声が教室内に響き渡る。 男としては羨ましい声の持ち主だ。

 

「案を出すといっても、実現可能な範囲のものをお願いします。 予算的にお金がかかりすぎてしまうようなものは、許可されにくいので」

 

 女子クラス委員の木下さんはショートヘアで気の強そうな女子だ。 すらりと背が高く、桃子ほどじゃないけど美人で勉強も運動もできる。  

 バレー部に所属していて、三年生が引退後はエースになるらしい。

 

 それにしても、実現可能な範囲のものをお願いしますと言われると、案がだいぶ出しにくくなるだろうにと思う。 

 まず、実現可能な範囲がよくわからない。 

 結局は、例年と同じような出し物を各クラスがやることになるんだろう。

 

「では高城たかぎさん、どうぞ」

 

 俺の席からは見えにくい廊下側の席にいる高城さんが、吉井くんの渋い声により指名される。

 

 高城さんは、くるぶしソックスをこよなく愛す、陸上部員の女子だ。 いつも明るく、元気が良い。 大きな笑い声で教室を賑やかにしている、クラスのムードメーカー的存在。 

 だが、俺の中ではすっかりくるぶしソックスの人だ。 脚を見ただけで誰だかわかるって凄い。

   

「あたしは、ドーナツ屋がいいです!」

「ドーナツ屋、ですか……」

 

 木下さんが、一瞬きょとんとした顔をしながらも、黒板にドーナツ屋と書く。

 

「高城さん、ドーナツ屋というのは、具体的に……?」

 

 吉井くんが渋い声で質問する。 

 ドーナツ屋と言っても、どこかからドーナツを仕入れるのか、一から作るのかでは大きく違ってくるわけだし、確認しておく必要があるだろう。 

 

「具体的? うーん、やっぱり種類は多い方がいいかなー。 チュロスもドーナツの仲間としてメニューに含める方向性で! 後、もっちり系のドーナツも良いと思うけど、やっぱりサクサク系のドーナツも外せないかな。 両方の食感があったほうがより幅広い層に受け入れられるだろうし!」

 

……これは吉井くんの質問の仕方も悪い。 

 吉井君の聞きたかったことは、どんなメニューを出すかってことよりは、販売形式や調理の有無だったのだろうし。 高城さんの思う具体的はそうではなかったという話だ。

  

「待って、高城さん。 どんなメニューを出すか以前に、まず決めることがあるでしょ?」

 

 木下さんのフォローが入る。 だがしかし……。

 

「…………店の名前?」

 

 内心俺はずっこけた。 いや、そこまで間違ってはないんだけど。 店の名前、とても大事。 木下さんの求めていた答えとは違うだけで。

   

「あのね……。 店の名前なんて、それこそ文化祭の前日に決めてもなんとかなるでしょ。 ……それより、高城さん。 あなた、自分がドーナツ食べたいだけじゃないわよね?」

「ち、違うよ! そりゃ、あたしドーナツ大好きだけど……。 ドーナツは好きな人多いんじゃないかなって!」

 

 嘘つけ。 絶対自分が食べたいだけだぞ。 ドーナツ好きが本当に多かったら、ドーナツ業界も苦労しない。

 

「まあ、いいわ……。 とりあえずドーナツ屋をやりたいってことね。 どうやって仕入れるとかは考えていないのよね?」

「うん。 でも、いざとなったら優子ゆうこがドーナツ作ってくれるから!」

「へ? うち!? 無理無理、無理だって! 何勝手なこと言ってんのよ咲希さき!」

 

 優子というのは、高城さんの後ろの席の石井いしいさんの名前だ。 で、咲希というのは高城さんの名前。 この二人は席が近いこともあり、仲が良い。

 

「優子、この前ドーナツ作ってくれたじゃんかー」

「あれは、ホットケーキミックスで作るような簡単なやつだから! 流石にあれを文化祭で売るのは無いって……。 そもそも私、去年も飲食系だったからドーナツ屋はやりたくないし」

 

 まあ、準備するにしても文化祭当日にしてみても、ドーナツ屋とか面白みに欠ける。

 

「え~~! ドーナツ屋やろうよー!!  せっかくの文化祭なんだよ?」

 

 せっかくの文化祭でここまでドーナツを推してくるとは。 

 こいつ、ドーナツ業界の回し者か? どこぞの吸血鬼やアニメ制作進行じゃあるまいし。

 

「……えーっと、とりあえず高城さんがドーナツ屋やりたくてたまらないのはわかったけど、他に案がある人はいるかな?」

 

 話が脱線しそうになる前に、吉井くんが他の生徒に呼びかける。

 

岩田いわたさん、どうぞ」

 

 挙手をしていた岩田さんが指される。 

 岩田さんは、部活に所属していない。 そう、帰宅部に所属しているともいえないのだ。 

 なぜなら、放課後教室に数人で残って遊んでいるからだ。 お菓子やジュース、漫画まで用意して。

 エリート帰宅部員の俺から見れば、まったくけしからん生徒だ。

 

「わたしは執事とメイド喫茶がやりたいです。 衣装は出来る限り予算を抑えて作る自信があります!」

 

 執事とメイド喫茶か。 

 どちらも行ったことはないが、だいたいどんなものかはわかる。 良くも悪くも盛り上がりそうな気はする。 

 

「あ~、メイド喫茶は……」

 

 吉井くんが何やら申し訳無さそうな顔をする。 

 

「岩田さん。 せっかく案を出してくれたのに悪いんだけど、メイド喫茶は許可が通らない可能性が高いの」

「え……? どうして?」

「……数年前までは、メイド喫茶のような出し物がこの高校でもできたんだけど、保護者の方から、これはJKビジネスと類似しているのではないかと指摘されて……」

 

 JKビジネス。 女子高生であることを売りにしたビジネスのことか。 そんな指摘されても無視すりゃいいのに。 

 きっと、それだけが理由じゃないんだろう。 

 

「そんなわけで、ここ数年はメイド喫茶の許可が下りない状態なんだ」

「そんな……」

 

 可哀想な岩田さん。 クラス委員の二人も、あらかじめ許可できない出し物を挙げておけば良かったのに。

 

「じゃあさ、お化け屋敷とかはどうなん?」

 

 野球部員の鈴木すずきくんがクラス委員の二人に質問する。 野球部で鍛えられているのか、筋肉ムキムキだ。 着ている制服がとてもキツそうで、破けないか心配になる。  

 

「お化け屋敷は、条件付きで許可されているね」

 

 そのまま吉井君が続ける。

 

「その条件ってのは、お化け役がお客さんに絶対触れないこと。 隣町の高校で、文化祭のお化け屋敷に遊びに来た女性が体を触られて問題になったことがあってね。 元々お化け役がお客さんに触れるだなんて、常識的に考えてありえないことだけど、触れる可能性のある仕掛けもやらないようにして欲しいらしい。 お触り禁止に関しては相当厳しくなっているようだね」

 

 このクラスの連中はお触り禁止と聞いて、動物園やペットショップの類とキャバクラのどちらを想像したんだろうかとくだらないことを考える。 後者に行ったことのある高校生がいたら困るが。

 

「そのくらいの条件なら、全然大丈夫そうじゃん。 お化け屋敷やろうぜ」

 

 鈴木くんがお化け屋敷を案として出す。 お化け屋敷なら五木も楽しく参加できるだろう。

 

「他に案がある人はいますか?」

 

 木下さんが黒板にお化け屋敷と書き終えたのを確認し、吉井くんが挙手している生徒はいるかを見る。

 

「……いないようなので、ドーナツ屋とお化け屋敷、どちらが良いか多数決を取ります」

 

 木下さんの一言があったおかげか、案を出した生徒はたったの三人止まり。 ここまで誰も挙手しないとは。

 

「では、ドーナツ屋がいい人は手を挙げてください」

「………………」


 遠くで微かに服の擦れる音。 

 

「次に、お化け屋敷がいい人は手を挙げてください」

 

 ドーナツ屋の時とは打って変わって、人の動作音多数。 

 

「……数えるまでもなく、お化け屋敷で決まりですね」

 

 木下さんが途中で数えるのをやめた。 職務放棄ではない。 クラス全体からドーナツ屋に挙手した人の数を引いたほうが速いのだろう。

 

「え~~! ドーナツ屋やろうよー!!」

「しょうがないでしょ。 高城さんしかドーナツ屋に挙手してなかったんだから」

「木下ちゃん冷たい……」

「冷たくないわよ。 いつだって私は優しいわ」

 

 とてもクールな表情で木下さんが言う。

 

「むむむ……。 じゃあさ、ドーナツお化け屋敷なんてどうかな!?」

「……意味がわからないんだけど」

 

 高城さんの猛烈なドーナツ推しは、多数決を前に無力でしたとさ。

 

「よかったな、五木。 お化け屋敷に決まりそうで」

「そうですねー。 でも、お化け屋敷とか他のクラスもやりたがるでしょうし、案が通るかは厳しいような気もします」

「そこだよな……。 他のクラスとの被りをどう解消するのかが一番の問題か」

 

 ともかく、このクラスの出し物の方向性はほぼ決まったようなものだ。 

 お化け屋敷がダメでも、ドーナツ屋をやるよりはアトラクション系をやりたがるだろう。

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