犯人特定までの軌跡(後半)
勇人の話はまだ続く。
すっかり俺たちは事件の話に夢中になり、周囲の騒がしさが気にならなくなっていた。
「更によ、これだけでももう犯人は確定されたようなもんだけど、俺が事件についておさらいした時、わざわざ三人目と六人目の被害者二人については会社名とその業種を言ったのを覚えているよな?」
「すまん、忘れた……」
最初の方はさほど重要じゃない情報だと思ってテキトーに聞いていた。
「おいおい……。 五木さんは覚えてる?」
「えっと……。 大江達也さんと平松孝之さんの二人が務めていた会社はどちらもIT関係の会社だったってことは。 会社名は忘れちゃいました……」
申し訳無さそうにする五木。
そんな一回話してもらったくらいで会社名を覚えるのも難しいだろうし、申し訳無さそうにする必要なんてないと思う。
「会社名はどうでもいいんだけどよ」
どうでもいいのかよ。
「その被害者の二人が務める会社が同じ業種ってのが重要なのか?」
頷く勇人。
「IT関係の会社なんてたくさんあるだろうし、被害者二人の会社が同じ業種だからなんだって思うかもしれないけどよ、犯人がそこに勤めていた可能性を考えると……」
「同じ業種で仕事内容が似通っていることから、転職しやすかった……ってことですか?」
インターネット上の広告で見かけたことがある。 経験者求む!! といった趣旨の求人。 即戦力が欲しいのだろう。
「そういうこった。 二つの会社に直接の繋がりはなくても、犯人が以前勤めていた場所という共通点はあったんだよ」
「テレビニュースでは会社名までは報じられていなかったけど、被害者の名前から会社名が特定されていて、ネット上では当たり前のように会社名までセットで被害者の情報が晒されていたよな。 これほど騒ぎになってる事件だからこそなんだろうけど、被害者の勤務先の社員が、それらの情報を見ていて犯人に心当たりがあってもおかしくはないな」
「その上、卒業アルバムの画像の件もありますしね。 色んな材料が出回って、特定できる人には特定できてしまうまでに話が進んでいたということですか……」
きっと、俺たちが知らなかっただけで、とっくの前から特定されていたのかもしれない。
「まぁ、自分の勤めている会社の人が死んだんだ。 社員が事件について何かしら知りたいと思うのも当然ってこった。 五木さんの言う通りでよ、特定できる人はもう特定していたんだよ。 六人目の被害者、大江のいたA社では、去年の四月から十一月まで働いていた新入社員の子がいたらしく、大江によく怒られていただとか。 これはA社の社員が匿名でSNS上に書き込んだ情報な」
つまるところ、被害者に恨みを抱いていた人物は、周りから見てハッキリとわかるほどだったということか。
恨みを抱いていたであろう人物が複数であったにしろ、その他の情報により、より犯人と思われし人間は特定済みというわけだ。
「そして、三人目の被害者、平松の勤務先S社では去年の十一月から今年の三月まで働いていた社員がいて、平松によくネチネチと文句を言われていただとか。 その中途採用者が前に勤めていた会社が、A社だったとか。 これは、S社の社員が匿名掲示板に書き込んだ情報な。 まったく、匿名だからって後先考えずに書き込む人の多いこった。 自分が特定されたらどうすんだって話だよな」
「でも、そんな恐れを知らぬ社員や元同級生の方々には感謝しなきゃな」
何せ、情報を垂れ流す人がいたからこそ、話は進んだのだから。
「……つまり、双方から犯人だと挙げられた人物が同一人物で、犯人候補にすぎなかった人物が犯人であることがほぼ確定したってことだろ、勇人」
「ああ。 S社に去年の十一月から今年三月まで働いていた人物は、A社で去年の四月から十月まで働いていた人物と同じ。 更にその人物は、拡散されていた高山と花田の卒業アルバムのクラス紹介ページにも載っていたとA社の社員は言う。 三人目、五人目、六人目、九人目の被害者四名と関係のある人物はちゃんといたわけだ」
こうしてネット上では犯人が特定されていたということか。 きっと、今ネットで軽く調べれば、その特定された犯人とやらの名前と顔を知ることもできるだろう。
なんといっても、多くて十一人、少なくとも四人の命を奪ったであろう人物だ。 その人物が特定されたとなると、情報が本当に正しいかどうかを確かめるなんてことをせずに拡散されるのは目に見えている。
「……知らない間にネットではそんなことになっていたんですね……。 そこまで話が進めば、特定したと言ってもいいかもしれませんね。 これでその人物が犯人じゃないって方が信じられません」
「はぁ……。 喋りまくって疲れたぜ。 こりゃ、五限と六限は睡眠学習だな」
「いつも勇人は睡眠学習してんだろ。 というか、今日は六限目に文化祭の出し物決めするんだから、寝れないと思うぞ」
「んー? そういえばそうだったけどよ、俺は案出したりしないぜ? まあ多数決の時だけは起きるからいいだろ」
「そんな都合よく起きれないだろ……」
たくさん話して疲れ果てた様子の勇人から顔を背け、黒板の上にある時計の方を見てみる。 いつの間にか昼休み終了五分前だ。
「さてと、そろそろ自分の席に戻るかな。 今度また一緒に昼飯食う機会があったら、麩菓子でも持ってきてやるよ」
「む……。 そこはかとなく麩菓子好きを馬鹿にしているように感じるんですけど……! まあ、持ってきたらありがたくいただきますけど」
意外にも勇人相手に結構慣れてきた感じの五木。 なんか安心。 やっぱり勇人は不思議な奴だ。
勇人は、接しにくそうに見えて、接しやすい。 自身の心の壁というものを意識させない距離の縮め方をしてくる。 そんな人間だ。
どんなに心を深く閉ざした人物でさえも、勇人ならなんとかしてしまいそうな気さえしてくる。
俺にはそんなこと、到底できそうにない。 だからこそ、そんな勇人を羨ましく思う時がたまにある。
「今日は勇人が騒がしくて悪かったな」
「そんなことないですよ。 最初は正直ちょっと苦手かなって思いましたけど、鎌桐君からは良い人オーラを感じました」
そんなオーラ、勇人から感じたこともなかった。 俺も感じてみたいものだ。
それにしても五木は正直者だな。 やっぱり苦手に思っていたのか。
「良い人か……。 確かに勇人は悪い人じゃないし、良い奴だと思うけど。 五木、気をつけろよ」
「へ? 何をですか?」
「人物に対する評価が極端に変わるのは、精神が不安定な証拠らしい……と聞いたことがある。 五木はまだ極端とは言えないけど、苦手意識を持っていた人物をたった数分で良い人だと思うのは……」
「……精神が不安定になっているってことですか? わたし、安定志向すぎて怒られちゃうくらいに安定していると思うんですけどね……」
……そうだろうか。 五木の性格がなんとなく把握できてきた俺から見ると、素直に五木の言葉を受け入れることができない。
生きていく上で、関わっていく人々に対する、理想化とこき下ろし。
ある時点では、この人はとっても良い人だ! と、脳内で勝手に理想化。
その後、その人物とのちょっとした会話やらで、理想とは異なることを認識。 そして、こき下ろし。
この人は嫌な奴だ。 良い人だと思っていた自分が馬鹿みたいだ。 この人と関わりたくない。 この人が嫌いだ。
とまあ、こんな感じで、人に対する評価がちょっとしたきっかけでガラリと変わる。
これは、対人スキルの乏しさからも見られる現象だ。
他人とのコミュニケーションを避けがちな五木なんかにも起こり得る可能性は高い。
他人とのコミュニケーションを避けがちということは、普段人と接する機会が少ないからだ。
そうなると、その少ない機会に接した人物が優しく振る舞ってくれただけで、その相手がとても良い人のように見えてしまうということだ。
比較対象の少なさが招く錯覚。
優しく振る舞った人物自身は、たいした考えや思いもなしに普通に振る舞っただけにすぎなくても、優しく振る舞われた側の脳内では勝手に理想化が進んでいく。
あの人はとっても優しくて良い人だ。 もっと仲良くなりたい。 世の中にはあんな人もいるんだと。
逆に、ロクに話したこともないのに嫌うパターンもある。
ちょっとした会話や態度、振る舞いをきっかけに、こき下ろすのだ。
この人はとっても意地悪で悪い人だ。 どこかへ消えて欲しい。 世の中にはなんでこんな人もいるんだと。
対人経験が少ないと、主観的な思考がつい先行する。
……失念してしまうのだろう。 人は、善と悪、両方の側面を持っている。
立場や視点によって変わる善悪の話ではない。 長い人類の歴史が形成した、人間にとってのある程度普遍的な善と悪。
理性では制御できず、つい悪だと思っていても行ってしまうこと。
時にそんな悪行が取り返しの付かない事態を生み出すことがあるが、それはさておき。 人である以上、常に正しく善だと思う行動が取れるわけではない。 小さな過ちなら数えきれないほどするだろう。
それを許さないような精神状態は、不安定だと言える。
俺が生きていく上で、俺と接していく人々が、俺にとって優しく都合の良い立ち振舞をし続けてくれるのか。 そんなわけがない。
世の中は自分を中心に動いているんじゃないという現実を直視し、勝手な理想を抱かない。
要は前向きなネガティブ。
自分にとって真に理想的な人間などいない前提で人と接するべきということ。
そんな当たり前を認識できなくなると、人間関係に軋みが生まれ、精神は不安定になってしまうのだと思う。
……こんな偉そうなことを考えている俺自身はどうだろう。
五木のことを言えるような立場ではないのかもしれない。
でも俺は、人の善だけを見ないし、悪だけを見ないことに関しても自信がある。 俺は昔から、そういう存在だった。
「五限は数学ですね。 食後に数学ってどうかと思うんですけど……」
「まったくだ。 教師だって辛かろうに」
珍しく勇人を加えて三人で過ごした昼休みももう終わりだ。
桃子の視線は相変わらずたまに感じるし、久しぶりに登校してきた蟻塚からは人を寄せ付けないオーラを感じていたが、それなりに楽しい昼休みだった。




