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蟻塚山脈

 

 次の時間。 四限目は体育である。

 見学でもしなきゃ、サボるのは難しい授業。

 

 ちなみにこの学校は、二クラス合同で体育を行う。

 俺のクラスである二年A組は、二年B組と一緒に体育の授業を行うのだ。

 

 今日は体育館のステージ側半分を女子、もう半分を男子が使って授業をするらしい。

 

 やるスポーツは男女ともにバスケ。 マイボマイボ叫んでボールを奪い合い、ゴールにボールをぶち込むスポーツだと聞く。 恐ろしいけど、がんばろう。

 

「お……」

 

 何気なく女子が体育をしている方を見る。

 他の誰よりも良い動きをしているあの女子は……やはり桃子だ。 

 

 桃子は体育の時、髪を結んでいる。 いわゆるポニーテールってやつだ。 

 激しい動きに合わせ、まとめた髪がふさふさと揺れる。

 あれだけ長い髪だと運動時鬱陶しいだろうから、ポニテにするだけでも結構楽になるんだろう。 

 確か最初の頃は結んでいなかった気がするから、途中でそれに気がついたのかもしれない。

 

「む……」

 

 続いて、五木を発見する。 

 五木にとって体育の時間はさぞ苦痛だろう。 と、思っていたけれど、なんだか案外楽しんでるみたいだ。 安心する。

 

 運動嫌いそうに見えて、実は運動好きなのだろうか。 ぴょこぴょこと触覚……じゃなくて、結んだ二束の髪の毛を揺らして一生懸命動き回っている。

 

 その調子でクラスに馴染めそうなものだが、そう簡単にはいかないのだろう。 

 

「おお……!?」

 

 ボッチ女子1号と3号を確認したからには、2号も確認しておこうと蟻塚の方を見る。 

 

 てっきり見学でもしているのかと思っていたが、意外にもちゃんと授業に参加していた。

 つまらなそうな顔をしながらも、周りに迷惑をかけない程度にはバスケをプレイしている蟻塚。

  

 いや……。 迷惑をかけない程度じゃなくて、これはむしろ、活躍しているのでは……? 結構運動出来るんじゃないか、あいつ……!?

 蟻塚は、良い感じに動きまわり、良い感じの場所へ移動し、良い感じにパスを貰い、良い感じにレイアップシュートを決めていた。

 

「へぇ……」

 

 これは凄い……。 胸が。

 それはもう、ぶるんぶるんと揺れまくって。

 

 桃子もクラスの中では胸が大きい方で、さっきから良い揺れを見せてくれていたが、蟻塚はそれ以上だ。

 

 その巨乳っぷりは、体操服の上から見ても一目瞭然。 山が二つあるかのように体操服が盛り上がっている。 蟻塚山脈である。

 

 更に。 勝手に控えめなサイズだと決めつけていた五木も、俺を驚かせる。 普段あまり異性として強く意識することのない五木の胸も、並以上にはあったのだ。

 

 こうなると、ボッチ女子の平均胸囲は驚異的な数値を叩き出していること間違いなしだ。

 思わず、ボッチ生活とバストのサイズには何かしらの因果関係があるんじゃないかと疑ってしまう。

 

 そうか……。 これが体育の授業に隠された真の課題。

 実際に運動する人間を観察することで、普段神秘のベールに包まれているものを学べということなのか。

 自分で課題を設定し、その課題に取り組む自主的な姿勢。 体育の授業は生徒にそれを求めているのか。

 体育の授業とは奥深きものなり。 俺の純粋無垢な知的探究心がどんどん高まっていく――! 

 

「おい、人見」

「ん? どうした、勇人。 得点係がよそ見なんてしちゃダメだろ」

「あのなぁ……。 いくら自分のチームが試合じゃないんだとしても、乳揺れ見学はどうかと思うぜ?」

「失礼な……。 俺は乳揺れ見学なんてしていないぞ」

 

 その通りだが、認めるわけにはいかない。 これは実にアカデミックな問題だ。 ただの下心と同列視してもらっては困る。

 

「……なぁ、勇人。 そもそもさ、明らかに揺れると思われる身体の部位を観察することに面白みがあると思うか?」

「あ? いきなり何を言い出すんだお前……」

「俺は面白みがあると思わない。 どうせ観察するのなら、俺は揺れる可能性の低い身体の部位を観察する。 それがパイオニア精神ってものだろう」

 

 パイだけに。

 

「は? それは何かおかしくねーか? 個体差を考慮してないだろ」

「はっ……!?」

 

 そうだ。 揺れる可能性の高い部位でも、個体によっては揺れる可能性が低くなる。 

 

「揺れやすいか揺れにくいかなんてものはな、個体によって変わるんだよ。 部位に拘るのは間違いなんじゃねえか、人見」

「……俺が、間違っていた……?」

「素直になれよ。 お前が見ていたのは、揺れる揺れない関係なしに、最初から女子の胸だけだということだ。 尻でもふとももでも二の腕でもない」

「ぐっ……! 今更認めてたまるか……」

 

 心の声が駄々漏れ。 これじゃあもう、俺の負けを認めたようなものだ。

 

「皮肉なもんだな。 揺れていたのはよ、お前の心だったんだ。 認めろよ人見。 楽になるぜ?」

「……勇人には敵わないな」

 

 俺は聞き逃さなかった。 勇人との会話中にも聞こえてくる、まいぼまいぼ! へいぱすへいぱす! ないしゅ!! といった叫び声。

 

「あのー……。 得点入ったんだけど」

「あ……」

 

 B組の田中くんに指摘されてしまう勇人。 

 

「言っただろ? 得点係がよそ見しちゃダメだって」

「クソ……。 ついお前の馬鹿話に付き合っちまったのが失敗だったな」

「ちっぱい? まだ胸の話がしたいのかよ。 勇人も好きだなぁ」

「………………」

 

 バチーン。

 

「いてッ……!」

 

 勇人のデコピンが俺の額に炸裂する。

 左手の中指を右手で思いっきり引っ張り解き放つ、とびきり威力の高いやつだ。

  

「やったな……。 額に穴が空くかと思ったぞ」

「惜しかったな。 穴が空けば第三の眼でも開眼してたかもしれねーのにな」

「そんなことあってたまるか……」

 

 いやでも、三つ目があるってのはカッコイイのかもしれない。 背中から腕を生やしたり、分身なんかしちゃったり。

 変身を遂げた強敵を足止めくらいならできそうだし。

 

「うぐ……。 額がヒリヒリする。 頭がぐわんぐわんする……」

「ちっとは反省しろ。 乳揺れを見過ぎた罰ってこった」

「……一応訂正しておくがな、何も俺は最初から下心まる出しで女子の方を見ていたわけじゃないからな」

 

 これは本当。 

 

「ほう……。 なーるほど。 だいたいどんな理由で見ていたかわかったぞ。 五木さんや蟻塚さんの様子でも見てたんだろ」

 

 勇人はやっぱり察しが良い。

 

「……その通りだよ。 よくわかったな」

「まあ、お前が見る女子っていったらだいたいこの辺りだろ……っと、試合終了か」

 

 先ほどまで試合をしていたチームが試合を終える。 今度は俺と勇人含むCチームと、Dチームの試合だ。

 

 俺のいるCチームには、バスケ部に所属している谷沢くんがいる。 

 谷沢くんはB組の生徒だ。 すごく頼もしいけど、足を引っ張らないようにと多少のプレッシャーがないわけじゃない。

 

「谷沢も大変だよな、経験者だから力の加減が難しいだろ」

 

 初対面ではないのか、違うクラスの生徒にも自然に話かける勇人。 

 

「本気だすわけにはいかないし、かといって手を抜きすぎてもダメだからね。 相手チームに経験者がいれば本気出せるんだけど」

「相手に元バスケ部だったって奴はいなそーだしな。 河内なんかはバスケうまそうだけどよ」

 

 河内くんはA組の生徒だ。 身長一八五センチメートルを超えていて体格が良いのに、卓球部だという。 

 しかも、パワーを活かした戦闘スタイルかと思いきや、中国式ペンを使った粒高ブロックマンだとか。 他の運動部が欲しくてたまらない人材だというのに。

  

「あはは! 確かに河内君ならダンクも余裕だろうね。 えっと……人見君だっけ?」

「ん?」

 

 まさか話しかけられるとは思っていなかったので、少しビックリする。 

 

「人見君は部活動何やってたの?」

「帰宅部」

「えっ……? 中学の時からずっと?」

「うん」

「それは逆に珍しいね……」

 

 信じられないといった表情を見せた谷沢くん。 ちょっとだけ俺のメンタルが傷ついた。

 まあ、でも仕方ない。 誰だって反応に困るだろう。

 俺だってこうとしか答えられない。 困るのはお互い様だ。

 

「まあ、テキトーに頑張ろう!」

 

 谷沢くんがチームメンバーに向けて声をかける。

 谷沢くん、俺、鎌桐、他四名の計七人だ。 一チーム七人で試合を行う。 

 

 実を言うと、俺はバスケをまともにやったことがない。

 でも、まあ、なんとかなるだろう。

 困ったときは谷沢くんに向けてパスをすりゃいい。

 

 と、思っていたけれど……。

 

「……マジかよ」

 

 谷沢くんは、手を抜きすぎちゃダメとか言っておきながら、凄く手を抜いていた。

 

 力の加減が難しいのはわかるけど、これはバスケ未経験者舐めすぎだ。

 なんか全体的に動きがくねくねしているし。 ……お前は軟体動物か。

 相手チームには悪いけど、もういっそ、ガチプレイしてくれた方が助かる。

 

 しょうがない、谷沢くんに頼りまくろうと思っていたけれど、ちゃんと自分で積極的に動き回るか。

 

「………………!」

 

 勇人と目が合う。 どうやら俺の意図を察したようだ。 某錬金術師じゃあるまいし、察しの良いガキは嫌いじゃない。

 

 俺は、訳あって身体能力には自信がある。 自信がありすぎて、俺こそ力の加減をしなきゃ大変なことになる。

 同じチームのメンバーがボールを奪い、前へ進んでいく。 うまくパスを繋ぎ、相手チームの防御を掻い潜っていく。

 

 手を抜いてるとはいえ、ここはバスケ部。 谷沢くんのパス回しはうまく、ゴール前に近づいた勇人に良いタイミングでパスをする。

 

「ふんっ!」

 

 そして、勇人がレイアップシュートを放つ。 しかし、河内くんの巨体に遮られ、狙いが外れてしまう。

 

 俺のチームに、弾かれたボールを取る者は……。 いない。 

 

 谷沢くんはどうやら未経験者にシュートを任せるつもりのようだし、他のチームメンバーもゴール前からは少々離れている。

 

 ならば、俺が行くしかない。 脚に力を入れる。 そこまで距離は離れていない。 これならそこまで力を出さなくても間に合う。

 

「えっ……!?」

 

 相手チームの人たちも、そりゃあ驚くだろう。 まさか、俺がいきなりゴール前に入り込んでくるとは思ってもいなかっただろうから。

 

 軽く跳躍。 弾かれたボールを受け止め、着地。 

 

 そして、再度跳躍。 

 シュートの種類を知識として知っていても、やり方とかよくわからないから、とりあえずゴールにボールをぶち込む。

 

「ほっ」

 

 ゴールにぶち込んだボールは、床に思いっきり叩きつけられた。 うん、力を出しすぎず、かといって出さなすぎず。 我ながら良い力加減だ。 谷沢くんにも見習ってもらいたい。

 

「すげえ……」

「あいつ、バスケ部じゃないよな」

「ダンクシュート決めやがったぞ……」

 

 あ、あれ……? なにやら騒がれているような……。

 

「……人見くん。 君、本当に帰宅部だったのかい?」

 

 さっきの信じられないといった表情とはまた違った、信じられないといった表情を見せる谷沢くん。 今度はメンタルが傷つくことはなかった。

 

「そうだけど……」

「実は昔、結構バスケやってたとか? それとも他のスポーツを……」

「こいつ、山育ちだから身体能力高いんだよ」

 

 勇人が助け舟を出してくれた。 ナイス勇人。

 

「山育ちって凄いんだね……。 今度の合宿は山でしようかな……」

 

 なにやら感心している谷沢くん。 とにかく、勇人にはありがとうと言いたい。 変に目立ったり絡まれたりするのはごめんだ。

 

「……なぁ。 俺、なにか不味いことしたのか」

「人見、お前なぁ。 そこまで目立つ動きをしていなかった奴が、いきなり凄い身体能力を発揮したら騒ぎにもなるってよ」

「……うまくやったつもりなんだけど。 その、俺がやったダンクシュートとやらは難度の高い技なのか?」

「お前くらいの体格でバスケ未経験者の奴が、いくら体育の授業レベルであっても、試合中に見事成功させるのは難しい技とだけ言っておこう」

 

 そうだったのか……。 

 

 とまあ、なにやら注目を浴びてしまって落ち着かないながらも、試合は俺のチームの勝利で無事終わった。

 

 というのも、俺が得点してから、谷沢くんが防御を頑張ってくれたからだ。 バスケ部員としてのプライドがちょっぴり刺激されたのだろう。


 男子の試合を見るのも暇なので、得点係は他の人に任せ、また女子の方を見る。

 

 ちょうど、桃子が試合に出ているところだった。

 ポニテをふりふり揺らしながら、ゴール前へ猛進する桃子。 

 あくまで表情は冷静に。 激しくスポーツをしている人間の表情とは、とても思えない。


……まあ、流石に汗をかいたり、顔が少し赤くなったりはしているが。 

 

 それにしても、美しく、カッコイイ。 もちろん本人にそんなことは言えないが、純粋に、そう思わずにはいられない。

 桃子がチームプレイをする気がないのか、それとも周りが桃子にすべて任せる気でいるのかわからないが、桃子はほとんど一人で戦っていた。 

 

 孤高の美少女。 


 そんな彼女に憧れてしまう男子も少なくなく、桃子にアプローチをかける生徒だっている……らしい。

 が、桃子は当然、寄ってくる男子たちに良い顔を見せない。 関わる気がないのなら、最初から関わらない――。 中途半端は云々の精神を貫いているようだ。 

 

 そしてその、孤高の美少女に徹している様が、更に人気を高めてしまっていることに、桃子本人は気づいていないようだった。

 

「………………」

 

 そんな桃子について、俺は時々考えることがある。

 

 もし。 クラスメイトを始めとした周囲の人間から抱かれている「家守桃子」というイメージが、本人の完璧な演技によるものだったら。

 その演技が、桃子にとって本当はだいぶ無理のあるものであったのなら。

 

 俺はもう、桃子と一緒に暮らし始めて一年ほどになる。 出会った当初と比べればだいぶ仲良くなれた気はするが、それでもまだ、桃子がよくわからない。

 これ以上、家守桃子という人間の深い部分に踏み込むには、俺はどうすればいいのだろう。

 

 そんなことを考えながら、俺は試合を眺めていた。



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