ボッチ女子2号
シトシトと降り続ける小雨。
通学路には、傘を差す制服姿の生徒たち。
中には、カッパを着て自転車を漕ぐ生徒の姿も。
いつもチャリ通の五木は今日……というかここ数日の雨の日、どうやって通学してるんだろうなとつい考える。 最近、一緒に帰れていないからな。
それにしても、落ち着く。
やはり雨の日の、この雰囲気は好きだ。
そんな楽しい通学時間もあっという間に終わり、学校に辿り着く。
廊下の窓は、湿気で落書きが書けるくらいに曇っていた。
というか、もう落書き書いてあるし……。 ラクガキ禁止! ってなんだよ。 張り紙禁止の張り紙みたいな。
そんなアホな落書きを心の中で笑いながら、歩き続け、教室に入る。
「……ん?」
ここ数日、学校へ通い続けているわけだが、今日はいつもと教室の雰囲気が何か違う気がする。 どこか俺が久々に登校した日に似ているような……。
「お……?」
自分の席へ向かっている途中、ようやく気づいた。
なんと、ボッチ女子2号が登校しているじゃないか。
蟻塚美門。
茶髪を胸に届く長さまで伸ばしており、サイハイソックスを履いた、スタイルの良い少女。
身長は桃子より少し高く、一六〇センチメートルをちょっと超えている程度だろう。
そしてそこはかとなくお嬢様って感じの雰囲気を醸し出す彼女は、実際、お嬢様とまでいかずとも、それなりに裕福なご家庭出身なのだとか。 ソースはクラスメイトの会話だが。
蟻塚美門は元々近寄り難い美人である上、どこか高圧的で刺々しい性格なのもあって、更に人を寄せ付けていない。 高嶺の花には棘もあり。 高嶺の薔薇だ。
よって、そんな彼女に話しかけようとする勇気ある者はおらず、蟻塚本人もどこか近寄りがたいオーラを放ち続けているので、周囲との心の距離はあまりにも離れている。 まるで、絶海の孤島。
そして、一週間丸々欠席していた俺も相当酷い方だが、蟻塚も俺に負けず劣らずサボり魔だ。 このままだと卒業できるのかってくらい欠席が多い。 それもあって、クラスにはまったく馴染んでいない。
ちなみに、蟻塚は俺の隣の席だったりする。 すなわち、俺の隣の席にはいつも人がいない状態が続いていた。
おかげで授業においてペアワークを行う際、前か後ろの席のペアに混ざって三人組にならなきゃいけないので、面倒だった。
「………………」
こいつ、そんな俺の苦労も知らず、涼しげな顔をしやがって……。
席につく。
五木はトイレかどこかに行っているのか、前にいなかった。 荷物は席に置いてあるから、登校はしているとわかる。
「……何よ?」
つい、蟻塚をボーッと眺めてしまっていた。 本人にも気づかれるくらい。
とりあえず、テキトーなことを言って誤魔化すか。
「いや、珍しく学校に来てるなと思ってさ。 そっくりさんとかじゃないよな? 双子の姉妹がいるだとか」
「そんなわけないでしょ」
ゴミを見るような目で一瞥される。 そして、俺の存在なんてまるでいないかのように本を読み始めた。
この対応、特定の人々にとっては最高にご褒美なんだろうけど、俺にとっては中々キツイ。
蟻塚は周囲に対して本当に冷めている。 冷めすぎて、その冷たさを他人に感じさせているほどに。
気温が低く、とても寒いさまを肌を刺すようなと言い表すことがある。
それに対し、蟻塚の醸し出す寒さは心を刺すようなものと言ったところか。 これはマジで、心にくる。
実はみんなと仲良くなりたいツンデレ娘だとか、実は孤高を気取っているだけのポンコツお嬢様だとしたら、可愛げがあるものだが……。
蟻塚はそんなことはないと、断言できる。
まず、隙がない。 どんなに頑張ってコミュニケーションを試みても、冷めた反応しか返ってこない。
蟻塚にビッグなリアクションを期待するなら、それこそ冗談では済まないような過激なことでもしなきゃ難しいだろう。
「……冗談はさておき、蟻塚はどうして学校サボりまくっているんだ?」
どうせ、冷めた反応しか返してこないんだ。 蟻塚に一言話しかけるのも、二言話しかけるのも、受ける精神ダメージは一緒だと思い込もう。
「………………」
まさか、もう一度話しかけられると思っていなかったのか、言葉を発するまでに時間がかかっている様子の蟻塚。 そして、
「……学校、つまらないから」
とだけ、言葉を発した。
俺の質問にちゃんと答えてくれるとは。 聞いた俺自身が驚いた。
「今日来たってことは、何か面白いものがあると期待しているのか?」
「違うわ。 単純に、卒業できる程度には出席しておこうと思っただけ」
「今の内からこんなに休むと、もっと登校する気がなくなる冬とかが大変だぞ」
「そうね」
会話終了。 今日は蟻塚とまともに会話できた記念すべき日となってしまった。
最も、蟻塚は会話中、終始こちらに目をやらず本を読んでいたが。
とはいえ、蟻塚も「話しかけてこないでくれる?」と、開口一番言ってくるわけではないから、割りとマシな方なのかもしれない。
「人見君、おはよーです!」
五木がやってきた。 夏服仕様の五木紗羽。
「ああ、おはよう。 今日は文化祭の出し物を決めるんだっけか」
「そういえばそうですねー。 わたし、特にアイデアとか考えてないですけど」
「俺もないな。 まあ、誰かしらアイデア出してくれるだろうから問題ないだろう」
「誰もアイデアを出さなかった場合は、出し物無しで教室が休憩室になるらしいですよ。 あくまで噂ですけどね。 今までそんなクラスなかったから噂止まりです」
休憩室か。
他クラスの出し物を楽しみたいだけならそれが一番楽そうだけど、クラス全員が納得するわけがない。 何より、教師もそれで良しとしないだろう。
要するにこの噂は、出し物ちゃんと考えろよってことだ。
きっと昔、出し物を中々決めないクラスがあって、そのクラスを脅す為に教師が言ったことなんだろう。
「なら、俺たちのクラスがその前例になってやろうか」
「だ、ダメですよ! 一年に一回の文化祭なんですから。 クラスでやった出し物が休憩室とか……ないです!」
「冗談だって冗談。 五木って、学校行事とか結構好きな方?」
「えっ? そうですね……」
そんなに考えるような問いかけではないはずだが、少し考えている様子の五木。
「うーん……。 嫌いではない、です」
考えた挙句、好きなのか嫌いなのか曖昧な答え。
つまるところ、好きな部分もあれば嫌いな部分もあって、ハッキリとした答えが出せないのだろう。
五木にとって、学校行事の好きな部分と嫌いな部分。 だいたい、想像はつく。 きっぱりと嫌いとはならない辺り、五木らしい。
「嫌いではないってことは、今日の出し物決めもちょっと楽しみだったりするの?」
「ちょっと楽しみだったりはしますね。 どんな出し物になるのか気になりますし」
「厳密には、生徒会が全クラスの企画書をチェックして、内容に被りがあるのか考慮して可否を決めるらしいから、今日出した案が通るとは限らないんだよな」
「それでも、今日の六時間目には、だいたいうちのクラスがやる出し物の方向性は決まると思いますよ」
お化け屋敷をやる気満々だったクラスが、他クラスと被っているからといって、素直に食べ物関係の出し物をやるだろうか。
仕方なくやる場合もあるのだろうが、お化け屋敷に近いものをやりたがる場合の方が多いだろう。
出し物の方向性がある程度決まるというのは間違いなさそうだ。
チャイムが鳴る。
生徒の自主性を促す為、ノーチャイム制にする学校なんかがあるらしい。
チャイムが鳴ろうが鳴らまいが、時間を守る人は時間を守るし、守らない人は守らないだろうと俺なんかは思ってしまう。 勇人なんかを見ていると特に。
「あっ、先生が来ましたよ」
担任が教室に入ってくる。 相変わらず無愛想で堅物な印象の強い先生だ。
だが、こう見えても結婚していて、小学生の息子までいる。 休みの日は家族サービスをする優しい父親の一面もあるらしいと聞く。 想像できない。
「今日の欠席は…………。 なしか。 遅刻もいない。 珍しいな」
教室内が軽くざわつく。 確かに珍しい。
いつも、誰かしら欠けていて揃うことがないこのクラス。
まるで、遅刻や欠席の常習犯たち(俺も含まれる)が裏で示し合わせたかのように、ずっとサボっていた人が登校した日に限って、昨日まで登校していた他の人がサボるといった現象が起き続けていたからだ。
だから、俺も驚く。 何より、朝はサボろうと思っていたし。 桃子がいなかったら俺のサボりにより、今日も全員遅刻せず揃うことはなかったということになる。
桃子さん、マジ感謝。 なんとなく、全員揃うというのは気持ちが良い。
……その全員に俺が含まれていることに、違和感がないわけではないが。
一限目と二限目の授業は、ずっとボーッとしていた。
外から聞こえる雨音を聞きながら、何も考えずボーッとするのは何とも心が落ち着く。
だが、眠ることはなかった。 カフェインのおかげではない。 そもそも俺は、コーヒー飲んでも普通に眠くなる。
眠気はないけど、頑張って授業を受ける気にもならないこの感じ。
要するに、怠い。
こんな怠い気持ちを切り替える為にも、外の新鮮な空気を吸いに行こう。
というわけで、休み時間。 非常階段の踊り場にいる俺と勇人。
雨の日ではあるが、そこまで激しく降っているわけではないので、ここならそこまで濡れることはない。
「…………………………」
「…………………………」
雨に打たれていく街の様子を眺めながら、何を話すわけでもなく佇む俺たち。
普通、人と接する上で沈黙は気まずかったり苦痛だったりすることが多い。
何かを話さなきゃと、焦る。 頑張って会話をしようとぎこちないやり取りが続いたりする。
義務的なコミュニケーションだ。
その点、俺と勇人の場合、沈黙は苦痛ではない。
話したい時に話せばいいじゃんといった、実に楽なスタイルだ。
「……怠いな」
「……そうだな」
「……腹、減ったな」
「……減ったな」
誰に聞かせるわけでもないが、本当に中身の無い会話だと、我ながら思う。
「……久々に遅刻しないで登校したけどよ、やっぱり俺にはキツイわ」
「ホント朝弱いんだな。 どうせ、夜更かしでもしているんだろ」
「まあな。 早く寝ようとは思っているんだけどよ。 昨日なんかは検索してはいけないワードを検索して遊んでてな。 いつの間にか日付が変わってたぜ」
「……そんな感じで毎晩寝るのが遅くなって、翌日遅刻のパターンか。 今日はよく遅刻しなかったな」
「今日は二度寝する前に、面白い情報を得てな。 マジで目が冴えるくらいの面白いやつだぜ?」
サラッといつも二度寝していることをカミングアウトする勇人。 一度起きたのなら頑張って登校してもらいたいものだ。
それはともかく、面白い情報……? 気になる。
「ずいぶんと期待のハードルを上げる言い方をするな。 俺にもその目が冴えるくらい面白い情報とやらを、教えてくれよ」
「おいおい、いいのか? 次の時間眠れなくなるぜ?」
「ああ」
というか本来授業中に眠ってはいけないし、俺もできることならしっかり授業を受けたいと思ってはいる。 思っているだけだが。
「東日本連続猟奇殺人事件の犯人が特定されたらしいぜ」
「おっ……?」
今朝、特定されるのは時間の問題と思ってはいたが、まさかこんなに早くその時間が訪れるとは。
「特定って……。 信用できる情報なのかよ、それ……?」
「ああ、信用できるぜ。 別々のところから犯人じゃないかと言われた人物が、同一の人物だったんだからな。 それだけで十分だろ」
「……まあ、頑なに信用できないとは言えないな」
「色々と詳細を教えてやりたい気持ちはあるがよ、もう休み時間も終わるし、四時間目は体育だし、続きは昼休みゆっくり話してやるよ」
「おう」
話を終え、ちょうどチャイムが鳴る。
教室へ戻り、席へつく。
怠さはすっかり失せていた。
勇人の教えてくれた情報は、確かに、目が冴えるような情報ではあった。
詳細こそまだ聞いていないが、犯人が特定されたとなると、これから色々なことが明らかになるはずだ。
楽しみというよりは、不安が大きい。 嫌な予感しかしない。
この調子だと、犯人が特定されたこと、桃子はもう知っていそうだ。 もしかすると朝から知っていたのかもしれない。
わざわざ俺にそれを伝える義務なんてないから、知らせてくれなかっただけで。
逆に、俺が知っている情報を桃子に伝える義務なんかもない。
だから、このことは桃子に言わなくてもいいだろう。
そんなことを考えながら、久々に真面目に授業を受けていた。 ような気がする三限目だった。




