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人見啓人と雨の日

 

 六月になってから、早くも一週間ばかりが経過していた。

 梅雨入りし、すっかりジメジメとした天気の続く日々。  

 

 俺は、雨が嫌いじゃない。

 特に予定が何もない日は傘を差し、雨降る街を散歩したりする。

 雨の街の雰囲気はなんか好きだ。 静けさを感じるというか、とにかく落ち着く。 

 

「……眠い」

 

 今日も朝から雨。

 金曜日なので、今日一日頑張れば楽しい土日が待っている。 

 そう考えれば、雨の音に癒やされ二度寝したくてたまらない状態の俺も登校する気にはなる。

 

 そう、俺はあれからちゃんと学校に通い続けていた。 我ながら本当に偉いと思う。

 

 だがしかし、疲れというのは溜まっていくもので、登校する気にはなっても体はベッドから離れようとしない。 まるで磁石な俺。

 

 こうなると、たまには学校サボってもいいよねと、自分を甘やかしたくなってしまう。 五木には悪いが、一日だけ休んでしまおうか。 三連休は待つものではない、つくるものなのだ。

 

「啓人、おはよう」

「……っ……!」

 

 またしても、いつの間にか俺の部屋にいる桃子。 前回と違うのは、夏服になっている点。 六月から衣替え移行期間に入っているのだ。

 

「……相変わらず心臓に悪いね」

「気配を殺す練習、してるから」

 

 そう言って、カーテンを開ける桃子。

……もう練習の必要ないんじゃないか?


「で、わざわざ部屋に来たってことは、特別な用が?」

「いつもより下へ来るのが遅いから、様子を見にきたの。 それだけ」

 

 俺の部屋は二階にある。 いつもはもう一階へ降りて来ている時間だ。

 

「あー、そういうことか。 もしかしたら急病で倒れこんでいる、なんてことがあってもおかしくないしな。 ありがたい心がけだけど……せめてノックくらいはして欲しいかな」

「ごめんなさい。 啓人もお年頃の男子高校生だものね。 いきなり部屋に入ってこられたら、困るよね」

「……なんだろう、その通りだから特に否定する気も無いんだけど、素直に肯定したくもない」

 

 桃子が部屋に来ても、体はベッドから離れようとしない。 磁石な俺は健在らしい。

 

「ちょ……!?」

 

 すると突然、桃子が俺のベッドによじ登ってきた。 あまりにも唐突だった為、変な声が出る。 

 

「ど、どうしたの?」

「脚、踏んだらごめんね」

 

 よつん這いになった状態から身を起こし、ベッドの上に立つ桃子。  

 ちょうど俺の足がある方に立っているので、見えそうで見えない。 何がとは言わないが。

 

 それにしても桃子の脚は綺麗だ。 別に脚フェチでも変態でもない俺がうっとりとしてしまうくらいに。 このまましばらくローアングラーになった気分を味わってもいいのかもしれない。

 

 黒のハイソックスもきちんと履いているからか、美脚っぷりが際立っている。 全国にいるであろう脚フェチの皆さんの気持ちがわかった気がする。

 

「……啓人、目つきがいやらしい」

 

 若干恥ずかしがってるような気がしなくもないけど、やっぱりいつもの表情とそんなに変わらないような表情で見下ろされる。

 

「しっ、失礼な! 俺はただ、この状況が理解できていないだけだ」

「別に理解しなくていいよ」

 

 そう言われても困る。 俺は奇行を黙って受け流すほど落ち着いた人間ではない。

 

「理解するなって言われると余計気になるぞ」

「……ちょっと高いところから部屋全体の様子を見たかっただけ」

 

 何故? 疑問は生じたが、これ以上聞き出そうとしても答えが出そうな感じではない。

 

「……まあいいや。 そろそろ朝食食べて学校行く準備するから、桃子は先に学校行ってて構わないよ」

 

 ベッドから降りてドアへ向かう桃子。 ふわりとスカートが舞い上がる。

 ふと、桃子は立ち止まり、こちらへ振り向く。

 

「…………本当に?」

 

 疑惑の眼差し。 サボる気満々だったのがバレバレだったようだ。

 

「本当だって。 俺のこの眼を見ても信じられないのか?」 

「………………」

  

 俺の眼をジーっと見る桃子。 そりゃあ眼を見ろと言ったけど、そんなに見つめ合うと素直にお喋りできないだろ。

 

「……啓人の瞳って、綺麗だよね。 赤い宝石みたい」

「えっ? ありがとう……?」

 

 いきなり瞳が綺麗だと褒められてしまった。 嬉しいというよりは、驚く。 

 瞳が綺麗だなんて言われたのは生まれて初めてだったし、この赤い瞳にはあまり良い思い出はない。

 

「啓人が学校サボっても別にいいけど。 今日、文化祭で何をやるか決める日って覚えているの?」

「あっ……」


 そういえば、七月入ってすぐに文化祭がある。 そろそろ文化祭準備が始まっていくわけだ。

  

「学校生活ってのを味わいたいのなら、是非参加するべきだと、わたしは思う」

「……すっかり忘れていたよ。 当然行くって。 元々、学校に行く気はあるからな。 ただ、体が中々動かなくて……」

「えいっ」

 

 いつの間にベッドの方へ戻ってきた桃子に、布団を剥ぎ取られる。    

 そしてそのまま、俺はベッドからお姫様抱っこで持ち運ばれていた。

 

「……桃子さん、大胆」

「こうでもしなきゃ、ベッドから離れそうになかったから」

 

 桃子より重い俺を、軽々とお姫様抱っこしちゃう桃子。 特別な体術でも習得しているのだろうか。

 

「普通、逆だよね……」

「わたしたち、普通じゃないから」

 

 わたしたち、か。 確かに俺たちは普通じゃない。 

 そもそも普通とは一体? だなんて、言葉の定義をこねくり回すような面倒くさいことはさて置き、普通じゃない。

 でも、俺と桃子が同じ性質の「普通じゃない」であるとは思わなかった。

 

「こんな抱きかかえられ方されたら乙女になってしまう……」

「人見啓子の、誕生」

 

 新しい人物が誕生してしまった。

 

「性別転換するわけにはいかないな。 もう下ろしてくれ」

「わかった」

 

 このまま俺が何も言わなかったら、いつ下ろしていたのだろうか。

 

「じゃあ、わたしは先に学校へ行くね」

 

 俺の部屋から出て行く桃子。

 桃子は俺がサボろうとするのを止めこそするが、そこまで強く言ってこない辺り、何だかんだで俺に甘い。

 

 俺が強く拒否すれば、学校へ行かせようとしないだろうし、甘えれば甘えた分だけ甘やかしてくれるだろう。 それが、俺にとっては危ういことな気がしてならない。

 

 俺は、誰にだって理想とするカッコイイ自分の在り方のようなものはあると思っている。 俺にだってある。 

 感情を理性で制御し、頑張って自身の理想像を演じようとする。

 

 皆が皆、ちゃんと自身の理想像を演じることができるのならば。 問題なんてない。 

 だけど、そんなにうまく演じることができるはずもなく、感情は理性のコントロールを外れる。

 

 あの時、こう振る舞えば良かったのに、できなかった。

 あの時、こう言えば良かったのに、言えなかった。

 あの時、こうしなきゃ良かったのに、してしまった。

 あの時、こう言わなきゃ良かったのに、言ってしまった。

 

 思考と矛盾した行動。

 自分自身の制御には限界がある。

 

 だからこそ、そんな時に他人がいてくれれば。

 頭ではいけないことだとわかっていても、たまに犯してしまう過ち。 そんな過ちを防いでくれる存在が。

 

 俺にとって、桃子がそのような存在であって欲しいと思っている。

 俺をとことん堕落させる存在ではなく、人間らしい人間でいられるようなブレーキの役割を担って欲しいと。

 

「さて……」

 

 やっとベッドから離れることができたんだし、このまま学校へ行く支度をしよう。

 基本置き勉の俺は、そんなに持っていくものがない。 とりあえず、筆記用具を鞄に入れる。 もう支度完了だ。 置き勉最強。

 

 持って行くものの準備ができたので、朝食を済ませることにする。 

 眠気の残る頭を上げ、フラフラと一階へ下りていく。

 

「おや?」

 

 何やら美味しそうな香り。 食欲が膨れ上がり、睡眠欲が押し狭まれる。 

 

 食卓を見てみる。 朝食は食パン二枚とツナ入りサラダとスクランブルエッグとコーンスープ。

 

「美味しそうだな」 

「啓人、わたしはもう行くから。 食べ終わったら、ちゃんと食器を洗っておいてね」

「はいよ」

 

 ビニール製の傘を持ち、扉を開けて外へ出る桃子。 

 部屋に一瞬だけ、ひんやりと冷たい湿った空気が流れこむ。

 

「……食事を済ませるか」

  

 いつも通りにインスタントコーヒーを作り、食パンをトースターで焼き、いただく。 

 

 トーストを齧りながら、ふと、つけっぱなしのテレビを見る。 

 各局が朝のニュース番組を放送しているわけだが、人によっては毎日どの局の番組を観るか決めている人も多いのかもしれない。

 

 ちなみに俺は特に局の拘りがあるわけではない。 適当にチャンネルを回し、興味のある内容だった場合にそのまま見続けるといった感じだ。

 

 そして今回は、チャンネルを回すまでもなく、たまたま目に入ったニュースの内容が興味のあるものだった。 

 

「相変わらず犯人は捕まっていないのか……」

 

 俺が一週間ぶりに登校した日の翌日。 ちょうど今から一週間ちょっと前のこと。

 また新たに連続猟奇殺人事件の被害者が発生したとのニュースが報道されたのだ。

 

 被害者は若い男女の二人。 遺体の損傷具合は酷く、被害者に対し強い憎しみを持つ、被害者と面識のある者の犯行だの色々言われているが、現場にそれらしい犯人の手がかりはないらしい。

 

 相変わらずの未解決。 東日本連続猟奇殺人事件の被害者は、合計十一人になってしまった。

 

 そして、飛び交う噂もネットを介して急速に広まっている。

 膨大になった情報の中には嘘も多いが、真実も紛れ込んでいるのかもしれない。  

 

 というのも、未解決とはいえ、ネット上の情報が鍵となり、事件は多少の進展を見せているらしいのだ。

 らしいというのは、桃子から聞いた情報だからだ。 なんでも、被害者の内の二人と同じ高校出身で同学年だったと言う匿名の人物が、ネット上に卒業アルバムのクラス紹介ページをアップロードしただとか。

 

 その画像を見たネットの住人たちは、被害者二人と同じクラスに犯人がいるだろうと、犯人探しゲームをし始めた。 

 当然、他に手がかりがなければ数十人に絞れていても、たった一人の犯人を特定することは難しい。

 

 では、一人の犯人を特定するのに使える手がかりは何か。 

 

 それは、二人以外の九人の被害者が所属していた集団、つまりは会社などの勤務先に関与する人物が、そのクラス紹介の画像にいるかどうかだ。

 

 もしいた場合。 

 例えば、被害者の一人が勤めていた会社。 

 そこで以前働いていた人物が、クラス紹介ページに写っていたとして……。 単純にこう考えることができる。

 

 犯人は、高校時代の同級生二人のみならず、以前勤めていた会社の人間も殺したと。

 

 その為、卒業アルバムの画像は拡散され、ネット上で問題になっている。 

 本来卒業生しか見ることのできないようなものを、ネット上で不特定多数の人物に見られるようにするのはどうかと思うが、間違いなく犯人を特定しやすくなった。

 

 これはもう、時間の問題だろう。

 

 当時、被害者二人と同じクラスだった人たちもなんとなく犯人に心当たりがあるだろうし。

 現在、二人以外の被害者が所属していた集団にいる人たちも、卒業アルバムの画像を見ているかもしれないし。

 

 警察も警察で、犯行現場に残された手がかりから犯人を特定しているかもしれないし。

 インターネッツの力、恐るべしといったところか。

 

「ごちそうさま」

 

 朝食を終え、身だしなみをチェックし、鞄と傘を持つ。

 

「行ってきます」

 

 外へ出て、学校へと向かう。 サボりたいという気持ちはもう、だいぶ薄れていた。

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