蕭条八重の推測
「んー……」
カーテンの隙間から差し込んでくる朝日に照らされ、起床する。
昨晩あれほど疲れていた体は、ぐっすり睡眠を摂ったことですっかり回復していた。
「何時だろ……」
時計を見る。 まだ、七時半だ。
鬼山さんの部屋には、八時半までに行けばいい。
朝食を摂りたいと思ったけれど、一人で行動するわけにもいかない。
万が一のことを考えて、わたしたちは出来る限り行動を共にすることにしている。
鬼山さんがまだ寝ていたら、起こしちゃうのも悪いし……。
「ふわぁ……」
ぐっすり寝たはずなのに、欠伸をしてしまう。
まだ、完全に疲れが取れたわけじゃないみたいだ。
とにかく、時間まで身だしなみでも整えたり、テレビでも観て過ごしていよう。
「映り、悪い……」
昨晩と変わらず、映りの悪すぎるブラウン管テレビ。
全部屋のテレビがこんな感じなのだろうか。 だとしたら、全部買い換えるのにどれくらいお金が必要なのかなと考える。
画面の映りが酷いので、音声を聴くだけとなっているが、それでもどんなニュースがやっているのかだいたいはわかった。
五月はもう終わり、そろそろ雨の降り続ける季節がやってくるとのことだ。
使う魔術の関係上、天候チェックは欠かせない。
これからの梅雨どき、雨の日が続くとなると、少々憂鬱な気分になる。
そんなことを考えながら身支度を整えて、いつでも鬼山さんのいる部屋へ行けるようにしておく。
そして、全部準備を終え、八時ちょっと過ぎ。
「……もうそろそろ、行こうかな」
部屋を出て、共同トイレでトイレを済ませ、鬼山さんのいる部屋へ向かう。
「開いてるぞ」
ノックしてすぐに、ドア越しに鬼山さんの声。
「おはようございます……」
「ああ」
鬼山さんは既に、すぐにでも外へ出れる格好をしていた。
……朝、弱そうなのにな。
鬼山さんは、だらしないのかしっかりしているのかよくわからない人だ。
間違いなく言えることは、食事に関してはだらしないということ。
自分で調理することを全くしない鬼山さんは、必然的に外食ばかりになるだろう。
そこに関しては、奥さんでも貰ったほうがいいんじゃないかなと心配になる。
でも……。
「…………なんだ?」
「いえ、なんでもないです」
この人と結婚したがる女性なんて、あんまりいなさそうだ。
何かと面倒くさそうな人だし。
「……まあいい。 これからのことだが……」
ふと、昨日寝る前に何かを考えていたことを思い出す。
「あ、ちょっと待って下さい!」
「ん……? なんだ?」
スマホを取り出し、メモアプリを起動する。 何かをメモしていたような……。
「あの、すぐ終わるので、事件についてのわたしの推測、聞いてもらえませんか?」
「……ああ、好きに言ってくれ」
そうだった。 思い出した。
「薊海里がこれからどう動くかなんですけど……」
「何か、わかったのか」
「あくまで、これはわたしの予想ですが……。 薊海里は今、間違いなく追い詰められていますよね?」
「……まあ、このまま逃げ続けられるとは思えんな」
「追い詰められて、薊海里が開き直っていたとしたら……。 大胆なことをする可能性が高いと思いませんか?」
「充分ありえるな。 魔術を使って大量殺人とか、か」
「はい。 無差別に人を攻撃する可能性も充分あります。 でも、薊海里は復讐心から犯行に及んだ可能性が高いですよね? だったら……」
「大胆なことをするにしても、まったく無関係の人間を殺すより優先して殺したい人たちがいる、と?」
わたしの言おうとしていた事を先に言ってくれる鬼山さん。
「その通りです。 だって、五人目と九人目の被害者は同じ高校出身とはいえ、現在は離れた場所にいたんですよ? そんな彼らをわざわざ殺しに行ったんです、彼には強い復讐心があるはずなんです。 そして、復讐したいほどの相手は、何も通りすがりの人ではないと思うんです」
「薊海里と関わったことのある人物ということか」
「そうです。 薊海里と関わったことのある人物。 そんな人物が集まっている場所といったら、もう候補は一つしかありませんよね?」
「…………なるほどな。 生まれ育った場所へ戻ってくるということか」
薊海里にとって、生まれ育った故郷とは良い思い出のある場所だったのだろうか。
……そんなわけがない。 きっと、嫌な思い出の方がたくさんあるだろう。 出来れば戻りたくない場所のはずだ。
だからこそ、追い詰められて最後に向かう場所があるとすれば、そこなのだと思う。
忌まわしい過去を精算する為、手に入れた魔術の力で、復讐をやり遂げようとするのではないだろうか。
それが例え、無計画且つ無謀であまりにも後先を考えていない、大胆な行動であっても、薊海里はもう、覚悟を決めているのだろう。
なりふり構わない人間は、とても厄介だ。 薊海里は、余計な不安や恐れを既に捨て去っているのでは……?
「はい。 薊海里はもしかすると、A県H市に向かっているのかもしれません」
少しの間、考え込む鬼山さん。 そして、
「……そうだな。 どちらにせよ、探し出す場所の候補ではあったが……。 優先的に向かうとするか。 と、その前にだな……」
「はい?」
……なんだろう。
「実は昨晩、魔術会に今回の件について連絡しておいたんだが……。 会長はどうやら俺たち二人で解決できると判断したらしい。 てっきり、誰か応援に来てくれると思ったんだがな。 まあ、それはいいとして……」
昨日、風呂へ入った後、自分の部屋で連絡していたのだろうか。 報告とかは鬼山さんに全て任せているから、どのような事を話したのかわたしにはわからない。
「このままじゃ、あまりにも戦力に不安があるだろうとのことで、ちょっとしたアイテムを渡してくれるらしい」
「アイテム……?」
ちょっとワクワクする。
「俺もそのアイテムがどんなものか詳しくは知らないんだが、それを受け取る為にも一度、施設へ戻る必要がある。 薊海里と魔物探しはその後だ」
「……確かに、昨日の戦いはキツかったですからね。 このまま薊海里や魔物と戦うことになっても、絶対に勝てる自信は……」
何より、相手の戦力は未知数だ。 もしかすると、仲間がいる可能性だってある。
応援が来ないのは仕方がないとして、出来る限り万全な準備をしておく必要はある。
「そんなわけで、これからの予定だが、このホテルを後にし、施設へ向かうことにする。 いいな?」
「はい。 それで、あの……。 今日の朝食は、どうしますか?」
「すぐ近くにある、マグドでいいだろ」
「……………………」
「……不満げな顔だな。 いいじゃないか、マグド」
「そうですね、たまに食べると結構美味しいですよね」
「だろう?」
「あ・く・ま・で! たまにっ! ですよ!? 何日連続で朝マグドだか、鬼山さんはご存知ですか?」
「……お前は今まで食ったハンバーガーの数を覚えているのか?」
「数なんて知るかっ!」
思わずタメ語。
「六十日ですよ、六・十・日! 体はバーガーで出来ているといっても、過言ではありません!」
「……いや、過言だろ」
「か、過言かどうかは、問題ではありませんっ! とにかく、たまにはマグド以外で朝食を済ませましょうよ!」
「そこまで言うなら別にいいが……」
「ほ、ほんとですか!」
「……近くにあった、モフバーガーとロッペリア、どっちがいい?」
「バーガー禁止!」
……とまあ、こんな感じで朝の時間は過ぎていき。
見た目が正直ボロい、駅チカのビジネスホテルを後にした。
これは、フロント係のおばさんから聞いた話だが、このホテルは近いうちにリニューアルオープンするらしい。
どうやら駅前区画整理事業の関係で、場所を移動する必要があるのだとか。
通りで、外観も内装もあまり綺麗とは言い難いわけだと納得する。
どうせなら、リニューアルオープンした後のこのホテルに泊まりたかったなと思ったが。
「………………」
わたしたちが泊まったこの古臭いホテルにはもう、二度と泊まれない。 次来る時には無くなっているだろう。
その事実に寂しさを少し感じながら、この街に別れを告げた。




