芦高郡は人を殺す
※暴力的なシーンがあるため、苦手な方はお気をつけください。
蕭条八重が眠りにつき、時刻が零時を過ぎた頃。
舞台は、蕭条たちが滞在している街からはだいぶ離れた場所。
深夜の公園。
ベンチに座っているのは、若い男女のカップルだ。
そんな二人に近づく、黒ずくめの男。
男の名は、芦高郡――。
大柄で、威圧感のある外見。
何より特徴的なのはその服装だ。
冬でもないのに黒色のトレンチコートを着ており、それでいて表情は暑さなど感じていないかのように涼しげなまま。
「……ん?」
芦高郡が殺人対象を選ぶ基準は至って単純なものだった。
自分よりも、満たされている者。
だから今回は、誰から見ても満たされていそうな若い男女のカップルが殺されようとしていた。
しかし――。
もし仮に、深夜の公園にいたのがこの若い男女のカップルではなかったとしたら。
例えば、誰からみても満たされていない、不幸な人生を送っているような者だったとしたら。
それでも、芦高郡は殺していただろう。
なぜなら、芦高郡が自分より満たされていると思った時点で、その相手は芦高郡の殺人対象となってしまうからだ。
実際にその者が満たされているかどうかは関係ない。 芦高郡にとっては、芦高郡の主観的世界こそが全てだった。
「だ、誰……?」
「ちょ、お前……」
ベンチに座っていたカップルの内、最初に狙われたのは女の方だった。
(服は汚れるが、仕方ないか……)
女は芦高により地面に押し倒され、そのまま頭を脚で叩き潰される。
「は……?」
飛び散る血液と脳漿。 ぐちゃぐちゃに潰された頭部から溢れる、赤色。
男はあまりにも突然の出来事に唖然とする。
(この男、状況が理解できていないようだが……。 まあ、理解できたとして、脚を踏み潰してしまえば逃げ出せまい)
仮に男が状況をすぐに理解し、逃げ出したとしても、芦高の脚力ならばすぐに追いつくことはできる。
だが、目撃者が増えるような事態はあまり起こしたくない芦高は、男の動きを止める必要があった。
だから芦高は、男の両脚を踏み潰した。
「あ゛あああああああ!!」
絶叫。
芦高は、男の痛みを想像する。 相当痛いだろうと。
「想像力とは恐ろしく、残酷で、邪悪な力だと思わないか?」
芦高は、男に向かって言葉を投げかける。
「ただ、お前を殺すだけなら。 そこの女の頭やお前の脚を潰したように、お前の頭を潰せばいい。 殺す力を持っているのなら、その力をそのまま振るえばいいだけの単純な話だ」
男の返事はない。 痛みのあまり、芦高の言葉が耳に届いていないようだ。
「だが、俺がそうしないのは、何故だかわかるか? 俺がお前に、より苦痛のある死を与えたいからだ。 その為に、想像力が使われる」
男は呻きながら、脚を引きずり地を這う。 芦高から必死に逃げるように。
「人の痛みが理解できる人間になれだとか、自分がされて嫌なことを他人にするなと言う輩がいる。 想像力を用いて他者と良い関係を築き上げろと言いたいのだろう。 このように想像力を用いる者もいるが、想像力は人間にとって、攻撃の為に用いられることの方が多いのではないか?」
芦高は、地を這う男を踏み、抑えつける。
「例えば、処刑や拷問だ。 どうすればより苦しみ死に至るか。 実際に人を使って苦痛の度合いを確かめることはするだろうが、まず最初に想像力が用いられるだろう。 自分が死ぬわけにはいかない。 自分が苦しむわけにはいかない。 他人の痛みはあくまで他人の痛み。 自分の痛みではない」
男は失禁していた。 尿により、その衣服が汚く濡れる。
(……残念だ。 まだまだこれからだというのに、もうそんなに恐怖しているのか、この男は)
芦高郡は言葉を続ける。 会話する為ではなく、ただ思ったことを吐き出し続ける。
「他人の痛みは想像するしかないのだ。 そうしてより相手を苦しめる手段と方法を想像し、実行に移す。 今の俺がやっているようにな。 人の痛みを想像することで、より人の痛がることを。 自分がされて嫌なことを想像することで、他人にもそのことを、だ」
芦高は抑えつける力を少しだけ強くする。
うまく加減をしなければ、相手がすぐ死ぬことを芦高は知っていた。
「……今回は失敗したな。 お前とそこの女に苦痛を与えるのなら、もっと良い方法があったか」
芦高は、嗜虐心に満ちた笑みを浮かべる。 そして、
「例えば、まずお前を動けなくする。 その後で、女をじっくりと痛みつける。 その様を、俺はお前に見せつける。 どうだ? 愉快だろう? お前の目の前で、あの女は何度も何度も何度も何度も俺に痛めつけられる。 生きていることを後悔するくらいにな。 脚の動かせないお前は、どうしようもできない自身の不甲斐なさと怒りと苦痛に苛まれ、絶望する」
と言った。
瞬間、男の目つきが変わる。
(この男、俺の発言を想像したな……)
男を愉快そうに見下しながら、芦高は続ける。
「そのまま女に痛みを与え続け、首を絞め、殺す。 そして、お前も俺に殺される。 どうだ? 実際に行えなかったのが残念で仕方がないが、これが人間の想像力というものだ。 おぞましいとは思わないか?」
「……ッ!」
男に、恐怖と怒りの混じった表情。
「良い表情だ。 ……さて、お前はどうしてやろうか」
芦高は、男の背中から足を離す。 男が動く気配はない。 もう助かることを諦めているように見える。
「……これを使うか」
芦高がポケットから取り出したのは、長さ一五〇ミリメートルの丸釘。 ホームセンターに行けば安価で買える、固着具だ。
「お前に少しチャンスをやろう。 ここに釘が四本だけある。 これをお前に刺していく……が、どこに刺すかはお前が決めていいことにする。 もし、四本刺した後にお前が正気を保っていたら、お前を生かしてやろう」
芦高はしゃがみ込んで、男に向けて釘を突き付ける。
恐怖に怯える男の顔に、若干の希望が垣間見える。
ありえない提案なのに、異常な状況が男の思考回路を鈍らせる。
「まずは一本目だ。 どうする?」
「…………右手」
芦高は、望み通りに男の右手に釘を突き刺す。
「ぐがあああああっ!」
まだこんなに元気があったのかと思わせるほど、大きな叫び声を上げる男。
想像していたよりも痛かったのか、歯を食いしばり、必死に耐えている。
「さて、二本目だ。 どうする?」
「ひっ……左手」
芦高は、男の左手に釘を突き刺す。
「うがああああああああっ!」
痛みに悶え苦しむ男。 両手に突き刺さった釘が、地面から抜ける。 地面に二箇所、血だらけの小さな穴。
(このまま苦しむ様を眺めているのも悪くはないが……)
芦高はまだ続ける。
「もう正気を失ったのか?」
「まっ……まだ……」
ずっとうつ伏せだった男が、仰向けになる。
痛みに慣れてきたのか、それとも痛みのあまり、思考が鈍くなっているのか、落ち着いてきている。
「では三本目だ。 どうする?」
「左脚……」
男はどちらにせよ、助かることはない。
しかし男は、ここで選んではいけない選択をしてしまった。
(こいつ、よりによって俺が既に踏み潰した脚を選んだな……)
「……よく聞こえなかったぞ。 つまり、どこでもいいということだな」
「ちっ……ちが……!」
芦高は男の腹部に釘を突き刺す。
瞬間、芦高は今まで聞いたことのないような苦痛の叫びを耳にする。
「もしかして、聞き間違えてしまったか? まあ、いい。 俺にはそう聞こえたのだからな。 最後だ、四本目はどうする?」
芦高が耳にしたのは、言葉と認識できない声。
「お前が決めない場合、選択権は俺に委ねられたということになるが、いいのか?」
男の返事はない。
「よし、では右眼にしよう。 よく見ておけよ。 これを刺してしまえば、もうお前の右眼は何も見ることができなくなってしまうのだからな」
芦高は、もがき苦しむ男の首を、右手で抑えつける。 苦痛で歪んだ顔が、これからどう変化するのかを想像する。
「く……」
つい、口角が釣り上がってしまいそうになる芦高。
(……いけない。 まだ、刺していないというのにな。 どうか、想像を超えてくれよ)
そして芦高は、男の右眼に釘を突き刺す。
「四本目……」
溢れ出る赤。 もはや、大きな叫び声などない。 聞こえるのは、人が出したとは思えない不気味な呻き声だけ。
続いて芦高は、男の右手と左手に突き刺さった釘を引き抜く。
「右眼に突き刺したのなら、左眼にも突き刺さしてやらねばバランスが悪いだろう」
芦高は血塗れの釘を、男の左眼に突き刺した。
「意識があるのなら、よく理解しておけよ。 お前が最後にその目で見たのは、お前を殺した男の顔だ」
両眼に釘の突き刺さった男が、のたうち回る。 死ぬまでに、残った生命力を全て、吐き出すかのように。
「はは……」
楽しい。 心の底から楽しいと思えている自分に、芦高は歓喜する。 だが、まだこれで終わりではない。
(もう、聴き応えのある声を出さないであろうその喉も、壊してしまおうか――)
芦高は、釘を男の首に突き刺す。 刺した瞬間噴き出る血。
両眼に刺さった釘も再利用。 首にもう二本追加される。
「ははは……」
釘で首を掻き回す。 撒き散らされる血液の匂いが芦高の鼻孔をくすぐる。
真っ赤になった首。 喉からは、ヒューヒュー、ゴボゴボと音がする。 気管に血液でも流れ込んでいるのだろう。
芦高は、男が想像を絶する苦しみを味わっているのだろうと想像する。 ズタボロにされた首の激痛。 ドロリと熱い血液が気管に入り込み、うまく呼吸できない苦痛。 間違いなく、不幸な死に様。
(俺は今、ほんの少しだけ満たされた……)
すっかり赤く汚れてしまったこの姿をどうにかする前に、もう少しだけこの余韻に浸っていたいと思う芦高。
「ほぅ……」
近くに見えるのは、自動販売機。
芦高は、小銭を入れて、缶コーヒーを一本買う。
自販機のボタンが血で汚れるが、芦高は気にしていない。
芦高はそこまで缶コーヒーが好きなわけではなかった。
けれど、カフェインを摂取することで殺人の余韻をより愉しめるのを、芦高の脳は覚えていた。
幸せそうな若いカップルが座っていたベンチに座り、芦高は缶コーヒーを啜る。
目の前には、幸せそうな若いカップルだったもの。
ふと、女の頭部が無くなっていることに、芦高は軽い苛立ちを覚える。
やはり、最後まで顔はあったほうが良いな。 今日はつまらないことをしてしまったなと。
反省すべき点は置いといて、しばらくここに座っていようと芦高は思った。 人の来る気配はまるでない。
叫び声など聞こえていないのか、あるいは聞こえていても駆けつけるほど大事だとは思っていないのか。
(どっちにしろ、俺にとって都合が良い……)
夜空には満月。
満月は、芦高を祝福しているかのように輝いていた。




