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とある魔術の授業時間


「…………はぁ」

 

 今日は色んなことがありすぎて疲れた。 明日から更に忙しくなりそうなことを考えると、余計に。

 

 でも、お風呂へ入らず眠るわけにはいかない。 

 着替えの衣類を持ち、フラフラとした足取りで、地下一階の大浴場へと向かう。

 

「……誰もいない」

 

 大浴場は貸し切り状態だった。

 服を脱ぎ、脱衣カゴに服を入れる。

 大浴場はお世辞にも清潔感に問題なしとは言えない。 できれば床も、なるべく裸足で歩きたいと思わない。

 

 テレビ番組か何かで見た情報だろうか。 公衆浴場等は水虫菌の温床となりやすく、水虫に感染しやすいとか何とか。

 月の形なんかは普段気にしないのに、こういう目に見えないような細かいことは気にしてしまうわたし。 気にしすぎは良くないだろうに。

 

「………………」

 

 わたし以外に誰もいない大浴場。 なんだかテンションが上がってしまう。

 

 今日一日の疲れを流すようにシャワーを浴びる。 気持ちがいい。

 ふと、鏡に映る自分の裸体を見る。 歳相応の……はずである体。

 この細い体で、今日は一生懸命戦った。 充分頑張ったと労ってあげなきゃなって思えてくる。

 

「ふぅ……」

 

 体を洗い終わり、湯船に浸かる。 

 ちょっぴり熱いけれど、体の芯までじんわり染み渡るように温まっていく感じがする。  

 

「んー……」

 

 足を伸ばす。 他に誰もいないので、だいぶリラックスできる。 得した気分。

 このまま眠ってしまいたい。 と思ったけれど、溺死はしたくない。 気を抜きすぎて寝てしまう前に湯船から出よう。

 

「ふひー……」

 

 湯船から上がり、体をよく拭いて、服を着る。

 後は、部屋へ戻り眠るだけ。 明日からの不安はあるけれど、今日はぐっすり眠れそうだ。

 毎度貸し切り状態なら、大浴場も悪くないかもと思いながら、大浴場を後にする。

 

「あっ」

「……ん?」

 

 風呂あがりの鬼山さんにバッタリ遭遇してしまう。 

 わたしがのんびりしている間に、鬼山さんも男性用の大浴場へ来てお風呂を済ませていたのだろう。

   

「……浴衣着てるんですね」

 

 鬼山さんは各部屋に用意されている浴衣を着ていた。 わたしはティーシャツとジャージ姿だというのに。

 

「用意されたものはなるべく使う主義だからな」

「そうですか……」

 

 風呂上がりの鬼山さんは、いつもと雰囲気が違って見えた。 何だか変に緊張してしまう。

 

「今日は早く寝ろよ。 調べ続けたい気持ちはあるだろうが、今は体力回復が先決だ」

「はい。 ……おやすみなさい」

 

 部屋へ戻るまでの道は同じだけれど、一緒に歩くのは避けたい気分だった。

 

 だから、鬼山さんよりゆっくり歩いて部屋へと戻る。

 前に見えるのは、何を考えているのかわからない鬼山さんの後ろ姿。

 

 鬼山さんも、戦闘に対する恐怖や、明日への不安がないわけじゃないだろう。 

 それでも、そういった感情を表に出さず、いつも通りに振る舞っているように見える。 大人の余裕ってやつだろうか。

 

 わたしもそんな余裕が持てるようになりたいし、何よりもっと強くなって戦闘に貢献したい。 現状、わたしは鬼山さんの足を引っ張っているのだから。

 

 そもそも何で、わたしが鬼山さんほど優秀な魔術師と組むことになったのか、わからない点が多い。 わたしよりも優秀な魔術師は、他にもいるのに。

 

 考えられる理由としては、実用的な雷属性耐性魔術を習得しているのがわたしくらいしかいない為だろうか。

 パートナーの魔術によるダメージをある程度抑えられる。 これは、戦闘する上でそれなりのメリットではあるはずだ。

 

 でも、そんなメリットだけでは、役に立てているとは言い難い。 かといって、急に強くなるのも難しい。

 

 特に、魔術に関しては。

 

 なぜなら、わたしたちが扱うこの魔術というものは、努力以上に才能や適性に強く左右されるものなのだから。

 

 

 

* * *

 

 

 

 三年前。 施設で目を覚ましたわたしが、魔術について教わり始めたばかりの頃を思い出す。

 

「まず、魔術の発動には三つの要素が必要となる。 どれか一つが欠けていると、魔術は発動できないというわけだ」

 

 施設で過ごすようになってすぐにわかったこと。 それは、魔術だなんて妄想の産物でしかないと思っていたものが、本当にあったということだ。

 

 もちろん、言葉でどんなに聞いたって信じられるものじゃない。 わたしが魔術を信じるしかなくなったのは、実際にこの目で魔術を見てしまったからだ。

 

「三つの要素、ですか……」

「そうだ。 まず初めにエネルギーだ。 人は、ただ生きているだけでもエネルギーを消費するわけだが、激しい運動なんかをすると、より大量のエネルギーを消費することになるだろう?」

 

 一日中外を走り回っていた人と、一日中部屋に閉じこもってゴロゴロ寝転がっていた人。 

 前者と後者では、一日に消費するエネルギーの量に差があるのは当然だ。

 

「魔術を発動するのにも、同様に大量のエネルギーが必要なんだ。 その魔術が強力なほど、大量にな。 ゆえに、魔術は使い放題というわけにはいかない。 無理して使えば、体力は奪われ、生命の危機に陥る。 魔術は体に負担のかかるものなんだ」

 

 だからこの施設の食事は、栄養バランスもしっかりと考えられている上に、結構ボリューミーだったりする。 魔術を使わないと太りそうなくらいに。

 

「二つ目は、想像力だ。 火を起こすのなら火のイメージ、雷を生むのなら雷のイメージが必要というわけだ。 そして、イメージが具体性に富んでいるほど、発動した魔術の質も高くなる」

 

 例えば人が果物のりんごを思い浮かべる時、ただ赤くて丸い物体を想像するだけでは具体性に欠けているということだろう。

 

 りんごの味。 食感。 匂い。 大きさ。 触り心地。 模様。 色……。 あらゆる特徴をより細かにイメージしなければならない。

 

「攻撃魔術ならより鋭く荒々しいイメージを。 防御魔術ならより強固で堅牢なイメージを。 魔術はイメージが具現化すると考えてもそう間違いではない」

「イメージの、具現化……」

「これはつまり、こういうことも言える。 想像を阻害するような外部の刺激がある場合、魔術は本来の威力を発揮できない、とな」

「………………」

 

 想像力が魔術の発動に必要な要素だということは、何も想像できないような状態だと、魔術は発動できないということだ。


……そんな状態になることなんて、あるのだろうか。

 

「最後に、術式だ。 これは、エネルギーと想像力があって初めて機能する。 つまり、どんなにエネルギーと想像力に満ち溢れていても、術式がなければ魔術は使えないということが言える」

 

 要は術式こそが、この施設――つまりは魔術会が独占し、隠し続けている最重要機密。


「術式は、一度習得したら忘れることはできない。 絶対にな。 その上、習得できる術式の数には限りがある。 この限りには、あまり個人差はないらしいがな。 そして、高度な魔術になるほど多くの術式が必要になる」

「それって、高度な魔術を一つ使えるようにしただけで、習得できる術式の数がだいぶ減ってしまうということですよね?」

「そうだ。 術式習得の上限容量は意外と少ない。 だから、いくつもの上級魔術を使用することは容量的に不可能なんだ。 ゆえに、適性ある術式を手早く見つけるのが強い魔術師になる為のセオリーと言える。 どんなに自分には適さず使えない術式だろうと、習得してしまえば容量を食うことになるからな」

 

 術式。 火属性で広範囲を焼き尽くす攻撃魔術なら、まず火が必要なので火を生み出す術式と、用途が攻撃であるなら攻撃の術式、更に攻撃範囲を指定する術式が必要になる。 そういうことらしい。

 

 そしてその術式一つひとつには、適性が存在する。

 

「以上が魔術発動に必要な三つの要素なわけだが、術式の適性についても教えておこう。 俺はこの通り、雷属性魔術を得意としている」

 

 と言って、鬼山さんは掌から小さな電撃を生み出す。 下級魔術なので、攻撃には役に立たなそうだ。

 

「ではなぜ俺が雷属性魔術を選んだのかだ。 それは、雷属性に関する術式に適性があったからだ。 火属性や氷属性の術式では数日間努力してもできなかったことが、雷属性ではたったの一日で可能だった。 少ない努力で他よりも大きい結果が生み出せるのなら、それを選ばない手はないだろう?」

 

 その上、術式には上限容量が存在する。 

 ただ上達するのに時間がかかるだけでなく、習得できる術式の数が減ってしまうのなら、不適性な魔術を極めるメリットはほとんどないだろう。

 

「だからさっきも言った通り、魔術師のセオリーは、まずあらゆる術式を習得し、適性ある術式を特定することから始めるんだ。 適性のない術式――俺の場合、火属性や氷属性の術式がそれに当たるが――それらを上級魔術まで使えるように努力しても、ただ容量と時間を食らうだけでたいして役に立つ魔術は使えないことになる。 だったら俺は適性ある雷属性魔術を極めた方が効率が良いし、他に火属性の術式に適性のある人物が火属性魔術を極めた方が良い」

 

 要は適材適所。 自分に適性のある魔術を各々が極めていったほうが、無駄がない。

 不向きな人間に努力をさせて不可能を可能にするより、努力をしなくても元々可能な人間にやらせたほうが良いということ。

 

 もちろん、不向きな人間にさせた努力が完全に無駄なものとは思わないけれど。 その不向きなことに対する努力を活かすことができるかどうかはまた別の話。


「……ここまで、だいたいわかったか?」

「はい、だいたいは……」

 

 とはいえ、一度に色々な事を話されて、だいぶ疲れてしまった。 

 

「よし、じゃあ……」

「今日はもう終わり、ですか?」

「いや、まだだ。 せっかくだし、今話したことに関連する補足説明もしておこう」

「………………」


 魔術の授業はまだ終わらないらしい。

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