日記
わたしの不安は的中してしまった。
芦高郡に殺されそうになっていたわたしと鬼山さん。
その場に駆けつけ、それを阻止した人見君。
このまま、人見君が芦高郡を倒して一件落着。 ……とはならなかった。
もう一人の魔人、ネアレスの乱入。
これまでわたしたちが関わってきた事件の、元凶たる存在。
一連の騒動の、黒幕――。
「……鬼山さん!?」
「だいぶ、無理をしていたみたい」
現在。 わたしは人見君と桃子ちゃんの家にいた。
ネアレスにより右腕を負傷した紗羽ちゃんは、人見君に回復魔術をかけられていたが、起きる様子はない。
人見君も、回復魔術を使ってエネルギーを使い果たしたのか、死んだように眠っている。
そして鬼山さんも相当無理をしていたのか、家に着いた瞬間、倒れてしまった。
今は、人見君と鬼山さんはそれぞれの部屋へ、紗羽ちゃんは桃子ちゃんの部屋で眠っている。
「……わたしの知らない間に、随分と大変なことになっていたみたいね」
あの古墳公園から家までわたしたちが帰ってこれたのは、桃子ちゃんと、桃子ちゃんが急いで呼び出した蟻塚美門がいたからだ。
二人は、気を失った人見君や紗羽ちゃんを頑張って運んでくれた。 相当、大変だったと思う。
わたしと鬼山さんは何とか自力で歩くことができたが、それは桃子ちゃんが使ってくれたあるアイテムのおかげだったりする。
魔道具――。
第二世界に存在する魔動武器の複製中に産み落とされた副産物。
わたしと鬼山さんが装備している、魔術発動の負担を軽減する指輪も魔道具だが、魔道具はそれだけじゃなかったのだ。
桃子ちゃんが持っていた魔道具は、回復魔術の効果を持つ指輪。
桃子ちゃん自身が回復魔術を習得していなくても、その指輪を使えば桃子ちゃんは回復魔術を使うことが可能。
もちろん、その指輪は何度も使えるわけじゃなく、わたしと鬼山さんに回復魔術を使い終えた後、粉々になって壊れてしまったわけだが……。
それでも、わたしと鬼山さんはだいぶ傷を癒やすことができた。 たった二回の回復魔術で壊れてしまったからといって、責める理由はどこにもなかった。
「八重さんも、さっきの魔道具で怪我はある程度治ったみたいだけど、ゆっくり休んだ方がいいと思う。 それに、この後の話は、啓人が起きてからじゃないとできないから……」
「……うん」
わたしだって、今すぐ倒れ込んでもおかしくないほど疲労している。
芦高郡との戦いで負ったダメージも、まだ残っている。
でも、不思議と、変に興奮していて眠れそうになかった。
この興奮は、恐怖からだろうか。
それとも、もっと他の何か……?
「……………………」
リビングを後にし、二階へ移動する。
脳は興奮していても、体はずっしりと重く、休息を求めていた。
それなのに、わたしはなぜか自分の部屋ではなく、鬼山さんの部屋へと向かっていた。
「……鬼山さん」
起こさないよう、小さな声でわたしはその名を呟いた。
この人は、鬼山竜紀。
三年前、記憶を失っていたわたしが初めて出会った人だ。
魔術師で、わたしに魔術のことを一から十まで教えてくれた。
ここ数ヶ月は、わたしと共に行動し、一緒に魔物や魔術師と戦ってくれた。
この人は……わたしにどこまでも優しかった。
初めての実戦で力を使い果たし、動けなくなったわたしに肩を貸してくれた。
周りをよく見ていなかったが為に敵の策略に嵌り、命を落としそうになっていたわたしを助けてくれた。
度重なる残酷な現実に対し精神的に参ってしまったわたしのことを、ちゃんと待っていてくれた。
それだけじゃない。 この人は、わたしに向かって「死ぬなら俺が死んだ後に死ね」と言った。
言われた時は、そこまで深く捉えなかったこの言葉だけど……。
この言葉は、鬼山さんがわたしの為に自己犠牲すると言っているのとそう変わりない。 今までの言動から見ても、そうとしか思えない。
いくら共に戦う仲間だからといって、自分の命を犠牲にしてまでもわたしを助けようと思うだろうか。
この人は……。
鬼山さんは、どうしてここまでわたしの為に行動してくれるのだろうか。
わたしは鬼山さんのことを、知っているようで、何も知らない……。
「…………さてと」
そろそろ部屋から出ようと思い、踵を返そうとする。
「…………………?」
そんな時、ふと目に入ったのは、机の上にある一冊の学習ノートだった。
そういえば、薊海里との戦いの前日の夜に、鬼山さんは何やら書き物をしていた。 もしかすると、この学習ノートに何かを書いていたのかもしれない。
「……何が書いてあるんだろう」
気にならないわけがなかった。
ノートの表紙はだいぶ使用感があり、薄汚れていた。 きっと、それなりに長い間鬼山さんが使っているのだろう。
わたしは、ノートを手に取り開いてみる。
「これは……日記?」
ノートの中身は日記だった。 学習ノートを日記帳代わりに使っているようだ。
日記と言っても、毎日書かれているわけじゃないみたいで、一ヶ月くらい何も書かれていないこともある。
恐らく、鬼山さんがこれは書いておこうと思った日だけ書かれる、気まぐれ日記なのだろう。 飽きっぽくて毎日日記を書くのが苦手な人には良さそうだ。 ……もはやこれを日記と呼んでいいのかわからないけれど。 定期連載と不定期連載はだいぶ違うし。
「………………」
鬼山さんの様子を伺う。 当分、起きる気配はない。
少しくらい読んでも、いいよね……?
「………………よし」
鬼山さんの日記を読み始める。
まずは、たまたま目に入った、みんなとプールへ行った日のページから。
2016年8月×日
今日は蕭条八重や人見啓人たちとプールへ行くことになった。
もちろん俺は乗り気ではなかったが、あいつらを放って一人留守番するわけにもいかない。 よって、共に同行することにした次第である。
何より、人見啓人や家守桃子はともかく、蕭条八重はこんな風に遊ぶ機会は滅多にないだろう。 許可する以外の選択肢はなかった。
幸い、蕭条八重は楽しそうに遊んでくれていた。 俺はその様子を確認できただけで満足だったが、しつこく共に遊ぶことを要求された為、一緒に遊ぶことにもなった。
俺としては複雑なところだが、蕭条八重本人がそれで満足するのなら、致し方ない。 頑なに拒否をして気分を害するのも、良くない。
これで良かったのだと、俺は思うことにした。
「…………………」
何か、引っかかる。
日記の内容自体は、確かにあのプールへ行った日のことだ。 間違いない。
鬼山さんは中々プールで遊ぼうとしないでいて、わたしはそんな鬼山さんをプールで遊ぼうとしつこく誘った。
でも、鬼山さんはただ面倒くさくて遊びたがらなかっただけじゃ、ない……?
更に、日記を読み進める。
もう、止まれるわけがなかった。
蟻塚美門と戦ったあの日。
薊海里と戦ったあの日。
わたしたちにとって重要な日の記録は、ちゃんとノートに書いてあった。
そこに書かれていたのは、その日の出来事と、鬼山さんのちょっとした心情。
そして、わたしのことだった。
わたしの魔術についてのことや、健康状態。
何か、異変はないか。
……記憶はどうか。
「……どういう、ことなの……?」
胸騒ぎがする。 これ以上読み進めてしまうと、後戻りできないような気がした。
鬼山さんは、わたしの記憶について、知っている……?
「……………………」
わたしは一気に、何ページもめくっていく。
どうやら、魔術会の施設にいた頃からこの日記は書かれているようだ。
一年前どころじゃない。 二年前のことも、三年前のことも、このノートに書かれていた。
全ての文章をゆっくり読んでいる暇はない。
次から次へとページをめくり、わたしの目は様々な単語を捉えていく。
記憶。 能力。 影響。 過去。 責任。 奪う……。
「これは……」
そして辿り着いたのは、一ページ目。 本来なら、最初に見ていてもおかしくなかったページだ。
でも、最初にこのページを開かなかったのは、わたしもどこかで理解していたからなんだ。
このページに書かれている内容は、きっと……。
「……三年前。 記憶を失ったわたしが、目を覚ました日……」
記載されている日付は確かにそれを証明していた。
意を決し、わたしは日記を読んでみる。
2013年4月×日
自らの行為に対する責任を忘れない為にも、今日から日記を書こうと思う。
それに、日々の記録を残しておくことで、俺の能力による悪影響があるかどうかも確認しやすいだろう。
昨日、俺は蕭条八重の記憶を奪った。
そのショックで気を失っていた蕭条八重は、今日の午後一時頃、無事目を覚ました。
記憶を失ったことによって混乱し、彼女が取り乱すことも覚悟していたが、彼女の精神状態は予想していたより安定していた。
どうやら俺の能力は、いつも通りにその効果を発揮したらしい。 作戦は成功と言っていいだろう。 ひとまず安心だ。
もちろん、これから彼女は自分が何者なのか、魔術会や俺のことについて詳しく知りたがるだろう。 その時の対応を考えておかなければならない。
問題はこれからだ。 俺は、彼女に魔術師として生きることを強いることになる。
いくらあの状態から救う為とはいえ、俺のやっていることは最低だ。 決して、許されない。
だが、今更元に戻すわけにも行かない。 俺はこの選択に責任を持って、最後までやり遂げなければならない。
「……………………………………え?」
記憶を奪った?
能力? 魔術師として生きることを強いる?
どういう、こと……?
わたしは確かに、記憶を失った状態で魔術会の施設にいた。
何も思い出せないから、親身になってくれる魔術会の人たちに頼って生きていくしかなかった。
与えられた環境で、日々を一生懸命生きていく。 自分が何者なのか、思い出せない自分の過去について気になったけど、ただ目の前のことだけを考えて生きてきた。
そうすることで、過去がないという不安から逃げたかったから……。
でも、もし。
わたしの三年前までの記憶がないことに、鬼山さんが強く関わっているのだとしたら。
「鬼山さん……。 あなたは一体……」
わたしは鬼山さんに、聞かなければならない。
わたしの記憶について。
そして、鬼山さんが何を抱えているのかを。




