超級魔術
「ネアレス。 お前にとって、俺がどれだけ邪魔なのか、よくわかったよ」
怒りによる熱は冷めそうにない。
いや、さっきよりも、その熱は強まっている。
俺はネアレスを、いち早く倒さなければならない。
「わかってくれたみたいで嬉しいよ。 でも、だからといって、君が大人しく死んでくれるわけじゃないんだろう?」
「ああ。 俺はお前を、ここで倒す。 これ以上、お前の好きにさせるわけにはいかない」
「それは困ったね。 俺がどうして、そこまで目立った大量殺人を行っていないか、君はわかるか?」
「……知るか、そんなこと」
「俺は、すぐにこの娯楽を終らせたいわけじゃないんだ。 長く、長く続けたい。 その為にも、玩具は丁重に扱うべきだろう? ……これからだ。 これからなんだよ。 この世界を使ってやりたいことが、まだたくさん残っているんだ」
「お前にこれからは訪れない……!」
構える。
桃子は、すぐ近くまで来ている。 この状況を見れば、どうするべきか察してくれるだろう。
ネアレスは、これ以上時間稼ぎに付き合ってくれそうにない。
何より奴も、桃子の存在にすぐ気づくはずだ。
もう、戦うしかない。
「戦う気なのか、君は……。 可能な限り戦闘を回避してきた、君が」
「戦う理由さえあれば、俺は戦う」
「……ケイト。 本当にそうなのか?」
「どういう、意味だ……?」
何だ、こいつは……。
ネアレスは、何を言うつもりだ。
「君が戦いを避けていたのは、戦う理由がないからというだけではないだろう?」
「……他に何があると?」
「君には戦いたくない理由もあったんだ」
まさか、こいつ……。
「俺たち魔人は、それぞれ得意とする魔術がある」
俺のことを、見透かして――
「時空魔術を得意とする者。 火属性魔術を得意とする者。 氷属性魔術を得意とする者。 雷属性魔術を得意とする者。 ……そして君は、強化魔術を得意としていた」
「……それと戦いたくない理由に、どう関係があるんだ?」
「君は確かに強いけど……。 君の使う強化魔術は、得意としている魔術の割に平凡すぎる。 強化魔術の重ねがけなら、魔人全員に可能。 君の魔術は、他の魔人の魔術と比べて、見劣りする」
「………………」
ネアレスの瞳が、妖しく光る。
こいつは俺に、叩きつけるつもりだ。
俺の心をかき乱す為の、言葉の鈍器を。
「でもそれは、俺の勘違いだった。 君は真の力を見せなかっただけなんだ。 そしてその力を見せなかったのは、何故か」
だが、逃げるわけにはいかない。
こいつがその気なら、俺はまっすぐ受け止めてやる。
「……ケイト。 君は、自分の力を制御できないんだろう……? 理性を失った自分が怖くて、君はその力を使えなかっただけなんだ」
「……その通りだよ。 俺の力の真髄は、超級魔術にこそある。 他の魔術が全て飾りだと言えるくらいにな」
俺の超級魔術は、諸刃の剣。
いくら圧倒的な力を発揮できるとしても、制御不能ならば、そう簡単に使うわけにはいかない。
何よりも、俺にとってあの魔術は……。
俺に、あの記憶を呼び起こすものであるのだから。
「君は確かに、俺にとって邪魔な存在だ。 でも、邪魔だからといって、ただ君を排除するだけじゃ、面白くない」
「何が、言いたい」
「邪魔な君さえも使って遊ぶ。 そう、言いたいんだ。 ――だから俺は、人を殺したがらない君に、人を殺させたくなった」
「……ッ……!?」
ネアレスの言葉に、戦慄する。
こいつの狙いは……俺が最も忌避している行為。
「誰でもいいわけじゃない。 いくら君が人を殺したがらないといっても、芦高のような化け物相手なら、抵抗なく殺すだろう? それじゃあ、面白くない。 ……もう、わかるだろう? 俺が、君に殺させようとしている人間」
「ネアレス、お前……!!」
「そこにいるあいつらだよ。 君がこの世界で親しくなった、人間たち。 そいつらをみんな、君は殺すんだ」
もう、駄目だ。
この世界に来てから長らく抑え込んできたどす黒い感情が、理性という殻に罅を入れる。
文化祭の時のアレとは違う。 アレは、内へと向かう圧力だった。
今のコレは……外へと向かう、圧力。
周囲に破壊を撒き散らす、攻撃的な衝動だ。
「どちらにせよ、君が本気で俺を倒すつもりなら、君は超級魔術を使わざるを得ない。 けれど、俺は君に、醜く暴れてほしいんだ。 一切の躊躇い無しに、人を殺すほど醜くね。 だから、君が力を解放するきっかけは、強い負の感情からでなくてはならない」
ネアレスの言葉は止まらない。
俺の心を徹底的に抉る為、反撃の余地を与えず話し続ける。
「魔術は想像力を源とする力。 想像力と感情は、相互に影響し合うものだ。 ……君が強く怒りを感じている時に超級魔術を発動すれば、どうなるのか。 君自身、わからないわけじゃないだろう?」
次の瞬間、ネアレスが俺の目の前から消え去った。
「――――何っ!?」
どこだ……? ネアレスは、どこへ行った?
高速移動……ではない。 俺の魔眼で追えないほどの速さで移動する力をネアレスが持っているとは思わない。
辺りを見渡す。 すると――
「……ネアレス!!」
ネアレスの姿を見つけた。
そのすぐ近くには、鬼山さんや蕭条さん、五木もいて……。
「瞬間移動だよ。 俺にこんな魔術が使えるなんて、君は知らなかったみたいだね」
「その三人に手を出してみろ……。 俺はお前に、最低の死を与えてやる」
全身の血が煮えたぎるように熱い。
心臓が、破裂しそうだ。
感情がこの身を抜け出して、この世界を覆ってしまうかのような感覚に陥る。
「安心してくれ。 君を酷く怒らせたいといっても、こいつらを殺すのは俺じゃない。 ケイト、君が殺すんだ。 だからといって、何もしないわけじゃないけどね」
そう言ってネアレスは、この状況に混乱し、身を震わしていた五木の腕を掴んだ。
「きゃっ……!?」
突然腕を掴まれ、短い悲鳴を上げる五木。
「……やめろ」
思考が停止する。
俺は、どうすればいい。
「知っているぞ、この女……。 君と親しいんだろう? 良かったじゃないか、人間の雌と仲良くなれて」
鬼山さんも、蕭条さんも、五木を助ける為動こうとする。
けれど、二人が動くよりも早く、
「まずはこの女を殺せよ、ケイト」
と言って、ネアレスは五木の右腕をへし折った。
「――――――――」
五木の右腕。 それが、へし折られた。
五木は何も、殺されたわけじゃない。 大怪我には違いないが、早く回復魔術を使えば、治るはずだ。
まだ、助かる。 ネアレスがこんなことをしたのは、俺を怒らせる為だ。
わかっている。 それは、わかっている。
でも、五木は言っていた。 将来絵を描く仕事がしたいと。
絵を描くのには、腕を使う。 腕は大事だ。
中には腕が使えなくても、口や足で絵を描く人だっているだろうが、誰にでもできるようなことじゃない。
その腕を、ネアレスは……俺を怒らせたいというだけの理由で、傷つけた。
ただ傷つけるだけでも許せないのに。
五木の夢を壊すようなことまで、こいつはしやがった。
「……啓人?」
視界の端に桃子の姿を捉えたような気がしたが、それに対して今は何も考えることができなかった。
「…………………………ネアレス。 お前を、殺す」
こうして俺は、強烈な殺意の渦に飲み込まれた。




