魔人と殺人鬼
満月輝く夜空の下、俺は必死に駆けていた。
生温い夏の夜風が、体温によく馴染む。
正体不明の魔術反応へと向かって、ただひたすら前へと突き進んでいく。 ……五木を抱えて。
「ひっ、人見君……! し、死んじゃう……! わたし、死んじゃいますよ……!」
「しっかり掴まっていれば、死なないよ」
俺はこれでも、着地時になるべく五木が衝撃を受けないよう、配慮している。
けれど、俺の動きが荒々しいことに変わりはなく、五木は美濃川さんの運転する車に乗った俺のようになっていた。
「ずっ……、ずっと、前からっ、人見君は只者じゃないとっ、思ってはいましたがっ……! んうぐぅ!」
「舌、噛まないようにな……」
揺らされながら喋ったせいで、五木は舌を噛みそうになっていた。
「……本当に、只者じゃなかったんですね」
「………………」
そうだ。 俺はこれから、五木に色々なことを話さなければいけない。
五木が危険な目に遭うかもしれないとか言って、何も言わずに隠し通すことは、良くない。
五木が勇気を持って自分のことを話してくれたのなら。
俺も、勇気を持って自分のことを話すべきなんだ。
「……後で、全部話すよ。 五木に話さなきゃいけないこと、全部」
「……はい」
こうして辿り着いたのが、深緑色に染まった調整池の隣りにある、小山のような公園だった。
その名も、古墳公園。 遥か昔、古墳があった場所だったらしく、そう名付けられているらしい。
反応は、ここからする――。
急ぐ。
もしかすると、取り返しのつかない事態になっているかもしれない。
そうなっていたら、俺は冷静でいられるだろうか。
いくら一人にしておけないからといって、五木を連れてきて本当に良かったのだろうか。
迷いや不安。 様々な葛藤を心の奥底に押し込めて、俺は進んだ。
そして、見た。
鬼山さんが立っている。 その視線の先には、黒のトレンチコートを着た男がいて……。
そいつの足元には、仰向けになって倒れ込んでいる、蕭条さんが――。
「……五木。 絶対に、ここから動かないでくれ」
そう言って俺は、今にもナイフで刺されそうになっていた蕭条さんを助けに行った。
「……誰だ」
男に問われるが、答える気など俺にはない。
思っていたよりは、冷静でいられた。
それはきっと、五木が見ているからとか、その辺りが関係しているのだと思う。
でも、俺が……。 目の前のこの男に対して、強い殺意を抱かないわけがなかった。
「くっ――!」
つい、手に力が入る。
痛みを感じたのか、男の表情が僅かに歪む。
「……俺はお前のような人間を、許す訳にはいかない……」
この男にどのような過去があったのかは知らない。
ネアレスに何を言われて与えられた力を使い始めたのか、わからない。
けれど、どんな経緯があろうと、こいつのしてきた行為が正当化されるなんてことは、絶対にありえない。
何より、俺が俺自身を許してしまわない為にも……。
この大量殺人鬼に容赦する必要なんて、微塵もない。
「……もしや、お前がネアレスの言っていた、厄介なヤツというわけか――!」
どうやら俺は、ネアレスから厄介なヤツだと思われているらしい。
「いいぞ……! このままこの二人を殺すだけでは、満たされそうになかったところだ。 より極上の獲物が自らやってきたのなら、喜んで相手を――」
「黙れ」
男の腕をへし折り、腹を蹴飛ばす。
「ぐぬぅッ――!?」
「お前はもう、喋るな」
蹴飛ばされながらも、すぐに体勢を立て直す男。
だらんと垂れた片腕を押さえながら、俺の動きに注視している。
「お前はこれまで、何人もの命を奪ってきた。 それも、ただの殺人じゃない。 自らを満たす為だけの、恐ろしく身勝手な動機によるものだ」
「……なるほど。 俺がどのような人間なのか、お前もだいたいわかるというわけか」
「目を見てすぐわかったよ。 お前はある意味で、ネアレスや俺なんかよりも、よっぽどえげつない化け物だ。 だからこそ、余計に許せない。 人として普通に生きていく道がなかったわけじゃないのに、それを自ら手放すお前がな……!」
鬼山さんから聞かせてもらった宇治さんのメッセージを思い出す。
東日本連続猟奇殺人事件の犯人で、ネアレスから力を与えてもらったこの男には、魔術を無効化する力がある。
それは、俺の魔術も例外ではないだろう。 にわかには信じ難いが、魔術ならなんでも無効化すると考えた方がいい。
「……人見! 気をつけろ、そいつは強力な三属性耐性魔術と、自然治癒魔術をネアレスによってかけられている」
「わかったよ、鬼山さん。 ……大丈夫だ。 すぐに終わらせる」
ゆっくりと、男に近づいていく。
「許せないのなら、殺すか? 俺を。 やってみるがいい……!」
そう言って、男は地面に掌を押し当てる。
次の瞬間、地鳴りが聞こえ、目の前の地面から鋭い岩山が突き出てくる。
「邪魔だ――」
俺は、強く腕を振る。
赤い光を帯びた俺の右手は、赤く輝く尾を引きながら、岩山を切断する。
「何ッ……!?」
これ以上、こいつに暴れられて、周囲に被害を出すわけにもいかない。
「もし俺が、お前を殺すのだとしても……。 絶対に、楽には殺さない」
攻撃力、防御力、速度。
三種の強化魔術は発動済みだ。
こいつを倒すのに必要な力は、充分にある。
「……っ……!!」
遠距離攻撃が通じないと考えたのか、男は俺と近接戦闘をしようと真っ直ぐに向かってくる。
俺の力をちゃんと見ていただろうに。 何か、策でもあるのか……?
男は、俺の鳩尾に拳を叩き込もうと前へ踏み込む。
力任せで、何の工夫もない一撃。
避ける。 そして、隙だらけになった男の腹を軽く殴ってやる。
「うごォッ……!」
肺から空気を吐き出され、苦しそうに咳き込む男。
それでもまだ戦意を失っておらず、もう一度俺を殴ろうと腕を振り上げるが、
「かはッ――――」
今度は蹴りを、男の腹にぶちかましてやる。
男の攻撃より、俺の攻撃の方が速い――。
吹っ飛ばされた男は、血を吐きながらも立ち上がる。
「……だいぶ、肉体が強化されているみたいだな」
これには正直驚いた。 これでも、あのドラゴンを倒した時と同じくらいの力は入れているのに。
俺は、掌を男に向ける。
このまま殴ったり蹴ったりし続けても良かったが、気が変わった。
こいつの魔術無効化とやらが本当なのか、この目で見たくなったのだ。
赤い光球が、俺の掌に装填される。
エネルギーが凝縮された、一点集中の攻撃魔術。
凶星にも見えるそれを、男に向かって解き放つ――!
「くっ――――」
果たして、男は……。
「………………!!」
確かに、俺はこの目で見た。
俺の放った魔弾を掻き消した、男の姿を。
まるで、男の体を何かが包み込んでいるような……。
魔術を無効化する力……。 恐らくあれは、魔術なんかじゃない。
俺の予想が正しいのなら、あの力は……。
「……その力があったから、魔術師相手に優位に立つことができたわけか」
「……そうだ。 神社で戦った三人の魔術師も、魔術に対して絶対的な自信があったのだろう……。 奴らの希望を絶つのは、そう難しくなかった」
そうか、この男にとって、魔術を無効化する力はただ防御する為だけのものではない。
相手の心を挫く為にも、用いられていたわけだ。
でも、俺には……。
魔術無効化の力など、恐るるに足りない。
「………………」
無言で、男に迫る。
とりあえず、戦闘不能くらいにはしておいた方がいいだろう。
抵抗する男を力でねじ伏せ、その頭を掴んでやる。
そしてそのまま、男の側頭部を地面に叩きつける。
「ぐ、がああぁッ――!」
力を込めて、男の頭を地面に押し付けながら、問う。
「お前は今まで、こういうことをしてきたんだろ?」
もしかすると、今の俺の顔は、とても五木に見せられるようなものじゃないのかもしれない。
「こうやって人の命で遊んできて……。 今、自分が同じようなことをされて、どうだ?」
「……殺すのなら、殺すがいい……。 俺は、他の奴らとは違う……。 死ぬ覚悟は、できている」
「なるほどな。 お前は、自分が特別だと思っているのか。 ……ハッキリ言ってやるよ。 お前は、特別でも何でもない。 ただの加害者が特別なら、被害者だって特別だ。 お前は結局……自分が特別だと思い込まないと生きていけない、弱い人間に過ぎない」
「黙れ……」
「お前が黙れ」
男の頭を地面から一旦離し、再度叩きつける。
ぐちゃりと、耳障りな音がした。
「お前は今まで何人も殺してきたみたいだけど、お前に与えられる死も、お前が与えてきた死と同じ死だ。 お前がいくら否定したところで、同じなんだよ。 お前はその事実を噛み締めながら、死ね」
男はもう、話さない。
口と鼻からダラダラと血を流し、虚ろな目でこちらを見ている。
「……どうやらもう、動けないみたいだな」
元々、鬼山さんと蕭条さんとの戦いで疲弊していたのだろう。
戦う力はおろか、立ち上がることすらできそうにない男。
けれど、その肉体には、まだ大量の血が残っている。
そういえば……。 桃子を看病していた時に、桃子に教えてもらっていたな。
首元にある頸動脈。
脇周辺の腋窩動脈。
太股の付け根辺りにある鼠径動脈。
これらを一つずつ破壊していくのもいいかもしれない。
大量の血が失われていく恐ろしさを味わいながら、死ぬ。
こいつのような外道には、お似合いの死だ。
「…………さてと」
腕を上げ、狙いを定める。
狙うは、男の右腕。 右腕を一本、根本から千切ってやろう。
俺は人を殺すつもりはないが、こいつまで人扱いしなくていいだろう。
こいつは今、ここで殺す――!!
「まずは、右腕からだ」
手を、振り下ろす。
目的は、この男の右腕の切断。
目的を果たす為に、俺の腕は凶器となって、男を襲う……!
「久しぶりだな、ケイト」
と、そんな声が、確かに聞こえた。
「……っ……!?」
男への攻撃を中断する。
その声の主が、俺に向かって紫色の魔弾を射出していたからだ。
即座に防御壁を展開し、魔弾を防ぐ。
「くっ……!」
強い衝撃波が、土を巻き上げていく。
……迂闊だった。 俺は、冷静なんかじゃなかった。
この男への怒りによって、周囲が見えなくなっていたんだ。
どうして俺は、この場にネアレスが来る可能性が高いと考えなかった……!!
設置魔術を解除している今、広範囲に渡ってネアレスの魔術反応を探知することは不可能。
ネアレスは、その隙を突いてきたというわけだ。
「……ネアレス。 お前には聞きたいことが山ほどある」
この場への乱入者。 それは、ネアレスだった。
銀色の頭髪は、死を連想させるほどの美しさを備えており。
紫色の眼光は、見る者の心を蝕むように妖しく輝いていた。
俺と同じ魔人であり、第二世界の住人。
圧倒的な戦闘力を持つ、紫眼の青年。
俺の、倒すべき相手だ――。




