魔人の結界
話は、蟻塚美門が操る昆虫型の魔物たちと運動公園で戦った、あの日の夜まで遡る。
蟻塚美門をどうするか。
与えられた力を失い、ネアレスの味方をしないと言っている以上、蟻塚美門を敵として扱い続けるわけにもいかないどころか、ネアレスから守らなければならない。
かといって、蟻塚美門を桃子ちゃんの家に住まわせ続けることも難しい。 仮にそれが可能だったとしても、蟻塚美門の家族が心配だ。
更に、人見君が言うには、蟻塚美門とその家族どころか、もっと広い範囲――この街の住人全てがネアレスや殺人鬼の被害を受けるかもしれないらしい。
どんな方法で、この街の住人をネアレスから守るのか。
「……そうだな。 ネアレスがこれからどう行動するのかわからないけど、この街に近づいて何かをする可能性は高い。 だから、まずはこの街だけを何とかする。 その為に――」
そこで、人見君が提案した内容とは。
「――魔術の力を使うんだよ。 魔人である俺だからこそ可能な方法があるってわけだ」
魔術を使うということだった。
「魔術の力だと……?」
「ああ。 何をするのかと言うと、設置魔術を広範囲に渡っていくつも仕掛けるんだ。 もちろん、いくら俺が魔人でも、たくさんの設置魔術を展開し続けるのは、それなりに消耗するけど、日常生活を送る上で支障はない」
「啓人。 それって、漫画なんかに出てくる、結界みたいなものと考えればいいの?」
桃子ちゃんも漫画は読むんだ……。 ちょっと意外。
「まあ、そんなところだな。 桃子なら見たことあるだろ? 俺の部屋に仕掛けてあった、設置魔術。 あれの大きいバージョンを、複数仕掛けるんだよ」
「……そういえば、仕掛けてあったね」
これは後で鬼山さんから教えてもらったことだけど、実はこの家全体に設置魔術が仕掛けてあったらしい。
探知魔術を扱える鬼山さんは、そのことに最初から気づいていただとか。
「人見。 その設置魔術とやらについて、もっと詳しく聞かせてくれないか?」
「ああ、もちろんだ。 まず、桃子が言っていたように、フィクション作品に登場するような結界をイメージしてほしい」
フィクション作品に出てくる結界。
邪悪な敵を封じ込めたり、邪悪な敵の侵入を阻んだりする、透明の壁みたいなものだろうか。
「俺の設置魔術一つの範囲は、だいたい半径一〇〇メートルくらいまでだ。 その範囲内に入った魔術の反応を探知し、迎撃する。 その判斷は基本的に俺がするわけだが、自動的に判斷させることも可能だ」
「自動的に判断だと……? 設置魔術が勝手に判斷をし、攻撃すると言うのか?」
「そういうことになるな。 俺が寝ている間なんかは、自動的な判斷に任せることになる」
それって、つまり……。
「待って、人見君。 それだと、間違えて敵じゃない人まで攻撃することになっちゃうんじゃ……?」
下手をすると、わたしたちまで人見君の設置魔術の餌食になりかねない。
「その危険があるから、自動的に攻撃する対象は、無闇矢鱈に増やさないよ。 俺は、同じ魔人の気配ってのはよく覚えているからさ。 その気配に対してのみ、自動的に攻撃するようにしておく。 ネアレスだけが要攻撃対象として俺の設置魔術にボコボコにされるってわけだ」
「……啓人。 ついでに聞いておくけど、その啓人の設置魔術の迎撃って、どれくらいの威力なの……?」
「一発一発が上級魔術相当かな。 そして、敵を倒すまで攻撃は止まらない」
……やっぱり魔人はチートだと思う。
「……それは凄いが、その設定だけだとお前が寝ている間、東日本連続猟奇殺人事件の犯人のことは迎撃できないんじゃないのか?」
「ああ。 でも、強い魔術反応が俺の設置魔術の範囲内に入ってくれさえすれば、大丈夫だと思う。 宇治さんの電話の内容からすると、そいつはそれなりに効果の大きい強化魔術を使っていたみたいだしな。 上級相当の強化魔術なら、寝ていても探知できるというわけだ」
「……そんなことが可能なのか」
人見君の設置魔術があるからといって、完全に安心できるわけではない。 けれど、とても心強いことには変わりないようだ。
「ああ。 でもこれは、それなりにリスクもある。 だからこそ、三人にも協力してもらいたいんだ」
「リスク……?」
確かにこれだけ強力な魔術なら、リスクくらいなきゃおかしい。
「ここまでは俺の設置魔術の良い点ばかり言ってきたけど、もちろん何の負担もない魔術ってわけじゃないんだ」
「負担だと? さっきは日常生活を送る上で支障はないと言っていなかったか?」
「それは嘘じゃない。 日常生活を送る上では特に問題はないんだ。 でも、魔術に関しては別だ。 この設置魔術を広範囲に渡っていくつも使用している間、俺は他の魔術を使えない……。 いや、使えないことはないけど、そうすると、設置魔術に意識を集中させることが難しくなるんだ」
いくら魔人といっても、一度にいくつもの情報処理を行うのは困難だということだろうか。
「……だから、わたしたちが啓人のサポートをする、ということ?」
「そういうことだな。 何も、俺を四六時中見守ってくれとか、そういうわけではないよ。 ただ、街中に設置魔術を展開するのと、俺が魔術を惜しみなく使用して戦うのは、両立不可能だってことを頭の中に入れて置いてほしいんだ」
「なるほど、仮にお前がネアレスとどこかで出会い、戦うことになったとしたら、その間、設置魔術は機能しなくなる。 つまり、人見はもう一人の敵を設置魔術により探知することができなくなるというわけか」
「そうだ。 実際には、機能しなくなるどころか、設置魔術を解除することになるだろうけど」
結局わたしたちが話を終えたのは、日付が変わってからだった。
当時、まだ会ってから数時間も経過していなかった人見君だったけど、彼の魔術に頼る以外、この街の住人をネアレスから守る方法が思いつくわけもなく、わたしも鬼山さんも人見君の提案を受け入れることにしたのであった。
もちろん、人見君はどこに設置魔術を仕掛けたのかも正確に教えてくれた。 というよりも、どこに仕掛けるのかについては、鬼山さんと話し合って決めたらしい。
だから、鬼山さんは人見君が設置魔術を仕掛けた位置を、正確に記憶していた。
どこからどこまでの半径一〇〇メートルなのか。
合計いくつの設置魔術がこの街にあるのか。 その全てを。
そして今――。
鬼山さんは男を人見君の設置魔術の範囲内に連れ込むことに成功した。
これの意味することは、二つ。
一つは、人見君が敵の存在に気づいてくれるということ。
もう一つは、敵と判斷された男が、設置魔術の要攻撃対象になったということ。
危機的状況に陥っていたわたしたちに、活路が開かれつつある。
もしかすると、鬼山さんは最初から人見君の設置魔術を利用するつもりで戦っていたのかもしれない。




