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五木紗羽の憂鬱

 

 八月上旬。 

 俺は、蟻塚と動物園へ行ったあの日から、特に予定もなくダラダラと日々を過ごしていた。

 

 ここしばらく、東日本連続猟奇殺人事件についての続報はない。 事件が解決したわけではないが、人々の記憶からは薄れつつあるだろう。

 

 そして、世間の知り得ないところでの事件についても、続報はなかった。

 

 蟻塚美門は魔術や魔物とは無関係の日々を送っているし、ネアレスがやってくる気配もない。

 新たに魔物が目撃されたような話も聞かないし、各地域に潜在している魔術会の魔術師が被害を受けたという情報もない。

 

 ここまで敵が動きを見せないと、かえって不安が強まるものである。 

 いや、何事も起きないのが一番ではあるわけだが……。 それにしても、何も起きない。 今、ネアレスと敵の魔術師は、何をしているのだろうか。

  

「人見。 ちょっといいか?」

「…………?」

 

 自室でのんびりとネットサーフィンをしていたところに、鬼山さんがやって来た。

 鬼山さんが俺の部屋までやってくるとは珍しい。 

 何やら真面目な……といっても、いつもふざけた表情を見せることもないので、いつもと変わらない表情をしているわけだが、真面目な用件で俺のところまで来たことは何となく察することができる。

 

「鬼山さん、何かあったのか?」

「いや、何かあったわけではない。 俺はただ、本当に何も起きていないのかを聞きに来ただけだ。 どんな小さな変化でもいい。 教えてくれ」

 

 どうやら、鬼山さんも俺と同じようなことを考えていたようだ。

 

「何か起きていたら、当然鬼山さんにも報告するよ。 それこそ、ちょっとした、なんでもないような変化さえも」

「ということは、相変わらず何も起きていないのか」

「ああ。 俺がこの街の至る所に仕掛けた設置魔術は、どれも壊されていないし、どれも発動していない。 つまり、この街にはまだネアレスたちはまだ来ていないということだ」

「……こんなことを言うのは失礼だが、本当にその設置魔術とやらは信用できるものなのか?」

「まあ……。 絶対に信用できるとも言えないけど、例えネアレスが相手だとしても、簡単に処理できるものではないのは間違いないよ。 そもそもネアレスが処理しようとした時点で俺もそれに気づくことが出来るし、当然ネアレスよりも弱い敵の魔術師にどうこうできるとも思えない」

「……なら、いいが……」


 と返答してくれたものの、鬼山さんは浮かない顔をしていた。 

 やはり、他人の魔術に頼るのはどこか心許ないらしい。 魔術を発動している当人にしかわからない部分が多いからだ。


「ところで、蟻塚美門の調子はどうだ?」

「蟻塚か。 桃子から聞いた感じ、特に体に異変はなさそうだし、与えられた力は綺麗サッパリ無くなってるみたいだけど……」

「……デメリットは、力を与えられた方ではなく、力を与えたネアレスの方にあるのかもしれないな」

「だな」


 これは予想していなかったことだが、蟻塚美門に与えられていた力は、あの夜の戦闘後に消えていた。

 もしかすると、魔物をコントロールできなくなっていた時点で、蟻塚がネアレスから与えられていた力は消えていたのかもしれない。

 最も、消えていたと言ったのは蟻塚本人で、実は使えるという可能性が残されていないわけでもないが、そんな嘘をつく理由も特にないだろう。 だからもう、蟻塚は魔術を使うこともできないし、魔物を操ることもできない。 その前提でこれからのことを考えることにした。 

 正直言うと、蟻塚の強化魔術は中々強力なので、利用したかったという思いはあったわけだが、使えなくなったのなら、仕方がない。

 

「……しかし、ここまで敵が動きを見せないというのも、不気味なものだな。 嵐の前の静けさというやつか」

「鬼山さん、俺もちょうど、同じ言葉を思い浮かべていたんだ。 こういう時こそ、警戒するべきなのかもしれない」

「そうだな……。 俺も、何かあったらすぐ連絡できるよう、スマートフォンは常に持ち歩くことにしておこう」

 

 いくら雷属性魔術使いとはいえ、身につけた電子機器が壊れる壊れないを気にしている場合でもないということか。 

 買い換えられる携帯電話と、買い換えられない自分の命。 天秤にかけて、どちらが重いかなんてこと、言うまでもない。

 

「そういえば人見、お前は今日、どこかでかける用事があると言っていたな」

「……ああ、午後からちょっとね。 近場だから、何かあったら互いにすぐに駆け付けられることが可能だ」

「なら、安心だ。 俺も蕭条も、お前には申し訳ないくらいに頼りすぎている。 だからと言っては何だが、遊べる時には存分と遊んで欲しい。 それくらいしてもらわないと、俺の気が済まない」

「そう言ってもらえると、助かるよ。 でも、申し訳ないくらいに頼りすぎているのは、俺も同じだ。 桃子と俺だけでネアレスたちと戦おうとしていただなんて、今思えばあまりにも危険な賭けだったとしか言いようがない。 俺は可能な限り、桃子を危ない目に合わせたくはない」

 

 ネアレスと戦うならば、ネアレスの持つ戦力と同等ではダメだ。 ネアレスの持つ戦力を上回る力で挑まなければ、誰かしら犠牲が出るかもしれない。 

 それが俺だけならいいが、桃子や蕭条さん、鬼山さんを始めとするみんなを死なせるようなことは、絶対に避けばければならない。

 

「……人見。 お前になら、頼んでいいのかもしれない……。 蕭条のことだ」

「…………?」

 

 鬼山さんの目を見る。 捉えようによっては、俺を睨みつけているような、鋭く威圧的な目。 そんな目で、一体何を俺に頼むつもりなのだろうか。

 

「こんなことをお前に頼むのも悪い気はするが、聞いてくれ」

「…………ああ」

 

 鬼山さんから目を逸らしたくなる気持ちを必死に抑え、前を見据える。 相手が真剣ならば、俺も真剣に答えなければならない。 

 

「そういえば、お前たちには言っていなかったが、蕭条は……」

 

 と鬼山さんが言いかけたところで、俺の部屋に近づく誰か足音が。

 

「鬼山さーん? どこですかー?」

 

 噂をすればなんとやら。 足音の主は、蕭条さんのようだ。

 

「……話はまた今度にしよう。 そうだな、今日の夜にでも時間があれば、その時に」

「わかった。 覚えておくよ」

 

 こうして鬼山さんは、俺の部屋から出ていった。 今晩、俺は鬼山さんからどんな話を聞くことが出来るのだろうか。 非常に気になるところだ。



 

「……もう午後か」

 

 家にいると、時間が過ぎるのはまったく早いもので、気づけば約束の時間まで後数分。 

 俺は今日、午後から五木と遊ぶ予定を立てていて、これから待ち合わせ場所である図書館まで行くことになっていた。

 

 五木は夏休み前に言っていた通り、八月になる前に宿題を終わらせていた。 だが、残念ながら俺はまだ、宿題をすべて終わらせていない。 

 だから俺は、五木に宿題を手伝ってもらうべく、一緒に図書館にでも行かないかと五木を誘ってみたという次第である。

 

……というのはもちろん建前で、今日俺が五木に会おうと思った一番の理由は、五木が心配になったからだ。

 確かに五木は、プールの時もみんなと楽しそうに遊んでいた。

 けれど、プールへ行ってから五木が俺へ連絡してくることはなくなっていた。

 

 元々そんなに頻繁に連絡を取り合っていたわけではない。 

 だから、連絡してこないからといって心配する必要もないのかもしれない。

 

 しかし、五木紗羽がどのような人間なのか思い返してみると……。

 

「……五木のことだから、心配しすぎるくらいがちょうどいいよな」


 とにかく。

 俺は今日、五木に会う。

 ネアレスとの戦いがいつ起きるかわからない今。 出来る限り心配事は解消しておきたい。




 「さて……」

 

 家を出る。 

 今日も相変わらず蝉の鳴き声は五月蝿いし、温暖湿潤気候特有の過ごしにくい蒸し暑さだが、これはこれで悪くない。 あんまり過ごしやすくなってもかえって寂しくなりそうだ。 

 

 そして、歩くこと数分。 近所にある図書館に辿り着く。 

 夏休みで小中学生がたくさん来ているのか、駐輪場には自転車がギッシリと詰められていた。

 

「人見君~!」

「…………お?」

 

 図書館に入る直前、俺の右後方から五木が現れる。 

 五木のことだから待ち合わせ時間より早めに来ているかと思っていたが、どうやらほぼ同じタイミングで図書館に到着していたようだ。

 

「五木も今来たんだな。 こうやって会うのは一週間くらいぶりくらいか?」

「そうですね、何か、凄い久しぶりな気がします……」

 

 すっかり夏らしく涼しげな衣服を身にまとった五木。 五木の私服姿を見るのはこれが初めてというわけでもないのに、その新鮮さについ目を奪われる。

 

「今日は徒歩で来たのか?」

「はい。 少しでも運動量増やさないと、健康に悪いですからね!」

 

 登校する必要のない夏休みなんかは、かえって運動不足になりがちというわけか。 登下校だけでもそれなりに良い運動にはなりそうだし。

 

「いい心がけだな。 誰かさんにも聞かせてやりたいくらいだ」

 

 オニヤンマみたいな名前の人とかには特に。

 

 

 

 中へ入る。 

 館内の独特な匂いが、冷房のひんやりとした空気と混ざりあっている。 少し騒がしい子供もいるにはいるが、とても集中しやすそうな空間だ。

 

「ここの席に座るか」

「いいですよ」

 

 宿題を終わらせるのにそう時間はかからない。 問題は、宿題を終わらせた後どうするかだ。

 

「何かわからない問題があったら、遠慮なく言ってくださいね。 一応、宿題を終わらせたので、どの問題も理解はしていますから!」

「それは頼もしいな。 ところで俺が宿題をやっている間、五木は何を……?」

「英単語の勉強でもしてますよ。 学校で貰った英単語帳の英単語は全部覚えておきたいので」

「まるで受験生だな」

「あと半年くらいで受験生ですからね。 早めにやっておいて、損はないですよ」

「そうだな……」

 

 五木の言う通りではあるが、五木はどんな大学を受験するつもりなのだろうか。 五木が以前語った将来像から考えると、どうも気になるところだ。

 

 それにしても……。

 

「……五木?」

「は、はいっ!?」

「……何か、疲れてる?」

「い、いえ……。 元気ですよっ!?」

「なら、いいけど……」

 

……今日に限って、五木の様子がちょっとおかしいような気がする。 何やらボーっとしていて、さっきから見ている英単語のページも変わっていない。 

 そして何より、どこか憂鬱そうな表情を時折見せている。

 

 かと思えば、

 

「……五木?」


 五木はなぜか、苦悶に満ちた顔をしていた。 

 

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