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愉しむ狩人

 

 まさか、宇治さんが伝えてくれた通りの外見をしているとは。 

 男は、夏だというのに、冬のような格好をしている。 暑くないのだろうか。

 

「……どうしますか」

 

 黒いトレンチコートの男は、わたしたちの目の前に現れておきながら、喋ろうとも動こうともしない。 それがかえって、わたしたちの警戒心を高めさせる。

 

「……逃げたいところだが……」

 

 男から目を離さずに、言葉を返す鬼山さん。 わたしも、男の動きに注視しつつ、鬼山さんの言葉に耳を傾ける。

 

「……やっぱり、戦うぞ。 あることを思いついた。 蕭条、お前はとにかく、相手を殺すつもりで戦え。 頼んだぞ」

「二人への連絡は?」

「可能ならしてくれ」

 

 わたしは、今すぐにでも連絡すべきと思い、スマートフォンを操作し始める。 

 メッセージなんて打つ暇はないし、通話している暇もない。 とりあえず、桃子ちゃんにワン切りでもしておくことに。 相手に着信履歴が残れば、何かしら察してくれるはずだ。

 そして、このまま人見君にも同じように電話をかけようとするが、

 

「させんぞ、女」

 

 言葉を発し、わたしの方へ向かって跳躍する男。 

 宇治さんのメッセージによれば、男は地属性魔術と、肉体強化魔術により得た高い身体能力。 それに、魔術を無効化する正体不明の魔術を使用するとのことだ。 

 

「蕭条……!」

 

 わたしが自力で避けられると判斷したのか、迫りくる男から早めに離れる鬼山さん。 そのまま鬼山さんは、肉体強化魔術を発動した。

 男は、そんな鬼山さんを無視し、わたしの元へ急接近する。 

 そして、わたしの腹部目掛けて、拳を突き出そうとする。 

 

「……っ……!」


 ついさっき、鬼山さんの投げた球を回避したように、わたしは最小限の動きで拳を躱す。 

 そして、すぐに雷の槍を形成し、男に向かって解き放つ。

 

 もちろんわたしは、宇治さんの残したメッセージのおかげでこの男が魔術を無効化する正体不明の魔術を使用するということを予め知っている。 

 だからこの攻撃も、無効化されてしまう可能性を視野に入れていた。

 

「………………!?」

 

 けれど、実際に目の前で魔術を……しかも、上級魔術を無効化されているのを見て、驚かずにいられるわけがなかった。

 まるで、空間ごと捻じ曲げられるかのような……。 

 確かに男の体を貫こうとしていた雷槍は、その威力を発揮することなく、消え失せていた。

 

 男の次の攻撃に警戒し、男から離れる。 

 男は……笑っていた。 笑っているといっても、声は出ていない。 口も開いていない。 ただ、口角を釣り上げ、鋭い瞳をこちらに向けているのみ。

 

「……お前は、俺たちが魔術師であることを知っているみたいだな」

 

 鬼山さんが男に話しかける。 男は、不敵な笑みを浮かべたまま、答える。

 

「知っているぞ。 お前たちが俺を探していたということも、この街にお前たちがいることも、全て……」

「ネアレスとやらに教えてもらったというわけか」

「ほう……。 ネアレスを知っているのか。 あいつのくれた力は本当に素晴らしいものだ。 この力によって、お前たちは死ぬ……」

「さあ、どうだろうな。 死ぬのはお前の方かも知れないぞ」

 

 鬼山さんが身構える。 幾度となく敵を倒してきたその拳には、いつも以上に力が込められているように見えた。

 そんな鬼山さんを見て、男も構える。 あの瞬発力だ。 この男から一瞬でも目を離すわけにはいかない。 一触即発の状態が、ここに出来上がっていた。 

 

「………………」

 

 わたしは呼吸を整える。 

 恐怖はある。 

 けれど、体は問題なく動く。 いつもより、調子の良い気だってする。

 男の無効化魔術の正体は不明だが、それを明らかにする為にも、わたしがやるべきは常に全力叩き込むこと。

 

 次の瞬間――。 

 男の僅かな体重移動に反応し、鬼山さんが前へ跳ぶ。 

 もちろん、男もほぼ同時に跳躍し、真正面からぶつかり合おうとしてくる。

 

 どちらがより強固な肉体を持っているかどうか関係なく、ぶつかり合えば互いにダメージを負うことは免れない。 

 だというのに、両者の顔に躊躇ためらいは見られなかった。

 

 そして、鬼山さんと男がぶつかり合おうとする直前。 

 わたしの視界を青白い光が包み込んだ。 戦闘状況を把握する為にも、視覚情報が得られない状態は非常に不味い。

 

「…………!?」

 

 幸い、雷属性耐性魔術のおかげで、視力はすぐに回復する。 

 鬼山さんと男がどうなったのか、見る。 

 

 二人は、立っていた。 

 どうやら真正面からぶつかることなく、男の方が途中で方向転換して直撃を回避したようだった。 

 鬼山さんはというと、肉体強化魔術だけではなく、雷属性付与の魔術も発動したようで、全身に雷を纏っていた。

 

「ほう……。 魔術はそのようなことも可能なのか」

 

 興味深そうに鬼山さんを見る男とは対象的に、

 

「――今の動き。 化け物か、こいつ……!」

 

 男の身体能力の高さに、愕然とする鬼山さん。 けれど、すぐに、

 

「……蕭条、俺がこの魔術を使った意味はわかるな?」

「……はい」

 

 短期決戦。 

 桃子ちゃんや人見君が助太刀に来てくれるとしても、時間をかけるわけにはいかない。 

 この男とネアレスが具体的にどのような関係なのかは不明だが、ネアレスが参戦してくる可能性も充分あるからだ。

 

「………………」

 

 満月の下、倒すべき相手と対峙するわたしたち。 

 果たしてこの月は、わたしたちとこの男の、どちらに祝福を与えてくれるのだろうか。

 

「行くぞ――」 

 

 わたしたちが再び動こうとしたその時だった。

 

「……っ……!?」

 

 いきなり男が掌を地面に押し当てたのだ。 その様子を確認してすぐに、わたしと鬼山さんは立っていた場から離れた。 

 この男が地属性魔術を扱うだとか、事前に持っていた情報から考えてそうしたわけではない。 考えるよりも先に、嫌な予感がまるで鞭のようにわたしを叩き、行動に移させた。

 

「これは……」

 

 そして、地面から唸るような音が聞こえたかと思えば、鋭い槍のような形状の岩石が地中から姿を現す。 ちょうど、わたしたちが立っていた場所にだ。

 

「……下からの攻撃とは、厄介だな」

 

 もし、逃げ遅れていたら……。 

 考えるだけでも、恐ろしい。 

 

 男はというと、地面に押し当てていた掌を離し、わたしたち二人が攻撃を回避したことに落胆するどころか、どこか喜んでいるような様子さえ見せている。

 

「この程度で厄介だと思われては困るな。 お前たちは、死ぬ。 だが、その死は俺を満たした後に訪れなければならない」

 

 男がこちらへ近づいてくる。 

 目を凝らすと、男の顔が鮮明に見えるほどの距離だ。 

 その瞳は、今まで出会った誰よりも黒く、見ている者の心を底なし沼にでも引きずり込んでしまいそうな、得体の知れない深さを感じるものだった。

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