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一人目


 わたしたちが最近、こっそりと魔術の修練をする為に使っている公園は、蟻塚美門と戦闘した運動公園とはまた違う公園だ。

 ここは、家から運動公園とは反対側の方向にある公園で、古墳があった場所だったことから、古墳公園と呼ばれているらしい。 何ともそのまますぎるネーミング。

 当然ながら、運動公園とは違い、テニスコートや野球場、武道館や道場などの運動施設があるわけではない。 

 古墳公園は、すぐ隣りに調整池が設けられた起伏のある地形で、小さな山にも見える自然豊かな公園だ。 

 

 わたしたちは、公園入口からすぐのところにある多目的広場を通り抜け、自然林に入り、蛇のようにぐねぐねと曲がりくねった道を進み、ブランコや滑り台といった遊具の置かれたスペースを通り過ぎながら、公園中央へと至る坂道を昇っていく。

 

「今日も誰もいないみたいですね」

「俺たちにとってはまったく都合の良い場所だな」

 

 こうして到着したのは、木々に囲まれながらも広々とした、芝生の広場だ。 

 公園中央の頂上にあたるこの場所は、周辺住宅が一望できるほどの高さがあり、背丈の高い樹木に視界を邪魔されなければ、さっき通った多目的広場なんかも見下ろすことができたりする。

 

「今日は昨日も言った通り、この球を使って魔術の特訓をするぞ」

「えっと、鬼山さんがその球をわたしに向かって投げるから、わたしがそれを避けて、すぐに上級攻撃魔術を発動すればいいんですよね?」

「そうだ。 回避行動後の攻撃速度が早まれば、敵の更なる追撃を封じやすくなる」

 

 頭ではわかっていても、戦闘中に実際やるのは難しい。 だからこそ、このような時に重点的に練習しておくというわけだ。

 

「さて、始めるぞ」

「はい!」

 

 もちろん、今回鬼山さんが投げる球は、当たっても大怪我しないよう、軟式のテニスボールを使用している。 それにしても……。

 

「……結構遠いですけど、大丈夫ですか?」

「何だ? 何を言っているのか聞こえないぞ」

 

 鬼山さんは、わたしから結構離れたところまで移動していた。 

 

「何でもないでーす! 始めていいですよー!」

 

 自ら離れていったということは、大丈夫なのだろう。 声のボリュームを上げ、準備が出来ていることを伝える。

 

「よし、まずは一投目だ。 行くぞ」

 

 球を人差し指、中指、親指、薬指の四本の指で握り、投球の準備をする鬼山さん。 どんな投球フォームが良いのか悪いのかわからないけれど、鬼山さんのフォームは綺麗だった。

 

「……えっ」

 

 そんな投球フォームを見ていた次の瞬間、球は物凄い速さでわたしの顔面のすぐ横を通り過ぎていった。

 

「悪いな、狙いが少しズレた。 次はちゃんとお前に当てるようにする。 じゃないと、避ける訓練にならないからな」

 

 もしかして鬼山さん、強肩の持ち主……? 

 普段スポーツなんてやっていない人とは思えない球のスピード。 避けられない速さではないが、夜の暗さと距離感のつかみにくさにより、球の動きをしっかりと捉えることが出来ず、つい動きを止めてしまった。

 

「二投目、行くぞ」

 

 球を回収し、先程と同じ配置につく。 

 どこから球が来るのかわかっている上、球の速さだってあくまで人が投げた球にしては速い程度だ。 

 しかも、要求されているのは球を打ち返すことではなく、避けて魔術を発動すること。 そう難しい内容じゃない。

 

 呼吸を整える。 

 今回重要なのは、上級攻撃魔術を速く発動させること。 これまでの実戦経験を経て、わたしの魔術発動速度はだいぶ良くなっている。 限界だってまだ感じていない。

 

「………………」

 

 鬼山さんの手に力が入る。 そして、先程と同じようなフォームで球が投げられる。

 

「………………!?」

 

 球が、曲がった……! 

 一投目よりも球の速度は若干落ちているものの、読みにくい軌道で進む球。 

 わたしの背後にある木に向かって曲線を描くように進んだかと思えば、途中で地に吸い込まれるように軌道を変え、わたしの懐目掛けて進んでいく。

 

 球は、わたしの足元を狙っていた。 

 こうなると、わたしは目を下の方に向ける必要がある。 これの意味することは、周囲の状況が見えにくくなるということ。 

 人の眼は、お腹にあるわけでも脚にあるわけでもない。 人体の一番上の方にある。 目線を下げ、視界を下の方に集中させれば、前方の様子が把握しにくくなるのは当然だ。

 

「…………っ!」

 

 つまりは、鬼山さんは初めからそのつもりだったということ。 

 わざわざ一投目だの二投目だの数えているが、わたしが球を避けて魔術を発動するまでに球を一回しか投げないなんてことは一言も言っていない。 もう一つの球をどこに隠し持っていたのやら。 鬼山さんは二投目を終えてすぐに三投目も放っていた。 ちょうど、わたしが二投目を回避したその先に狙いを定めて。

 

 三投目は、ただ速度のみを追求して投げられた、真っ直ぐに進む球。 

 初速と終速との差が少ないのか、伸びるように直進してくる。 回避してすぐに魔術を発動する気満々だったわたしは、まさかの三投目に動揺する。 

 

 が、わたしも成長していないわけじゃない。 

 常に予想できないような展開ばかりが起きる実戦経験を経て、思考を素早く切り替え行動に移すことが以前よりもだいぶできるようになっていた。

 

 青い電撃が右手より迸る。 

 迫りくる球。 

 飛び退けようとするのは難しい。 右足を軸にし、体を左に回転させる。

 間一髪、三球目を回避し、そのまま流れるようにして、右手に形成した雷の槍を空に向かって放つ。

 

「いいぞ、蕭条。 悪くない動きだ」

 

 放たれた雷槍は、真っ暗な夜空へと吸い込まれていく。 

 

「ふぅ……」

 

 自分でも、今のは中々良い動きだったのではないかと思う。 その上で褒められて、すっかり気を良くするわたし。 思わずにやけてしまいそうになる。

 

「球、回収しに行ってきますね」

「ああ、頼む」

 

 そんな顔を鬼山さんに見られぬよう、球を探しに行く。 ……それにしても、こんな特訓をするなら、もっと球を回収しやすい場所でやるべきだったのでは。

 

「あった……」

 

 何とか球を二つとも見つけ、鬼山さんの元へと戻る。 

 鬼山さんは、夜空を見ながらボーっとしていた。

 

「鬼山さん……?」

「ん? 球、見つかったのか」

「はい。 ……空、見てたんですか」

「ああ、そうだ。 今夜は満月みたいだな」

 

 鬼山さんの視線の先を追うように、夜空を見上げる。

 夏の夜空に浮かぶ満月は、以前見た満月よりもどこか大きく、近くにあるように見えた。


「そういえば、あの日も満月でしたよね」

「あの日?」

「初めて魔物と遭遇した日のことですよ」

「ああ、そうだったな」


 もう、だいぶ前の出来事のように感じる。


「まさか、本当にあんな化物がいて、戦うことになるだなんて思わなかったです」

「それは、俺もだ。 まあ、あの日に限って言えば、魔物と戦った後の方が大変だったけどな。 動けなくなったお前に肩を貸し、ファミレスまでの道を……」

「わ、忘れてください……! わたしにとっては、あれが初めての命を懸けた実戦だったんですよ? 気を失っていないだけでも褒めるべきです!」

「そうだな。 嘔吐こそしていたが、気は失っていなかったな。 たいしたものだ」

「……球、投げますよ?」

「何、そう気にすることはないだろう」

「気にしますよ! 人前で吐いたの、あれが初めてだったんですよ、わたし……! 結構ショッキングな体験だったんですから!」


 そしてそのショッキングな体験を、わたしは薊海里との戦いの後にもしている。 わたし、吐きすぎ。


「俺にとってもショッキングな体験だったけどな。 だが、すぐ戦闘態勢に戻ったところは高く評価するぞ。 あの時、俺は本当にヒヤヒヤしたんだからな」

「……あの時は本当に助かりました。 鬼山さんが敵の動きを封じていなかったら、わたし、死んでいたかもしれません」

 

 あの時に限らず、わたしはこれまでの戦いで何度も鬼山さんに命を救われている。 もちろんわたしも、鬼山さんの助けになることがないわけじゃないけれど、実力からどうしてもわたしの方が助けられてばかりというのが現状だ。 

 それはそれで仕方がないことだし、助けられてばかりで申し訳ないから助けないでくれと言うつもりもない。 頼るべき時は頼るべきだと思っている。 

 けれど、もし、わたしを救うことで鬼山さんが死ぬようなことがあったら、わたしはどうすればいいのだろうか。 考えたくもない。

 

「でも、わたしを助ける為に死ぬようなことはやめてくださいよ?」

 

 そう思ったから、つい言葉に出してしまう。 何よりも、鬼山さんがどのような言葉を返すのか、気になったからだ。

 

「蕭条、お前には俺が、他人の為に命を捨てるような人間に見えるのか」

「……見えます」

「何か、根拠でもあるのか」

「以前、鬼山さんはこんなことを言っていましたよね。 死ぬなら俺が死んだ後に死ねって」

「………………」

「あれって、わたしより先に死んでやるって言っているようなものですよね」

「……そういえば、そんなことを言ったな。 だが、あれは別に、お前の為に死んでやるという意味ではない。 俺はあくまで、自分の為に死ぬ。 それだけだ。 だから、蕭条が心配するようなことは何もない」

「それって、どういう……」

「もし、俺がお前を敵の攻撃から庇って死ぬようなことがあっても、俺はお前の為に死んでやったわけじゃないということだ」

「あの、意味がわからないんですけど……」

 

 わたしの疑問に答える気がないのか、黙り込む鬼山さん。

 

「………………?」

 

 いや、違う……。 何か、様子がおかしい。 まさか……。

 

「……もしかして、魔術反応ですか?」

「……ああ。 近くに一つ、動いている。 この感じは、人見啓人でも、家守桃子でもない」

「そんな……! 人見君の仕掛けた設置魔術は、この一ヶ月間何も反応していなかったんですよね?」

「そのはずだ。 だが、人見の設置魔術も一〇〇パーセント信用できるものではない。 何かしら穴があったということだろう。 今はとにかく、あの二人に連絡して、この場から立ち去るぞ。 幸い、反応は一つだけだ。 蟻塚美門の時とは違う。 逃げられるはずだ」

 

 わたしも鬼山さんも、こういう事態に慣れてしまっているからか、そこまで慌てずに冷静さを保つことができた。 

 けれど、冷静であれば事がうまく運ぶというわけではない。

 

「……蕭条。 お前が二人に連絡してくれ。 俺は、探知魔術に集中する。 敵の動きがわからなければ、逃げる方向も決められないからな」

 

 次の瞬間――。 

 音が、した。 

 猛獣か何かが、木々を押し倒しながら森の中を進んでいくような、荒々しい音。 暴力の迫る音だ。

 

「……この音は……!?」

「まさか、もうこの近くまで来ているというのか……!」

 

 鬼山さんの探知した魔術反応は、わたしたちの元へ急速接近しているようだ。 二人に連絡する時間がない。

 

「鬼山さん、反応は……?」

「こっちからだ。 ……来るぞ」

 

 暗い夜の自然林より、突如姿を現す黒い影。 

 鬼山さんの探知魔術により、どこから現れるのかある程度わかっていた為、迎え撃つ準備はできていた。 姿を確認してすぐに中級攻撃魔術を放つ。

 

「……っ……!」

 

 敵は大きく跳び、わたしの放った電撃弾を回避する。 これほどまでの跳躍力、肉体強化魔術でも使用していなければ、考えられない。

 

「あっ……!」

 

 わたしの攻撃を回避した後、敵は動きを止めて立っていた。 

 

 敵の姿を見る。 

 見たところ、相手の性別は男のようだ。 黒い影のように見えたのは、黒い衣服を着ていたからだった。 その、外見的特徴は……。

 

「鬼山さん……!」

 

 長身で黒の短髪。

 

「ああ、間違いない」

 

 そして、黒のトレンチコートを着ていた。

 

「……こいつが、東日本連続猟奇殺人事件のもう一人の犯人であり、宇治たちを殺した魔術師でもある男だ」


 目の前の、この男こそが。

 魔人ネアレスに力を与えられた者――。

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