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夏祭り


 祭りといっても、色々な種類がある。

 古くから歴史と伝統のある祭りもあれば、数十年前に自治会が始めた地域の小さな祭りを起源とするものだったり、色々だ。

 

「人、たくさんいますね~……」

「思っていたよりも、賑わっているな」


 まだ空は明るいけれど、時刻は夕方。 

 わたしたちは今、駅前まで来ていた。 鬼山さんの言う「夏祭り」は、駅前の大通りを使って開かれているのだ。 その為、一部区間は歩行者天国として、交通規制がなされている。

 ちなみにこの祭りは、三十年ほど前に自治会主催の小さな祭りとして始まり、以後徐々に規模が大きくなっていったという経緯を持つらしい。 最初はどんな祭りだったのか、気になるところではある。


 人口密度の高い方へと進んでいき、大通りの両脇に出店がずらっと立ち並んでいる場所まで辿り着く。

 祭りだけあって、浴衣を着ている女の人が多く、つい目で追ってしまう。 ……持ってないから仕方ないけど、浴衣、着てみたかったなぁ。

 

 人混みをかき分けながらどんな出店があるのか見て回っていると、


「あれは……型抜き、ですか?」

「そうみたいだな。 やってみるか?」


 型抜き。 デンプンや砂糖で作られた板状のお菓子に描かれた絵を、くり抜く遊びだ。 うまくくり抜くことが出来れば、景品が貰える。 

 複雑な絵であるほど難易度は当然上がるが、その分景品もより豪華なものになるみたいだ。

 

 知識としては知っているけど、経験したことあるかはわからない。 見た感じ、そんなにエキサイティングな遊びでもなさそうだけど……。

 

「……やってみます!」


 せっかくだし、遊んでみるのもいいかもしれない。 何事も経験だ。

 

「そうか、じゃあ俺もやってみるか。 ……待てよ、まさかお前、食べる為にやるんじゃないだろうな?」

「……鬼山さんをくり抜きますよ?」

「俺が悪かった」


 というわけで、二人で型抜きに挑戦する。

 まずわたしは、難易度の低い「星」の型抜きを。

 そして鬼山さんは、最初から難易度の高い「柄の太さが何だか不安定な傘」の型抜きをやることに。

 型抜きをする道具は、持ちやすい形状のプラスチックに針が取り付けられている画鋲がびょう。 いわゆる、ダルマ型プラスチック画鋲だ。 道具として問題はないだろう。

 

「蕭条。 型抜きにはいくつかコツが存在する。 そのコツをおさえてやったほうが、当然うまくいくわけだ」

「コツ、ですか?」

「そうだ。 簡単に割れそうなところは、画鋲を使わず手で割るとかな。 何せこれは、集中力の必要な作業だ。 時間短縮できる部分は時間短縮し、集中力を温存しておくべきだ」

「鬼山さん、結構型抜きについて詳しいんですか?」

「何、子供の頃に少しやったことがあるくらいだ。 そんなに詳しくはない。 これで型抜きをやるのは、恐らく十五年ぶりくらいだろう」


 十五年前となると、鬼山さんがまだ小学五年生くらいの時だ。 ……当たり前だけど、鬼山さんにも小学生だった頃があったんだなとつい考えてしまう。 


「他にも、板菓子を湿らせる、歯ブラシで余分な粉を取り除くなんて方法もある。 店によっては禁止されているだろうから、必ず可能な方法だとは言えないけどな」

「なるほど……」

「後これは最も重要なことだが……。 型抜きは基本的に削る作業だと思え。 板菓子に絵が刻まれてこそいるが、画鋲を突き刺してもその通りにうまく割れるものではない。 地道に削ってくり抜いていく。 これが正攻法だ」


 集中力を切らさず、地道な作業を続けていく。 それが、型抜きということか。 

 

「……よし、後少しだ」

「えっ……!?」


 と、コツについて話している間に、鬼山さんは既に八割ほど「柄の太さが何だか不安定な傘」をくり抜き終わっていた。

 

「随分と速いですね……」

「そうか? これでも全盛期の半分ほどの実力しか発揮できていないぞ」

「鬼山さんは型抜きのプロかなんかですか……」


 鬼山さんの意外な特技を知ってしまった。 

 最も、こんな特技があってもそれを活かす場面が一生の内に一回でも訪れるかわからないけれど。


「あっ!」

「失敗、したか」


 わたしはというと、あと少しで完成というところで集中力を切らし、「星」の先端部分がほんの僅かだけ欠けてしまった。 失敗である。

 

「……はい。 残念です」

「まあ、初めてなら仕方ない。 ……せっかくだし、食べてみたらどうだ?」

「た、食べるって……」

「その板菓子だ」

「………………」


 この板菓子はちゃんと食べられるもの。 それは、わかっているけど……。

 

「……ばっちくないですかね?」

「ちょっとだけばっちいかもな」

「お腹、壊しませんかね?」

「大丈夫だ。 自分の胃を信じろ」


 そう言われても、食べるのに抵抗はある。

 ほら、人体に有害じゃないとわかっていても、自ら進んで食べようと思わないものって世の中に結構あるし。

 この板菓子も、その一つだ。 鬼山さんには最初冗談で言われていたが、板菓子を食べる為に型抜きをやるなんて酔狂な人はまずいないと思っていいだろう。

 

「………………」


 でも。 食べる為に始めたわけではなかったとしても、結果として食べる必要が出来てしまったのなら、食べてもいいのかもしれない。

 正直、ちょっとした好奇心はあるし。 どんな味なのか、気になるところだ。

 

「……じゃ、じゃあ、食べてみます……!」


 せっかくだし、食べてみるのもいいかもしれない。 何事も経験だ……!!(思考停止)


 星型になった板菓子をつまみ、口の中へと放り込む。

 パリポリと板菓子が砕ける音が、口内から聞こえてくる。 


「………………」

「どうだ?」

「……歯磨き粉みたいな味がします」

「そうか、歯磨き粉か」


 食べられなくはない。 けど、もう二度と食べられないと言われても全く困らない。 型抜きの板菓子は、そんな微妙な不味さをしていた。


 

 

「たこ焼きに、わたあめに、りんご飴……! 色々あって、目移りしますね」


 口直しということで、次は食べ物の出店を見て回ることに。

 お祭りの屋台特有のぼったくり価格ではあるものの、雰囲気に負けてついつい財布の紐が緩んでしまう。

 

「……ん? 鬼山さん、カチワリって何ですか?」


 たこ焼きやりんご飴を食べ、空腹状態から脱却したわたしが次に見つけたのは、「甲子園名物カチワリ」と書かれた屋台。

 目を凝らして見ると、赤、緑、青、黄色などの色鮮やかな液体がポリ袋に入っている。 袋の口にはストローが差し込まれているので、おそらく飲み物なのだろう。 


「カチワリは、かき氷シロップを氷で割った飲み物だな。 溶けたかき氷だと思えばいい」


 その言い方だと何だか微妙な感じがする。

 でも、ちょうど喉が乾いていたので購入決定。


「……あ、結構美味しい」

「そうか、それは良かったな」


 普段、飲み物をポリ袋に入れて飲むなんてことしないので、これは何だか新鮮かもしれない。


「……蕭条」

「はい?」


 一通り屋台を見終わり、来た道を戻ろうとした時だった。

 

「浴衣」

「…………?」

「やっぱり、着てみたいのか?」


 前を見て歩きながら、そんなことを鬼山さんは言った。

 わたしの方を見ずに。 けれど、確かにわたしに向けて。

 

「……どうしたんですか、急に」

「いや、何となく……な。 気になって聞いてみただけだ」


 もしかして、わたしが浴衣を着た女の人たちを羨ましそうに見ていたから……?

 

「そうですね、確かに着てみたいとは思います」

「そうか。 ……悪かったな、祭りに行く前に気づけなくて」


 と、鬼山さんは申し訳なさそうに言った。

 いつもわたしをからかっていることの方が多い鬼山さんが、この態度。 何だか、気味が悪い。

 

「えっと……。 本当に、どうかしたんですか? 別に、謝られるようなことでもありませんし、浴衣を着て祭りに行くなんて、別に今日じゃなくても可能ですよ」

「……そうだな。 浴衣には年齢制限がないから、いつでも着れるな」

「年齢、制限……?」

「ほら、この前、家守桃子の制服をお前は着ていただろう。 あれはお前の年齢的にはアウトだ。 だから、堂々と着ることできない。 しかし、浴衣ならお前でも思う存分着ることができる」

「……………………」


 良かった。 いつもの鬼山さんだ。 

……良かった? いや、良くない!


「……前言撤回です。 やっぱり、鬼山さんにはお詫びしてもらいます。 今度、美味しいケーキのお店にでも連れて行ってください」

「何だ、そんなことでいいのか。 俺はてっきり、もっとハードな要求をされるものとばかり思っていたんだが」

「今日のわたしは機嫌が良いので、ソフトな要求にしてみました」

「それは助かる。 夏祭りさまさまだな」


 こうして時間は過ぎていき。

 日が落ちてすっかり暗くなった夜空には、満月が浮かんでいた。

 

「……もう、帰りますか」


 まだ、お祭りに残っている人は多く、賑やかな様子には変わりはない。

 けれど、だからこそ賑やかな今のうちにこの場を去りたいという気持ちが、わたしにはあった。


「そうだな。 ……その前に、少しだけ寄り道しないか?」

「寄り道……?」

「魔術の修練。 少しだけ、しておいた方がいいだろう」

「あ、そうですね……」


 夏祭りを充分に堪能したわたしと鬼山さんは、家へ帰る前に魔術の修練をする為、帰り道の途中にある公園へ向うことにした。



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