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蕭条八重は騙される


 わたしはこの季節になると、いつも思うことがある。 

 科学の力って、本当に凄いなと。

 

「涼しー……」

 

 八月上旬。 

 相変わらず真夏日が続き、日当たりの良い場所に鉄板を置いておけば焼肉でもできそうなほどに、強い日差しが地に降り注いでいる。

 

 そんな暑そうな外の世界とは違い、エアコン様のいらっしゃるこの空間は、最高に涼しい。

 

 プールへ遊びに行った日から、早くも一週間。 

 日焼け止めクリームを塗っていたとはいえ、あれだけプールで遊んでいれば日焼けをしないわけがなく、この数日間はヒリヒリとした痛みに耐える必要があり、お風呂が少し辛かった。

 けれど、今は元通り。 

 日焼けで赤くなったお肌とももうおさらば。 

 わたしはここ数日、快適なインドア生活を送っていた。

 

「……桃子ちゃん、何聴いてるの?」

 

 今、リビングにいるのはわたしと桃子ちゃんの二人だけ。 人見君も鬼山さんも、自分の部屋にいるみたいだ。

 

「ラジオを聴いているの」

「ラジオ……?」

「うん。 夏休み限定の、長寿番組だよ」

「へぇ……」

 

 知っているような。 知らないような。 

 とにかく、桃子ちゃんはノートパソコンを使って何やらラジオ番組を聴いているみたいだ。

 

「どんな内容なの?」

「小中学生からの科学に関する素朴な質問に、各分野の専門家がわかりやすく回答してくれる番組なの」

「そ、そうなんだ……」

 

……それって、女子高生が聴くようなラジオなの?

 

「八重さんも、聴く?」

「え……? や、やめておこうかな……」

 

 暇ではあったけど、別に興味もなかったので、聴くのはやめておいた。



 

「……さて」

 

 それにしても、何をしよう。 

 この家にある漫画やゲームは一通り遊び尽くし、暇をつぶすものがほとんどなくなってしまった。 

 やるべきことが全く無いわけでもないけれど、今はあんまり頑張りたい気分ではない。 心は夏バテ気分だ。

 

「アイスでも食べよう……」

 

 こんな時は、アイスを食べるに限る。 

 そう思い至り、冷凍庫を開けてみるが……。 

 

「あれ……?」

 

 アイスが、ない……!?

 

「ど、どうして……?」

 

 毎日一アイス。 

 わたしお気に入りの、上品な甘さが売りで大人気な、チョコレートでコーティングされしアイスクリームバー。

 それを食べるのが、ここ最近の楽しい日課だったのに……! 

 昨日冷凍庫の中を見た時は、後三日分くらいのアイスは確かにあった。 

 ということは、誰かが三日分のアイスを食べてしまったということ……?

 

 人見君は……。 

 わたしが食べているアイスは食べないはず。 彼はバリボリ君ソーダ味を気に入っていて、そればっかり食べているからだ。

 

 桃子ちゃんは、同じような理由でわたしが食べているアイスに手を出さない。 彼女は基本的にカップのアイスクリームしか食べないことを記憶している。

 

「……まさか」

 

 となると、残る容疑者は鬼山さんだ。 

 そういえば、鬼山さんはわたしたち四人の中で唯一、アイスを食べようとしなかった。 

 いつも鬼山さんは、わたしたちがアイスを美味しそうに食べている中、夏だというのにチョコが乗っかったビスケットを食べながら、熱いコーヒーを美味しそうに啜っていた。 何でも、冷たい物体を胃に送り込むのに抵抗があるだとか……。

 

 けれど、この暑さだ。 急にアイスを食べてみたくなってもおかしくはない。 

 そして、たまたまわたしのアイスに手を出し、その美味しさの虜になり、一気に三日分のアイスを食べてしまった可能性は十分にある。

 

 正直、アイスが食べられてしまったこと自体は、そこまで気にしていない。 

 けれど、犯人がわからないままなのは嫌だ。 とりあえず、犯人が誰だったのかくらいは知っておきたい。

 

「………………」

 

 桃子ちゃんは楽しそうにラジオを聴いていて、邪魔しちゃいけない気がする。 

 だから、まず初めは一番怪しい鬼山さんに聞いてみることにしよう。

 

「……あれ?」

 

 そして、鬼山さんの部屋までやって来たわけだけど……。

 

「……誰もいない」

 

 もぬけの殻。 さっきまで本でも読んでいたのか、本が開いたまま伏せてある。 そんな本の扱い方をしていたら、すぐダメになってしまうだろうに。

 この家から出て行ったわけでもないだろうし、こうなると、鬼山さんは人見君の部屋にいるのかもしれない。

 

「鬼山さーん? どこですかー?」

 

 人見君の部屋の方へ向かいながら、声をかけてみる。 わたしの声に気づけば、部屋から出て来てくれるかもしれない。

 

「……何だ?」

 

 と思っていたそばから、鬼山さんが人見君の部屋より現れる。

 

「あっ、やっぱりそこにいたんですね」

「何か用か?」

「特に用があるわけじゃないんですけど、ちょっと聞きたいことがあって……」

「聞きたいことだと? ……答えられるかどうかは質問内容にもよるが、いいぞ、言ってみろ」

「冷凍庫に入っていたわたしのアイスを食べたの、鬼山さんですか?」

「………………」

 

 何だろう、この間は。 

 鬼山さんは、まるでどうしたら世界を平和に出来るのだろうかなんてことを考えているような、真面目な顔をして固まっている。

 

「……蕭条。 お前は『わたしのアイス』と今言ったが、何を根拠にそう言うんだ?」

 

 そして、口を開いたかと思えば、何だか面倒くさそうなことを言い始めた。

 

「何って……。 あれはわたしの分のアイスとして、桃子ちゃんが買ってきてくれてるんですよ。 そして、それぞれが自分の好きなアイス以外には手を出さないようになっているんです。 暗黙の了解ってやつですよ」

「だが、そのアイスにお前の名前が書いてあるわけでもない。 自分のアイスと言うのなら、名前でも書いておくんだな。 暗黙の了解だなんて曖昧なルールによってアイスの所有者を決めてもらっても困る」

「名前って、小学生ですか……」

「違うのか? アイスがどうこう騒ぐくらいだ。 見た目は子供、頭脳も子供な小学生だろう?」

「違いますよ! ……で、アイス、食べたんですか?」

「食べたかもしれないし、食べていないかもしれない。 しかし、だ。 食べていたとして、それは大きな問題ではない」

 

 何なのこの人……。 いつになく、面倒くさい……!

 

「そりゃ、大きな問題ではないですけど……。 で、食べたんですか?」

「蕭条。 俺がアイスを食べていないと言えば、それはアイスを食べていないことになる。 違うか?」

「は、はぁ……」

「俺が本当にアイスを食べたかどうかを調べるには、俺の腹を切り裂き、胃の中の内容物を調べるしかない。 そんなこと、お前はしないだろう? ならお前は、俺が食べたと白状しない限り、俺が食べたことを証明することはできない」

「……冷凍庫から勝手にアイスがなくなるんですか?」

「そんなこと、普通に考えればあり得ないな。 だが、その可能性はゼロじゃない。 何せ、魔術なんて力があるくらいだ。 以前にも言ったような気がするが、常識を疑う思考を持つことは、俺たち魔術師にとって重要なことだ」

「つまり、鬼山さんがアイスを食べたということですね」

「……何故そうなる。 俺が食べていないと言えば、それが事実だ」

「……まあ、いいです。 そうですね、鬼山さんがそこまで言うなら、信じましょう」

「………………? お前、まさか……」

 

 急に素直になったわたしに何かを察したのか、早歩きで一階へと向かう鬼山さん。 すぐにわたしも後を追う。

 

「……蕭条」

「はい?」

 

 鬼山さんは、一階のお菓子収納スペースの前に立ち尽くしていた。 どうやら、わたしが何をやったのかすぐに気づいたよう。

 

「俺のお菓子をどこへやった?」

「俺のお菓子? なんですか、それ。 鬼山さんの名前でも記入してあるんですか?」

「蕭条……! お前、最初から俺を疑っていたな」

「そんな、とんでもないですよ。 そもそも、鬼山さんのお菓子なんて知りません。 わたしが何かやったと疑うなんて、酷いですよ」

「勝手に菓子が消えるのか?」

「消えるかもしれませんよ。 魔術があるくらいですし。 ほら、常識を疑う思考を持つことは、わたしたち魔術師にとって重要なんですよね?」

「くっ……!」

 

 因果応報。 鬼山さんのぐぬぬ顔を拝めるなんて。 

 わたし、今、最高に輝いている気がする……! なんて清々しい気分なんだろう。

 

「安心してください。 もし、仮に、わたしが鬼山さんのお菓子をどこかへやってしまったとして、まだわたしが食べたわけじゃありませんから。 鬼山さんが素直に罪を認めれば、お菓子は解放してあげます」

 

 人質ならぬ、お菓子質。 語呂悪い。

 

「やっぱりお前がどこかへやったんじゃないか……」

「で、どう答えます? 改めて聞きますけど、わたしのアイス、食べたんですか?」

 

 流石にこれ以上抵抗する気もなくなったのか、鬼山さんは諦め、

 

「……ああ、食べた。 お前のアイスを、二本な」

 

 素直に罪を白状…………って、二本……?

 

「ちょっ、ちょっと待ってください……! 鬼山さんが食べたのは二本だけなんですか?」

「二本だけって、二本も、じゃないのか」

 

……鬼山さんの言っていることが本当ならば、残る一本は……?

 

「待ってください……。 確かに昨日、最後に冷凍庫の中を見た時には、わたしのアイスは三本あったはずなんです……。 鬼山さんが二本しか食べていないのだとしたら……」

「なんだ、夏らしくホラーな展開になってきたな。 まあ、魔物がいるくらいだ。 幽霊くらいいてもおかしく……」

「なくないですよ! 無理やりホラー展開にしないでください!」

 

 おばけなんて、寝ぼけた人が見間違えただけに決まってる……! 有名な童謡だってそう言ってるし。

 

「じゃあ、他にどんな可能性がある? 人見啓人や家守桃子が食べたのか? いや、もしかすると、蕭条、お前が自分で食べたのかもしれないな」

「そ、そんなわけ……」

 

 いや、あるのかも……? そういえば昨晩、アイスを食べる夢を見たような……。 あれはもしかすると、夢じゃなくて現実だった……?

 

「どうした? 本当にお前が自分で食べたのかもしれないのか?」

「い、いや……。 ないですないです! あれは現実なんかじゃ……」

「ああ、そういえば、昨日の深夜に台所の方へ飲み物を取りに行ったら、フラフラと寝ぼけた様子のお前に会ったな」

「えっ…………!?」

「何だか恐ろしかったから話しかけようとはしなかったが、まさか、その時に……」

「………………!」

 

 わたし、本当にそんなことを……? ど、どうしよう……。 これは立派な睡眠障害では……?

 

「……鬼山さん、わたし……」

「言うな。 そう心配することはない。 この家には良き理解者が三人もいる。 俺も含めてな。 何か異変があったらすぐに駆けつけてやる。 だから、今日も安心して眠るんだ」

「鬼山さん……」

 

 身に染みる優しさ。 

 それに、何て頼もしいんだろう。 

 そうだった。 わたしには、信頼できる仲間がいる。 たまに喧嘩はするけれど、いざという時には互いに助け合う、素敵な仲間たちが……。

 

「……とまあ、三本目を食べたのも俺なんだがな」

「……え?」

「それにしても、俺はますますお前が心配になったぞ。 こんなに簡単に騙されるんだからな」

「……あの?」

「きっと、催眠術にもすぐかかってしまうんだろうな。 将来、催眠術師には気をつけるんだぞ」

「……えーっと?」

「さて、素直に俺は罪を白状したわけだ。 俺のお菓子の在り処を教えてもらおうか」

「…………ませんから」

「何だ? よく聞こえなかったぞ」

 

 鬼山さん、仲間チガウ……! この人を信じてしまったわたしが馬鹿だった。

 

「絶対に、在り処なんて教えませんから! 跡形も残さず、綺麗さっぱりに! 鬼山さんのお菓子を喰らい尽くしてやるんだから!」

 

 そう高らかに宣言し、鬼山さんに敵意を剥き出しにするわたし。 

 

「暴飲暴食は体に良くないぞ」

「アイスを三本一気に食べた人が言うセリフですか!」

 

 せっかく清々しい気分になっていたのに、結局鬼山さんの方が一枚上手だったなんて。 

 く、悔しい……。 何より、まんまと騙されてしまった自分への怒りでスーパーサイ○人になってしまいそうだ。

 

「…………本当にお腹減っちゃった」

 

 けれどもちろんそんなことにはならず、静かに腹の虫が鳴る。 わたしの怒りは食欲へと転化されていた。 

 生理現象を前に、一時的な感情なんてものは簡単に消え失せてしまうのであった。

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