表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
127/189

蟻塚美門は素直じゃない


 時刻は午後七時過ぎ。 いつもなら、もう晩御飯を食べている時間帯だ。

 

 まだ帰宅せずにどこかで食事を摂ることに決めた俺と蟻塚は、駅から少し歩いたところにあるファミレスへ行くことに。

 

「そういえば、あなたってファミレスに行ったことあるのかしら?」

「あるよ。 二回だけだけど」


 店内へ入ってみると、ちょうど混み合う時間帯ということでほぼ満席状態だった。

 しかし、席が空いていないわけではなかったので、すぐに店員に案内され、無事席に座ることができた。

 

「一人で? それとも、誰かと?」

「勇人と二人でだな」

「ふうん……。 わたしが初めてってわけじゃ、ないのね」


 話しながら、メニュー表をぺらぺらめくる蟻塚。


「でも、女子と行くのはこれが初めてだな。 何だかんだで五木とも桃子とも外食はあまりしてないし」

「……あまり?」


 一瞬、メニュー表をめくる手を止める蟻塚。 けどすぐにまたメニュー表を読み進めていき、

 

「……決めたわ。 あなたは?」

「俺ももう決まったよ。 注文するか」


 注文を頼むため、店員を呼ぶ。

 混んでいるので少し待つかと思いきや、店員はすぐにやってきた。

 俺はステーキとパンを頼み、蟻塚はほうれん草やベーコンの入ったクリームパスタを頼む。

 

「ドリンクバーはどうする? 俺は頼もうと思うけど」

「じゃあ、わたしも頼むわ」


 注文を終え、店員が去っていく。 

 

「………………」

「………………」


 それにしても……。

 

 いざ、こうやって蟻塚と席に座り向かい合っていると、やはり緊張してしまうものだ。

 動物園で一緒に歩きながら話すのとはまた違う。 何というか、逃げ場のない感じが強い。

 そして蟻塚も同じような気持ちなのか、どこかそわそわと落ち着かない様子だ。

 

「……俺、飲み物持ってこようか? 蟻塚の分まで」


 じわじわと強まっていく気まずさから逃げ出すように、席を立つ俺。


「わたしの分はいいわよ。 自分で持っていくわ」

「そっか、わかった」


 一旦席を離れ、ドリンクバーへと向う。

 コップに氷をいくつか投入し、飲み物の出てくる場所にコップを設置する。

 

「………………」


 液体がコップの中へと注がれる様を見ていると、不思議と気分が落ち着いてくるような気がするのは俺だけだろうか。

  

「……そういえば、桃子に連絡してないな」


 落ち着いたところで、やらなきゃいけないことを思い出す俺。

 予め桃子も、今日俺が蟻塚と共に遊びに行っていることは知っている。 何せ、約束をしたその場にいたのだから。 

 とはいっても、帰るのが遅くなりそうなのに何も連絡しないのはよろしくない。 席に戻ったら、すぐに連絡をしなければ。

 

「…………あれ?」


 と、ここで何か大事なことを忘れているようなことに気がつく。

 

 約束。

 そもそも何で、俺と蟻塚が動物公園に行ったのか。

 

「なあ、蟻塚」


 メロンソーダの入ったコップを片手に持ち、席に再び座る俺。


「何かしら?」

「当初の目的、忘れてないか?」

「当初の目的……?」


 そうだ。 このデートっぽい行為は、そもそも蟻塚が桃子と対決する為のもの。

 

「ほら、俺が判定人なんだろ。 桃子と蟻塚の、どちらとのデートが良かったか決めるってやつ」 


 改めて口にしてみると、何とも意味不明な対決である。

 

「そういえばそうだったわね……」

「蟻塚。 お前、正直どうでも良くなってるだろ……」


 恐らく、蟻塚にとって桃子との対決自体、ただ遊ぶ為の口実みたいな側面が強いのだろう。


「そ、そうね……。 でも、あなたの判定だけは気になるわ」

「……あのな、そもそも俺は、最初っから判定する気なんてなかったよ」

「そう、なの……?」


 わかりやすく数値化できるのならともかく、楽しいか楽しくないかだなんて、上手く比べられるものでもない。

 それに、人は単純に比較できるものじゃない。 それぞれに違った良さがあって然り。 誰が誰より上だなんて決めつけることは、あまりにも暴力的だ。


「俺は蟻塚と桃子の勝負なんてどうでもいいし、その手伝いをする気もない。 というか、俺に判定人なんて務まらないよ。 だいたい、蟻塚は俺が本当に判定してくれると思っていたのか?」

「…………言われてみれば、あなたはそういう人じゃないわよね」


 蟻塚にとって俺はどういう人なのか気になったが、追求せずに話を聞き続ける。

 

「……悪かったわね。 今日はわたしのわがままに付き合わせちゃって。 正直なことを言うと、わたしはただ建前が欲しかっただけなのよ」

「建前……?」

「飲み物、取ってくるわ」


 そう言って、席を離れる蟻塚。

 

「………………」

 

 建前、か……。 建前があるということは、本音があるということだ。

 

 蟻塚美門。 

 周囲に対し心を閉ざし、他人を寄せ付けない生き方をしていた少女。

 力を与えられ、力を振るい、一度は過ちを犯したりもしていた。

 思えば、俺にもだいぶキツイ態度を取っていた。

 

 そんな彼女が、ここ最近、大きく態度を変えつつある。

 そのことを、単純に性格が落ち着いただの、丸くなっただの、改心しただの捉えてもいいのかもしれないが……。

 

 もし。 

 俺の思っている以上に、今の蟻塚の在り方の根底にあるものが、複雑なものだとしたら。

 例えば、罪悪感を起因としているのなら――。


 俺は、それを和らげてやる必要があるのかもしれない。




「ねえ、今日は何時までいられるの?」

「ん……?」


 蟻塚がドリンクバーから戻ってきたので、飲み物を飲みながら料理が来るのを待っていた俺たち。

 そしてようやく注文した品が全て届き、早く食物を胃に届けようと俺がステーキを食べ進めていたその時だった。

 

「……蟻塚、家に帰りたくない理由でもあるの?」

「別に、そういうわけじゃないわよ……!? 特に何か、深刻な理由があるわけじゃないわ」


 ファミレスへ来る前もそうだったが、蟻塚は家に帰るのを避けているようだ。

 

「……ただ、早く家に帰ったって、つまらないから……」

「………………」


 それは、今の状況がそこそこ楽しいと思ってくれているのだろうか。

 

「だったら、この後家にでも来るか?」

「……流石に今日はやめておくわ。 でも、そのうち桃子の家に泊まりに行くかもしれないわね」


 桃子の家。 つまり、俺の居住空間でもある。


「それにしても、いつの間に蟻塚は桃子と仲良くなったんだ? いや、桃子だけじゃないな。 五木とも結構仲良くなってるし」

「……そんなに仲良く見える?」


 と、ほんの少しだけ嬉しそうに表情を緩ませる蟻塚。 瞬きをしていたら、見逃してしまいそうなほどにほんの少しだけだ。


「前と比べると、かなり」

「……そう。 あなたは知らなくても無理はないでしょうけど、実は結構前からちょっとした会話くらいはしていたのよ」

「そうなのか? どんな会話を……?」

「ちょっとした、会話よ」

「……答えになってないぞ」


 きっと、思い出せないくらいどうでもいい会話だったのだろう。

 

「でも、そうね……。 仲良くなった一番のきっかけは、やっぱりプールかもしれないわね。 ほら、わたしと桃子と紗羽って、どっちかというとクラスで浮いている方じゃない」

 

 明らかに浮いている方だと思うが、殴打されたくないので黙っておこう。

 

「まあ、そうだな」

「学校では中々接触する機会がなかったけど、この前のプールみたいに一緒に行動したりすると、必然的に接することになるでしょ? それで色々と会話するようになったわけよ」


 要は、ボッチ女子三人が集まったら、似た者同士ということで仲良くなれたということだろうか。 類は友を呼んでしまったらしい。


「なるほどな……」


 会話している内に、ステーキとパンを食べ終える。

 蟻塚はというと、まだパスタが半分ほど残っていた。 今もフォークで麺を巻き取り、上品にそれを口元へと運んでいる。


「それはそうと、わたしはあなたの話が聞きたいのよ」

「俺の?」

「約束したじゃない。 あなたのいた世界の話、してくれるって」

「そういえば、してたな……」

「世界の話だけじゃないわ。 あなたが高校に通うようになるまでの、色んな話が聞きたいわ」

「……それはいいけどさ、蟻塚は今日、何時までここに居座るつもりなんだ?」


 時刻はいつの間に午後八時を過ぎていた。 夏とはいえ、空はすっかり暗くなっている。


「……わたしの、気が済むまで」

「……うん、答えになってない」

「今夜はあなたを、家に帰さないわ」

「何だ、そりゃ……」


 本当に帰さなかったら困る。

 

「……わかった、今日はとことん付き合うよ。 ドリンクだけで居座るのも悪いし、デザートでも頼むかな」

「いいわね。 わたしも頼むことにするわ」




 結局。 俺が家に帰ったのは、午後十一時を過ぎた頃だった。

 ここまで遅くなったのは、蟻塚を家まで送っていったからだ。 流石にこの時間帯、蟻塚を一人で帰すわけにはいかない。

 帰り道での蟻塚の様子はというと、だいぶ落ち着いていた。 たくさん会話をして気が済んだのだろう。

 

 俺はてっきり、こんな遅くに帰ってきたら桃子に怒られでもするのかと思っていたが、そんなことはなく。

 桃子は特に何かを言ってくることもなく、俺が帰宅したのを確認し終えて自室へと引き下がっていった。 珍しいこともあるものだ。

 

「………………」


 今日は、色々なことがあった。

 最初は行く気がなかったけれど、桃子の言う通り、今日の経験は良い経験になったと思う。

 

 この経験を、無駄にしない為にも。

 これからも前へと進んでいく為にも。

 絶対に、ネアレスには負けられない――。

 

 そう俺は、強く誓った。

 

 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ