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思い込みとすれ違い


「……何か変だよな、俺。 こんな話しても、蟻塚は困るだろうに」


 つい、聞き手の気持ちも考えずに思うままペラペラと喋ってしまった。 


「そうでもないわよ。 そもそもわたしが振った話だし、両親との関係についてはわたしも色々と思うところがあるのよ」

「蟻塚も?」

「ええ。 ……わたしも、両親について話してもいいかしら」

「……ああ」


 先程見せた寂しげな表情。 

 それに、深夜一人で散歩していたということ。

 これらの事実から考えられる事実。

 

「わたしの両親はね、わたしにあまり関心がないのよ。 良く言えば放任主義ね。 人によっては羨ましいと思うかもしれないけど……。 わたしから言わせてみれば、そんなにいいものじゃないわ」

 

……以前から何となく思ってはいたが、やはり蟻塚は家族とうまくいってないらしい。 


「わたしだって、他の家庭はともかく、わたしの家庭の親子関係はこういうものなんだって理解していれば、何とも思わずにいられたかもしれない。 だけど、わたしには比較対象がいたのよ」

「比較対象……」

「兄よ。 わたしには兄がいるの」


 確かに、兄や弟、姉や妹が自分とは異なる扱いを親から受けていたら……。

 

「両親の関心は、いつも兄ばかりに向けられていたわ。 確かに兄は、勉強も運動もできたし、友達なんかも多くて親としては自慢の息子なんだとは思う。 でも、わたしだって……。 結構頑張っているのよ、これでも」


 そう語る蟻塚の顔は、いつもよりどこか幼く見えた。

 まるで、やきもちを焼く子供のような――。


「そりゃあ、わたしの両親だって人なんだから、わたしと兄との扱いに差があっても仕方ないわ。 けれど、わたしが少しでも扱いの差を埋めようとしたところで、特に何も変わらないのよ? ……わからないのよ。 どうすれば、変わってくれるのか」


 今蟻塚が話した内容だけでは、もちろん蟻塚家の家庭事情をしっかりと理解することは不可能だ。

 

 でも、俺は……。 

 桃子とその父親の関係なんかを見ているからか、ちょっとした可能性を思いついてしまった。

 

「要するに蟻塚は、両親にもっと構って欲しいわけか」

「……あなた、踏むわよ? その言い方だと、まるでわたしが構ってちゃんみたいじゃない」


 あながち間違いでもないような気がするが、これ以上言うのはやめておこう。

 

「ただわたしは、もっとわたしに関心を持ってくれてもいいんじゃないって思うだけよ。 構ってちゃんとは違うわ。 警察沙汰を起こしたり、自傷行為をして気を引こうとも思わないもの」

「………………そうだな。 蟻塚は構ってちゃんではないよな」

「……そう言う割には何か言いたげな目をしているわね」


 だって、なぁ。

 ゴスロリ服を来て深夜出歩いて、あんな危ないことしておいて……。

 

「まあ、いいわ。 わたしも両親について話したから、これでおあいこってことでいいわよね」

「そうだな。 ……でも、せっかく話を聞いたんだから、ちょっとだけ意見を言わせてもらってもいいか?」

「……意見? 何かしら?」

「気を悪くしたら遠慮なく殴打でもなんでもしてくれて構わないんだけどさ、案外蟻塚の両親は、蟻塚が思っているほど蟻塚に無関心なわけじゃないのかもしれないぞ」

「………………え?」


 こんな、部外者の勝手な想像、蟻塚にとってはただ不快でうるさいだけかもしれない。

 でも、何かしら蟻塚の悩みを解決する糸口になってくれれば……。

 

「さっき蟻塚自身が口にした言葉だけど、蟻塚の両親だって人なんだからさ。 蟻塚とどう接したらいいのかわからないって理由もあるんじゃないか?」

「……わたしとの接し方が、わからない? 何よ、それ」

「これはたぶん、俺が男だから思うことなのかもしれないけど……。 俺にもし蟻塚みたいな娘がいて、その娘が年頃になったらさ。 同性の子供と比べて、どう接していいか戸惑うと思うんだ」

「……そういうものかしら。 わたし、洗濯物を父とは別にして欲しいだなんて言ったことすらないのよ。 年頃の娘ではあっても、そんなに接しにくい態度は取っていないわ」


 これは意外。 いかにも蟻塚が言いそうなセリフなのに。 家での蟻塚はどんな感じなのだろうかと思う。


「それに、父だけならまだしも、母だってわたしに無関心なのよ? 母もわたしとどう接していいかわからないって言うわけ?」

「何かしらの理由で接し方がよくわからないってのは、あると思うぞ。 他人の心でも読めない限り、想像するくらいしかできないけどな」

「……ますます色々とわからなくなってきたわ」


 このままでは、蟻塚を混乱させたままになりそうだ。 それは悪い気がする。

 

「その、何だ……。 俺が言いたいのはさ、理由の中身がどうこうってことじゃなくて、蟻塚が両親について悩んでいるように、蟻塚の両親も蟻塚のことについて悩んでいるんじゃないかってことなんだ」

「わたしと、同じように……?」

「親の心子知らず。 子の心親知らずとでも言うのかな。 互いに何かを思い込んでいたりしていて、すれ違いを生んでいるのかもしれない。 嫌っていないのに嫌っていると思い込んだり、怒っていないのに怒っていると思い込んだりさ」


 これは、親子関係だけじゃなく、人間関係全般に言えることだろう。

 だからといって、「相手にも事情があるんだから我慢しろ」だなんてことを言うつもりはない。

 

「……仮にそうだったとしても、わたしにはどうすればいいのか、わからないわよ」

「俺だって、蟻塚が一人で全部解決できるとは思って言ってないよ」

「じゃあ、どういうつもりで……? あなたは、わたしがどうするべきだと……」

「他人と一緒に解決しようと悩めばいいんだよ。 今みたいにさ」


 蟻塚がもし何かを思い込んでいるのだとして。 

 その思い込みは、個人的な思い込みだろう。 集団的な思い込みではない。

 だったら、一人で考えれば考えるほど、ドツボにハマっていってしまう。 

 

 だから、一人だけで考えることをやめればいい。


「一人で考え続けたところで、余計にわけわからなくなりそうだろ? だから、解決できるかはわからなくても、他人に話を聞いてもらうってのも一つの手だと思うんだ」

「………………否定はしないわ」

「何より蟻塚は、一人で突っ走って危ない目に遭いやすそうだからな。 以前までならともかく、今は桃子や五木だっているんだ。 もっと他人に頼ってもいいと思う」

「……あなたね。 わたしをそんな、危なっかしい人みたいに……」


 と、どこか不服そうな表情を見せながらも、

 

「……でも、その提案は素直に受け取っておくわ。 あ、ありがと……」


 と言ってくれた。

 

「………………」

「……な、何よ? 黙り込んじゃって」

「い、いや……。 ちょっと驚いただけだ」

「……失礼ね。 どこに驚く要素があったのかしら? 以前も言った気がするけれど、わたしはこう見えても素直なのよ」


……やっぱり、蟻塚美門という人間がわかるようでわからない。

 

 でも、以前よりは……。 

 だいぶ、理解度は上がっているんじゃないかと信じたい。




 すっかり動物園らしくない話を広げてしまったが、これから先は普通に動物たちを見て回り、

 

「もうそろそろ閉園時間みたいだな」

「もうそんな時間なの? 何だかあっという間ね」


 全ての動物を見終わり、休憩を挟みながらのんびり過ごすこと数時間。 時刻は午後六時近くになっていた。


「ゲートまで結構距離あるし、もう帰るか」

「……そうね。 帰りましょう」


 こうして俺たちは、動物公園を後にした。

 

 帰り道。

 夏なので、まだ午後六時を過ぎていてもそこまで暗くはなく、ちょうど夕日が赤く輝き初めた頃。

 家へ帰る為に、電車に乗る俺と蟻塚。

 

「……ねえ。 この後、どうする……?」

「この後? 家に帰るけど……?」

「そ、そう……」

 

 と、ちょっとした会話があった程度で、特に盛り上がるような話題もなく電車は目的地に到着し。

 

「帰りのバス、ちょうど一分前くらいに行っちゃったみたいだな。 後十分くらい待つしかない」

「…………そう」


 駅に着いて帰りのバスに乗るためバス停へと向かったはいいものの、ちょうど目的のバスが去った後にバス停に辿り着くという……。 ツイてない。

 

「………………」

「………………?」

 

 それにしても、何だろう……。

 動物公園を後にしてから、蟻塚の様子がおかしいような……。

 

 やはり、動物公園が名残惜しいのだろうか。 結構気に入っていたみたいだったし。

 後、五木との文化祭の時にも感じた事だが、何かのイベントが終わる時はそれなりに感傷的になったりもする。 蟻塚は今、きっとそんな感じなのだろう。

 

 何より、これからすることは帰宅することだ。 一日の疲れがどっと出ていてもおかしくない。 動物公園を歩きまわって、疲れないわけがないだろう。

 

 動物公園でのあの高いテンションを見ているからか、今のこの低いテンションの蟻塚の様子は、つい気になってしまう。

 もしかすると……。

 

「……蟻塚。 もしかしてさ」

「なっ、何かしら!?」

「脚、痛いのか……?」

「……え?」


 何でそんなことをいきなり聞かれたのかわからないといった様子の蟻塚。 随分と驚いてらっしゃる。


「ほら、今日歩きまくっただろ? だから、脚を痛くしてるんじゃないかなって」

「……確かに脚はちょっと痛いけど、そこまで酷く痛むわけじゃないわ。 わたし、結構タフなのよ」


 蟻塚、運動能力も割りと高かったしなぁ……。 体力も筋力も俺が思っているよりあるのかもしれない。

 

「……それよりもあなた、この後本当に帰るのかしら?」

「……? 電車の中で答えた通り、帰るつもりだけど……」


 あんまり遅く帰ると、桃子や鬼山さんに心配かけそうだし。 何より、蟻塚の両親だって心配するかもしれない。

 

「……どうしても帰らないといけない用事でも、あるのかしら?」


 いつも気の強い蟻塚が、自信なさげに俯きながら話している。 

 そういえば、昨日も蟻塚はいつになくしおらしい態度を見せていた。 普段と違う態度だと、こっちも少しだけ、調子が狂う。

 

「そういうわけじゃ、ないけど……」


 どうしても帰らないといけない用事があるわけではない。 ただ、特にこれ以上予定がないのなら、早く家に帰った方がいいだろうと思うだけだ。


「だったら後少しだけ、わたしに付き合いなさいよ……」

「え……?」


 でも、新たに予定ができてしまったら。

 

「ど、どうなの……?」

「……いいよ。 ちょうどいい時間だし、どこかで食事でもするか?」


 帰る時間がちょっとばかり遅れても、いいだろう。

 

「……!! そ、そうね。 そうしましょう」


 ましてや、一度関わりたくないとまで言ってきた相手が、俺と関わろうとしているのなら。 

 俺には断る理由なんて、あるわけがなかった。

 



 

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